「おぅ、ヤシロ! ちゃんと起きられたか?」
「ぉはょぅ、てんとうむしさん」
「あはは。やっぱりヤシロとジネットは筋肉痛になったんだね」
「ヤシロ。新鮮な卵持ってきたから、これ食べて体を労ってね」
お手伝いがいっぱいいた。
人数が多いって、そういうことかよ。
デリアにミリィにパウラにネフェリー。
昨日は敵対して優勝を競い合った強者たちが並んで和気藹々とおにぎりを握っている。
「みんな、筋肉痛にならなかったのか?」
「当ったり前だろう。あたいは筋肉痛になったことなんかないぜ」
「ぅん。みりぃも平気だった、ょ」
「カンタルチカで働けば、筋肉痛になんか負けない体になるよ、きっと」
「私も平気。ウチの鶏たち結構激しくてヤワな体じゃやってけないし」
獣人族の種族特性じゃねぇのか、肉体が強いのは。
ここにいる全員が筋肉痛になっていないらしい。
……いや、待てよ。
もしかしたら、ノーマは遅れているだけで明日辺りに……
「ヤシロ。その視線の意味を声に出して言ってみてくれるかぃね?」
「なんでもないから、煙管はしまえ、な? おにぎりに灰が入るといけないから、な? な?」
きっとノーマも筋肉痛知らずの肉体なのだ。さすがナイスバデー、一分の隙もない。な、褒めたから煙管をしまえ、な。
「……みんな、口ではなく手を動かす」
「そうですよ。時間は待ってはくれないですよ。あたしも、何度おしゃべりに夢中になってコーヒーを冷ましてしまったことか……」
「それあんたが悪いんじゃない。一緒にしないでよ、ロレッタ」
パウラが呆れてため息を漏らす。
「ヤシロもジネットもロレッタを甘やかし過ぎ。またしばらくウチで預かろうか? 性根を叩き直してあげるよ?」
「ざ、ざざ、残念ですがパウラさん! あたしはすでに陽だまり亭に必要不可欠な人材ですので、おいそれと他所の店に派遣なんて出来ないんです!」
「……ロレッタ。そんなに自分を過信しないで」
「慰めるような口調で心抉りにこないでです、マグダっちょ!? それ『自分を卑下しないで』的な時の口調です!」
「ほら、ロレッタ。手が止まってるさよ」
「むぁああ!? あたしだけ怒られたです!?」
賑やかに、大小様々なおにぎりが並べられていく。
デリアのは大きく、ミリィのはすごく小さい。ネフェリーのは少しまぁるく、ノーマのは綺麗な正三角形だ。
「ロレッタとパウラのおにぎりは、なんだかそっくりだな」
「えっ!? 一緒にしないでよ、ヤシロ。あたしの方が絶対美味しいから」
「味は一緒ですよ!? というか、愛情こもってる分あたしの方がたぶん美味しいです」
「じゃあ勝負よ、ロレッタ!」
「望むところです!」
どうやって勝敗つけんだよ。
やっぱこの二人は仲のいい姉妹のようだ。厳しい姉と、反発しながらも必死に食らいついていく妹。
なんだかんだで息が合っている。
「……自信作」
と、きれいに出来たおにぎりを手のひらに乗せて見せてくるマグダ。
マグダのおにぎりは、なんだか可愛らしい仕上がりだ。
無数のおにぎりの中に紛れ込ませてもウーマロなら間違いなく探し当てるだろうなというくらいに、『マグダらしさ』がにじみ出している。
「それにしても……店長はいつもこれを一人でやってるんかぃね」
「……朝起きられた時は、マグダも手伝っている」
「あんたが朝起きられる日なんか数えるほどじゃないかさ」
「……むぅ」
ノーマの言うとおり、普段これらの準備はすべてジネットが一人で請け負っている。
俺も手伝おうとはしているんだが……実際厨房に立つとほとんどすることが残ってないんだよなぁ。手際のよさがもう、別格なんだ、ジネットは。
真似しようとして出来る類いのものではない、アレは。
だから、マグダとロレッタは助力を求めたのだろう。
ジネットの真似なんて出来っこない。
だから出来る方法で目標を達したい。
仲間を頼ることは恥ずかしいことではない。頼れる仲間がいることはむしろ誇らしいことだ。
どう行動するのが最適かを考え、それを実行できる。
それも誰に言われるでもなく、自発的にだ。
こいつらも、ちゃんと成長してるんだなぁ。
なんて、そんなことを感じてしみじみしてしまった。
「ヤシロ様。こちらの準備は整いました」
ナタリア率いる給仕長チームの準備が完了したらしい。
こっちのおにぎりもそろそろ完了だ。
これだけの人数で協力すれば、さすがに早く終わる。
出発にはまだ時間がある。
出発の準備だけ整えて、少し休憩にするか。
「みんな、コーヒーでも入れてやろうか?」
「いえ。でしたら私が紅茶を入れましょう。ヤシロ様は筋肉を休めていてください」
動こうとしたら、ナタリアに先を越された。
せめてもの労いをと思ったのだが、まぁ、ナタリアの紅茶は美味いからな。任せておこう。
「そういえば、トレーシーは帰ったのか?」
「はい。昨日のうちに。筋肉痛に悶え苦しむ様などエステラ様には見せられないとおっしゃって」
「まぁ、あいつも絶対筋肉痛になるだろうしな」
ネネが参加してないから帰ったのかなとは思ったんだが、なるほど、そういう理由か。
それから、食材を荷車に積み込み、フロアと厨房を片付けた。
その頃になってようやく。
「み、みなさん、おはようございます……」
ジネットがフロアへと顔を出した。
物凄い時間かかったな。
「か、階段が、あんなに怖い物だとは、思いませんでした……」
一段降りてはぷるぷる。一段降りてはぷるぷる。
ゆっくりゆっくり降りてきたらしい。
それ以降も、狭い中庭を大冒険してきたようで、スカートの裾や袖口が汚れていた。
お前はジャングルでもかき分けてきたのか?
膝の曲げ伸ばしにも苦戦し、椅子に座るのも一苦労で、ナタリアに出してもらった紅茶を飲むにも腕がぷるぷる震えてまともに飲めないジネット。
介護が必要だな。
「今まで、痛くなったことがない箇所ばかりが痛んで……うまく動けないんです」
「普段使わない筋肉を使ったからだろうな。そういうところの筋肉痛は結構キツいんだよな」
「わたし、自分の体にこんなにも筋肉がついているなんて思いもしませんでした」
痛みによって初めて自覚する筋肉。
「えっ、こんなところも筋肉痛になるの!?」という驚きは、ジネットにとっては新鮮なものなのだろう。必要以上の運動を、こいつはしないからな。
「じゃあ、ベルティーナも心配だな」
「そうですね。シスターが走っているところなんて、滅多に見ませんから」
「胃も筋肉なんだぞ」
「そこだけは、誰よりも強そうですね。ふふ」
まぁ、ベルティーナの胃が筋肉痛を起こして食欲が落ちるなんてことは、この先も一切ないのだろうが。
両腕がぱんぱんになって泣いているかもしれないな。
ベルティーナの抱っこは、基本的にヒザを突いてのハグだ。抱き上げるようなことは滅多にしない。なので、あまり力強いイメージはない。
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