そして、イベント最終日が始まり――
「「「ありがとうございます!」」」
「「「このご恩は一生忘れません!」」」
ブルマエプロンが絶大なる効力を発揮した。
「ヤシロぉ……君というヤツは、どうしてこうしょーもないところで先見の明をっ!」
俺の目論見を看破できなかったと悔しがるエステラ。
甘いな。
男子の欲望は無限大。
それを理解しようなど、どだい不可能なのだよ!
「カンパニュラちゃ~ん! イベントが終わっても、お店に会いに行くからね!」
「俺も俺も! 通っちゃう!」
「ありがとうございます。ですが、私はお手伝いですので……」
「お手伝いでも見習いでも関係ないよ!」
「そうそう! 俺たちの最推しはカンパニュラちゃんだから!」
「うふふ。ありがとうございます」
すっかり人気者になったカンパニュラ。
今も多数のオッサンどもに囲まれている。
いや、オッサンだけじゃない。
「カンパニュラちゃん。今度お花屋さんにおいで。とっておきのブーケをプレゼントしてあげるわ」
「はい。ありがとうございます、姉様」
「あはぁ、可愛いっ!」
生花ギルドの大きなお姉さんまでもを虜にしているカンパニュラ。
なんか、ミリィと二人でお花の話をしている様が堪らなく可愛いのだとか。
言ってることはハビエルと変わらないのに、なぜあのオバサンは逮捕されないのか。
男女差って、残酷だよな。
「見て見て~、水着エプロ~ン☆」
「「「マーシャさん、最高っ!」」」
まぁ、大多数の男が『あんな感じ』だからな。
それも致し方無しか。
「かにぱんしゃ、えぷろん、かわぃい、ね!」
「ありがとうございます、テレサさんもとっても似合っていますよ」
「ありまと!」
「「「くっそかわえぇぇえ!」」」
幼女に群がるな、オッサンども。
シワシワトキシンを街中にバラ撒くぞ。
どいつもこいつもイベントを楽しんでいる。
最終日ということで、いつも以上に騒がしい。
「オオバく~ん!」
騒ぐオッサンどもに呪詛の念を送っていると、デミリーがにっこにこ顔で駆け寄ってきた。
「もう! 豚骨のレシピ遅いよ~! とても今日までには間に合わなかったよ」
「そうそうマネされてたまるか」
「でも、いい宿題をもらった気分だよ。ウチの料理人たちがね、すっごく意欲に燃えているんだ。これは、ラーメン通り、すごいことになりそうだよ」
言って、俺の肩をばしばし叩く。
こんなにテンションの高いデミリーも珍しい。
「イベントが終わったら、またゆっくり話をしようね」
それだけ言うと、デミリーは来た時同様足早に立ち去っていった。
忙しないヤツ。
「エステラには挨拶もなしかよ」
「オジ様、三十一区に対抗意識を燃やしているんだよ」
「規模が違い過ぎるだろう、テーマパークとラーメン通りじゃ」
「それでも、いいライバルだと思ってるんじゃないかな。なんにせよ、楽しそうで何よりさ」
デミリーのはしゃぎっぷりを見て、エステラがにっこり笑う。
嬉しそうに。
「おい、オオバ! 四十一区は新しいラーメンを生み出したぞ! ちょっと試食しに来い!」
「ダ~リンちゃ~ん。オシナも新メニュー考えたのネェ☆ 是非食べに来てネェ~」
「その前にわしのところへ来るのじゃ、我が騎士よ! 一番美味しいラーメンを食べさせてあげるのじゃ!」
「大人気じゃないか、ヤシロ」
「……ったく」
見知った顔が、呼びもしないのに集まってくる。
「その前に、お前ら、これを見ろ。イワシの煮干しで出汁をとったラーメンなんだけどな」
「「「また新しいのを作ってきたのか!?」」」
なんか、四方八方から総ツッコミにあった。
見渡せば、各区の料理人に取り囲まれていた。
作ってきたんじゃねぇ! ちょっとチャレンジしてみただけだ!
