「言いたくなければ言わなくてもいいんだが……他の家族はどうしたんだ?」
現在は、リベカが麹職人を継いでいる。
先ほど聞いたバーバラの話では、先代と先々代――こいつの父親と祖父がいたはずなのだ。
そいつらは今、どこにいるんだ?
「父と祖父は……」
ソフィーの表情が曇る。
……やはり、幼いリベカが後を継いでいるってことは…………そういうことか。
「……『リベカには敵わないや☆』と、早期引退を」
「働けよ!」
「現在は、二十四区の外れで農業に精を出しております」
「なんだそのプチリタイア!? スローライフを満喫中か!?」
くっそ。深刻な気持ちになって損した!
ソフィーが事故で耳を負傷したって話を聞いた後だから、父親と祖父も不幸な事故で他界したのかと思ったのに。
「じゃあ最悪、なんらかの理由でリベカが職務を続行できなくなっても、麹工場は安泰なわけだな」
「いえ、潰れます」
「呼び戻せよ、先代と先々代を!」
「『普通に生活するにはうるさ過ぎる☆』と、聴力を落とす手術を……」
「ホワイトヘッド一族の聴力って特別なんじゃねぇの!? 誇りとか持っとけよ! あと、いちいち語尾に『☆』をつけるな!」
なんてこった。
おのれの娘に責任を丸投げして、さっさと逃げ出しやがったのか。
「ソフィーのご家族の名誉のために一言いいかしら?」
ウッドチェアに座ったまま、バーバラが口を挟んでくる。
「ホワイトヘッドの一族の聴力はね、麹の研究が完成する以前は『奇病』として扱われていたのよ」
「奇病……ですか?」
「えぇ。耳が良過ぎる病気だと言われていたの。その聴力のせいで、命を縮める者も多かったというわ」
どういうことだか理解が出来ない――そんな顔で俺を窺い見るエステラ。
俺に聞くなよ。この街のことはお前の方が詳しいんだからよ。
「例えば、そうね。毎日毎時間毎秒、耳元で轟音が鳴り続けているとしたら、どうかしら?」
「あ……」
そう言われ、エステラはその異常さを理解したようだ。
俺も納得した。
ホワイトヘッドの聴力は常人離れしている。
だが、そいつは機械ではない。音量調節など出来ないのだ。
つまり、二十四時間三百六十五日、年中無休で爆音が耳元で鳴っているような状態なのだ。
……そんなもん、正気を保っていられる方がおかしい。
なるほど、『奇病』と呼ばれるわけだ。命だって縮めるだろうよ、そりゃ。
「先代と先々代は、もう体力の限界だったそうよ」
「でも、それじゃあリベカさんは……」
「リベカたちは特別なのよ。聴力を調節する能力を生まれた時から身に付けていたのよ……ね、ソフィー」
「リベカ『たち』ってことは、ソフィーもそうなのか?」
俺の問いに、ソフィーは小さく頷いた。
「私たちは、生まれながらにその力を持っていました。どうやるのかと言われても、説明は難しいのですが……」
「なら、お前も言われたわけだ――『天才』と」
ソフィーの耳が微かに垂れる。
生まれながらに特殊な能力を持っていたソフィー。
自分の身を守るために進化したのかもしれない。なんにせよ、ホワイトヘッドの一族はその能力を持てはやしたはずだ。一族が代々苦しめられてきた『奇病』を克服した者が現れたのだから。
……だが、その後にさらなる天才が誕生する。
生まれた瞬間から持てはやされていたソフィーは、だからこそ焦りを覚えてしまったのかもしれない。
負けるわけにはいかないと、無邪気に自分を慕う妹に対抗意識を抱いてしまった――のかも、しれない。
「家族はみんな病でリタイアし、病に打ち勝った唯一の姉は、自分のせいで家を出てしまった――リベカは、その才能のせいで一人ぼっちになっちまったってわけだ」
「リベカは……一人ではありません。バーサがいますし、他のみんなも…………それに、あの娘はそんなに心の弱い娘ではありませんから……」
ソフィーの心に巣食う病魔が見えた気がした。
後ろめたさ。
