「それで、どうなの?」
「ん? 腹か? ……ちょっと空いたかな? この匂い嗅いでたら」
「そうじゃなくて……」
「あーい! ビールおかわり!」
「…………」
「呼んでるぞ」
「聞こえてるもん!」
もう!
ヤシロの記憶のこと聞きたかったのに、どうして今注文するの?
ビールって、そんなにすぐ必要!?
……まぁ、ビール飲みに来てるんだから必要だよね、そりゃ。
「はぁい、ただいまぁー!」
ヤシロに向かって「ごめんね」と言うと「気にすんな」って言ってくれて、アタシはすぐにビールのおかわりを取りに行く。
その途中で二人、ビールのおかわりが追加されて、魔獣のソーセージとビッグベーコンの注文が入る。
「父ちゃん、魔獣が二つでビッグベーコンが一つね!」
無口な父ちゃんが鷹揚に頷いて調理にかかる。
「あ、それから! 魔獣ソーセージの新しいヤツ一つ!」
『分かった』って感じで父ちゃんが手を上げる。
これは、注文されてないんだけど……いいよね。あたしの奢りで。
父ちゃんがソーセージを焼いている間も、お酒の注文が入って、あたしは店内を走り回る。
ソーセージが焼けて、注文されたものをお客さんに届けると少しだけ余裕が出来た。
「ヤシロっ、これ!」
「ん? 俺頼んでないぞ?」
目を丸くするヤシロに、そっと耳打ちをする。
「あたしの奢り」
すると今度はヤシロがあたしの耳に口を近付けて、ぼそっと呟いた。
「いいのか?」
――っ!
……わっさわっさ。
み、耳元でヤシロの囁くような声を聴かされると…………なんだか背筋がぞくぞくっとした。
うぅ……
「あ、あの。ほら、前に教えてくれたでしょ? リンゴのチップ。それで作ったソーセージなの」
以前。
カンタルチカで虫騒動があった時にヤシロが教えてくれた、新しい燻製。
ブナやリンゴのチップを使えば風味が変わるって。
いろいろ試してみて、つい先日ついに新商品が完成したの。
まだ、お客さんには出してないけど、明日にでもお店に出すつもり。
「ヤシロがお客さん第一号だから。食べて」
それだけ言って顔を離すと、ヤシロが「ちょいちょい」って手招きをした。
うぅ……もう一回?
こわごわと顔を近付けると、さっきよりもはっきりとした声でヤシロが囁く。
「ありがとうな」
ぞわぞわぞわっ!
……わっさわっさわっさわっさ!
ふぅうう…………っ!
「き、気にしないで! これは、あの、ほら、アレだから! そう! お礼!」
堪らず顔を離す。
なんだろう。なんでヤシロの声って、こう、ぞわぞわするんだろう。
今も、なんだか背筋がむずむずする……っ!
……わっさわっさ。
「んんっ! 悔しいけど、メッチャうめぇ!」
新魔獣のソーセージを食べて、ヤシロが唸る。
そうでしょ!? 美味しいよね!?
ふふん、どんなもんよ。すっごく研究したんだから!
「やっぱ、ちょっとだけリンゴの香りがするな」
「微かにね。イヌ人族とヤシロくらいしか気付かないと思うけど」
「いや、俺をその括りに入れるなよ」
だって、ヤシロはウチの父ちゃんよりも味とか香りに敏感なんだもん。
イヌ人族としては、ヤシロは特別枠ってことにしておきたいんだよね。
「けど、名前がまだ決まってないんだよね」
「魔獣のソーセージ(リンゴ)とかでいいんじゃないのか?」
「ダメだよ、そんなの! ……リンゴのチップを使ってるのは企業秘密だもん」
「……俺にバラすなよ、じゃあ」
「ヤシロはいいの!」
ヤシロに教えてもらったんだし、どうせ一口食べたら言い当てちゃうだろうし。
「けど、このリンゴっぽい香りは売りにしたいんだよねぇ」
「んじゃあ、リンゴってことだけを隠して、『フルーティーソーセージ』とかどうだ?」
「――っ!? それ、いい! ねぇ、その名前使ってもいい!?」
「あぁ。いいぞ」
「やったぁ!」
リンゴは秘密にしたまま、新しいソーセージの売りは説明できる!
ヤシロ、すごい! やっぱりすごい!
もう! 本当に、ウチに欲しいくらいだよ!
もしヤシロがウチに来てくれたら…………あたしとヤシロの二人で…………
……わっさふっさぶわっさ、わっさふっさぶわっさ!
「お、おいおい! 尻尾! 尻尾が物凄いことになってるぞ!」
「はっ!?」
慌ててお尻を押さえる。
もう……どうしてこう正直に動いちゃうの、あたしの尻尾!?
「そんなに気に入ったのか、フルーティーソーセージ?」
「へ? あ、ぁあ、うん。すごくいい名前!」
……よかった。バレてない、よね。
……けど。
本当に、一回考えてくれないかなぁ……ウチに来るってこと。
「ね、ねぇ、ヤシロ…………飲食店に興味とか……ない?」
「え、なに? 突っ込めばいいの?」
……だよねぇ。
そういう反応になるよねぇ。
陽だまり亭があるもんね……
あ~ぁ……ジネットが羨ましいなぁ。
あたしも、あの時……ヤシロがグレープフルーツジュースを頼んだ時……ご馳走してあげてれば…………もしかしたら、ヤシロはウチに、いた……の、かな?