「おいおい、オオバ。このラーメンは麺とメンマしか入ってないじゃねぇか。スープも透き通ってほとんど透明だし。こんな質素なラーメンが――くっそ、美味ぇな、ちきしょう!」
やいやい言いながら煮干しイワシラーメンを啜ったリカルドが悔しそうに吠える。
ごちゃごちゃ付け足せばいいってもんじゃないんだよ。
引き算の美味さってもんもあるんだ、料理にはな。
「こちらは、手間暇をかけることで、極限まで無駄を削ぎ落とした一品になります。レシピをご用意しましたので、是非参考にしてみてください」
集まった料理人たちにレシピを配るジネット。
おぉっと、デミリーがレシピにつられて戻ってきてるな。
両隣に連れてるのは四十区の料理人か? 面倒見いいな、ホントに。
料理人たちがレシピを見て近場の者と意見交換を始める。
アレコレ追加する方向へ意識が向かっていた連中には、いい勉強になるだろう。
「これはやられたなぁ……ねぇ、次はいつやるの、このイベント?」
「さぁ、それは……予定は未定ですね」
どこぞの料理人Aの質問を受けてジネットがこちらを見たので首を振っておいた。
こんなバカ騒ぎ、そう何度もやってられるか。
「な~に、心配はないよ」
集まった群衆に、デミリーが朗らかな声で言う。
「みんながそれぞれ修行して、納得のいく一品が作れるようになったら、今度は四十区が主催でこのようなイベントを行おうじゃないか。きっと、他の区の領主も同じことを考えているはずだよ」
何も四十二区でなくても、いつだって、どこでだってイベントは開催できる。
「ここは原点にして始まりの地。みんなはこれから各々の道で成長し、大きくなって、そしていつの日か、再びこの地で相見えようじゃないか。その時は、今以上に楽しいイベントになるはずだよ」
明日からは別々の道を行く者たち。
けれど、それは別れではない。
いつかまたここで。
そんな約束一つあれば、人ってのは思う以上に強くなれる。
その言葉を、あいつにも伝えてやらないとな。
「さぁ、最終日だ! 悔いの残らないように盛大に盛り上がろうじゃないか!」
「「「「ぅぉおおおお!」」」」
デミリーに囃し立てられ、運動場は興奮の渦に飲み込まれた。
最終日は陽だまり亭一同も最後まで運動場に残って、最後の最後まで全力で商品を売り尽くした。
完全燃焼。
会場中の食材がすべてすっからかんになった時、誰からともなく拍手が巻き起こり、この非常に賑やかだったイベントは幕を下ろした。
それぞれが打ち上げや片付けで忙しくする中、俺たちは一足早く陽だまり亭へと戻った。
打ち上げと行きたいところだが、明日はみんなで素敵やんアベニューに行く約束があるからな。
さっさと休んで、明日に備えなければ。
「終わりましたね」
少し興奮が残る熱っぽい顔で、カンパニュラが呟く。
「最終日も見事に完売だったです!」
「……衣装も間違いなく一番可愛かった」
「とても楽しかったですね」
「たぉしかったー!」
屋台を庭に置き、陽だまり亭へ入って一息吐く。
「あたいも、今日はさすがに疲れたなぁ~!」
「まったくさね。今日はゆっくり眠りたいさねぇ」
手伝ってくれたデリアとノーマも疲労を隠せない様子だ。
「ノーマたちも風呂に入ってくか?」
「そうさねぇ……」
「なんでしたら、泊まっていかれませんか?」
「それも悪くないかもしれないさねぇ」
「あたいはいいや」
ノーマとは違い、うっきうき顔のデリア。
この後、家で楽しみが待っているって顔だ。
「なぁ、カンパニュラ。このあとオッカサンたちと大衆浴場行ってさ、それで一緒の布団で寝ような」
「はい。今日は疲れたのですぐに寝てしまうかもしれませんね」
「寝ていいぞ。明日から毎日一緒なんだから、今日は早く寝ような」
仲のよい姉妹の会話。
そのように聞こえたし、実際そうなのだろう。
だが――
「……はい。明日からも、一緒で……嬉しい、です」
――カンパニュラの頬を、涙が伝い落ちていった。
「あ、あれ? 変ですね。嬉しいはずですのに、どうして……」
慌てて涙を拭い、頑張って笑おうとするカンパニュラ。
けれど、拭うほどに涙はあふれ出し、口角は引きつって、あっという間に泣き顔へと変わる。
「違うんです……これは、その……」
カンパニュラの焦りが声と顔に表れる。
何度も目元を擦り、自身を奮い立たせるように両手で拳を握って何度も振る。
けれど、涙は止まらず、声はみるみる震えていく。
「嬉しいんです、本当に。大好きな母様や父様、デリア姉様と一緒に暮らせるなんて、本当に嬉しくて、考えるだけで楽しくて……。あのっ、小さい時から何度も思っていたんです、デリア姉様と一緒に暮らせたらどんなに楽しいだろうって……それが、実現するのですから、私はすごく幸せで、嬉しくて……」
誰よりも自分自身に言い訳をするように、カンパニュラは言葉を重ねる。
「ですが……」
ぐっと歯を食いしばって、重大な決意をしたような表情で、その言葉を吐き出す。
「陽だまり亭が……とても温かくて」
言った瞬間に、大粒の涙がこぼれ落ち、床にぶつかり砕け散る。
