異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

242話 群れを統率する者 -4-

公開日時: 2021年3月25日(木) 20:01
文字数:3,103

「困ったよなぁ」

 

 ナタリア、ギルベルタという鉄壁のガードを得た俺は無敵だ。

『BU』の全領主に向かって現状を分かりやすく説明してやる。

 

「『BU』における多数決は絶対で、その多数決でつい先ほど『この者オオバヤシロと内通している疑いのある、信用のおけぬ者を多数決に参加させるべきではない』と決まった。よって、ドニス、トレーシー、そしてゲラーシーの三人は多数決には参加できない」

「それは……っ!」

「しかもだ!」

 

 猪口才な反論を目論むゲラーシーを大きな声で黙らせる。

 まだテメェの発言する番じゃねぇんだよ。出るタイミングを見誤って先に出ちゃうとか、おもらしヤロウか、お前は。

 

「多数決に参加できないってことは、進行役も出来ないってことだ。進行も多数決の内だろ?」

「それは屁理屈だ!」

「じゃあ、進行役なしで多数決が出来るのか?」

「…………」

「出来ないだろう? つまりセットなんだよ、そこは」

 

 お前はどうあがいても、多数決には参加できない。

 現状をひっくり返さない限り。

 

「それとも、信用のないお前が、全員の前に立って進行役をやってみるか?」

 

 それは、お前以外の連中が許さないと思うぞ。

 さすがに理解したのか、ゲラーシーは悔しそうに唇を噛んだ。

 

「それから、もう一つ困ったことに、参加者が四人になっちまったんだ」

 

 ドニスにトレーシー、そしてゲラーシーの三人が抜け、多数決に参加できる領主の数が四人と偶数になってしまった。

 

「偶数で多数決ってのは、出来ないよな?」

 

『宴』の後、教会の前でそんな話をしていた。

 ドニスがはっきりと言っていたのだ『多数決は偶数人では行えぬルールになっておる』と。

 

「だからもう一人、誰かが抜けて三人にならないとな」

「バカな!? 三人だと!? 『BU』の過半数以下ではないか! そんな人数では『BU』の総意とは言えないではないか!」

 

 過半数割れという、人数へのこだわりを見せるゲラーシー。

 さっきまでは、少なくなった人数で強硬に採決しようとしていたくせに、自分が外されると不安になるようだ。

 

「じゃあ、こうしようぜ。エステラ、お前入れよ。被告代表として」

「バカな! 部外者を神聖なる『BU』の多数決に入れるなどと……!」

「じゃあ多数決は出来ず、永遠に結果は出ないから、俺たちへの制裁はなしってことでいいんだな?」

「それとこれとは話が別だ!」

「じゃあどうすんだよ? 嫌だ嫌だじゃ何も決まらないぜ? お前、ホンッッットに無責任だよな?」

 

 無責任という言葉に、ゲラーシーは両眼を限界まで見開いた。

 怒髪天を衝く――にも似た衝撃があったのだろう。

 白目が真っ赤に染まっていき、顔がぷるぷると震え出す。

 赤ぁ~く染まっていく顔は、赤鬼そっくりだった。

 

「エステラが入るのであれば、私も入るぞ」

 

 ルシアがさも当然というように言う。

 

「そうしたら偶数になるじゃねぇかよ」

「ならば、トレーシー・マッカリーでも入れればいいだろう」

「それならば、私が入るのが筋だ!」

「筋? 筋違いだろう? ゲラーシー・エーリン」

 

 ルシアの言葉に、何も言い返せないゲラーシー。

 ルシアって、ホント肝っ玉が据わってるよな。ドニスとサシで口喧嘩しても勝てそうなのって、こいつくらいじゃないか?

 

「あぁ、もう埒が明かねぇな」

 

 両手を上げて、ゲラーシーたちに背を向ける。一度下がり、距離を取って、ゴチャゴチャっと人が集まる一角を避けて、二十三区領主を見る。

 

「こっち三人を省けば、あんたが一番話が出来そうだな」

「無礼者め。身の程をわきまえよ」

 

 二十三区領主と、その給仕長である褐色の美女が殺気を放つ。

 

「Dカップか」

 

 給仕長の殺気が増す。

 当たったらしい。

 

「何が言いたいのだ。散々かき回しおって」

 

