異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

293話 最低な一日 -4-

公開日時: 2021年8月31日(火) 20:01
文字数:3,128

「お、おおばくんっ!? だ、だだだ、大丈夫なのかい!?」

「あぁ、いい! 動くな! ワシが医者に連れて行ってやる!」

 

 遅れてやって来たデミリーが俺の全身を不安げにペタペタ触り、業を煮やした様子でハビエルが俺をお姫様抱っこする。

 えぇい、降ろせ。

 オッサンの分厚い胸板が不快で仕方ない!

 

「偽物だ、この『傷跡』は!」

「えっ!? これがか!? ……どう見ても本物だな」

「私にも見せてくれるかい、スチュアート?」

「ほれ、見てみろアンブローズ」

「いや、先に降ろせよ!」

 

 お姫様抱っこのまま「ほら、ここ」じゃねぇんだよ!

 俺は子猫か!?

 

「うふふ。ヤシロさん、大切にされていますね」

「オモチャにされてる気分だよ、俺は……」

 

 ジネットが偉いさんがひしめく各テーブルを回ってお茶を出している。

 しっかり料金を請求しとけよ。

 こいつら、陽だまり亭を占拠してやがるからな。一般の客が遠慮して入ってきにくい空間にしやがって。貸し切り料金を別途請求してやろう。個別に。

 

「あ、こんにちわっす~。今日も盛況ですねぇ。あ、僕焼き鮭定食」

「オレ、カルボナーラ、ナーラ抜き」

「いや、ヤンボルドさん、それ結局なんなんっすか!?」

「この居並ぶ偉いさんたちを見ても、大工さんたちは普通に入ってくるですね」

「……この面子は陽だまり亭では見慣れた顔ぶれ。緊張も遠慮も必要ない面々」

「ちょっと待って、マグダ。その認識は改めようか」

 

 グーズーヤとヤンボルドに続いてどやどやと大工が飯を食いにやって来る。

 結構長く話し合いをしていたようで、気が付けば時刻は昼飯時になっていた。

 

「うはっ! 微笑みの領主様だ! ラッキー!」

「ぅきゃ~! こっち見た! まぶしいっ! その微笑み、100万ボルト!」

「エステラ、ここ飲食店だからさぁ……」

「ボクのせいじゃないよね!?」

「その前に、ウチの大工を不衛生みたいな扱いやめてくれるか?」

 

 オマールが俺に文句を言ってくる。

 エステラに言えばいいものを、俺に。

 

 トルベック工務店とカワヤ工務店の大工たちはすっかり打ち解け、信頼し合い、一緒の釜の飯を食って過ごしてきたかのような連携を見せている。

 誰とでもすぐ仲良くなれるとか、お前らはガキか。

 

「じゃ、ニュータウンに支部を三棟ほどよろしくな」

「「「「ちょっと待って!? なんのことかまったく話が見えないし、何を三棟!?」」」」

 

 カワヤ工務店の大工たちは声を揃えて驚いているが、トルベック工務店は違う。「あぁ……またなんかそーゆー感じかぁ」みたいな諦め顔をしている連中がほとんどだ。さすがだな、トルベック工務店!

 

「港の工事、今日の進捗はどうッスか?」

 

 今日は朝からこっちのミーティングに参加しているウーマロがヤンボルドたちに話を聞いている。

 

「ひ・み・ちゅ☆」

「グーズーヤ、説明するッス」

「問題ないですよ」

「おいおい。ナンバー2が完全無視されてるけど、アレが普通なのか?」

 

 オマールが戸惑い顔を晒しているが、……慣れろ。アレがトルベック工務店のナンバー2だ。

 

「ゴロつきはどうッスか?」

「もう全然平気です。仮に変なのがやって来ても、グスターブって人が物凄く怖い顔で辺りを見回りしてるんで、何も出来ないと思いますよ」

 

 マーシャの役に立ちたいグスターブが張り切っているらしい。

 じゃあ、しばらくは大丈夫か。

 

「グーズーヤ。お前、オマールと協力して港の工事をまとめられるッスか?」

「えっ!? なんで僕なんですか!? 棟梁とヤンボルドさんは!?」

「素敵やんアベニューの完成を急がなきゃならなくなったッスから、ヤンボルドは向こうの陣頭指揮を任せるッス」

「あぁ、女子受けはウチで一番ですもんね……」

「俺、女子力に、自信、ある」

 

 あるのかよ。

 まぁ、お前のデザインは女子受けするけど。

 

「オイラはニュータウンの再開発を進めるッス」

「え、それって棟梁がやらなきゃいけないんですか? 後回しでも……」

「ルシア様に『月の揺り籠』級のマンションを求められてるんッスよ!? オイラ以外の誰がやるんッスか!?」

「あぁ……ルシア様、ヤシロさんで薄めないと単体だと強烈ですもんねぇ……」

 

 ルシア、俺のいないところでどんなことしてんだよ。

 ……で、俺で薄めるってなんだよ?

