異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

追想編10 パウラ -2-

公開日時: 2021年3月12日(金) 20:01
文字数:3,872

「それで、どうなの?」

「ん? 腹か? ……ちょっと空いたかな? この匂い嗅いでたら」

「そうじゃなくて……」

「あーい! ビールおかわり!」

「…………」

「呼んでるぞ」

「聞こえてるもん!」

 

 もう!

 ヤシロの記憶のこと聞きたかったのに、どうして今注文するの?

 ビールって、そんなにすぐ必要!?

 

 ……まぁ、ビール飲みに来てるんだから必要だよね、そりゃ。

 

「はぁい、ただいまぁー!」

 

 ヤシロに向かって「ごめんね」と言うと「気にすんな」って言ってくれて、アタシはすぐにビールのおかわりを取りに行く。

 その途中で二人、ビールのおかわりが追加されて、魔獣のソーセージとビッグベーコンの注文が入る。

 

「父ちゃん、魔獣が二つでビッグベーコンが一つね!」

 

 無口な父ちゃんが鷹揚に頷いて調理にかかる。

 

「あ、それから! 魔獣ソーセージの新しいヤツ一つ!」

 

『分かった』って感じで父ちゃんが手を上げる。

 これは、注文されてないんだけど……いいよね。あたしの奢りで。

 

 父ちゃんがソーセージを焼いている間も、お酒の注文が入って、あたしは店内を走り回る。

 ソーセージが焼けて、注文されたものをお客さんに届けると少しだけ余裕が出来た。

 

「ヤシロっ、これ!」

「ん? 俺頼んでないぞ?」

 

 目を丸くするヤシロに、そっと耳打ちをする。

 

「あたしの奢り」

 

 すると今度はヤシロがあたしの耳に口を近付けて、ぼそっと呟いた。

 

「いいのか?」

 

 ――っ!

 ……わっさわっさ。

 

 み、耳元でヤシロの囁くような声を聴かされると…………なんだか背筋がぞくぞくっとした。

 

 うぅ……

 

「あ、あの。ほら、前に教えてくれたでしょ? リンゴのチップ。それで作ったソーセージなの」

 

 以前。

 カンタルチカで虫騒動があった時にヤシロが教えてくれた、新しい燻製。

 ブナやリンゴのチップを使えば風味が変わるって。

 いろいろ試してみて、つい先日ついに新商品が完成したの。

 まだ、お客さんには出してないけど、明日にでもお店に出すつもり。

 

「ヤシロがお客さん第一号だから。食べて」

 

 それだけ言って顔を離すと、ヤシロが「ちょいちょい」って手招きをした。

 うぅ……もう一回?

 こわごわと顔を近付けると、さっきよりもはっきりとした声でヤシロが囁く。

 

「ありがとうな」

 

 ぞわぞわぞわっ!

 ……わっさわっさわっさわっさ!

 

 ふぅうう…………っ! 

 

「き、気にしないで! これは、あの、ほら、アレだから! そう! お礼!」

 

 堪らず顔を離す。

 なんだろう。なんでヤシロの声って、こう、ぞわぞわするんだろう。

 今も、なんだか背筋がむずむずする……っ!

 

 ……わっさわっさ。

 

「んんっ! 悔しいけど、メッチャうめぇ!」

 

 新魔獣のソーセージを食べて、ヤシロが唸る。

 そうでしょ!? 美味しいよね!?

 ふふん、どんなもんよ。すっごく研究したんだから!