「ここに流れる空気が心地よくて、毎日が本当に幸せで、朝起きてから夜眠るまで……いえ、眠っている時ですら、計り知れないほどの深い愛情に満たされていて……こんなにも素敵な人たちが、こんなにたくさん集まって、こんなにもこんなにも優しくしてくださって……私は、ここに来て、ようやく生きるということの意味を理解しました。それまでは優しくてただただ『好き』という感情しか抱いていなかった両親に対しても、私を産み、愛情を注ぎ、育んでくださったことへ感謝の念が膨れ上がり、『いい娘になりたい』『恩返しをしたい』『いただいた愛情と同じだけ両親を愛したい』と思うようになりました」
一度口を閉じ、こくりとツバを飲み込んで、カンパニュラは涙に濡れる顔に笑みを浮かべた。
「私、生まれてきてよかったなって、心の底から思ったんです」
幼いころ、ウィシャートから呪いの言葉を受け、他人に迷惑をかけないように自分を殺していい子に徹しようとしていたカンパニュラが、最近は素直に笑えるようになっていた。
そうか。「生まれてきてよかった」と思えるようになったのか。
「私を産んでくださったのは両親です。ですが、私を私にしてくださったのは、他でもない陽だまり亭です。みなさんとこの場所が、私の原点です」
わなわなと、口と肩を奮わせながらも、カンパニュラはきちんと言い切った。
本当に、大したお子様だ。
「とても楽しくて、幸せで……だからこそ、離れがたく……だから……だから……っ!」
「カンパニュラ」
言葉以上に涙があふれ出したカンパニュラを、デリアが呼ぶ。
名を呼び、その小さな頭に手を載せる。
「分かるぞ。あたいにも、大切な場所がいっぱいあるから、分かる」
「デリア姉様……」
「よかったな、大切な場所が出来て。……ほら」
と、デリアが指さす方には、床に膝を突いて両腕を広げるジネットの姿が。
「カンパニュラさん」
ジネットに呼ばれ、デリアに背を押されて、カンパニュラがジネットの胸へと飛び込んでいく。
ジネットにしがみつき、胸に顔を埋め、もはや抑えられなくなった感情を声に載せて吐き出す。
「うぅぅううぇぇええええ~んっ! あぁぁあ! ぅわぁあああん!」
声を上げ、泣きじゃくるカンパニュラ。
ここまで感情を爆発させたのは、初めてのことだろう。
ようやく、こいつは普通の子供になれたのかもしれない。
決して両親やデリアが嫌なわけじゃない。
陽だまり亭を離れるというその事実が、ただ純粋に寂しいのだ。
小さな子供には、よくあることだ。
だから――
「カンパニュラ」
カンパニュラがひとしきり泣くのを見届け、落ち着いたところで声をかける。
「……やーくん……」
長いまつげに涙が乗っかってキラキラと輝いている。
どんな美しいメイクをした美女よりも綺麗な瞳が俺を見る。
その目にしっかりと映るように、贈り物を差し出す。
俺とジネットの合作。
ついでに、ロレッタとマグダもちょこっと手伝った力作だ。
「これは、お前の制服だ」
手渡された制服を見て、濡れた目をまん丸くするカンパニュラ。
「ジネット」
「はい」
こっから先はジネットの――店長の仕事だ。
「カンパニュラさん」
床にヒザを突いたまま、カンパニュラと同じ目線で語りかける。
「今日まで、お手伝いをしていただき、ありがとうございました」
「いえ……あの……っ」
ちょっとした焦りがカンパニュラの顔に現れる。
陽だまり亭のお手伝いも今日で終わるのかと。
その通り、お手伝いは今日でおしまいだ。
「明日から、カンパニュラさんを正式に陽だまり亭の従業員として雇用します」
「……え?」
ルピナスとタイタにはすでに話を付けてある。
将来、領主になることが決まっているカンパニュラだが、それはまだまだ先の話だ。
それまでの間、社会に出ていろいろな経験を積むことは悪いことじゃない。
……つか、今さらカンパニュラをクビになんかしたら、常連客が暴動を起こすっつーの。
「住む家は変わっても、わたしたちは変わらず陽だまり亭の仲間ですよ」
「あたしも通いですから、カニぱーにゃとお揃いですね!」
「……寂しくなれば、いつでも泊まりに来ればいい。ロレッタもしょっちゅう泊まりに来る」
陽だまり亭一同に囲まれて、カンパニュラが目をぱちくりさせる。
大きく見開かれた瞳がこちらに向いたので、一度頷き、こんな言葉をカンパニュラに贈る。
「ようこそ陽だまり亭へ」
この言葉、結構ぐっとくるんだよな。
……ま、経験者は語るってことで。
「……はいっ! これからも、よろしくお願いいたします!」
カンパニュラが目に溜まった涙をすべて弾き飛ばして頭を下げると、陽だまり亭一同が一斉に抱きつく。
……いや、違うな。
抱きつかれてるカンパニュラを含めて『陽だまり亭一同』になるんだな。
「あ、そうそう」
と、ここまで何も言わずカンパニュラを見守っていたテレサにも制服を差し出す。
「テレサの分もちゃんとあるからな」
「えっ!? ……ぁーしの、も?」
「テレサの正式雇用は、もうちょっと大きくなってからになるけどな」
「うん! ありぁと、えーゆーしゃ!」
仲良く四人で抱き合う陽だまり亭一同とは別枠で、俺はテレサに抱きつかれた。
じゃれるなじゃれるな。
ったく。
これだからガキはよぉ……
へいへい。よしよし。いいこいいこ。
こうして、陽だまり亭に新しい従業員が誕生した。
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