異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

176話 お出迎えとソラマメ -3-

公開日時: 2021年3月16日(火) 20:01
文字数:2,634

「あの、ヤシロさん……」

 

 うな垂れたまま、ジネットがすすすと近寄ってくる。

 

「すみません。折角ソラマメをたくさん使える案を思いついたのに、わたしのせいで……」

「何言ってんだよ」

 

 そこまで落ち込むようなことではない。

 まぁ、確かに。ソラマメのポタージュが売れてくれりゃ大量消費は出来たかもしれないが……

 

「お前の『おかげ』で、ソラマメの可能性が広がったんだろ。もっと胸を張れよ」

「ヤシロさん……はいっ」

 

 実際、ジネットの作ったソラマメのポタージュは美味いのだ。

 そんなへこんだ表情をする理由などどこにもない。

 だから、胸を張れ。

 

「そして、おっぱいをドーンと……っ!」

「懺悔してくださいっ」

 

 張ればいいのにっ! ドーンと! こう、ドドーンとっ!

 

 と、そんなことをしていると……

 

「ヤシロさんはいらっしゃいますかっ!?」

 

 陽だまり亭のドアを乱暴に開けて、アッスントが飛び込んできた。

 

「すまん、もう閉店なんだ」

「あぁっ! ヤシロさん! よかった!」

 

 くそ。「帰れ」というギャグをスルーされてしまった。

 アッスントが、物凄く嬉しそうな顔で俺にすり寄ってくる。

 

「ソラマメ! ソラマメを定期的に大量入手できるところはありますか!? 心当たりは!? お知り合いに関係者は!?」

「熱い熱い熱い! ちょっとは落ち着けよ!」

 

 血走った目をして、唾をまき散らしながらぐいぐい迫ってくる。

 この時間帯に、ここまで熱いオッサンはキツイ。摘まみ出したい。

 

「すみません。朗報があるんです!」

「離婚したのか?」

「それのどこが朗報ですか!? 今なお夫婦円満ですよ!」

 

 ちっ……

 

「麹の神が、豆板醤の件を了承してくださいましたよ!」

「あぁ、前に言ってたすごい職人か?」

「はい! 味噌の製造法を生み出した一族の末裔で、現在、オールブルームナンバーワンの腕前を持つと言われている方なんです!」

 

 アッスントがここまで持ち上げるのだから、相当凄い人物なのだろう。

 味噌とか醤油は、豊かな食生活には欠かせないからな。行商ギルドとしても丁重に扱わなければいけない相手なのだろう。

 

「本来なら、行商ギルドの幹部クラスでないとアポイントも受け付けてもらえないのですが……ねじ込みましたよっ!」

「……冒険したんだな」

 

 危険な賭けを比較的避けて通るタイプのアッスントが、かなり無茶をしてきたらしい。

 それで、このテンションというわけか。

 

「豆板醤に興味を示されて、『試作をしたいからソラマメを大量に手配してほしい』と! ですが、ソラマメは市場にあまり出回らない素材でして……そこで、ヤシロさん! どこか、ソラマメを大量に保有している人物、または組織をご存じありませんか!?」

「ご存じだぞ」

「本当ですかっ!?」

 

 流通してないっつうか、売れないから自分たちでガスガス処分してんだけどな……

 マーゥルに話を通せば、まとまった量を融通してくれるだろう。

 

 ……ウーマロたちに作らせたいものもあるし……ちょっといろいろ急ぎ足で片付けなきゃいけないかもな。

 

「とりあえず、ウチにある物をいくつか持っていってくれて構わないぞ」

「それは助かりますっ!」

 

 ちょうど大量に増えて、大量消費の手段を失ったところだ。持っていってもらおう。

 

「豆板醤! 絶対成功させましょう!」

 

 アッスントが燃えている。焼き豚だ。

 

「しっかり頼むぞ、チャーシュー!」

「誰がチャーシューですか!?」

 

 ぷひっ、と鼻を鳴らすアッスント。

 しかし、ほっと安堵の表情を見せる。

 

「気難しい方で、少しでも意に沿わないと仕事を投げ出してしまうそうなんです」

「子供かよ」

「滅多なことは言わないでくださいっ! 豆板醤の未来がかかっているんですよ!?」

 

 ……こいつ、豆板醤教にでも入信したのか? すげぇ真剣じゃん。

 

「とにかく、これで一安心です。大量入手の経路も確保できるならしておきたいですね」

 

 アッスントがここまでやる気に燃えているのだ。ソラマメの大量消費は目途が立ったと思って間違いないだろう。

 

「……アッスント」

 

 こちらの話が一段落したところで、マグダがアッスントの前に立つ。

 静かな視線でアッスントを見上げ、そしておもむろに、軽く握った両手の拳をアゴのそばに構え、こてんと小首を傾げた。

 

「……マグダ、スイートコーンが欲しい、にゃん」

「え…………っと、なんですか、これは?」

 

 マグダ、チャレンジャーだな!?

 アッスントに、まさかのおねだりとは。

 まぁ、案の定一切効き目ないみたいだけど。

 

「…………にゃん?」

 

 めげないな!?

 そんなにスイートコーンが欲しいか!?

 

「アッスントさん。よろしければこれをどうぞ」

 

 ジネットが、温かいソラマメのポタージュを持ってきてアッスントのそばのテーブルに載せる。

 豆板醤の話が好転していると知り、心なしか嬉しそうだ。

 もしかしたら、ソラマメが大量消費される目途が立ったから、かもしれないけれど。

 

「おぉ……これは美味しいですね。これは、なんのスープなんですか?」

「はい。ソラマメのポタージュです」

「ソラマメッ!?」

 

 ガタッとテーブルを鳴らし、アッスントが皿の中を覗き込む。

 

「あぁ、もったいない! 今現在、ソラマメは一粒残さず豆板醤に回したいというのに…………ジネットさん! このスープ、制作を中止していただくわけにはいきませんか!? 損害は私が補填いたしますので!」

「あ、あの、いえっ、損害だなんて……」

「補填してもらおうじゃないか!」

「え、ヤシロさん、でも……」

「……ヤシロの意見に、マグダも賛成」

「マグダさんも!?」

 

 おろおろするジネットを俺とマグダで黙らせる。

 どっちみち、売れ行きの不安な料理だ。アッスントに補填させた方が得になりそうではないか。

 

 だが、マグダは違う考えのもと、行動していたようで……

 

「……アッスント。ソラマメのポタージュを止めるためには、代替品が必須」

「そ、それはなんなのですか!?」

「……スイートコーン」

「確かに……スイートコーンでこのスープを作れば、美味しいかもしれませんね…………分かりました! 私が責任を持ってスイートコーンを仕入れてきましょう! ですので、代わりにここにあるソラマメはすべてこちらへ譲ってください!」

 

 ……マグダの思惑、まんまと成功。

 

「……いぇい」

 

 ご満悦でVサインを見せるマグダ。

 ……お前、逞しくなったな。

 

 

 というわけで、折角誕生したソラマメのポタージュは一時生産中止となり、代わりに、コーン、カボチャ、サツマイモのポタージュスープが陽だまり亭の新メニューとして誕生した。

 

 言うまでもないかもしれないが……コーンポタージュスープは、すげぇ大人気となった。

 

 

 

 

 

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