「店長。ご相談があります」
「はい。伺いましょう」
背筋を伸ばしてジネットに向き合うと、ジネットもピッと背筋を伸ばした。
おっぱいどーん。
……これくらい言わせてくれ。今から反吐が出そうなセリフを吐かなきゃいけないんだから……
「この野菜を定価で買い取ってやりたいんだけど、店のどっかに500Rb落ちてないか?」
「はい。日替わり定食のヒットと、トルベック工務店のみなさんが通ってくださっているおかげで、それくらいの蓄えならありますよ」
「そいつぁよかったぁ。これで農業ギルドと交渉が出来るぜー」
「お、おいおい、ヤシロ!」
俺とジネットのミーティングに、モーマットが割り込んでくる。
「いくらなんでも、お前らにそこまで迷惑かけられねぇよ! これは、こっちの問題なんだ!」
「お前んとこ、土地余ってたよな?」
モーマットの話は無視して、俺は違う問いを投げかける。
素直に答えろ。そうすりゃ、いいことがあるかもしれんぞ。
「あ、あぁ、まだ耕してない土地がそれなりにはあるぜ」
水路の水を避難させる穴を掘った場所も、相当な広さがあったが、荒れ地と化していた。
「なんで耕してないんだ?」
「いや、人手がな……それに、今農業ギルドは金銭的に綱渡り状態で……新しいことに挑戦している暇は……」
「遊ばせている土地があるんだな?」
「あ、あぁ……」
「じゃあ話は早い。その土地を貸してくれ」
「土地を!? な、何をする気だ!?」
「ハムスター人族に農業をやらせる」
「…………っ」
モーマットの目が見開かれる。
さすがに驚きを隠せないようだ。
「遊ばせている土地を使って、農家の見習いをやらせてほしい。出来れば、お前の畑の小作人扱いで、野菜の取れ高に応じて報酬を支払うシステムにしてくれると助かる。あいつら、計算が出来ないから個人事業主になって野菜を売るなんて交渉、絶対出来ないんだ」
「俺が、……あいつらを、雇うのか?」
「もちろん見習いだから格安でいい。現品支給でもいい。なんなら、ハムスター人族の野菜はすべてウチで現金化してやってもいいしな」
モーマットは腕を組み、そして低い唸り声を上げて首をひねった。
深く深く思案の海に飛び込み、ぐるぐると思考を巡らせている。
「……なぁ。なんでそこまであいつらの面倒を見るんだ?」
かけられたのは、農業とはまるで関係ない、そんな問いだった。
これまで見たこともないような、真剣な眼差しが俺を見つめている。
俺は一度深く息を吐いて、きっぱりと言ってやる。
「気に入ったからだが?」
単純明快。
それ以外に言いようがない。
そんな分かりやすい解を。
「……そう、か」
モーマットが頭をポリポリとかき、また「……あぁ、やっぱ俺はまだまだだよなぁ……」と呟いた。
「じゃあよぉ、もしかしてお前が俺たちを気にかけてくれてるのって………………」
そこまで言いかけて、モーマットは口を閉じる。
そして、鼻で笑い、自嘲するように呟いた。
「いや……それを聞くのは野暮ってもんだな」
どこか吹っ切れたような、そんな声色をしていた。
「分かった! 外壁側に結構な広さの土地が余ってる。そこを貸してやろう!」
「本当ですか!?」
喜びの声を上げたのはジネットだった。
これでまた、ハムっ子たちの働き口を確保できたわけだ。
トルベック工務店と、農業ギルド。
そして、ウチの移動販売の売り子と調理補助。
これだけあれば、なんとか食いっぱぐれなくて済むだろう。
しかも、ハムっ子たちはローテーションで仕事が出来る。
ずっと同じヤツが農業でも構わないし、何人かで交代で働いても構わない。
あいつらなら、どんどん技術を吸収していくことだろう。
雨が降ったらこっちの手伝い。
怪我人が出たら誰かが穴埋め。
そんな働き方が出来るのだ。
「ただし、俺が教えるからには厳しくしていくから、覚悟しておけと伝えといてくれよ! 『泣き言言いやがったら叩き返すからな』って!」
厳しい指導員ぶっているのかもしれないが……
「一番泣き言言ってんの、お前だろうが」
「確かに、モーマットはよく泣くよね」
「……泣きワニ」
「みなさん、事実は時に人を傷付けるんですよ」
「いや、ジネットちゃん……それが一番辛辣だぜ……」
指摘されて頬を赤らめるジネット。
モーマットの表情も柔らかいものになっている。
マグダも、涼しい顔をしているが機嫌はよさそうだ。
これが、みんなの望んだ結末なのだろう。楽しそうで何よりじゃねぇか。
手に入った野菜をさっそく調理しようと、ジネットとマグダは厨房へ向かうようだ。
モーマットがせめてもの気持ちにと、大量の野菜を運んでくれるらしい。
三人がぞろぞろと食堂へと入っていく。
こうして、陽だまり亭の蓄えがすっからかんになった代わりに、ハムっ子の新しい働き口が見つかった。
そして…………
俺が口出ししやすい畑が手に入ったのだ。
ふっふっふっ……またしても俺は、他人の持ち物で自分の利益を得るシステムを組み上げたのだ。
どーだ! すげぇーだろー!
実は品種改良とか、やってみたかったんだよなぁ。
いろいろ実験して、コストを削減できればダイレクトに利益に繋がる。
ブランド品種でも誕生した日には、億万長者も夢ではない。
ふふふ……俺の未来は明るいっ!
「ヤシロ」
一人、心の中でひっそりほくそ笑む俺の肩を、エステラがポンと叩く。
「善行に理由づけするのも、大変だよね」
それだけ言い残して、食堂の中へと入っていく。
…………なんだよ。ったく。
「俺は、善人じゃねぇよ」
そう呟いてみたものの、聞く者は誰もいなかった。
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