「少し、昔話をしないか?」
昔話……
過去のことを話して……あたしとの思い出をいっぱい語り合って……あたしのこと、思い出そうとしてくれるですか? お兄ちゃん……
「昔、笠地蔵と呼ばれる地蔵がいてな」
「むわぁ! それ泣くヤツです! 今日は聞かないです!」
笠地蔵の話を聞くと、半日は目が真っ赤に腫れるです。号泣です。
お仕事中なので、それは困るです!
「別の話にしてほしいです」
「別の話…………」
「ほら、何か、あたしと一緒に経験した思い出とか、印象深い場面とか!」
「………………特には」
「なんかあるはずです!? 必死になって探してです!」
「あっ! あの時のおにぎりは美味しかったな」
「いつのか分かんないです! 割かし食べてるですよ、おにぎり!?」
も~ぅ!
お兄ちゃんはすぐにそうやってあたしをいじめるです!
あたしの反応が面白かったのか、ケタケタとお腹を抱えて笑うです。
むぅ。意地悪です。
……けど、いつも通りで、ちょっと安心するです。
「まいどありー!」
「まいどりー!」
「まどりー!」
妹たちは楽しそうに接客をしているです。
九歳になるまでお仕事はさせてもらえないです。
年齢一桁の年少組は、みんな早く九歳になりたいって思っているです。
それまでは、教会か陽だまり亭のお手伝いしかさせてもらえないです。
それも、掃除とか草むしりとか、そういうのです。
なので、みんな九歳になって仕事に就けたら一所懸命働くです。
そして、十二歳になるとさらに高度な『技術職』に就けるです。
ここまで来ると、もう尊敬の眼差しです。憧れの的です。上級国民です。
十二歳以上は、まだ人数が少ないので余計そうなんです。
そして、今年十六歳になる長女のあたしは、あの陽だまり亭の正ウェイトレスです!
主力メンバーです!
マグダっちょと二人でお店を任せられるレベルです!
すごいんです!
……なのに、あんまり敬われてないです。
きっと、お兄ちゃんたちがあたしをいじるから、弟妹たちがマネしてるです。……むぅ。
「楽しそうに働くな」
「それだけが取り柄ですから」
目を細めて、お兄ちゃんが妹たちを見つめるです。
本当に、本当のお兄ちゃんみたいな、過保護な目で。
「一年前までは、働き口もなかったですから」
なかったのは働き口だけじゃない。
お金も、未来への希望も、何もかもがなかったです。
弟妹たちも、あんな楽しそうには、笑っていなかったです。
自分たちの家を守ろうと、落とし穴を掘って、体を鍛えて、『敵を排除する』って物騒な武器を持って……
それが今では、手にはクワや大工道具を握って、人様のためになるお仕事に従事している。
年長者として、弟妹たちのこの変化は、堪らなく嬉しいです。
それもみんな、お兄ちゃんのおかげです。
お兄ちゃんがあたしに声をかけてくれたから……弟妹たちを助けてくれたから……あたしたちを、守ってくれたから、今がある。
今があるから、未来が開ける。
だから、あたしの未来は、すべてお兄ちゃんのためにあるです。
たとえ、お兄ちゃんがあたしを忘れてしまっても……あたしは、お兄ちゃんのために生きる覚悟です。
もう、決めたんです。
あたしはお兄ちゃんに、信じられないくらいの、抱えきれないくらいの、計り知れないくらいの幸せをもらったです。
今度はあたしがお兄ちゃんに幸せを返していくです。
何度ゼロからやり直しになろうとも。
たとえ、お兄ちゃんにとって、あたしがなんの価値もない人間になってしまったとしても……
「ん? どした?」
「にゃっ、……っと。じ、実は、パウ……そこの店の看板娘さんが妙に上機嫌で、きっといいことがあったに違いないと睨んでいるです」
あたしは、嘘吐きです。
心と口が別のことを語るです。
「あぁ。それならフルーティーな魔獣ソーセージのことだな」
「フルーティーですか!? 興味深いです!」
こうやって、他愛ない話をして。
へらへらと笑っていれば、みんなが思う『ロレッタちゃん』でいられるです。
「むはぁ! なんだか、話を聞いたら食べたくなったです! 今すぐ買ってくるです!」
「まだ仕事中だろうが!」
「すぐ済むです!」
「まだ発売前だよ」
「マスターにおねだりすれば一発です!」
「……また怒られるぞ、マスターじゃない方に」
「はぅ…………それは、ちょっと怖いです」
耳を塞ぐフリをして、一度まぶたを閉じるです。自分の腕に隠れて。
泣きそうな時は、こうやって誤魔化せば涙は出ないです。
心がどんなに泣いていたって、顔で笑っていれば誰にも悟られないです。
そうです。
こんな暗いあたしは、心の中に閉じ込めておくのがいいです。
お兄ちゃんに知られたら、きっと嫌われるです。
嫌われるのは、忘れられるより、イヤです。……あたしの場合は。
嫌われるのは…………本当に、つらいんです。
それでも無理して笑顔を作らなきゃって…………実は結構……つらかったです。
すとーんと、肩の力が抜ける感覚がして……思わず頭が下がるです。
……と、その時。
「あ、ゴミがついてるぞ」
「へっ? ど、どこです?」
突然お兄ちゃんがあたしの頭を指さして言うです。
ゴミなんて、飲食店のアイドル店員の頭についていてはいけないものです。すぐにでも除去しなければ……
「動くな。取ってやるから」
「は、はいです」
少し頭を下げたまま、言われた通り動きを止めるです。
ちょっとつらい体勢だけど、ほんの少しの辛抱です。
お兄ちゃんが一歩、あたしに近付いてきて……髪の毛を撫でたです。
「余計なことを考えてるのはこの辺か?」
そう言いながら、あたしの頭をぐりぐりと撫でるです、
「へ……、あ、あの……お、おにい、ちゃん?」
「ん~……この辺かなぁ?」
ぐりぐりと頭を撫でて、頬を撫でて……後頭部にそっと触れて…………抱きしめてくれたです。
「ほ、ほにょっ!?」
「無理して変な声を出すな」
む、無理してなんか……
「お前が何を考えているのかは、だいたい分かる」
「え……っ!?」
分かってる……です?
いやいや、そんなはずないです。
あたしは笑顔の達人です。誰にも、あたしの本当の心は読み取れるわけが……
「よく頑張ったよ、お前は。独りぼっちで、本当の自分をひた隠しにして……ハムスター人族だってことがバレないように。自分の本心を悟られないように……」
とくん、とくん……と、お兄ちゃんの鼓動が聞こえるです。
それに混ざって……
「それだけ頑張ったから今があるんだ。だからもう、無理して笑わなくてもいい」
そんなことを言ったです。
…………バレて、た…………です。
あたしが、無理して笑顔を作っていたことも……全部?
「俺のために、自分を犠牲にしようなんてすんな。お前は、お前のために生きろ」
「でも……」
なんですか、もう……お兄ちゃんは、ズルいです。
こんなタイミングで、こんな格好で……抱きしめられて、温かくて、とくん、とくんって……こんなの甘えちゃうじゃないですか。
あたしは長女だから、こういうのに慣れてないって、知ってるはずなのに……ズルいです。
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