「困ったよなぁ」
ナタリア、ギルベルタという鉄壁のガードを得た俺は無敵だ。
『BU』の全領主に向かって現状を分かりやすく説明してやる。
「『BU』における多数決は絶対で、その多数決でつい先ほど『この者と内通している疑いのある、信用のおけぬ者を多数決に参加させるべきではない』と決まった。よって、ドニス、トレーシー、そしてゲラーシーの三人は多数決には参加できない」
「それは……っ!」
「しかもだ!」
猪口才な反論を目論むゲラーシーを大きな声で黙らせる。
まだテメェの発言する番じゃねぇんだよ。出るタイミングを見誤って先に出ちゃうとか、おもらしヤロウか、お前は。
「多数決に参加できないってことは、進行役も出来ないってことだ。進行も多数決の内だろ?」
「それは屁理屈だ!」
「じゃあ、進行役なしで多数決が出来るのか?」
「…………」
「出来ないだろう? つまりセットなんだよ、そこは」
お前はどうあがいても、多数決には参加できない。
現状をひっくり返さない限り。
「それとも、信用のないお前が、全員の前に立って進行役をやってみるか?」
それは、お前以外の連中が許さないと思うぞ。
さすがに理解したのか、ゲラーシーは悔しそうに唇を噛んだ。
「それから、もう一つ困ったことに、参加者が四人になっちまったんだ」
ドニスにトレーシー、そしてゲラーシーの三人が抜け、多数決に参加できる領主の数が四人と偶数になってしまった。
「偶数で多数決ってのは、出来ないよな?」
『宴』の後、教会の前でそんな話をしていた。
ドニスがはっきりと言っていたのだ『多数決は偶数人では行えぬルールになっておる』と。
「だからもう一人、誰かが抜けて三人にならないとな」
「バカな!? 三人だと!? 『BU』の過半数以下ではないか! そんな人数では『BU』の総意とは言えないではないか!」
過半数割れという、人数へのこだわりを見せるゲラーシー。
さっきまでは、少なくなった人数で強硬に採決しようとしていたくせに、自分が外されると不安になるようだ。
「じゃあ、こうしようぜ。エステラ、お前入れよ。被告代表として」
「バカな! 部外者を神聖なる『BU』の多数決に入れるなどと……!」
「じゃあ多数決は出来ず、永遠に結果は出ないから、俺たちへの制裁はなしってことでいいんだな?」
「それとこれとは話が別だ!」
「じゃあどうすんだよ? 嫌だ嫌だじゃ何も決まらないぜ? お前、ホンッッットに無責任だよな?」
無責任という言葉に、ゲラーシーは両眼を限界まで見開いた。
怒髪天を衝く――にも似た衝撃があったのだろう。
白目が真っ赤に染まっていき、顔がぷるぷると震え出す。
赤ぁ~く染まっていく顔は、赤鬼そっくりだった。
「エステラが入るのであれば、私も入るぞ」
ルシアがさも当然というように言う。
「そうしたら偶数になるじゃねぇかよ」
「ならば、トレーシー・マッカリーでも入れればいいだろう」
「それならば、私が入るのが筋だ!」
「筋? 筋違いだろう? ゲラーシー・エーリン」
ルシアの言葉に、何も言い返せないゲラーシー。
ルシアって、ホント肝っ玉が据わってるよな。ドニスとサシで口喧嘩しても勝てそうなのって、こいつくらいじゃないか?
