「ここ、お姉ちゃんの部屋ー」
「ノックせずに開けると、すごい怒られるー!」
「容易に想像できるよ、怒られてるお前らの姿が」
ロレッタも年頃の娘なんだなぁ……
「ノックしてって言ってるです!」とか言ってんのか、あいつも。
「じゃあ、ノックせずに開けよう。――ガチャっと」
「にょぁあああ!? ノ、ノックしてって、いつも言ってるですよ!?」
ベッドの上で布団にくるまるロレッタ。
うんうん。予想通りの反応だ。
「着替えていたらどうするですか、お兄ちゃん!?」
「俺が来てるって聞いてわざわざ着替えたりしないだろ?」
「するですよ! 綺麗なよそ行きの寝間着に着替えたり!」
「……寝間着で出掛けんじゃねぇよ」
赤い顔をするロレッタを宥め、部屋へと入らせてもらう。
……く、ロレッタのくせに、ちょっと甘いいい香りがしやがる。
「部屋でお菓子を食い散らかしてるのか?」
「ミリリっちょに教えてもらったポプリを置いてるんですよ!?」
あぁ、そういえば、前に教わったなポプリ。
鮮やかな花弁が詰まった小瓶が置かれている。
「自分で作ったのか?」
「はいです。教わってから、ちょいちょいやってるです。ちょっとした趣味です」
「趣味なんかあったのか……」
「そりゃあるですよ」
「しかも物作りとは」
「えへへ……お兄ちゃんを見てると、あたしも何か作りたいって思っちゃうです」
それで、自分にも出来る物を作っているわけか。
「女の子みたいだな、お前」
「女の子ですよ!? なんだと思われてるです、あたし!?」
ロレッタの部屋は、実に女の子らしい部屋だった。
ジネットが作ってくれたという白くまるっこい人形が枕元に飾ってある。……てるてる坊主だな、あれのモチーフ。
ベッドにかけられたシーツも、どうやって作ったのか花柄に染め抜かれている。
あんなもん、ウクリネスに作ってもらおうと思ったら結構な値段になるぞ。
「これ、ネフェリーさんに教わりながら一緒に染めたです」
「ネフェリー、染め物出来るのか?」
「すごいですよ、ネフェリーさん。その道で食べていけそうな腕前です」
まぁ、ネフェリーは養鶏場以外やらないだろうけど。
そうか、そんなにうまいのか…………藍染めとかやらせてみるか。浴衣の生地に。
「うまいもんだ。こういうの、ジネットにやれば喜ぶぞ」
「今度、お休みになったら店長さんとマグダっちょに作ってあげるです」
「おう、そうしてやれ」
「お兄ちゃんにも作るです! 楽しみにしててです」
ん~……俺は花柄とかはちょっと……
「俺の好きそうな柄にしてくれよ」
「おっぱいは、ちょっと……」
「誰がそんな布団で寝るか」
日本では添い寝シーツとかあるみたいだけども。
俺はいらん。平面に描かれた乳など乳にあらず!
俺は、あの膨らみが好きなのだ!
「平面はおっぱいにあらず!」
「エステラさんに謝ってです!」
迷いのないツッコミだな。
お前こそが謝っとけよ。
「で、ジネットがお前に弁当作ってくれたぞ」
「わぁ! それは嬉しいです! 店長さんの料理を食べれば筋肉痛もこむら返りも謎の金縛りもみんな一気に治っちゃうです!」
「エリクサーか、あいつの料理は……つか、相当酷使されたんだな、お前の筋肉」
こむら返りも金縛りも、相当な疲労が溜まっている証拠だ。
「妹。あと二人くらい呼んできて、ロレッタの看病係をやってくれないか?」
「いいよー! 呼んでくるー!」
「あの、お兄ちゃん。あたし、別に看病されるほどのことは……」
「いや、看病係がいないと……」
「うまー! 大絶品の、つまみ食いやー!」
「――と、こういうヤツを防ぎきれないだろ?」
「ハム摩呂っ、なにつまみ食いしてるですか!?」
「はむまろ?」
「あんたですよ! 勝手に唐揚げを頬張ってるあんたです!」
これから洗濯に行こうというヤツが、素手で唐揚げを摘まんでいる。
それで洗濯物触るなよ……
「拭くー! 服だけに」
「こらぁ! 服で拭いちゃダメです!」
「平気ー! これ、おねーちゃんのパンツー!」
「にょはぁぁああ!? 広げちゃダメです! お兄ちゃんも見ちゃダメです!」
うん。ごめん。
もう、見たんだ、さっき。
「あんたはさっさとお洗濯行ってくるです!」
「食べ盛りの、断固拒否やー!」
「ハム摩呂。仕事が終わったら陽だまり亭行ってこい。好きなだけ食っていいから」
