異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

366話 今日はまだまだ終わらない -2-

公開日時: 2022年6月19日(日) 20:01
文字数:4,918

「な、なんということをしてくれたんですか、ヤシロさん……」

 

 ほんの数十分前とは打って変わって、アッスントが顔面蒼白でげっそりしている。

 

「茶碗蒸しを作っただけだが、口に合わなかったか?」

「とんでもない! この世にこんなにも美味しいモノがまだあったのかと驚天動地しているところですよ! 見てください、みなさんの反応を!」

「わしょ……わしょ……わしょっ!」

「ん、ジネットがちょっと面白いことになってるな」

 

 素直に「わっしょいわっしょい」言ってろよ。

 ちょっと違う感想言おうとしてるけど、口が自然と「わっしょいわっしょい言っちゃいます!」みたいな困り顔で体をうねうねさせるな。

 お前はもう「わっしょいわっしょい」言ってればいいから。

 

「ヤシロさん! これはすごいです! 卵の優しさと出汁の奥ゆかしい風味がお口の中でわっしょいわっしょいしていますっ!」

「そうかそうか」

 

 美味かったならよかった。

 

「ジネットさんだけではありませんよ、ヤシロさん! パウラさんに――」

「これ、お酒の後に食べたらお腹が落ち着いて、絶対合う!」

「ネフェリーさんに――」

「卵って、無限の可能性を秘めているのね……私、人生を懸けてニワトリを育て続けるよ!」

「マグダさんに――」

「……よき」

「ここまで、なんか普通の感想しかなくないか?」


 想定内だな。

 こいつらなら、何を食っても同じこと言ってるよ、きっと。


「ロレッタさんはどうですか?」

「待ってたですよアッスントさん! この感動を一言で表すのは至難の業なれど、ここはあたしがばばーんと一肌脱いじゃうです! まずこの見た目です! ぷるんとして艶やかで、まるで貴婦人の柔肌のように美しく繊細でありながら卵の持つ健康的なイエローがだし汁と合わさることで絶妙な色味を生み出しているです! そしてこの香り! 単純に出汁の香りだけではない複雑かつ奇跡のようなハーモニーが嗅覚を幸福で包み込むです! そして一口、口に入れた瞬間から始まるめくるめくワンダーランドが――『美味い!』以外の言語を忘れさせる勢いで全身を駆け巡っていくです!」

「このように!」

「でも、こいつはこれが普通だからな」

「普通言わないでです!? 今あたし、結構頑張ったですよ!? ……で、『こいつ、使えねぇなぁ』みたいな目でこっち見ないでです、アッスントさん!」


 何が不服なのか、ロレッタがぷぅぷぅ怒っている。

 よし、放置!

 

「では、料理上手なノーマさん!」

「これの作り方、あとでメモ取らせてほしいさね」

「ナタリアさん!」

「ぷるぷるですね」

「そしてエステラさん!」

「……ぅう、口の中、火傷した……」

「がっつくからだよ」

「……悲しい。けど、美味しい……」

「どうしてみなさん、もっと素直にこの感動を表現されないのですか!?」

 

 アッスント。無茶言うなよ。

 こいつらのボキャブラリーなんて、こんなもんだって。

 で、ロレッタ。「あたし表現したです!」とか、もういいから。自分の役割考えて。

 

「これ、すっごく美味しいね。みりぃ、こういう優しいお料理、すごく好き……えへへ」

「ご覧ください! コレです! これが正解ですよ、みなさん!」

「アッスントさんがミリリっちょを贔屓してるです」

「……やはり、噂通りのツルペタ好き」

「エステラ様に接近しないでくださいね、アッスントさん」

「それはどういう意味だい、ナタリア!?」

「私は妻一筋です! 妙な発言は控えてください! ……あとで絶対読まれるんですから、この辺」

 

 相変わらず尻に敷かれとるなぁ。

 恐妻家か?