 苛立ち、呆れながらも、この場を収める方法を思いつかない二十三区領主は、俺へと話を振ってきた。聞く用意があるようだ。

 

「停滞した議会を元に戻すには、まず信頼のおける議長が必要だ。それに異論はないな?」

「……まさか、この私にそれをやれと申すのか?」

「いいや。議長は、この中で最も多くの者に信頼を得ている人物がやるべきだ。それに反論はあるか?」

 

 室内を見渡すが、誰も異を唱えない。

 それよりも、意識はその次へと向かっている。

 

 すなわち、この中で最も多くの者に信頼を得ている人物とは誰だ? ……と。

 

「俺が多数決を採るわけにはいかないから――なんの権限も権利もないからな――逆の方法をとろうと思う」

「逆……だと?」

 

 二十三区領主をはじめ、他の領主も俺の案に興味を示す。

 単純なことだ。

 

「賛成は聞かない。その代わり、反対の者は意見を出してくれ。反対意見がなければ、満場一致の決定とする。……どうだ?」

 

 俺主導でありつつ、誰にも平等に反論の機会がある。

 それは、平等というのに相応しい提案――に、見えるだろ?

 実際は、「反対意見のある人~?」って聞いて、手を上げられるヤツなどそういないのだ。

 たとえ反対意見を持っていたとしても、他の誰も意見を挙げない状況では反論意見は出てこない。

 

 これも一種のバンドワゴン効果だ。

 

「……反対意見はない、な。じゃあ、全員が賛成したってことで、文句ないな? あるなら言え。……三、……二、……一、ハイ終了。満場一致で可決だ」

 

 パンッと手を打って、円満に可決したとアピールする。

 これで、お前たちは何がなんでも、『この中で最も多くの者に信頼を得ている人物』を議長に選ばなければいけない。

 反対すれば――カエルだ。

 

「それじゃあ、議長なんだが――」

「待て、オオバヤシロ」

 

 ドニスが低い声で俺を呼ぶ。

 怒りとは違うが、意味が分からずモヤモヤした、イライラ感を醸し出している。

 

「『この中で最も多くの者に信頼を得ている人物』など、この中からどうやって決めるつもりだ? まさか、そこで多数決か?」

 

 自分が選ばれる可能性もあり得る。そう思っている顔だ。

 それなら、多数決に票は投じられなくても参加は出来る。そんな思考をしているのが丸分かりだ。

 

 だが、違う。

 

「『この中で最も多くの者に信頼を得ている人物』は、もうすでに決定している」

 

 全員の視線が会議室内を右往左往している。

 誰だ? 自分か? あいつか?

 と、忙しなく行き交う視線の中、俺は説明を始める。

 

「この室内には、給仕長や兵士を含めると相当数の人間が存在している」

「まさか、そいつらを含めるというのか!?」

「焦るな、おもらしゲラーシー」

「誰がおもらしだ!?」

 

 黙って聞けっつうの、堪え性のないヤツだな。

 

「人は多いが、ここはあくまで『BU』の領主たちが集う場所で、連中はその領主の護衛だ。会談に参加する資格はない。まして、決定権を平等に持つ多数決になど、参加できるはずもない」

 

 それがまかり通ったら、領主の意見が丸々握り潰されるなんて結果も生まれてしまう。

 あくまで、有効票を持っているのは、『BU』の領主七人だ。

 

「その七人全員が『信頼する』と言った人物が一人だけいるだろうが」

 

 言いながら、俺は会話記録カンバセーション・レコードを呼び出す。

 そして、該当するページを表示させる。

 

 

 

『……反論はないようだな。では、改めて――あの者の発言を、今日、この場所に限り信用してもよいと思うものは挙手を!』

 

『たしか「BU」の多数決は絶対なんだよな? なら、今手を上げなかった三人の領主も、俺の発言を信用してくれるってことでいいんだな?』

『くどいぞ』

 

 

 

 場の空気が静まり返る。

 

 これは、先ほど行われた多数決だ。

 この場所で、このメンバーで行われたものだ。

 そこで、もうすでに結果は出ていたんだよ。

 

 静けさの中、俺は満面の笑みで宣言する。

 

「七人全員に信頼されているこの俺、オオバヤシロが今回の進行役、議長を務めてやる。文句のあるヤツは名乗り出ろ――今すぐカエルにしてやるから」

 

 

 

 反論する者は、当然、いなかった。

 

 

 

 

 

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