妹に対抗心を抱いたことに対する、自己嫌悪。
一時とはいえ、憎んでしまったのかもしれない。
そんな過去の、自分しか知らない、誰にも知られたくない心の中の負い目が、こいつをリベカから遠ざけている。
背を向けさせているのだろう。
「あいつ一人に背負わせて、リベカが重責に潰されたらどうするんだよ?」
「大丈夫です。リベカは天才ですから。あの娘さえいれば、麹工場は……」
「バカか、お前は」
自虐的に苦笑を浮かべるソフィーに、思わずきつい言葉が零れてしまった。
先代や先々代がリタイアしたいきさつは同情の余地があるとはいえ……、お前くらいはちゃんと分かっておいてやれよ。リベカの置かれた状況を。
目を逸らすな。
「リベカは、まだ子供なんだぞ」
どんなに大人ぶってても、どんなに才能があろうとも、あいつはまだ子供なんだ。
バーサが一時もそばを離れず付き添っているのも、俺たちが顔を出すと嬉しそうにはしゃぎまくるのもみんな、あいつがすげぇ寂しがり屋だって証拠だろうが。
「だから会いに来るんだよ。何度断られても。一目すら会えなくても……大丈夫なわけ、ねぇだろうが」
「でも……リベカは…………」
「そうやってリベカを工場に縛りつけて、自分たちは好き勝手に生きたいって、そう言いたいのか?」
「そんなことはっ!」
「じゃあもし、リベカが泣きながら『もうやめたい』って、姉であるお前を頼ってきたらどうする?」
「そんなこと……あるわけが……」
「これまで同様、無視するのか?」
「――っ、無視だなんてっ!」
「突き放すのか?」
「違います! むしろ、私の方がっ……リベカに会えるような人間では、ないから……」
「偉くてすごくて天才の妹に全部の苦労を押しつけても構わない――?」
「違いますっ! 絶対違いますっ!」
「助けを求められても、会いもしないんだろ?」
「会います! もし、リベカが私を必要としているというのであれば、私はリベカを助けます!」
あ~、苦労した…………ようやく、本音が聞けた。
「エステラ」
「うん。ばっちり、『会話記録』に記録されたよ」
「あ…………いえ、あの……」
自分が口にした言葉が、急に恐ろしくなったのか、ソフィーは慌てて弁解を始める。
「でも、リベカが私なんかに助けを求めるなんてこと、あるわけがないですし、それにそのような事態になった時に、私なんかが何か出来るとも……」
「じゃ、リベカがお願いしたら協力は惜しまないってことでいいな」
「それはっ……その…………まぁ、はい」
ソフィーはリベカを嫌ってはいない。
それは一目瞭然だ。
ただ、時間が経ち過ぎたせいで素直になれないだけなのだ。
この手のタイプには、強引に背中を押してやらなければいけない時がある。それが今だ。
「別にリベカに代わって跡目を継げとか、シスターをやめろとか言ってんじゃねぇんだ。お互いに会いたいくせに意地張って会えなくなってるなんて状況は、もうやめにしようぜって話だよ」
「別に、私は会いたいなんて……」
「リベカは会いたがってるぞ、確実に」
「…………」
「まぁ、お前がリベカを嫌っていて、顔も見たくないと言うんなら無理にとは言わないが……」
「嫌ってなんかいません! むしろ大好きです! …………あっ」
こいつのように、自分の心に嘘ばかり吐いているヤツには、こうやって強引に力を加えてやるのがいい。そうすれば、面白いように反発して、抑制していた分極端に弾け飛ぶ。
「大好き」なんて、初めて口にしたんじゃないか、こいつ。
心では思っていたとして、口にしたのは初めてなのだろう。自分の発言に、顔が真っ赤に染まっている。
「ホント……ヤシロって人の弱いところを突くのがうまいよね」
「おいおい。人聞きの悪い言い方だな」
「褒めてるんだよ。絶賛大絶賛中だよ」
またややこしい言葉を……
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