 

「カンパニュラさんとテレサさんはいかがですか?」

「はい。とても美味しくて、この美味しさを表現する言葉が見つからずに困っているところです。ありきたりな言葉で申し訳ないのですが、言葉にならないくらいに美味しいです」

「あーし、ちゃあーんしー、ちゅきー!」

「シスターはいかがでしょう?」

「はい、とても美味しくいただいております」

「いつからいた、ベルティーナ」

「これでしたら、無限に食べ続けられるかもしれません」

「やめて。養鶏場の人らが過労死しちゃう」

「それですよ、ヤシロさん!」

 

 アッスントが「ずびしぃ!」っと俺を指さす。

 豚足向けんな。

 

「どうするんですか……ただでさえスフレホットケーキの影響で卵が品薄になりそうでしたのに……茶碗蒸しだなんて……」

「……お寿司屋さんの出汁巻き卵もある」

「玉子の握りもなかなかの一品ですよ、アッスントさん!」

「なんですか、その不穏な美味しそうな料理は!?」

 

 不穏なのか美味そうなのか、どっちかにしとけよ。

 

「申し訳ございませんが、市場の安定のため、食べさせていただけますか?」

「はい。先ほど作った物がありますので、切り分けますね」

 

 と、ジネットが出汁巻き卵を一切れ切り分け、切り分けた方をアッスントに、残った方全部をベルティーナに渡す。

 ……おい、娘。お前が母親を甘やかすから母親がそんな風に育っちゃうんだぞ。

 

「そして、こちらが、玉子のにぎりです」

 

 そして、もはや見惚れてしまいそうな手つきでタマゴの寿司を握り、アッスントの前へと置く。

 

 それを順番に口に運ぶアッスントが……厨房の床に倒れ込んだ。

 寝るなよ、ばっちぃな。床が汚れんだろうが。

 

「枯渇する……絶対枯渇します、四十二区の卵……あぁ、一体どうしたら……他所の地区から融通を? いやいや、四十二区の卵は他所のソレとは味と衛生面が雲泥なんですよ? 代わりなんかどこにもないでしょうに……あぁ、私は一体どうしたらっ!」

「ベルティーナを止めるだけで、かなりの消費を抑えられると思うが」

「ヤシロさん、世の中には不可能というモノが五万とあるのですよ!」

「もぅ、酷いですよ、ヤシロさんもアッスントさんもぐもぐ……」

 

「アッスントさんも」の「も」が「もぐもぐ」に浸食されてるようなヤツが何を言う。

 

「ネフェリーさん! 大至急養鶏場を拡大しませんか!? この卵不足、一年や二年では解消されませんよ、きっと!」

「そんなこと言われても……ウチはお父さんとお母さんと私の三人しかいないし、人手が足りないよぅ」

「では、弟子を取るとか、従業員を雇うとか、なんでしたらご結婚されるとか!」

「けっ、こけっ、けこっ!?」

 

 アッスントのセクハラで、ネフェリーがニワトリになった。

 元からニワトリだけども。

 

「も、も~う! ヤダ、アッスントさんってばぁ~!」

「いぃぃいい痛ぁぁあい!?」

 

 そして、渾身の「やだもう!」パンチ。

 平手だけど、アレは痛いぞぉ……自業自得だな、アッスント。

 

 で、気のせいだとは思うんだが、今外で「ずじゃごしゃー!」って、どこぞのタヌキがすっ転んで慌てて逃げ出した音が聞こえたんだが……アイツ、来てんのか?

 

「あーそーいえば、ジネット、砂糖足りてるか?」

「なんの心配もいらねーぜ、あんちゃん!」

 

 ……やっぱり来てたか、パーシー。

 

「砂糖なら、オレがいくらでも持ってきてやっからさ! なんたって、オレたち、マ・ブ・ダ・チ・だもんな!」

「パーシーさん。あなたがそうやって勝手なことをするせいで、陽だまり亭さんは一度も砂糖を行商ギルドから購入されていないのですが? これはれっきとした営業妨害ですよ?」

「うわぁああーっと、待ってくれ、アッスントさん! えっと、これは、ほら、あれだ! 試供品?」

「何百トン試供すれば気が済むんですか……はぁ。まぁ、あなた方はヤシロさんと陽だまり亭さんに大恩があるのでお気持ちは分かりますが……」

「さすがアッスントさん! 話が分かるぜ!」

「……ただ、この次砂糖工場へ伺った際には、モリーさんにすべて話させていただきます」

「いや、待って! 一回待とうか、アッスントさん!? ……モリーに話すのは…………」

 

 話されて困るようなことをするなよ、ダメ兄貴。

 つか、帰って仕事をしろ。

 

「その代わり! 一個いい情報を聞かせっからさ!」

 

 モリーに叱られる危機に冷や汗を流すパーシーが、アッスントにとっておきだという情報を提供する。

 

「四十区にさ、結構広い土地が余ってんのね? で、そこを買って新しい仕事始めようか~って知り合いがいるんよ。そいつの両親がウチの工場で働いてて、子供のころから知ってるヤツなんだけど、去年結婚して大黒柱になったから、雇われの身じゃなくて、自分の手で家族を食わせたいって、結構男気のあるヤツでさ」