 

「やっぱ、ちょっとだけリンゴの香りがするな」

「微かにね。イヌ人族とヤシロくらいしか気付かないと思うけど」

「いや、俺をその括りに入れるなよ」

 

 だって、ヤシロはウチの父ちゃんよりも味とか香りに敏感なんだもん。

 イヌ人族としては、ヤシロは特別枠ってことにしておきたいんだよね。

 

「けど、名前がまだ決まってないんだよね」

「魔獣のソーセージ(リンゴ)とかでいいんじゃないのか?」

「ダメだよ、そんなの! ……リンゴのチップを使ってるのは企業秘密だもん」

「……俺にバラすなよ、じゃあ」

「ヤシロはいいの!」

 

 ヤシロに教えてもらったんだし、どうせ一口食べたら言い当てちゃうだろうし。

 

「けど、このリンゴっぽい香りは売りにしたいんだよねぇ」

「んじゃあ、リンゴってことだけを隠して、『フルーティーソーセージ』とかどうだ?」

「――っ!? それ、いい! ねぇ、その名前使ってもいい!?」

「あぁ。いいぞ」

「やったぁ!」

 

 リンゴは秘密にしたまま、新しいソーセージの売りは説明できる!

 ヤシロ、すごい! やっぱりすごい!

 もう! 本当に、ウチに欲しいくらいだよ!

 

 もしヤシロがウチに来てくれたら…………あたしとヤシロの二人で…………

 

 ……わっさふっさぶわっさ、わっさふっさぶわっさ!

 

「お、おいおい! 尻尾! 尻尾が物凄いことになってるぞ!」

「はっ!?」

 

 慌ててお尻を押さえる。

 もう……どうしてこう正直に動いちゃうの、あたしの尻尾!?

 

「そんなに気に入ったのか、フルーティーソーセージ?」

「へ? あ、ぁあ、うん。すごくいい名前!」

 

 ……よかった。バレてない、よね。

 

 ……けど。

 本当に、一回考えてくれないかなぁ……ウチに来るってこと。

 

「ね、ねぇ、ヤシロ…………飲食店に興味とか……ない?」

「え、なに? 突っ込めばいいの?」

 

 ……だよねぇ。

 そういう反応になるよねぇ。

 陽だまり亭があるもんね……

 

 あ~ぁ……ジネットが羨ましいなぁ。

 

 あたしも、あの時……ヤシロがグレープフルーツジュースを頼んだ時……ご馳走してあげてれば…………もしかしたら、ヤシロはウチに、いた……の、かな?

 

 ……しゅん。

 と、尻尾がうな垂れる。

 

 あたし……なに考えてるんだろ。

 

 ジネットも友達なのに、こんな、奪うみたいなこと考えるなんて…………卑怯者のすることだよね。

 

「お~い! ビールおかわり!」

「こっちもだ!」

「はぁーい! ただいまぁー!」

 

 また注文が入って、……今度は、ちょっと助かったって思った。

 

「じゃ、また行ってくる」

「おう。あ、手が空いたら俺にも飲み物頼む」

「何がいい?」

「あとでいいよ。オッサンたち、待たせるとうるさいだろ?」

「うふふ。だね。じゃ、また後でね」

 

 小さく手を振って、あたしは駆け出す。

 

 あぁ、本当に忙しいなぁ。

 ここ数ヶ月で、一気にお客さんの入りが増えたもんね。

 

 陽だまり亭七号店とのコラボとか、四十一区のフードコートとか、大人様ランチとか。

 いろんなところでウチのソーセージの味を知って食べに来てくれる人が増えた。

 それに、街門が出来て、狩猟ギルドや木こりギルドの人の出入りも多くなった。

 

 ……一時期は、本当に店を畳んじゃおうって、真剣に悩んだのにね。

 

 ちょうど一年くらい前。

 大雨の影響で四十二区の野菜がダメになって……

 食料の値段があり得ないくらいに高騰して、あたしたち飲食店は軒並み大ダメージを受けた。

 閉店を検討するお店は十や二十じゃ足りなかった

 

 あたしなんて…………いざとなったら、この身を犠牲にする覚悟だって…………

 

 ヤシロに止められちゃったけどね。

「もっと自分を大切にしろ」って、怒られた。…………あれ、嬉しかったなぁ。

 

 

