異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

117話 甘え -2-

公開日時: 2021年1月23日(土) 20:01
文字数:1,827

 門には二人のメイドが立っている。……止められるか? と、思いきやススッと道をあけて深々と頭を下げる。……入っていいのかよ。

 館のドアの前にいた二人のメイドは、俺を見るやツツッと左右に分かれ、黙ってドアを開いてくれた。……自動ドア?

 

 なんてセキュリティーの甘い館だ。領主の館がこんなんでいいのか!?

 

「ヤシロ様」

 

 と、思っていたら、館の最終防衛ライン――ナタリアが現れた。

 

「……うむ、通ってよし!」

「顔パスかよ!?」

「ヤシロ様のことは、我らメイド一同、よく存じ上げておりますので」

 

 恭しく礼をするナタリア。……外で見るのとは、なんだか雰囲気が違う。

 やっぱあれか? 部下が見ているとちょっとはシャンとしないといけないって意識が働くのか?

 

「つい先ほどお嬢様が思い詰めたご様子でお戻りになられて、ヤシロ様のもとへ伺おうかと思っていたところです」

 

 エステラに何かある度に俺を頼られても困るんだが……ま、今回は一肌脱いでやるさ。そのつもりだったし。

 

「では、こちらへ」

 

 くるりと踵を返し、ナタリアが俺を誘うように歩き始める。

 その後ろについていくと、廊下ですれ違うメイドたちが立ち止まり、みな一様に深々と頭を下げる。……なんか偉そうで、ちょっと気が引ける。

 

「ヤシロ様」

 

 とある部屋の前でナタリアが立ち止まる。来たことがない部屋だな。

 

「こちらがお嬢様の寝室となっております」

「寝室?」

 

 塞ぎ込んじまったのか?

 

「現在お嬢様は不在ですので、くんかくんかし放題となっております」

「余計なことしなくていいから!」

 

 不在な場所に連れて行ってどうする!?

 

「こちらが衣装室の扉でございます。下着は奥のチェストの中でして、特に上から二段目と三段目には男心をくすぐるセクシーなものを選抜して……」

「エステラのいる場所へ連れて行ってくれるかな!?」

「えっ!? し、しかしっ、お嬢様がいない今だからこそ漁れるのであって……はっ!? お嬢様の見ている前で下着を漁って羞恥を与えるという高度なプレイを……!?」

「何を狼狽えとるんだ、お前は!? するか、そんなこと!?」

 

 こいつは部下が見ててもちっともシャンとしやがらねぇ!

 

「ヤシロ様にやる気を出してもらおうと、私なりに精一杯考えた結果ですのに……」

 

 もうお前は何も考えるな……

 

「……今回のような急な呼び出しは珍しいことなのです」

「ん? デミリーのことか?」

「はい。……やはり、私もお供するべきでした……お嬢様があのようなお顔でお戻りになられるなんて……」

 

 こいつはこいつなりにいろいろ思うところがあったんだな。

 メイド長であるナタリアは、いつでもエステラにべったりというわけにはいかない。

 特に今回のように、馴染みのある場所へ行く時は職務を優先させることが多い。デミリーはいつも友好的だからな。

 また、領主『代行』であるという立場から、あまりお供をわらわら引き連れて歩くのは好ましくないのだそうだ。

 確かに、副総理大臣補佐代理みたいな人物が大統領ばりの警備態勢で隣街の視察とか行ったらひんしゅく買うだろうしな。

 

 ちゃんと気を遣ってんじゃねぇか、エステラも。

 

「ヤシロ様」

 

 それを知っているからこそ、ナタリアもそばにいたいという思いをグッと我慢しているのだ。

 真剣な表情で俺を見つめ、深々と頭を下げる。

 

「お嬢様を、よろしくお願いいたします」

「あぁ……任せとけ」

 

 俺にしたって、多少トラブルを起こしてでもなんとかするつもりでここまで踏み込んできたんだ。言われるまでもない。

 

 礼をしたまま、ナタリアがそっとドアを開ける。

 

「謝礼は、奥のチェストからお好きなものを……」

「衣裳部屋のドアを開けてんじゃねぇよ!」

 

 帰るぞ、このまま、Uターンして!

 今、俺ちょっと真面目モードなんだから!

 

 アホのナタリアを軽くシメた後、俺は執務室へとやって来た。

 ここはエステラの仕事部屋らしい。

 

 二度ノックをして、ナタリアはゆっくりとドアを開いた。

 返事を待たなくていいのかと思ったのだが……ナタリアは特別な権限でも持っているのだろう。エステラが信頼を寄せている証拠だな。

 

「お嬢様。お客様です」

「え? 客…………あ」

 

 大量の書類が積み上げられた執務机の向こうに、エステラは座っていた。

 俺を見つけるや、表情が微かに曇る。

 複雑な感情の波が見て取れる。

 

「では、あとはよろしくお願いいたします」

 

 本当はそばにいたいだろうに、ナタリアは空気を読んで部屋を出ていく。

 ……ちゃんとあとで結果を報告してやらなきゃな。

 

 んじゃまぁ、いい結果を報告出来るように頑張りますか。

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート