異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

264話 労いのお味 -3-

公開日時: 2021年5月20日(木) 20:01
文字数:4,618

 その日の夜。

 ちょっとばかり珍しいことが起こった。

 

「……ウーマロ。スノーストロベリーが出来た」

 

 去年の猛暑期に購入したスノーストロベリー。

 豪雪期になるまでは実も花もつけない、なんとも面白みのない植物なのだが、豪雪期には毎朝甘い実を結ぶ。

 去年の豪雪期からずっとマグダのお気に入りで、気が付くと全部食い尽くされているのだが、そのスノーストロベリーをマグダ自らがウーマロに分け与えている。

 

 それはさながら、デリアがオメロに自分のポップコーンを分け与えるくらいにあり得ないことで、イメルダがベッコに労いの言葉をかけるくらいにあり得ないことで、ジネットが自ら進んで「挟まってください!」と突進してくるくらいあり得ないことなのだ!

 ……いや、ジネットの突進はあり得るかもね! 今後の希望を込めて!

 

「マ、マグダたん、オイラのために取っておいてくれたッスか? わざわざ?」

「……ウーマロは、とても頑張っているから」

「はぁぁあん! 感激ッス! 今の一言でオイラの苦労はすべて報われたッス!」

 

 たった一粒のスノーストロベリーに感涙し、マグダの前に傅いて騎士が行うような最敬礼を見せる。

 安いな、お前の忠誠得るの。

 

「大袈裟なヤツだな」

 

 と、ジネットに話を振ると。

 

「マ、マグダっちょがスノーストロベリーを、分け与えたです!?」

「お、おい、マグダ大丈夫か!? どこか具合悪いのか!?」

「ちょっと外で遊ばせ過ぎたんさね。きっと熱があるんさよ」

「今日は早くお休みなさいまし」

「レジーナ呼んで来た方がいいんじゃないかなぁ~☆」

「いや、心配し過ぎだわ、お前ら!?」

 

 え!?

 そんなに大事なの!?

 マグダが好物を分け与えただけだぞ?

 

「エステラ様、お気を確かに!」

「って、なんで気を失ってんだ、エステラ!?」

 

 衝撃的シーンを目の当たりにして、エステラが意識を刈り取られた。……って、アホなことやってないで起きろ。

 

「いや、だってさ……ボクが早起きをして一つ摘まもうとしたら、マサカリを持ち出したんだよ、マグダは?」

「マグダは本気出し過ぎだし、お前も意地汚ぇよ」

 

 買えよ、スノーストロベリーくらい。

 結構お手頃価格だったぞ。

 

 とまぁ、とにかくそれくらい珍しいということだ。

 

「……ウーマロは、少し疲れているように見えた。だから」

 

 たった一粒だが、朝からこの一粒はウーマロにあげようと取っていたということだ。

 もしかしたら、昨日の夜からそうしようと考えていたのかもしれない。

 

「……本当は、もっと早くあげるつもりだったけれど、毎朝気が付いたら実がなくなっていて……今朝、初めて一粒ガマン出来た」

 

 意外と苦戦していたらしい。

 これでもし誰かが「ラッキー、一粒残ってる!」って横取りしていたら……血の雨が降っていたかもしれないな。

 もしくは、マグダが泣いてヘソを曲げて、年明け辺りまで引き摺っていたかもしれない。

 

 よかった。意地汚いヤツがいなくて。

 

「……今日一日ずっと残ってたなんて……知らなかった」

 

 と、俺の隣で拳を握るエステラ。

 買え!

 もう来年は有無を言わさず買ってこい!

「でも、十日そこそこのために買うのはさぁ」とか貧乏くさいこと言ってないで、来年は猛暑期になると同時に買え!

 豪雪期が終わったらミリィに言っておこう。

 何を言われようとエステラに押し売りしといてくれって。

 

「では、ウーマロさん。早く食べた方がいいですよ」

 

 ジネットがウーマロに忠告する。

 ウーマロは感動の余り放心しているけれど、まぁ、耳は聞こえているだろう。

 

「スノーストロベリーは朝に実を結び、一日で萎れてしまいます。早く食べないと折角のスノーストロベリーが傷んでしまいますよ」

「そ、そうなんッスか?」

 

 衝撃の事実に、明後日の方向を向いて驚くウーマロ。

 誰と会話してんだお前は。

 

「で、では、ありがたくいただくッス…………あの、じっと見つめるのはやめてもらえないッスか? オイラ、緊張しちゃうッスから」

「あぁ、ごめんね。なんだか珍しい光景だったからさ」

「ですね。ブロッケン現象並みに見入っちゃったです」

 

 そんなにか!?

