異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

324話 調査再び、そして次の手 -1-

公開日時: 2021年12月30日(木) 20:01
文字数:4,111

「なんもいねぇな」

 

 俺の声が洞窟の中にこだまする。

 早朝の海は冷え込み、鼻の奥がツンと痛む。

 声も、昼間に入った昨日よりもキンキンと響いている気がする。

 

「……これが、アルヴァロが壊せなかった壁?」

「そうなんッス。オイラもちょっとツルハシで挑戦してみたッスけど、まったく歯が立たなかったッス」

 

 道を塞ぐ岩壁に手を触れ、マグダが何かを探るように耳を動かしている。

 

「『赤モヤ』は使うなよ?」

「……ヤシロ、その略称は、――以下略」

 

 略しちゃったよ。

 一応抗議の意思だけは見せるんだな。

 

「……アルヴァロの『白いシュワシュワしたなんか漂うヤツ』で無理なら、マグダの『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』でもおそらく無理。これの破壊を検討するなら、メドラママを連れてくるべき」

 

 メドラを担ぎ出さないと無理だろうと、マグダは見解を述べる。

 俺の意見を言わせてもらえば、おそらくメドラでも無理だろう。

 

 今回の一件にカエルが無関係だったとしても、ついさっきまで通れていた通路が突き出してきた岩壁によって塞がれ、近隣や洞窟の上の地面になんの影響も出さないなんて常識離れした現象、少なくない確率で精霊神が関わっている。

 もし、これが精霊神の仕業じゃないというのであれば、俺は次の候補として『精霊神クラスの誰かの魔法』を推すね。

 

 とにかく、こいつは人間の仕業じゃない。

 

「おそらく、航路はこの岩を避けるように大きくカーブすることになると思う」

 

 俺たちは今、四十二区側――北側の通路にいる。北側の通路は謎の壁に塞がれてしまったから、この向かい側――南側を広く掘って船が通れるようにするしかないだろう。

 

「出来そうか?」

「調査しみないとなんとも言えないッスけど、同じ地質なら問題ないと思うッス」

「海底も、今度じっくり調べてみるね☆」

 

 船が通れるようにするには、海底もある程度削らなければいけない。

 普通、船は浅瀬を避けて深いところを選んで航行するべきなのだろうが、このわがままな人魚姫は自分の行きたいところへ船が入れるようにしたいのだ。

 

 人魚の持つ力で海底を削ると言っているので、その辺は任せている。

 なんでも、海の中では結構そういう工事をしているらしい。

 もっとも、丁寧安全なトルベック工務店とは比ぶべくもない荒っぽい工事らしいけど。

 

「ダメだね。抜け穴もなさそうだよ」

 

 ナタリアと共に、カエルが通れそうな横穴や抜け穴、隠し扉なんかがないかを丹念に調べていたエステラ。成果はなかったようだ。

 俺もどこかに仕掛けがないかを探ってみたが、それらしいものはなかった。

 完全無欠に普通の洞窟なのだ。

 鉄の棒で壁や床をゴンゴン殴りながら、空洞がないかを確認して回ったのだが、それも空振りだった。

 

「この壁の向こうに行けるか、ウーマロ?」

「ボートを回せばたぶん行けるッスけど……崖を登ることになるッスよ?」

 

 洞窟内の通路は、最初海面と同じ高さに通路があるが、徐々に上り坂となり10メートルほどの高さになっている。

 工事中に波にさらわれないようにという配慮からだが、そのせいでボートへの乗り降りは入り口付近からしか出来ないので若干面倒くさい。

 

 

 

 で、ボートまで戻り、ボートで岩壁を超えて、その先の崖を登ってみた。

 ……やるんじゃなかった。

 これ、帰りは同じ崖を降りるのか……うへぁ……

 

「何もないね」

「……あぁ」

 

 俺とは違い、さほど息を切らせていないエステラ。

 運動では敵わないな、こいつには。

 

「負荷がないもんなぁ……」

「君もないだろう!? あぁ、いや違った。あるよ!」

「本能が虚栄を拒んで素直なツッコミをしてしまったようですね、エステラ様」

「うるさい」

「え、『負荷が羨ましい』?」

「言ってない!」

 

『羨ましくない』とは、口が裂けても言わないエステラ。

 ぷりぷり怒って、せり出した岩壁の裏面を調べる。

 

 こっちから見ても、普通に岩だ。

 だが――

 

「入り口から掘り進めてきたんだとしたら、今俺たちがいるこの場所に通路があるのはおかしいはずなんだよな」

 

 入り口から順番に掘り進めていたのなら、壁の向こうに通路があるのはおかしい。

 ここに通路があるということは、一度掘った通路が塞がれたという証拠だ。

 

「逆なら、いくつか推論が立てられたんだがな」

「逆?」

「塞がっていたはずの道が通れるようになっていたってんなら、メドラがストレス発散でもしに来たかなって思えるだろ?」

「……こんなところまで来てそんなことしないよ、メドラさんは」

 

 可能性の話だ。

 100%あり得ないとは言い切れないだろ。

 

 そのわずかな可能性すら存在させない状況なんだよなぁ、今は。

 通路が急に塞がれるって……なぁ?