 ルシア・オレか。……誰が牛乳だ。

 

「四階建ては後日でいいぞ。とりあえず支部を三棟でいい」

「ヤシロさん、さらっと『でいい』とか言ってますけど、鬼ですからね、その発言?」

 

 グーズーヤがなんか言っているが、所詮グーズーヤなので気にしない。

 ウーマロが出来ると言えば出来るのだ。

 もしそれでも反論があるようなら……

 

「あれ、グーズーヤ。なんか声変じゃないか?」

「ぎゃー! ガスライティング!? ヤシロさんのはえげつないですから勘弁してください!」

 

 何がえげつないんだよ、失敬な。

 ……そういえば、ベッコを最近見てないけど……あいつ、元気、だよな?

 あれ? なんか不安になってきた……

 

「お邪魔するでござる。頼まれていた似顔絵が出来た故、確認をお願いしたく参上つかまつったでござるよ」

「なんだよ、ベッコ! 元気なのかよ!?」

「拙者、何かしたでござるか!? すこぶる元気でござるけど、怒られる理由が分からぬでござるよ!?」

 

 めっちゃ元気そうだった。

 もう一回二回くらいガスライティングをしかけても平気そうだ。

 

「まぁ、本当にそっくりねぇ。すごい技術だわ」

 

 ベッコの似顔絵を見て、マーゥルが感心したように言う。

 ベッコには、例の首を掻き切られた(と、思われている)長髪のゴロつきの似顔絵を描いてもらったのだ。

 ……あれ? マーゥル、いつ見たのあいつの顔?

 あいつ今、牢獄だよな? 見に行ったの? どんだけ情報に貪欲なの?

 

「じゃあ、これはモコカに渡して、うまく情報紙へ提供させるわね」

「えぇ。お願いします」

 

 被害者(と、思われている長髪のゴロつき)の似顔絵は、うまいこと情報紙発行会の手に渡るだろう。

 被害者の似顔絵があると、一層凄惨さを演出できるからな。

 

「ややっ!? やややっ!?」

 

 マーゥルたちのやり取りを見ていると、ベッコが俺の前へ詰め寄ってきた。

 暑苦しい。

 

「どうしたでござるかヤシロ氏!? 酷い怪我でござる! レジーナ氏のもとへお連れするでござる!」

「落ち着け! 背負おうとするな!」

 

 あぁ、もう! 今日、なんだかオッサンとの触れ合いが多い!

 イライラする!

 

「ごきげんよう、諸君! 四十区、いや、オールブルームで随一のお洒落カッフェ~、『ラグジュアリー』のオーナーシェフにして、ヤシロ君のバディ、私だよ」

 

 俺のイライラがマックスになりかけた時、イラッとする声を発しながらポンペーオが陽だまり亭にやって来た。……呼んでねぇよ。

 

「そろそろ陽だまり亭に新作のケーキが登場している頃合いだと踏んでね、教わりに来てあげた次第だ」

 

 来んじゃねぇよ。

 今それどころじゃねぇんだよ。

 つか、教えねぇよ。

 

「ん!? んんん!? どーしたんだい、ベストフレンド!? 腕はシェフの命じゃないか!? その腕を怪我するなんて!? オーマイ、ディアフレンド……」

 

 と、泣きながらハグされて、イライラがマックスを振り切った。

 

「ポンペーオ。新しいスイーツ教えてやるから、今から一週間四十二区で支店出せ。大丈夫。どっちの区の領主もここにいるから許可はすぐ下りる。……俺がいいと言うまで、四十区へ帰れると思うなよ……?」

「な、なんだか知らないけれど、君の腕の代わりを出来るのは私だけだということだね? 分かった、協力しよう、マイブラザー!」

 

 くそぅ、腹立つほどポジティブだ!

 

「オオバ君はアレだね……人たらしだね」

 

 デミリーが、なんか悟ったような顔でうんうん頷いていたが無視を決め込む。

 オッサンどもに懐かれても嬉しくないっつーの!

 

 

 昨日と打って変わって……

 

 今日という日を総括すれば、最低な一日だったと言えるだろう。……けっ。

 

 

 

 

 

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