「ぁりがとぅ、ございましたぁ……!」
うん。今日もお客さんいっぱい。
嬉しいな。
……けど、まだちょっと緊張しちゃって声がちゃんと出せない時があるんだよね。……反省。
「ミリィちゃん。お疲れ様」
「ぁ……ギルド長さん」
四十二区生花ギルドのギルド長さんは、とっても温和で優しい人間のお婆さん。
みんなに好かれてる、すごくいい人なんだ。
「今日はもう大丈夫だから、少しゆっくりなさいな」
「ぇ、でも……みりぃ、自分のお店はちゃんとできる、ょ?」
「ミリィちゃん……何か、あったんでしょ?」
「……っ!」
すごい。
ギルド長さんは、なんでもお見通し。本人は「ただ長く生きてるだけよ」って言ってるけど。……まるで、てんとうむしさんみたい。みりぃのこと、なんだってわかっちゃう。
…………ぁ、べ、べつに。てんとうむしさんがみりぃのことすごく詳しいとか、よく見ててくれるとか、そういうことじゃなくて、てんとうむしさんって、誰にでも優しいし、だから、みりぃにも優しくて、つまり、そういうこと。
「あら? なんだか顔が赤いわねぇ」
「へぅ……っ! そ、そんなこと……ない、もん」
「うふふ。ミリィちゃん、最近ずっと楽しそう。きっと、素敵な人に出会えたのね」
「ふぇ!?」
「陽だまり亭の……ジネットさん、だっけ? それに、金物屋さんのノーマさん。薬剤師の……なんていったかしらねぇ、あの綺麗なお姉さんとか。ほ~んと、素敵な人とたくさん知り合えたのねぇ」
「ぁ…………ぅ、うん。みんな、すごくいい人」
……びっくりしたぁ。
素敵な人っていうから……好きな人のことかと、思っちゃった……ぁうっ、で、でも、みりぃ、まだそういうのよくわかんないし……べつに、そういう人も、い、いない…………の、かな?
カランカランって、かわいらしい音が鳴る。
風が吹いて、のーまさんにもらったプレートが揺れたみたい。
「あら、なぁに、これ? とっても素敵」
「ぁ、これはね、のーまさんにもらったの」
うぇんでぃさんたちの結婚式で、みりぃのお花はブーケに使ってもらった。ネクター味の飴玉もたくさんの人に「おいしい」って言ってもらえた。
そしたら、『みりぃのお花は恋を成就させるお守りになる』って、誰かが言い出して。
あれからたくさんの人がお花を買いに来てくれるようになった。
みんな、幸せそうにお花を抱えて帰っていく。
誰か、好きな人にあげるのかな?
って、そんなことを想像すると、みりぃまで幸せな気持ちになれる。
それでのーまさんが、「愛を象徴するようなプレートを作ってあげるさね」って、このプレートを作ってくれたの。
お店の、一番目立つところに飾られたプレート。
二羽の鳥が向かい合って、枝でつながった二つのサクランボを一つずつ口に咥えている。
口づけにはまだ早いけれど、好きな人をもっと近くに感じたい。
そんな初々しいカップルを表現したって、のーまさん言ってた。
お客さんにも好評で、みりぃもすごく素敵だなって思ってる。
やっぱりのーまさんって、すっごくすっごく女の子らしい心を持ってるんだなぁって思った。
素敵な人に囲まれて、大好きなお仕事を一所懸命できて、それが誰かの幸せをほんの少しだけサポートできている。
こんな幸せなこと、きっとない。
今みりぃが感じている幸せはみんな、みんな、てんとうむしさんのおかげ。
てんとうむしさんに出会ってから、本当に毎日が楽しくて、幸せで、穏やかで……
……なのに、みりぃはてんとうむしさんに何もしてあげられない。
今、てんとうむしさんが大変なことになってて、苦しんでいるっていうのに、みりぃは…………
「ミリィちゃん」
ふわっと、温かい手が髪を撫でる。
「どこかで、ゆっくりと休んでいらっしゃい。そうすればきっと、心も軽くなるわ」
「…………ぅん。ごめんなさい。……ぁりがとう、ね?」
「どういたしまして、よ」
エプロンを外して部屋に置きに行く。
どこかって……どこに行こうかなぁ。
行きたい場所はある。
けど……みりぃが一人で行ってもなぁ……