 

「ここから、本来工事が進んでいた地点まで調べてみよう」

「と言っても、すぐそこで行き止まりッスけどね」

 

 謎の岩壁を超えた先は、わずか15メートルほどでまた行き止まりになっていた。

 こっちは、正真正銘掘られていない岩壁だ。

 見た感じは謎の岩壁とそっくり同じだ。

 だが――

 

「マグダ、軽くでいいんだが、壊せるか?」

「……やってみる」

 

 マグダが岩壁を殴ると、ボコッと拳一個分くらいの岩が抉れて取れた。

 

「……余裕」

 

 やはり、ただの岩なら素手で破壊できるんだな。

 ……うん、それはそれですごいんだけどな。普通素手で岩とか砕けないからさ。

 

 とりあえず、マグダを怒らせるようなことはしないでおこう。

 俺はずっとマグダの味方だからな~。

 

「見た目は似ていますが、向こうの岩壁と、こちらの岩壁――どちらも『岩壁』ではややこしいですね。では、向こうのせり出したと思しき岩壁を『謎壁』、こちらの岩壁を『領主壁』と名付けましょう」

「その名付けは却下だよ!」

「なぜですか? たった今、抉れたところですのに?」

「だからだよ! 由来が思った通りだったしね!」

「それで、謎壁と領主壁は似て非なる物のようですね」

「ボクを無視して話を進めないでくれるかな!?」

 

 もういいじゃねぇか、領主壁で。

 そっくりなんだし……ぷぷぷ。

 

 

「よし、じゃあ南側の通路も調べてみるか」

「そうだね。……せめて、何かがいた形跡でもあってくれると助かるんだけど」

 

 それは望み薄だなと思っていたのだが、結果思った通りになってしまった。

 

 どんなに丹念に調べても、人が通れそうな穴も、隠れられそうな場所も、何かが潜んでいる気配すらも何もなかった。

 

 

 

 洞窟の中で飯を食い、結構粘って調査をしてみたが、結局成果は何も得られなかった。

 

 

 

「大工の連中め。本当に、ここに何かいたんだろうな?」

「それを疑いたくなるくらいに何もないね」

 

 はぁ~っとため息を吐けば、朝ほど反響しなくなっていた。

 この洞窟の中は時間によって結構な温度差があるようだ。

 

「ウーマロ。念のために聞くが、カエルを見たと騒いでいた六人の大工。ウィシャートの息がかかっていたなんてことはないよな?」

「それはないッスね」

 

 聞けば、四十二区に手伝いに来ている大工たちは、各区の領主たちが入念にチェックをして問題がないと判断された者たちだけらしい。

 能力はあるが、組合や特定の貴族と懇意にしている大工たちは領主の権限で四十二区への派遣を制限しているらしい。

 そんな大工もいるのかよ。

 

「外周区の領主様たちは、開通式典でのウィシャートの行動に不快感と危機感を持ったようッスよ。一見関係ないように見える貴族でも、遡っていけばウィシャートにたどり着く、そんな繋がりも制限してるッス。……特に、今は一番危険な時ッスから」

 

 下手にウィシャートに利するような行動を取ってしまったばかりに四十二区に多大な損害を与えてしまった。そんなことになれば、当然のように四十二区からは敵視される。

 四十二区がぐらつくことで素敵やんアベニューが頓挫しかねない四十一区や、港の工事に全面協力している三十五区、エステラとは親族のように親しい領主の四十区からの反発も必至だ。

 

 それはすなわち、四十二区から三十五区までのすべてを敵に回すようなものだ。

 そりゃ、領主たちも慎重になるよな。

 平常時であれば「うっかりしていた、すまん!」で済むことでも、ウィシャートが牙を研ぎ澄ましている今は、その「うっかり」が致命傷になりかねない。

 

 早くなんとかしないと、外周区の領主たちの胃がストレスでハチの巣になりかねないな。

 

 

 とにかく、あの大工たちが工事を遅らせる目的で虚言を喚き立てたわけではないらしい。

 

 そうなると、マジで手の打ちようがなくなるんだがなぁ……

 

 

「そろそろ戻ろうか。日が暮れると一気に寒くなるらしいからね、この洞窟は」

「……だな。人が眠った後に活動するかもしれんが、こんな場所で夜明かしするのなんか御免だしな」

「……それは、ウッセたちにやらせればいい。とりあえず、謎壁のことは話さずに、夜間に洞窟内を見張ってもらい、何かがいれば捕らえてもらう。夜間の張り込みは、狩人が得意」

 

 洞窟の中に、誰にも知られてはいけないレベルの秘密や危険がないと分かり、狩猟ギルドに丸投げすればいいとマグダは言う。

 まぁ、ちょこっと調べて、精霊神の神殿とか遺跡とか遺物みたいな、アンタッチャブルなもんがごろごろ出てくることはないってのが分かっただけでもよしとするかな。

 

 とりあえず、この洞窟内に『呪い』や『流行り病』に繋がりそうなものはなかった。

 なら、必要以上に情報統制する必要はない。

 とりあえず、何かあってもむやみに騒がずエステラに報告するようにとだけ言っておけばいいだろう。

 

「お帰り~☆ そっちも成果はなし、かな?」

 

 陸を歩けずボートのそばで待機していたマーシャが出迎えてくれる。

 マーシャも洞窟内の海の中を調べていたようだが、成果はない様子だ。

 

「とりあえず陽だまり亭へ戻ろう。温かいご飯を食べながら次の手を考えよう」

 

 次の手と、エステラは言うが……

 

「まぁ、どうすればいいのか、さっぱりお手上げってのが素直なところだけどね」

 

 取っ掛かりもなくし、ないものをないと証明する方法なんてものはそうそうあるわけがない。

 だが、「なんもなかった」では納得させられない。

 

 

 まぁ、俺は一つだけやってみるべきだろうなってことが思い浮かんでるけどな。

 

 それは、エステラの言うとおり、陽だまり亭であったかい飯を食いながらにしよう。

 ずっと海のそばにいて体が冷え切ってしまったからな。

 

 

 

 

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート