異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

追想編12 ロレッタ -2-

公開日時: 2021年3月12日(金) 20:01
文字数:2,797

「少し、昔話をしないか?」

 

 昔話……

 過去のことを話して……あたしとの思い出をいっぱい語り合って……あたしのこと、思い出そうとしてくれるですか? お兄ちゃん……

 

「昔、笠地蔵と呼ばれる地蔵がいてな」

「むわぁ! それ泣くヤツです! 今日は聞かないです!」

 

 笠地蔵の話を聞くと、半日は目が真っ赤に腫れるです。号泣です。

 お仕事中なので、それは困るです!

 

「別の話にしてほしいです」

「別の話…………」

「ほら、何か、あたしと一緒に経験した思い出とか、印象深い場面とか!」

「………………特には」

「なんかあるはずです!? 必死になって探してです!」

「あっ! あの時のおにぎりは美味しかったな」

「いつのか分かんないです! 割かし食べてるですよ、おにぎり!?」

 

 も~ぅ!

 お兄ちゃんはすぐにそうやってあたしをいじめるです!

 あたしの反応が面白かったのか、ケタケタとお腹を抱えて笑うです。

 むぅ。意地悪です。

 

 ……けど、いつも通りで、ちょっと安心するです。

 

「まいどありー!」

「まいどりー!」

「まどりー!」

 

 妹たちは楽しそうに接客をしているです。

 九歳になるまでお仕事はさせてもらえないです。

 年齢一桁の年少組は、みんな早く九歳になりたいって思っているです。

 それまでは、教会か陽だまり亭のお手伝いしかさせてもらえないです。

 それも、掃除とか草むしりとか、そういうのです。

 

 なので、みんな九歳になって仕事に就けたら一所懸命働くです。

 

 そして、十二歳になるとさらに高度な『技術職』に就けるです。

 ここまで来ると、もう尊敬の眼差しです。憧れの的です。上級国民です。

 

 十二歳以上は、まだ人数が少ないので余計そうなんです。

 

 そして、今年十六歳になる長女のあたしは、あの陽だまり亭の正ウェイトレスです!

 主力メンバーです!

 マグダっちょと二人でお店を任せられるレベルです!

 すごいんです!

 

 ……なのに、あんまり敬われてないです。

 

 きっと、お兄ちゃんたちがあたしをいじるから、弟妹たちがマネしてるです。……むぅ。

 

「楽しそうに働くな」

「それだけが取り柄ですから」

 

 目を細めて、お兄ちゃんが妹たちを見つめるです。

 本当に、本当のお兄ちゃんみたいな、過保護な目で。

 

「一年前までは、働き口もなかったですから」

 

 なかったのは働き口だけじゃない。

 お金も、未来への希望も、何もかもがなかったです。

 

 弟妹たちも、あんな楽しそうには、笑っていなかったです。

 

 自分たちの家を守ろうと、落とし穴を掘って、体を鍛えて、『敵を排除する』って物騒な武器を持って……

 

 それが今では、手にはクワや大工道具を握って、人様のためになるお仕事に従事している。

 年長者として、弟妹たちのこの変化は、堪らなく嬉しいです。

 

 

 それもみんな、お兄ちゃんのおかげです。

 

 

 お兄ちゃんがあたしに声をかけてくれたから……弟妹たちを助けてくれたから……あたしたちを、守ってくれたから、今がある。

 今があるから、未来が開ける。

 

 だから、あたしの未来は、すべてお兄ちゃんのためにあるです。

 

 たとえ、お兄ちゃんがあたしを忘れてしまっても……あたしは、お兄ちゃんのために生きる覚悟です。

 もう、決めたんです。

 

 あたしはお兄ちゃんに、信じられないくらいの、抱えきれないくらいの、計り知れないくらいの幸せをもらったです。

 

 今度はあたしがお兄ちゃんに幸せを返していくです。

 

 何度ゼロからやり直しになろうとも。

 たとえ、お兄ちゃんにとって、あたしがなんの価値もない人間になってしまったとしても……

 