「ご褒美があれば、俄然頑張れるー!」
意気揚々と、ハム摩呂が洗濯へと出掛けていく。
……毎日こいつらの相手するのって、やっぱ大変だよな。
「ロレッタ、お疲れ」
「……心底疲れたです」
騒がしかったハム摩呂が洗濯へ向かい、妹も看病係の人員確保に行ってしまい、部屋には俺とロレッタの二人きりだ。
……えぇい、くそ。この甘い香りが変にロレッタの中の女の子を意識させやがる。
「なぁ、この辺にハビエルの銅像でも飾らないか?」
「嫌ですよ、そんな寝る時ばっちり視界に入る場所!」
ロレッタの部屋なんだから、もうちょっと笑いの成分が欲しいところなんだが。
とりあえず、頼まれていたお使いを完遂させる。
「弁当、食えるか?」
「うぅ……腕が痛いです、けど、食べるくらいは出来るです」
「穴掘りなんか普段しないのに張り切るからだよ」
「だって……長女ですし」
「陣頭指揮を執ってくれって言ったろ? ハムっ子を総動員して統率を取るには、長女のお前に任せるのが一番だと思ったんだよ」
「確かに、ウーマロさんたちは弟妹に甘いですから、二日で終わらせるのはちょっと難しかったと思うです」
ハムっ子がいくら仕事好きとはいえ、疲れないわけではない。
何より、あいつらはまだ子供なのだ。体力だって無限じゃないし、遊びたい盛りで気力の方も持続するわけではない。
それこそ休みなく働き続けたのだ。厳しいことも言わなければいけない。
そうなると、他人であるウーマロたちでは難しい面もある。
なので、ロレッタだ。
「無茶させたな」
「あはは……確かに、ちょっとしんどかったです。でも……」
ヒザを抱え、そこに頭をそっと載せる。
ベッドの上で三角座りになり、楽しげに、そして誇らしげに言う。
「『あぁ、今あたしたち働いてるんだなぁ』って思えたです。『これが、四十二区のためになるなんて、最高だなぁ』って、思ったです」
そして、照れくさそうに。
「……お兄ちゃんのお願いなら、なんだってやるです」
そう言ってくれた。
嬉しいことを言ってくれる……
これはご褒美が必要だな。
「ロレッタ、何が食いたい? 食わせてやる」
「ふぇええ!? そ、そんな……それは、子供の看病の時にやることで……長女たるあたしは、そういう甘えん坊みたいなことは…………………………玉子焼き、食べたいです」
何かに葛藤していたようだが、結局折れたようだ。
玉子焼きを一口サイズに切って、箸で摘まんでロレッタの口へと運ぶ。
「あ、あの…………アレも、言ってほしいです……あの、定番の……」
アレ? 定番……あぁ、アレか。
「ロレッタは普通だなぁ~」
「それじゃないです! そして定番じゃないです!」
分かってるよ。
「……ほれ、あ~ん」
「えへへ……お兄ちゃん、優しいです」
「早くしろよ」
「うん、です。……あ~ん」
ロレッタが口を開き、……なぜかまぶたを閉じる。
キスするんじゃねぇんだから、目は開けとけよ。
玉子焼きを落とさないように、待ち構えているロレッタの口へと近付けていく。
その時――
「お姉ちゃんの看病係、決まったー!」
「大抜擢ー!」
「どんな病も怪我も治してみせるー!」
――妹が三人部屋に飛び込んできて、固まった。
「「「……あ」」」
「にゃ、にょほっ、あぅ、あの、こ、これは……ち、違うです!」
大慌てで身を引くロレッタ。
箸に残された玉子焼き。
甘えている姿を妹に見せたくないのだろう、長女として。
「お姉ちゃん」
「お兄ちゃん」
「な、なんですか……?」
「「「お父さんとお母さん、呼んでくる?」」」
「余計なことしなくていいです!」
なんとなく、俺はこの家にいると、家族の一員にされてしまいそうだ。なので、早々に退散することにした。
そして、ぷらぷらとニュータウンを歩く。
ようやく空が朝の色になっていく。
エステラがルシアと合流するのはまだ大分先だろう。二十九区に到着するのは、それよりもっと先になる。
それまでにやっておかなきゃな。
『BU』をひっくり返すための下準備を。
そんなわけで、俺は再び川の方へと向かって歩き始める。
とどけ~る1号の建っている、崖の方向へと。
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