……しゅん。
と、尻尾がうな垂れる。
あたし……なに考えてるんだろ。
ジネットも友達なのに、こんな、奪うみたいなこと考えるなんて…………卑怯者のすることだよね。
「お~い! ビールおかわり!」
「こっちもだ!」
「はぁーい! ただいまぁー!」
また注文が入って、……今度は、ちょっと助かったって思った。
「じゃ、また行ってくる」
「おう。あ、手が空いたら俺にも飲み物頼む」
「何がいい?」
「あとでいいよ。オッサンたち、待たせるとうるさいだろ?」
「うふふ。だね。じゃ、また後でね」
小さく手を振って、あたしは駆け出す。
あぁ、本当に忙しいなぁ。
ここ数ヶ月で、一気にお客さんの入りが増えたもんね。
陽だまり亭七号店とのコラボとか、四十一区のフードコートとか、大人様ランチとか。
いろんなところでウチのソーセージの味を知って食べに来てくれる人が増えた。
それに、街門が出来て、狩猟ギルドや木こりギルドの人の出入りも多くなった。
……一時期は、本当に店を畳んじゃおうって、真剣に悩んだのにね。
ちょうど一年くらい前。
大雨の影響で四十二区の野菜がダメになって……
食料の値段があり得ないくらいに高騰して、あたしたち飲食店は軒並み大ダメージを受けた。
閉店を検討するお店は十や二十じゃ足りなかった
あたしなんて…………いざとなったら、この身を犠牲にする覚悟だって…………
ヤシロに止められちゃったけどね。
「もっと自分を大切にしろ」って、怒られた。…………あれ、嬉しかったなぁ。
そして、あたしたちを絶望の淵から救ってくれたのもまた、ヤシロだった。
あの時は、まだ名前も覚えてないような、ただのお客さんと店員くらいの関係でしかなかったのに……ヤシロ、真剣になって考えてくれたんだよね。
お店の料理を値上げしないようにって、自分たちのご飯を我慢して、全部お店に食べ物を回して…………お腹空いて倒れそうで…………そんな時に、ヤシロがタコスをくれた。
あの時のタコスの味は、あたし一生忘れない。
ヤシロがみんなをまとめて、行商ギルドにズルいことをやめさせて……四十二区は大きく変わった。
下水が出来てから、大通りは不快なにおいからも解放された。
ホント、なんなんだろう、ヤシロって。
精霊神様の使いなんじゃないかって、近所のお年寄りが噂してた。
セロンさんたちは、『英雄様』なんて呼んでる。
けど、……ふふ。ヤシロには悪いけど、ヤシロってそんな感じじゃないよね。
目つき悪いし、時々ズルいし、基本的にセコイし、それにすごくエッチだし。
なのに、頭がよくて、なんでも知ってて、どんな小さなことにも気が付いて……優しくて…………ちょっとだけ、弱くて。
ヤシロはヤシロだよ。
精霊神様の使いでも英雄様でもない。
ヤシロは、ヤシロって名前の、他の誰よりもすごい、特別な男の子。
……だから、こんなに恋してる。
ヤシロは、いつでもすぐ近くにいてくれる、優しい男の子。
そんな特別な人じゃない。
だから、好きでいても……いいよね?
ね、ヤシロ?
ヤシロは、あたしが困った時はいつだって助けてくれた。
虫騒動の時もそう。
それ以外だって、いつだって、いつだって……
ちらりとヤシロに視線を向けると、ヤシロはあたしを見ていてくれた。
なんだか、それだけでちょっと幸せな気分になれた。
……わっさわっさ。
ちゃんと見ててくれてる。
あたしの働くとこ、ちゃんと。
あたし、自分では、働いている時が一番可愛いと思ってる。
だって、やりがいあるし、楽しいし。
そんなことを一所懸命してる女の子って、絶対可愛いじゃない。
だから嬉しい。
あたしの一番可愛いところを見ていてくれることが。
あ~ぁ……どうにかして、あたしのこと好きになってくれないかなぁ。
空いた皿を下げる途中にもう一度視線を向けると、ヤシロは何かジェスチャーをしていた。
なになに?
『尻尾……ゆっさゆっさ……可愛い…………頬摺りしたい』?
もう!
エッチ!
ベーッ! っと舌を出して、お盆で尻尾を隠す。
まったく。どうしてヤシロはあぁエッチなんだろう。
あんな様子じゃきっと、結婚とかしたらず~っと尻尾触ってきそうだよね。夜寝る時とか、朝起きてすぐとか…………尻尾を………………
ぼふっ!
尻尾の毛が、これまでにないくらいに逆立った。
――わっさぶわっさ、わっさぶわっさ!
ね、ねねね、寝る時とか……な、なに考えてるの、あたし!?
そ、そりゃ、そうなったら嬉しいし……、嬉しい…………けど……
ヤシロは、あたしの名前を忘れちゃってるんだよね。
あぁ……ダメだよ。
ヤシロが見てるのに、こんな顔してちゃ……こんな顔見せちゃ、ダメだよ。
しっかりしなきゃ……
一通り仕事を終えて、もう一度ヤシロのところへ戻る。
暗い顔は取り払って、いつもの明るい、可愛いパウラちゃんで接客しなきゃ!
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