異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

こぼれ話6話 渓流に浮かぶ小舟のごとく、濁流へ -1-

公開日時: 2021年3月27日(土) 20:01
文字数:4,165

★★★★★★

 

 朝一番で四十二区へ入る。

 いまだ工事中のニューロードとかいう新しい通路は、現在スロープと、両サイドにある階段の内片側だけが通行可能となっている。

 その内部では、丸メガネの気持ち悪い男が息を飲むような美人に指示されて壁や階段に模様を彫っていた。

 

「違いますわ、ベッコさん! そこはもっとカーブを描くように! 丸みが足りませんわ!」

「イメルダ氏……なぜ急に現場監督のようなマネを? 昨日までは顔を出すこともござらんかったのに」

「なんとなくですわっ!」

「なにやらご機嫌斜めでござるか?」

「集いがあったにもかかわらず、ワタクシをのけ者にするからですわ! すでに寝ていた、ただそれだけの理由で!」

「いや、寝ていたのでござったら声はかけないでござるよ、普通」

「お起こしなさいまし!」

「拙者に言われても……」

 

 厳しい顔つきもソソる美人だ。

 こんな美人が四十二区みたいな最底辺の街にいたとはな。

 まとまった金が手に入ったら是非お近付きになりたいもんだ。……ぐふふ。

 

「集いといえば、拙者も今朝聞いたのでござるが、ヤシロ氏の件――」

 

 通り過ぎようと思ったのだが、聞き覚えのある名に足が止まる。

 ヤシロってのは、あの酒場のねーちゃんが口にしていた名前だ。

 

 ……まさか、あのねーちゃん。昨晩のことを誰かに話しやがったのか?

 集い、とか言ってやがったな……

 俺は、他の観光客がそうしているように、吹き抜けになった広いホールを見下ろす振りをして聞き耳を立てる。

 

「その話でしたら、ワタクシも今朝聞きましたわ。ヤシロさん……姿をくらませたそうですわね」

 

 姿を、くらませた?

 

「そうでござる。なにやら、問題を起こして雲隠れしたようでござるよ」

「あの方らしい行動ですわね」

 

 思わず「ラッキー!」と叫びそうになった。

 どうやら、俺たちが詐欺に名前を利用した『ヤシロ』って野郎は、実際小悪党らしく、現在姿をくらませているらしい。

 こいつは運が向いてきた。

 

 他人の振りをしつつ一緒にニューロードを下りてきた仲間に目配せをする。

 あいつらも分かっているようで、あくどい笑みを浮かべて首肯を返してきた。

 

「集いはその話だったそうでござるよ」

「聞き及んでいますわ。まったく……次からは強制的に起こすように言いつけておきませんと」

「……どんだけ出たかったでござるか」

 

 話を聞く限り、あのイヌ耳のねーちゃんは俺たちのことを話してはいないようだ。

 だが、安心は出来ねぇ。

 実際この目で確認するまではな。

 最後の最後でドジって捕まっちまったあのバカみてぇなドジは踏まねぇ。

 

 まぁ、ありゃあ運が悪過ぎたってのもあるけどな。

 ……なぜ決行の日にたまたまあんなバケモノが二十九区にいやがったんだ。

 メドラ――って名前は、俺にだって聞き覚えがあった。狩猟ギルドを束ねる怪物ギルド長。その名前がメドラだ。

 

 ……まさか、あんな本格的なバケモノだったとは…………逃げ出す時にチラッと見ただけだが……あの禍々しい姿と顔が脳裏に焼きついて消えやしねぇ。

 おかげで、どんな浅い眠りでも悪夢を見るようになっちまった。

 

 アイツとは、二度と出会いたくねぇな、マジで。

 

 だからこそ、俺たちは慎重に行動するんだ。

 悪事ってのは捕まりゃ最後。

 用意周到に準備して、やる時は一気に。そして、終わった後は一気に引き上げる。これが鉄則だ。

 

 仲間と目配せをして、俺たちはニューロードを下りる。

 目指すはカンタルチカ。あのねーちゃんのいる店だ。

 

