その後、バルバラとテレサは監獄の中にある一室へと連れて行かれた。
関係者が宿泊できる、ちゃんとしたお客様用の部屋だ。
ツインの部屋があるということだったが、テレサが「おねーしゃといっしょ、ねゅ!」とバルバラに張りついていたので、シングルの部屋へと変更になった。あまり広いと落ち着かないのだそうだ。
ダイエットプロジェクトの関係者は先に陽だまり亭へと戻り、明日に備えて早々に眠りに就くらしい。
レジーナの診断によれば、無茶をした期間が短かったため、回復も早く、ちょっと時期尚早な気はするものの、「まぁ、問題ないやろう。あん人らやし」ということらしい。
ジネットはというと、「では、卒業試験も兼ねて、明日の朝とお昼はいつもよりも多めのご飯です!」と、ダイエットと逆走するような発言をしていたが、聞けばかつてシラハに食べさせたダイエット食を作るつもりらしい。量はあるがカロリーは控えめ。よく噛んで満腹感を得られるというヘルシー料理なのだそうだ。
で、残ったのは俺とエステラとナタリア。
そして、リカルドご一行とメドラだ。
「狩猟ギルドも協力してくれたんだよな。助かったよ」
「なぁに。四十一区で起こるトラブルを食い止めるのも、アタシらの役割なんだよ。なんだかんだで、好きだからね、あの街が」
おのれのナワバリで、好き勝手はさせない――と、そういうことらしい。
なんか、アレだな……ヤクz……いや、なんでもない。
治安を守るのは尊いことだ、うん。
「リカルド。いろいろと便宜を図ってくれてありがとう」
ことが終わり、とりあえず一段落したところで、エステラが領主としての筋を通す。
穏やかな笑みを湛えてリカルドに感謝の言葉を述べる。
真正面から素直な礼を述べられたリカルドは、一瞬驚いたような顔を見せ、そして相変わらずのひねくれ具合を盛大に発揮させる。
「けっ、よく言うぜ。そうせざるを得ないように仕向けやがったくせによ」
「それでも、君なら一蹴することも出来たはずだ。けど、しなかった。その点に関しては、はっきりと感謝を述べておくよ」
「ふん……まぁ、随分と逞しくなったお前に、褒美くらいはくれてやってもいい……と、そう思ったまでだ」
「リカルド……」
照れた様子でそっぽを向き、しかめっ面でそんな恥ずかしい言葉を述べるリカルドを見て、エステラは今思ったのであろう素直な気持ちを吐露する。
「そういう上から目線なところは、相変わらずイラッとする☆」
「テメェ! いい笑顔で何抜かしてやがんだ!?」
「ちょいちょい兄貴ぶろうとするよね? やめてね、不愉快だから」
「こんな小せぇガキの頃から知ってんだから、兄貴みたいなもんだろうが!?」
「血縁関係、皆無だから」
「オオバと普通っ娘だって血縁関係ねぇのに兄貴面してんじゃねぇかよ!」
「あはは。ボクはロレッタがヤシロに懐いているほど、君に好意を抱いていないからね」
「なんでテメェは毒を吐く時、いつも笑顔なんだよ!?」
「だって、笑顔を意識しないと、外交的非礼に値しかねないしかめっ面になっちゃうから★」
「そんなに嫌か!? 俺が兄貴的な幼馴染みなのが、そこまで苦痛か!?」
「リカルド。……ボク、誰かを深く傷付けるようなことは、言いたくないんだ」
「言ってるようなもんじゃねぇか、もはや!」
ホント……仲いいよな、お前らは。
いい関係が築けているようで何よりだ。
「いい領主になったね、あの娘は」
メドラが、エステラを見つめて呟く。
第一印象は最悪だったようだが、今ではきちんと評価しているようだ。
まぁ、エステラもいろいろ変わったからな。
大きくなったもんだろ? ……胸以外は。
「大きくな……」
「ヤシロ、うるさい」
……そして、ちょっと鋭くなり過ぎなんじゃないだろうか?
「無茶な要求を押しつけてくるが、その返礼もきちんと行う。このまま成長すれば、随分と大物になるだろうね」
「あぁ。胸以外はな」
「まだまだ大きくなるよ、エステラは」
「あぁ。胸以外はな」
「これから先が楽しみだね」
「あぁ。胸以外はな」
「ヤシロ、ちょうど地下牢が空いたところなんだけど、不敬罪で投獄されてみるかい?」
ちょっと職権乱用の気があるんだよなぁ、ここの領主。
そういう貴族っぽさは、嫌いだなぁー。
「まだまだ、問題が残っているようだね、四十一区には」
メドラが眉根を寄せて難しい顔をする。
遠くを見つめる瞳は、夜明け前の海のように深い闇を思わせる色をしていた。
「狩猟ギルドには、女戦士もいるんだな」
「あぁ、そうさ。見込みのあるヤツは男女問わず丁寧に育ててやってるんだよ」
テレサを守るように付き添っていた二人の女性は、どちらもすごい筋肉をしていた。
そんなことが出来る女性は、まぁある特定の人種と、一部の者だけだろう。
「女性の就職率はどんな感じなんだ?」
「就職率? ……そうだねぇ」
右手でアゴを摘まんで、左手は右肘を押さえる。
ザ・考えています、みたいな格好でメドラが四十一区の状況を思い起こしている。他業種の細かい情報までは分からんだろうが、なんとなく、漠然とした所感でもいいから聞かせてほしい。
「あまりよくないかもしれないねぇ」
メドラ曰く、四十一区は狩猟の街で、長らく狩猟ギルドを中心とした街作りが成されていた街だ。
なので、狩猟ギルド以外でも、武器屋や魔獣の解体を請け負う業者など、狩猟ギルドと関わりのある職業が多く存在する。
そして、そういう職業は、やはりどうしても男社会になりがちだ。
武具を作るにも、相当な筋力と忍耐力が求められる。決して易しい職業ではない。
四十二区でだって、金物ギルドにいる女性はノーマと、庶務を行う人間が数名程度で、鍛冶を行っているのはムキムキの(内面は乙女であっても)オッサンばかりだ。
解体業者もそうだ。
魔獣を解体するのは相当な力と覚悟が要求される。
四十二区では、解体は狩猟ギルド四十二区支部で行われている。外注を引き受けてくれるヤツがいなかったそうだ。まぁ、大量の血とか、平気なヤツって意外と少ないからな。
「女の働き口は、確かに限られているかもしれないね。……男でも余ってゴロツキギルドに身を置いてるヤツがいるくらいだしねぇ」
大食い大会の前に訪れた時は、路地裏でボーッと座っていたオッサンが何人もいた。
そもそも就職率が低いのだ、四十一区は。
「宿が大量にオープンして、そこで結構な数の女が雇用を得たんだが……あぶれたヤツは相当数いるだろうね」
まだまだ、四十一区は一点集中型の経済から抜け出せていない。
多様性がないというか……
狩猟ギルド中心だった経済が、今度は旅人や冒険者などの外からの客を狙った商売へとシフトした。狩猟ギルド以外の産業が育ったとはいえ、それでも、ターゲットとなるのは四十二区の街門を利用しようとするムキムキマッチョな連中がほとんどだ。
ウクリネスの服屋のように、女性がわっと押し寄せて、女性による細やかな気配りが喜ばれるような職場は、四十一区には根付いていない。
オッサンどもは、質より量。ブランドより堅実性。見た目より中身。そういう発想なので女性が求めるものとは合致しない。だから、四十一区にはそういった職場が根付かないのだ。
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