「あぁ、もう埒が明かねぇな」
両手を上げて、ゲラーシーたちに背を向ける。一度下がり、距離を取って、ゴチャゴチャっと人が集まる一角を避けて、二十三区領主を見る。
「こっち三人を省けば、あんたが一番話が出来そうだな」
「無礼者め。身の程をわきまえよ」
二十三区領主と、その給仕長である褐色の美女が殺気を放つ。
「Dカップか」
給仕長の殺気が増す。
当たったらしい。
「何が言いたいのだ。散々かき回しおって」
苛立ち、呆れながらも、この場を収める方法を思いつかない二十三区領主は、俺へと話を振ってきた。聞く用意があるようだ。
「停滞した議会を元に戻すには、まず信頼のおける議長が必要だ。それに異論はないな?」
「……まさか、この私にそれをやれと申すのか?」
「いいや。議長は、この中で最も多くの者に信頼を得ている人物がやるべきだ。それに反論はあるか?」
室内を見渡すが、誰も異を唱えない。
それよりも、意識はその次へと向かっている。
すなわち、この中で最も多くの者に信頼を得ている人物とは誰だ? ……と。
「俺が多数決を採るわけにはいかないから――なんの権限も権利もないからな――逆の方法をとろうと思う」
「逆……だと?」
二十三区領主をはじめ、他の領主も俺の案に興味を示す。
単純なことだ。
「賛成は聞かない。その代わり、反対の者は意見を出してくれ。反対意見がなければ、満場一致の決定とする。……どうだ?」
俺主導でありつつ、誰にも平等に反論の機会がある。
それは、平等というのに相応しい提案――に、見えるだろ?
実際は、「反対意見のある人~?」って聞いて、手を上げられるヤツなどそういないのだ。
たとえ反対意見を持っていたとしても、他の誰も意見を挙げない状況では反論意見は出てこない。
これも一種のバンドワゴン効果だ。
「……反対意見はない、な。じゃあ、全員が賛成したってことで、文句ないな? あるなら言え。……三、……二、……一、ハイ終了。満場一致で可決だ」
パンッと手を打って、円満に可決したとアピールする。
これで、お前たちは何がなんでも、『この中で最も多くの者に信頼を得ている人物』を議長に選ばなければいけない。
反対すれば――カエルだ。
「それじゃあ、議長なんだが――」
「待て、オオバヤシロ」
ドニスが低い声で俺を呼ぶ。
怒りとは違うが、意味が分からずモヤモヤした、イライラ感を醸し出している。
「『この中で最も多くの者に信頼を得ている人物』など、この中からどうやって決めるつもりだ? まさか、そこで多数決か?」
自分が選ばれる可能性もあり得る。そう思っている顔だ。
それなら、多数決に票は投じられなくても参加は出来る。そんな思考をしているのが丸分かりだ。
だが、違う。
「『この中で最も多くの者に信頼を得ている人物』は、もうすでに決定している」
全員の視線が会議室内を右往左往している。
誰だ? 自分か? あいつか?
と、忙しなく行き交う視線の中、俺は説明を始める。
「この室内には、給仕長や兵士を含めると相当数の人間が存在している」
「まさか、そいつらを含めるというのか!?」
「焦るな、おもらしゲラーシー」
「誰がおもらしだ!?」
黙って聞けっつうの、堪え性のないヤツだな。
「人は多いが、ここはあくまで『BU』の領主たちが集う場所で、連中はその領主の護衛だ。会談に参加する資格はない。まして、決定権を平等に持つ多数決になど、参加できるはずもない」
それがまかり通ったら、領主の意見が丸々握り潰されるなんて結果も生まれてしまう。
あくまで、有効票を持っているのは、『BU』の領主七人だ。
「その七人全員が『信頼する』と言った人物が一人だけいるだろうが」
言いながら、俺は会話記録を呼び出す。
そして、該当するページを表示させる。
『……反論はないようだな。では、改めて――あの者の発言を、今日、この場所に限り信用してもよいと思うものは挙手を!』
『たしか「BU」の多数決は絶対なんだよな? なら、今手を上げなかった三人の領主も、俺の発言を信用してくれるってことでいいんだな?』
『くどいぞ』
場の空気が静まり返る。
これは、先ほど行われた多数決だ。
この場所で、このメンバーで行われたものだ。
そこで、もうすでに結果は出ていたんだよ。
静けさの中、俺は満面の笑みで宣言する。
「七人全員に信頼されているこの俺、オオバヤシロが今回の進行役、議長を務めてやる。文句のあるヤツは名乗り出ろ――今すぐカエルにしてやるから」
反論する者は、当然、いなかった。
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