 

 

 

 

 街道へ出ると、ワニ顔の男と、これと言った特徴のない普通な女が会話をしていた。

 

「なぁ、ロレッタ。レジーナが店にいないっていうのは本当か?」

「モーマットさん、棒読みが過ぎるです。もっと普通に」

「ふっ、普通だよ、これが!」

「やっぱりモーマットさんには荷が重過ぎたです……」

「そんなことねぇって! だから、アレだろ? レジーナが店にいないんだろ?」

「そうなんです。昨日から帰ってないみたいです」

 

『レジーナ』っていやぁ、カンタルチカのねーちゃんが言ってた、金を払ってくれそうな金持ちの一人の名だ。

 行方不明だってのか? こんな時に。

 

「なんか、お兄ちゃ……ヤシロさんにちょっかいかけてたみたいです」

「お前、そんなもん、前からじゃねぇか。ことあるごとに……その…………あー、なんだ、こう……卑猥、な……あの……」

「モーマットさん、顔真っ赤です」

「うっせぇ! 俺ぁあーゆー話が得意じゃねぇんだよ!」

「…………むっつりさんです」

「ちっ、ちげーよっ!」

 

 真っ赤な顔で若い女を追いかけ回すワニオヤジ。

 その絵面は変質者と被害者以外の何ものでもないのだが、女の方が楽しそうに逃げ回っているのでこれがこの街の日常なのだろう。

 

 しかし、そうか……

 そのレジーナって女は、ヤシロって野郎と懇ろな間柄ってわけだ。

 それなら、結構な額を払ってくれそうだな。

 

 大通りに出て、少し情報収集をするか。

 レジーナと、もう一人のノーマって女のことについて。

 

 

 

 

 

 大通りに出て、まず向かったのはカンタルチカだ。

 ここのねーちゃんに探りを入れる。

 誰かに話されていたら、計画は全部パーだ。

 

 昨日は、髪をぼさぼさにし、赤ら顔に見えるメイクを施して飲んだくれのような格好でここへ来た。

 今日は髪をまとめ小綺麗な服に身を包み、一見すればどこかの大ギルドに勤めるエリートのような出で立ちだ。

 あれだけテンパっていたねーちゃんは、同一人物だと気付くことも出来ないだろう。

 

 店に入ると、ちょっとした違和感を覚えた。

 うまくは言えないが……空気が張り詰めているような……

 

「おぅ、アッスント。お前、なににやにやしてんだ?」

「いえ、なんでもないですよ、ウッセさん。ただ、まぁ……んふふ」

「なんだよ、気色悪い声を出しやがって」

「いえね。ノーマさんなんですが」

「あぁ、あの金物ギルドの色っぽい女か」

「えぇ。ウッセさん好みの胸の大きな女性です」

「バッ!? おまっ! ち、ちげぇよ! 俺は全然、そんな……!」

「まぁまぁ。あなたが巨乳好きかどうかはさておき、気になるお話があるんですよ」

 

 ブタ顔の男と、筋肉むきむきの巨乳好きらしい強面の男が談笑している。

 朝だからか、軽めのエールを飲んでいる。仕事前の景気づけだろう。俺もよくやる。

 

「ノーマさん。ヤシロさんとの仲に進展があったのかもしれませんね」

 

 ねーちゃんを探していた俺だが、再び出てきた『ヤシロ』の名に、近くにあった席へと腰を下ろした。

 今度は『ノーマ』まで出てきやがった。

 気にする素振りは見せずに耳をそばだてる。

 

「まぁ、ヤシロは類を見ない巨乳好きだからな。ノーマとくっついても不思議はねぇぜ。類い稀なる巨乳好きだからな!」

「ウッセさん、すべての非をヤシロさんに押しつけようとしてませんか?」

「非ってなんだよ!? 別に非なんてねぇよ!」

 

 ヤシロって野郎は、ノーマって女ともいい関係らしいな。

 とんだスケコマシだ。

 

「いえね。ノーマさん、ずっと花嫁修業をされているじゃないですか」

「あぁ……ずっとしてるそうだな…………ずっと」

「あまり念を押すと気の毒ですよ。報われない努力ですので、なおのこと」

「お前の方が酷ぇこと言ってんじゃねぇか」

 

 ノーマって女は一途な女なのか。

 ヤシロって野郎のために花嫁修業をずっとしているらしい。

 

 ……ってことは、レジーナって女の方が遊びなのか?