 マグダがイチゴを分けただけだぞ?

 

「ちなみにウーマロ。マグダにもらったスノーストロベリーを食うのと、そのスノーストロベリーをマグダに食べさせるのはどっちが幸せだ?」

「はっ!? ……これはマグダたんの大好物。しかも、現在はオイラの所有物ッス……つまり、これをマグダたんに食べさせ……あ、『あ~ん』をすれば…………なんだかそっちの方が幸せな気がしてきたッス!」

 

 うんうん。

 分かる分かる。

 ネコが自分の手からエサを食ってくれるのって可愛いしな。

 

「マ、マグダたん! も、もしよかったら、このスノーストロベリーを!」

 

 差し出されたスノーストロベリーを見て、マグダがじゅるりとよだれを垂らす。

 ……が。

 

「……ダメ。それはウーマロが食べるべきもの」

 

 よだれを拭いて、ウーマロに背を……いや、スノーストロベリーに背を向ける。

 そして、俺を見上げて「……ヤシロ、めっ」と怒った。

 

 それに、俺は驚いてしまった。

 

 マグダが俺のウーマロ弄りを諫めた。

 大抵の場合、俺側に立って一緒にウーマロを弄るマグダが。

 俺にウーマロ弄りをするなと注意した。

 

 マグダがこんな態度を見せるのは……本当に初期の初期、マグダがまだ小悪魔になる前か、本気でウーマロが弱ってる時くらいだ。

 ……まさか。

 

「ウーマロ、お前……死ぬ、のか?」

「いや、死なないッスよ!? 至って健康ッス! 大衆浴場を作って、三十五区の大工から港建設のノウハウを盗んで自分たちの技術にするまでは、休みすらいらないくらいに健康体ッス!」

「大変だなぁ、お前。その合間にマーゥルの館の氷室の移設工事までやらされるなんてなぁ」

「何ッスか、それ!? 初耳ッスよ!? いつ決まったッスか!?」

「マーゥルがわがまま言ってるだけだから断ってもいいぞ。『誰がテメェの仕事なんか引き受けるかクソババア』って」

「言えるわけないじゃないッスか!? そもそも、マーゥルさんの仕事断るなんて、他のどの領主様の仕事を断るよりも難易度高いッス!」

 

 あぁ、やっぱり、こいつらもそういう認識なんだな。

 怖いもんなぁ、マーゥル。

 

「つーか、お前領主の仕事とか断らないじゃねぇかよ」

 

 どんなに忙しくても、なんだかんだとエステラからの依頼はすべてこなしているウーマロたちトルベック工務店。

 四十一区の素敵やんアベニューも、トルベック工務店が全面的に引き受けている。

 あっちはあっちで、もう間もなく完成しそうだ。

 

「ルシアの別荘もお前らがやるんだろ? 権力に媚びやがって」

「それは、媚びるというか……普通は断らないッスよ。無理な条件でもない限りは」

 

 その言い方に、少しだけ引っかかった。

 

「断ったことあるのか?」

「へ?」

「いや、領主に無理難題を押しつけられて、断ったことありそうな口ぶりだったから」

「あ……いや」

 

 ウーマロの顔に焦燥が浮かぶ。

「あ、ヤベ……」みたいな顔で、眼球が細かく揺れている。

 触れてほしくなかったところか。

 

「ま、いろいろあるよな。有名税ってヤツだ。甘んじて受けとけよ」

 

 わははと、笑ってウーマロの肩を叩く。

 聞かなかったことにしてやるから、もう話さなくていい。

 

 こいつもエステラと同じだ。

 自分の身に降りかかるトラブルは、極力自分の力で解決させたいと思っている。

 それで、マジでどうしようもなくなった時にようやく助けを求めてくるのだ。

 だから、それまでは大丈夫だ。

 こいつなら、信用できる。

 

 

 一人で思い詰めてバカな選択なんかしないと、……信じさせろよ。なぁ?