「その方が、どうかされたのですか?」

「いや、実はさ、どんな仕事がいいか相談されてたんだけど、そいつさ、よ、養鶏場に? 興味? ある? みたいな? 感じでさ」

 

 下心が漏れ出して、しゃべり方が奇っ怪極まりなくなってるぞ、おい。

 要するに、お前が養鶏場案をごり押ししたわけだな。

 

「でさ、四十区のタマゴって、四十二区に比べるとイマイチでさ、近くに美味しい卵を売る養鶏場が出来たらモリーも嬉しいって言ってたしさ」

「え~、美味しい卵が食べたいなら、ウチに買いに来てくれたらいいのに~。パーシー君だったらサービスするよ?」

「はい! 買いに行きます! 毎日! じゃあ今の話なしで! 養鶏場とか、絶対やらせませんから!」

「こらバカタヌキ」

 

 ネフェリーに「買いに来い」とか言われてあっさり手のひらを返すバカタヌキを拘束する。

 

「流されてんじゃねぇよ。お前は、近所に養鶏場を作って、美味い卵の作り方を教えてくれ~とか言ってネフェリーに講師として来てほしいんじゃねぇのか?」

「おぉおう!? さすがあんちゃん! オレのこと、なんでも分かってんなぁ!」

 

 分かりたくもねぇよ、お前のことなんざ。

 ただ、お前があまりにも分かりやす過ぎるんだよ!

 

「でもいいのか? 養鶏場をやるヤツって男なんだろ?」

「それがさ、そいつは嫁さんにぞっこんで、どんな美女にも目移りしない一途な男なんだよ。昔から知ってるから、オレが保証する!」

 

 その保証で安心するのはお前だろうに。いいのか、自分の保証で。頼りねぇ。

 

「で、送り迎えを買って出て、あわよくば四十一区の素敵やんアベニューとかを通って帰ろうとか、そういう魂胆か?」

「え……あんちゃん、もしかして、人の心読める人?」

 

 全部顔に書いてあるわ。

 ……え、待って。俺、それよく言われるんだけど、パーシーレベルってことはないよな? さすがにここまで酷くないよな?

 

「ね~、ヤシロ。二人でなに内緒話してるの?」

 

 と、ネフェリーが少し膨れて俺たちを呼ぶ。

 なにって、気付いてないのはお前とジネットくらいのもんだと思うぞ。

 

「四十区の養鶏場で、ネフェリーのとこと同じ品質のタマゴが作れれば市場が安定するなって話だよ」

「う~ん……でもそれって、ウチとはライバルになるんだよね。あんまり応援できないなぁ~」

「まぁ待ってよ、ネフェリー」

 

 そこへエステラが口を挟む。

 

「ライバルじゃなくて、提携だと考えたらどうかな?」

「提携?」

「四十二区の農家も、ケアリー兄弟に指導を受けて砂糖大根を作っているだろう? この両者はライバルではなく提携先、いわば仲間なんだよ」

「なるほど。私が四十区の人に美味しい卵の作り方を教えてあげれば、四十区の養鶏場も仲間になるのね」

「四十区の養鶏場なら、ラグジュアリーでも使われるだろうな」

「わぁ! 私たちの卵がラグジュアリーで!? それってすごくない?」

 

 パウラやネフェリーはさほどラグジュアリーを神格化して見てはいないが、それでも、長年高級店として名の知られた名店に選ばれるというのは名誉なことなのだろう。

 

「ネフェリーさんが一肌脱いでくださると、行商ギルドとしても助かります」

「やってみるか、ネフェリー?」

「うん! 私にどこまで出来るか分からないけど、養鶏場仲間のためなら、私、頑張っちゃう!」

 

 両手を握りしめて力こぶを作ってみせるネフェリー。

 昭和のスメルがぷんぷんする。

 

「……やった! 加速しろ、オレのらぶすとーりー!」

 

 一人でひっそりと両手ガッツポーズしてるタヌキのことは放っておこう。

 まぁこれで向こう十年、砂糖に金を使う必要はなくなっただろうな。

 

 

 ……まぁ、バルバラにはちょっと申し訳ないけども。

 でも、あいつはゴロッツの方が合ってるような気がするんだよなぁ

 俺が口を挟むことじゃないんだけど。

 

 

 ……って、なんで俺がこんなことで悩まなきゃいけないんだっつーの。

 

 

 とにかく、卵不足はケーキや他の料理にも影響が出るからな。

 対策が取れるのはいいことだろう、うん。

 

 

 

 

 

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