けど、せっかくギルド長さんがみりぃのために言ってくれたことだし、無駄にしちゃ、わるいょね。
ポシェットを肩にかけて、てんとうむしの髪飾りをきちんとつけ直して、ミリィは家を出る。
お店は、ギルド長さんにおまかせ。ありがとぅね、ギルド長さん。
天気は晴れ。
心地いい風が吹いていて気分を少しだけ晴れやかにしてくれる。
そういえば、今年は雨降らないなぁ……なんて思っていると、声が聞こえてきた――
「あれ? 出掛けるのか?」
――今、みりぃが一番聞きたいって思っていた声が。
「てんとうむしさん」
「よう! これから花屋に行こうと思ってたんだが……忙しそうだな」
「うぅん! そんなことない! ひま! 今、とってもひまだよ!」
思わず大きな声を出しちゃった。
だって、「忙しいならまた今度にするわ」って、てんとうむしさんがどこかに行っちゃいそうだったから…………そして、そのまま……みりぃのこと、忘れちゃいそうで…………怖かった。
「な、なんか、今日は元気だな?」
「ぁ……ぅ、ごめん、ね? 大きい声出しちゃって」
「いやいや。珍しいものが見られてラッキーだったよ」
「ぅう……恥ずかしいから、そういうの、やめてよぅ……」
珍しいって、自分でもわかるし……今ちょっと反省してるところだから。
「暇ってことは、仕事は終わったんだよな?」
「ぅん」
ギルド長さんが引き受けてくれたから、今日はもうみりぃのお仕事は終わり。
「……の、割には重装備だよな?」
「ぇ? ……そう? 軽装だよ?」
普段着にポシェット。ちょっとしたお出かけ用の格好なんだけど……なんでてんとうむしさん、そんなに顔引き攣ってるのかな?
「そのボストンバッグ……あぁ、ポシェットだっけ? 森に行く時の装備だよな」
「ぅ、ぅん」
えへへ。覚えててくれたんだ、前に一緒に森に行った時のこと。うれしいな。
……でも、眉間にしわを寄せてポシェットを見ているのはなぜ?
「仕事じゃないなら、俺も付いていっていいか?」
「ほんとっ!?」
うれしい!
本当はみりぃ、てんとうむしさんと森に行きたいって思ってた。
前に行った時からずっと、ずっとずっと思ってた。
ギルド長さんに「どこかでゆっくり」って言われた時も、真っ先に思い浮かんだのが森だった。……それも、できればてんとうむしさんと一緒に、って。
あぁ……本当、てんとうむしさんってすごいな。
なんだか、みりぃの考えてること全部お見通しみたい。
みりぃが「こうしてほしいなぁ」「こうなったらいいなぁ」っていうこと、全部実現させてくれる。
すてきな魔法使いさんみたい。
「俺、この格好で森とか、大丈夫かな?」
「うん。平気。ちゃんと守ってあげる」
ポシェットの中には枝切りバサミもあるし、ちゃんと守ってあげられる。
「じゃあ、お願いしようかな」
「ぅん! …………ぁ」
「ん?」
「……ぅうん。なんでもない」
言いかけて、やめる。
その代わり……なんて、そんなこと言うと恩着せがましいよね。
てんとうむしさんと一緒に森に行けるだけで、みりぃは嬉しいのに、守る代わりにお願い聞いてほしいなんて……
「じゃあ、お礼に手でも繋いでいこうか」
「――っ!?」
…………すごい。
なんで、わかっちゃうの?
みりぃが「こうしてほしいな」っていうこと……また、分かってくれた。
「まぁ、お礼になるかは微妙だけどな」
「ぅうん! なる! なる…………ょ?」
はぅ…………ちょっと、羽目を外しすぎた、かも……これじゃ、みりぃが…………てんとうむしさんのこと…………
「ははっ。甘えん坊さんだな」
「……はぅう」
……そうじゃないのにぃ。
でも、……うん。そう思ってもらった方が、いい、かな? 今は。
「じゃあ、ほい」
「ぅん…………ほぃ」
なんで、「はい」じゃないんだろう。
てんとうむしさんの言葉は、ちょっと変わってて……真似すると、ちょっとくすぐったい。
つないだ手は温かくて……その熱が胸にまで伝わってきたみたい。
心が、ぽかぽかする。
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