「ん? どした?」

「にゃっ、……っと。じ、実は、パウ……そこの店の看板娘さんが妙に上機嫌で、きっといいことがあったに違いないと睨んでいるです」

 

 あたしは、嘘吐きです。

 心と口が別のことを語るです。

 

「あぁ。それならフルーティーな魔獣ソーセージのことだな」

「フルーティーですか!? 興味深いです!」

 

 こうやって、他愛ない話をして。

 へらへらと笑っていれば、みんなが思う『ロレッタちゃん』でいられるです。

 

「むはぁ! なんだか、話を聞いたら食べたくなったです! 今すぐ買ってくるです!」

「まだ仕事中だろうが!」

「すぐ済むです!」

「まだ発売前だよ」

「マスターにおねだりすれば一発です!」

「……また怒られるぞ、マスターじゃない方に」

「はぅ…………それは、ちょっと怖いです」

 

 耳を塞ぐフリをして、一度まぶたを閉じるです。自分の腕に隠れて。

 

 泣きそうな時は、こうやって誤魔化せば涙は出ないです。

 心がどんなに泣いていたって、顔で笑っていれば誰にも悟られないです。

 

 そうです。

 こんな暗いあたしは、心の中に閉じ込めておくのがいいです。

 お兄ちゃんに知られたら、きっと嫌われるです。

 嫌われるのは、忘れられるより、イヤです。……あたしの場合は。

 

 

 嫌われるのは…………本当に、つらいんです。

 それでも無理して笑顔を作らなきゃって…………実は結構……つらかったです。

 

 すとーんと、肩の力が抜ける感覚がして……思わず頭が下がるです。

 ……と、その時。

 

「あ、ゴミがついてるぞ」

「へっ? ど、どこです?」

 

 突然お兄ちゃんがあたしの頭を指さして言うです。

 ゴミなんて、飲食店のアイドル店員の頭についていてはいけないものです。すぐにでも除去しなければ……

 

「動くな。取ってやるから」

「は、はいです」

 

 少し頭を下げたまま、言われた通り動きを止めるです。

 ちょっとつらい体勢だけど、ほんの少しの辛抱です。

 

 お兄ちゃんが一歩、あたしに近付いてきて……髪の毛を撫でたです。

 

「余計なことを考えてるのはこの辺か?」

 

 そう言いながら、あたしの頭をぐりぐりと撫でるです、

 

「へ……、あ、あの……お、おにい、ちゃん?」

「ん~……この辺かなぁ?」

 

 ぐりぐりと頭を撫でて、頬を撫でて……後頭部にそっと触れて…………抱きしめてくれたです。

 

「ほ、ほにょっ!?」

「無理して変な声を出すな」

 

 む、無理してなんか……

 

「お前が何を考えているのかは、だいたい分かる」

「え……っ!?」

 

 分かってる……です?

 

 いやいや、そんなはずないです。

 あたしは笑顔の達人です。誰にも、あたしの本当の心は読み取れるわけが……

 

「よく頑張ったよ、お前は。独りぼっちで、本当の自分をひた隠しにして……ハムスター人族だってことがバレないように。自分の本心を悟られないように……」

 

 とくん、とくん……と、お兄ちゃんの鼓動が聞こえるです。

 それに混ざって……

 

「それだけ頑張ったから今があるんだ。だからもう、無理して笑わなくてもいい」

 

 そんなことを言ったです。

 

 …………バレて、た…………です。

 あたしが、無理して笑顔を作っていたことも……全部?

 

「俺のために、自分を犠牲にしようなんてすんな。お前は、お前のために生きろ」

「でも……」

 

 なんですか、もう……お兄ちゃんは、ズルいです。

 こんなタイミングで、こんな格好で……抱きしめられて、温かくて、とくん、とくんって……こんなの甘えちゃうじゃないですか。

 あたしは長女だから、こういうのに慣れてないって、知ってるはずなのに……ズルいです。

 

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