 まぁ、花嫁修業をこつこつやってる真面目な女と、会う度に卑猥なことばっかりやってる女じゃ、どっちが本命かなんて一目瞭然だわな。

 

 ……ヤシロって野郎、許せねぇな。いい思いしやがって。

 

「……はぁ。ったく。これをあと何回続けりゃあ……」

「ウッセさん」

「あん?」

「気付きませんでしたか?」

「何がだよ?」

「……いえ、詳しくは後ほど」

「はぁ? ……ったく、よく分かんねぇヤツだな」

「とりあえず、そうですね……あなたの結婚観について話し合いましょうか?」

「なんでお前ぇとそんな話しなきゃなんねぇんだよ!?」

 

 どうやら、ヤシロの話題は終わったようだ。

 この席にも、もう用はない。

 

 一向に注文を聞きに来ない店員のねーちゃん。

 その姿を探してみると、カウンターのそばにボーッと突っ立ってやがった。

 相当ショックを受けているようだ。……このねーちゃんもヤシロって野郎に惚れてやがるのか?

 ……ヤシロ、見つけたらぶっ殺してやろうかな。

 

 ともあれ、当初の目的を遂行する。

 

「すみません、店員さん」

 

 昨日とはがらりと変わった口調で話しかける。

 今の俺は大ギルドの職員だ。

 物腰柔らかく、笑顔が似合って、爽やかな優男。幸い、面はいい方だ。

 

「注文、いいですか?」

「あ、ごめんね。何にする?」

「では、エールを」

「じゃあ、35Rbね。父ちゃん、エール一つね」

 

 カウンターの中で、無愛想なイヌ耳のオッサンが頷く。

 図体がデカいので圧迫感がハンパない。

 

「はい、お客さん。エール、お待ちどう」

「ありがとうございます」

 

 エールを受け取り、そしてさりげない雑談を装って――探りを入れる。

 

「あの、店員さん」

「なに?」

「なんだか元気がないように見えるんですけど――」

「――っ!?」

 

 誤魔化すのが下手なねーちゃんだ。

 分かりやすく顔に出ている。指摘されて驚いている、と。

 

「――何か、困ったことでもあったんですか?」

「……べ、別に。どうして?」

「いえ。なんとなく、そう思ったもので」

「へ、変なお客さん。さっ、仕事してこよっと!」

 

 下手な言い訳を残して、店員のねーちゃんは客入りの盛況なホールへと向かう。

 毛が逆立って尻尾が太くなっていた。

 イヌは分かりやすくていい。

 

 あの様子なら、誰にも話してはいないようだ。

 誤魔化しは下手だが……俺たちの仕事が終わるまでバレなきゃそれでいい。

 バレる頃には、俺たちはこの街から消えている。

 二十九区に引きこもって、その金で遊び暮らしてやる。

 

「マスター。あなたも元気なさそうですね」

「…………」

 

 カウンターの中のイヌ耳オヤジに声をかけるも、無言で背を向けられた。

 こいつも誰かにしゃべってはいないようだ。

 

 はははっ、さすがは四十二区。

『微笑みの領主』とかいう甘ちゃん領主の治める激甘な区だ。

 住人全員が甘々で、俺たちみたいな悪党には恰好のエサ場だぜ。

 

 二十九区に引き籠るのはやめだ。

 今回の件、ほとぼりが冷めたらまた来よう。

 ここがメインの狩り場になるかもしれないしな。くっくっくっ……

 

 俺はエールを一気に飲み干してから、仲間と目配せをしてこの店を後にした。

 

 

 

 

 

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