異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

112話 苦手意識からくるイヤイヤ病 -2-

公開日時: 2021年1月18日(月) 20:01
文字数:2,724

「ようやくお返事が参りましたよ」

「やっとかい!?」

 

 ナタリアが差し出した手紙を受け取り、エステラは安堵したような息を漏らすが、それでもその顔は抑えきれない不満に満ち満ちていた。

 

「昔からそうなんだよ、アノ男は。ボクのことを見下してバカにしているんだ」

 

 手紙の封を開けながらも不満をたらたら垂れている。

 

「知り合いなのか?」

 

 手紙を読み始めたエステラを気遣い、俺はナタリアに問いかける。

 エステラのことなら、ナタリアに聞けば答えが得られるからな。

 

「そうですね。お嬢様と、四十一区の現領主様はお歳が近いこともあり、幼い頃から顔を合わせる機会は多かったですね」

「四十一区の現領主って、そんなに若いのか?」

「先代様が早くに亡くなられて……ご子息のリカルド様がお継ぎになられました」

 

 エステラと同じような年齢で領主か……領主代行のエステラとはまた責任の重さが違うんだろうな。

 

「幼少期から快活で物怖じせず、正直者で口が悪く、思慮に欠け無遠慮で悪意に満ちて他者を見下し奢り昂ぶり矮小で取るに足らない素敵な領主様ですよ」

「どの口がそんなこと言うんだ!?」

 

 後半罵詈雑言の嵐じゃねぇか。

 

「『女だからダメだ』『いい領主にはなれない』と、お嬢様を散々いじめて……」

 

 ガキはそういうことを平気で言うからな……

 生まれた時から権力に触れて育ったガキなら尚更か。

 

 それでエステラは持ち前の負けん気を発揮して、こんなボクっ娘になったってわけか。

 隣の領主の息子に負けないために。

 

「私も……何度暗殺を止められたか分かりません」

「俺は、真剣にお前が怖いよ」

 

 目論んでんじゃねぇよ。そしてそれをサラッと口外すんなっつの。

 

「領主の家に男児が生まれなかった場合は、婿を取り家督を継がせるのが通例ではあるのですが……四十二区の領主ということで見向きもされないという状況なんです」

「へぇ~、いいんじゃないの。そんな程度の低いバカどもにエステラはもったいねぇよ」

 

 なんだろう……エステラが政略結婚の道具にされると思うと無性に腹が立つな。

 

「周りの貴族たちも、お嬢様と婚姻することはクレアモナ家に組み込まれることになると乗り気ではないのです。どうせ四十二区の領主になるのなら、クレアモナ家が没した後、自分の家が乗っ取った方がいいと」

「クレアモナの名は語りたくないってのか?」

「すっかりと『四十二区=クレアモナ』のイメージがついておりますので。名前だけで見下す愚かな貴族が多いのですよ」

「テメェの家は領主以下の中途半端な貴族なのにか?」

「中途半端だからこそ、ですよ。『その気になればどこまでも上り詰められる』という可能性を摘みたくはないのでしょう」

 

 つまり、四十二区は決定的に見下されていて、ウチの者が婿養子になって領主を継ぐということがみっともないという風潮になっているのか。

 その気になれば中央区だろうが食い込める、とでも思っているのかね。

 そんな連中は、永遠に中途半端止まりだろうよ…………四十二区を舐めんなよ。

 

「せめてもの救いは、お嬢様がバカな男には興味を持たない方だということでしょうかね」

「頭いいもんな。最近ポンコツ化が酷いけど」

「おや? ポンコツが可愛いのではないですか?」

「お前から見ればそうだろうけどな」

「お嬢様は、寝ている時に鼻をつまむと『みゅぃ~い』と可愛らしく鳴くんですよ?」

「ボクの後ろでなんの話をしているんだい!?」

 

 手紙を読み終えたエステラがナタリアに詰め寄る。

 頬を朱に染めぐるると牙を剥く。

 

「照れてるお嬢様、萌え~」

「うっさいよ!」

 

 こいつら、日に日に上下関係が崩壊していくな……

 

「結婚なんて考えてないよ、ボクは。お父様がリタイアしたら、ボクが立派に領主を務めるからね。四十二区の未来は安泰さ」

 

 突っぱねるように言って、さっきの手紙を俺の胸に押しつけてくる。

 

「読んでいいのか?」

「捨てていいよ。大した内容じゃないから」

 

 ざっと目を通すと、文面だけはどこぞの定型文を切り貼りして取り繕ったように見えるが……全体を通して細かいイヤミが散りばめられていた。

 領主代行が領主に直接手紙を寄越すとは、世の中も寛大になったものだ。とか。

 いつでも面会できる君が羨ましい、こちらは日々忙しくてそれどころではないんだ。とか。

 時間を浪費するのは愚か者のすることではあるが、旧知の者に会う時くらいは幼き日の愚か者に徹するのも一興か。とか。……これってつまり、領主代行としては認めないし持て成さないって意味だよな?

 

「こいつは昔からそうだったんだ。こちらが下手に出れば容赦なく付け上がる。口の減らない嫌なヤツなんだ」

「なるほどなぁ……それで、四十一区の門番は四十二区の者を必要以上に見下してたわけだ」

「門番だけじゃないよ……あの街は、もう、全体的にそうだから」

 

 ドッカと椅子に座り、腕を組む。

 不機嫌なオーラが全身から立ち昇っている。

 

「四十区のデミリーとは大違いの反応だな」

「オジ様はいい人だからね。領主としても、一人の人間としても尊敬できる人物だよ」

 

 エステラの表情が少し明るくなる。

 これも、幼少期からの積み重ねなのだろうか。

 

「デミリー様は、現領主様とも旧知の仲で、とても親しい間柄なのです」

「そう言ってたなぁ、たしか」

「四十区のデミリー様は大らかで人柄もよく、昔から何かある度に我が領主様を気にかけてくださる方でした」

 

 頼れる兄貴みたいな存在かなと、想像する。

 今でこそ四十二区は活気に溢れているが、俺がたどり着いた当初は酷い有り様だったしな。

 いろいろ相談に乗ってもらっていたのだろう。

 

「それに引き換え、四十一区のシーゲンターラー様は…………けっ!」

「分かりやすいなぁ、お前も」

「先代の領主はまだ話が出来たんだ。……とっつきにくくはあったけどね」

「けれど、シーゲンターラー様とのお付き合いで、領主様の容体が悪化したのも事実です」

「お父様は…………打たれ弱いからねぇ」

 

 なんだ、ストレスで寝込んじまったりしたのか?

 まぁとにかく、四十一区との相性は悪いってことなんだろうな。

 

 そう言われてみれば、四十区との交流は盛んになったのに、四十一区とはからっきしだ。

 基本、通過点としてしか利用してないからな。それも、大通りではなく、抜け道に使う小さな道を数キロメートルほどってところだし。

 

「あぁ…………行きたくないなぁ……」

「いや、行かなきゃ始まんないだろう?」

「分かってるよぉ……行くよぉ……」

 

 エステラアザラシ、再び。

 

「まぁ、俺もついていってやるから。な?」

「ん…………お願い」

 

 やけに素直だ。

 それだけまいってるってことか。

 

 行けばイヤミを言われると分かっているところに行くのは、まぁ確かに憂鬱にもなるよな。ぶっ飛ばすわけにもいかないし。

 無事交渉が済めばいいんだが。

 

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