 そして、あたしたちを絶望の淵から救ってくれたのもまた、ヤシロだった。

 

 

 あの時は、まだ名前も覚えてないような、ただのお客さんと店員くらいの関係でしかなかったのに……ヤシロ、真剣になって考えてくれたんだよね。

 お店の料理を値上げしないようにって、自分たちのご飯を我慢して、全部お店に食べ物を回して…………お腹空いて倒れそうで…………そんな時に、ヤシロがタコスをくれた。

 あの時のタコスの味は、あたし一生忘れない。

 

 ヤシロがみんなをまとめて、行商ギルドにズルいことをやめさせて……四十二区は大きく変わった。

 

 下水が出来てから、大通りは不快なにおいからも解放された。

 

 ホント、なんなんだろう、ヤシロって。

 精霊神様の使いなんじゃないかって、近所のお年寄りが噂してた。

 セロンさんたちは、『英雄様』なんて呼んでる。

 けど、……ふふ。ヤシロには悪いけど、ヤシロってそんな感じじゃないよね。

 

 目つき悪いし、時々ズルいし、基本的にセコイし、それにすごくエッチだし。

 なのに、頭がよくて、なんでも知ってて、どんな小さなことにも気が付いて……優しくて…………ちょっとだけ、弱くて。

 

 ヤシロはヤシロだよ。

 精霊神様の使いでも英雄様でもない。

 ヤシロは、ヤシロって名前の、他の誰よりもすごい、特別な男の子。

 

 ……だから、こんなに恋してる。

 

 ヤシロは、いつでもすぐ近くにいてくれる、優しい男の子。

 そんな特別な人じゃない。

 

 

 だから、好きでいても……いいよね?

 ね、ヤシロ?

 

 

 ヤシロは、あたしが困った時はいつだって助けてくれた。

 虫騒動の時もそう。

 それ以外だって、いつだって、いつだって……

 

 ちらりとヤシロに視線を向けると、ヤシロはあたしを見ていてくれた。

 なんだか、それだけでちょっと幸せな気分になれた。

 ……わっさわっさ。

 

 ちゃんと見ててくれてる。

 あたしの働くとこ、ちゃんと。

 

 あたし、自分では、働いている時が一番可愛いと思ってる。

 だって、やりがいあるし、楽しいし。

 そんなことを一所懸命してる女の子って、絶対可愛いじゃない。

 

 だから嬉しい。

 あたしの一番可愛いところを見ていてくれることが。

 

 あ~ぁ……どうにかして、あたしのこと好きになってくれないかなぁ。

 空いた皿を下げる途中にもう一度視線を向けると、ヤシロは何かジェスチャーをしていた。

 

 なになに?

 

『尻尾……ゆっさゆっさ……可愛い…………頬摺りしたい』?

 

 もう!

 エッチ!

 

 ベーッ! っと舌を出して、お盆で尻尾を隠す。

 まったく。どうしてヤシロはあぁエッチなんだろう。

 

 あんな様子じゃきっと、結婚とかしたらず~っと尻尾触ってきそうだよね。夜寝る時とか、朝起きてすぐとか…………尻尾を………………

 

 ぼふっ!

 

 尻尾の毛が、これまでにないくらいに逆立った。

 

 ――わっさぶわっさ、わっさぶわっさ!

 

 ね、ねねね、寝る時とか……な、なに考えてるの、あたし!?

 そ、そりゃ、そうなったら嬉しいし……、嬉しい…………けど……

 

 ヤシロは、あたしの名前を忘れちゃってるんだよね。

 

 あぁ……ダメだよ。

 ヤシロが見てるのに、こんな顔してちゃ……こんな顔見せちゃ、ダメだよ。

 

 しっかりしなきゃ……

 

 一通り仕事を終えて、もう一度ヤシロのところへ戻る。

 暗い顔は取り払って、いつもの明るい、可愛いパウラちゃんで接客しなきゃ!

 

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