 

 

「あ、いや、そんな深刻な話じゃないッスよ」

 

 明るい声で言って、ウーマロが「やはは」と困り顔で笑う。

 

「実は引き抜きがあったんッスよ。三十区に本部を移して、領主の専属になれって」

「三十区に、かい?」

「はいッス。けどまぁ、ウィシャート様は以前に向こうの都合で長らく工事を差し止めたり、そのくせ納期変更を認めず強行させたりと、こっちも迷惑被った相手ッスから」

 

 去年の大雨の時、ウーマロたちトルベック工務店は三十区領主ウィシャートの館の修繕を依頼されていた。

 だが、その時にお抱え商人のノルベールが窃盗の疑いで捕らえられ問題となった。

 バオクリエアから、非認可の香辛料を持ち出したとか持ち込んだとかで、表沙汰になるのを恐れたウィシャートはほとぼりが冷めるまで部外者の立ち入りを全面禁止にしたのだ。

 その割を食ったのがトルベック工務店の連中だった。

 

 まぁ、その待ちぼうけの期間を利用して、俺たちはウーマロたちにろ過装置や下水を作ってもらったんだけどな。

 ニュータウンに次々アパートを建てたのもその時だ。

 領主の仕事を抱えている状態で他の仕事は引き受けられない。どんな難癖を付けられるか分からないし、新しい仕事が始まった途端「こっちが先だ」と強行させられるかもしれない。

 

 そこで、エステラから仕事を振ったのだ。

 手が余っているトルベック工務店をフル活用するために。

 エステラからの仕事なら、ウィシャートが急に「仕事を再開しろ」とか言い出してこっちの仕事が中途半端になっても文句は言わない。

 もともと、隙間を狙っての依頼だったからだ。

 

 あの頃から技術は一流で、領主から名指しで依頼が来る程度に名が売れていたんだよなぁ、こいつらは。

 でも、その後下水の技術を有した唯一の工務店として一気に名をあげた。

 それから大掛かりなプロジェクトにことごとく参加して、気が付けば吸収した大工は数知れず。かなり大きな組織になっていた。

 

 それを抱え込もうとしたのか。

 見栄を張りたがる貴族っぽい発想だな。

 

「それに、オイラは四十二区を離れるつもりなんかないッスから」

「マグダがいるもんな」

「それもあるッスけど、ヤシロさんと――みんなが大好きッスから。……やはは」

 

 照れて頭を搔くくらいなら言わなければいいものを。

 つか、なんでわざわざ俺だけ別枠にしたんだよ?

 なにか? 俺は『みんな』には含まれない、含みたくないボッチヤロウだってのか? 誰がレジーナ枠だ。失敬な。……ふん。

 

「あの、だから……」

 

 ガッチガチに緊張しながらも、ウーマロがエステラに向かい合った。

 逃げそうになる視線を必死にエステラへ向け、神妙な面持ちで謝罪を述べる。

 

「もし、それが原因で三十区から嫌がらせを受けたりしたら、オイラたち、どんな責任でも負うッスから、言ってほしいッス!」

 

 港の工事に関して難癖を付けてくる三十区領主。

 その原因の一端に、もしかしたら自分たちがいるのではないか。

 そんな不安を抱えていたようだ。

 

 だが。

 

「分かった。覚えておくよ」

 

 ウチの領主は甘々なので。

 

「けど、大丈夫だよ。どんなくだらない理由や原因があろうと、無理難題を吹っかけてくる他区の領主を退けてあしらって撃退するのがこの四十二区の領主たるボクの仕事だからね」

 

 にこっと笑って、「話してくれてありがとう」と感謝を述べる。

 

「逆に、貴族から何か嫌がらせを受けた時は遠慮なく相談しておくれよ。君たちは大切なウチの領民だからね、ボクが絶対守ってみせるよ」

 

 若く、小さく、真っ平らで、頼りなく見えるエステラだが、その微笑みだけはすっかり領主の域に到達している。

 さすがだな、『微笑みの領主』。

 

「ヤシロ、今一回失礼なこと考えたよね?」

 

 鋭さも領主クラスだな。うん。

 

「……ありがとう、ッス」

 

 少し泣きそうな声で呟いて、ウーマロは一粒のスノーストロベリーを大切そうに齧った。

 

「…………最高に、美味しいッス」

 

 その声は、完全に泣いていた。

 

 

 

 まったく、大袈裟なんだから。

 

 

 

 

 

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