ワ~カメ好き好きぃ~。
なんて浮かれていられたのは最初だけだった。
網に絡まりまくった海藻を除去するのは地味に手間のかかる作業だったからだ。
おまけに、ところどころほつれている網目の修繕まで請け負ってしまったために、負担が結構大きいのだ。
一日かければ終わらないこともないのだが、俺は今、この作業に一日かけることが出来ない身である。
「にゃー! にゃー!」
「なんだ、マグダ。飯ならさっき食ったろ」
「にゃ~にゃ~」
「遊んでほしいのか? 悪いが今は忙しいんだ。また後に……」
「にゃっ!」
「痛ぇーっ!? こら、飛びつくな! 噛むな噛むな!」
現在の俺の抱えている業務――網の修繕・マグダの看病……という名の遊び相手。
「すみません、ヤシロさん! 少しの間、接客をお願いします! 揚げ物から離れられませんので!」
「……えぇ……」
追加業務――接客。
「じゃあ、マグダ。俺、店に出るから部屋に戻ってろ」
「にゃっ!」
「『にゃっ』じゃねぇよ。ほら、離れろ」
「にゃっ!」
マグダは俺の背中にしがみつき離れようとしない。……どうすっかなぁ。
「ヤシロさん! お客さんがお待ちですっ!」
「あぁ、はいはい!」
しょうがない。連れて行くか。
「ほらマグダ。首輪つけろ。あと、尻尾上げるなよ。お尻見られるからな」
「にゃ」
ここ最近、マグダの活動が活発になっている。怪我ももう治りかけなのだと、レジーナは言っていた。それはいいことなのだが……動き回るようになって手が付けられないのだ。
部屋に閉じ込めておいても勝手に出てきてしまう。
一人で外に出て行くことはなくなったが、他人の前に出ると少し興奮状態になり危険だったりする。
そこで仕方なく、首輪にリードをつけるようにした。
文字通り、俺がしっかりと手綱を握っていなければいけないのだ。
……幼女に首輪とか…………イケナイことをしているようだ。
なんて言ってる場合じゃない。
俺は急いで店へと出る。
「あぁー! マグダたんじゃないッスか!?」
待っていたのはウーマロたちトルベック工務店の面々だった。
「なんだ、お前らか……注文くらい自分で言いに来いよ」
「オイラたちお客ッスからね!?」
「分かった分かった。とりあえず、そこの皿を下げて、テーブルを綺麗にしといてくれ」
「分かってないッスよね!?」
ゴロゴロと遠くで雷が鳴る。
マグダがビクッと体を震わせて俺の足にしがみつく。
「むふぁ~っ! 怖がるマグダたん、可愛い~ッス~っ!」
「キモイ。罰として皿を片付けろ」
「だから、なんでッスか!?」
「にゃ~」
「ほら、マグダも『片付けろ』と言っているぞ」
「片付けさせてもらうッスっ!」
客のいないテーブルに残されていた皿を重ねて、ウーマロが厨房へと運んでいく。
「ふぇぇえっ!? ウーマロさんが、なんでっ!?」
「あ、気にしないでくださいッス。ここ、置いとくッスね」
そんな会話が厨房から聞こえてくる。
四十二区に、また雨雲が迫ってきていた。
デリアは、今日は川漁ギルドの仕事に出ていた。漁ではなく、再びやって来そうな大雨に備えて、川沿いの堤防を強化するのだそうだ。
川の付近の整備や管理も川漁ギルドの仕事の範疇なのだとか。
エステラはエステラで、何やら忙しくしている様子で、ついには朝食にも姿を現さなくなっていた。
そういや、ベルティーナに教会の補強を頼まれていたんだっけなぁ……雨が来る前に窓に板を打ちつけてほしいとか。そんな時間はないんだが…………ジネットがいる限り、結局はやる羽目になるんだろうなぁ。
レジーナは「雨の強い日と風の強い日、あと暑い日と寒い日は外に出ぇへんって決めてんねん」と、社会人失格な発言を恥ずかしげもなく堂々と宣言して家に閉じこもっている。
マグダの容体が安定したこともあり、「薬は自分で取りに来てな」……だ、そうだ。
……人手が足りないのに、取りに来させるとか……サービス悪いんじゃねぇーのー!? むしろ率先して薬を届けて、ついでに店の手伝いくらいしていくのが客商売として正しい姿勢なんじゃないのかなぁ!?
そんなわけで、ウーマロの手を借りたいほどに忙しいのだ。
立っている者はウーマロでも使え。
ウーマロ暇なし。
ウーマロの席が温まる暇もない。
そんな状況だ。だから頑張れウーマロ。
首輪に繋いだリードを柱に括りつけ、マグダを食堂の隅で遊ばせておく。
空の小さな樽を転がして遊ぶマグダに観客が和んでいる間に注文を聞き、出来た料理を運び、空いた皿を下げ、テーブルを綺麗にする。
「ヤシロさん、手際いいッスねぇ」
「時間が無いんだ。要領よくやるしかないだろう。お前も俺を見習って、早く一人前のウェイターになるんだ」
「いや、ならないッスよ!? オイラ客ッスからね!」
客でもなんでもいい。忙しいから手伝え。
あとでハニーポップコーンでもサービスしてやる。二粒ほど。
あ、そういえば。デリアが「今日は手伝えないから、仕事が終わったらお金を出して買いに来るよ、ポップコーン!」と言っていたっけな……くそ、ハニーポップコーンも作らなきゃいけないのかよ……
ポップコーンはマグダが担当していたのだが……
「にゃ~! にゃにゃにゃっ! にゃー!」
「「「はぁぁぁ…………かわぇえ~なぁ~……」」」
と、こんな有り様なので現在は朝に一度作るだけになっている。
マグダが逃げた時用のポップコーンだ。あと、デリアに渡す分と……よく考えたら、最近ハニーポップコーンを食べているのは店の関係者だけな気がする。
折角、発案した売れ筋商品なのだが、如何せん知名度が低い。
もっと大々的に宣伝しないと売れてはくれないだろう。そもそも、ポップコーンというものに馴染みがないのだから、買いに来ようという客がいないのも仕方のないことだ。
しかし、今は宣伝に割ける人員も、ポップコーンを作っている暇もない。
くそ、なんてもったいない……っ!
さらに言うなら、次の大雨が過ぎれば雨季が終わるらしく、そうなればデリアは川漁ギルドの仕事に戻ってしまう。陽だまり亭の手伝いをしてくれるのは、もうあと何日もないのだ。
エステラやレジーナも頼りに出来ないし……マグダが元に戻ったとしても、やはり少し厳しいか……
理想を言えば、俺はゴミ回収ギルドの仕事に、ジネットは調理と家事に専念できる環境が欲しい。マグダは元に戻っても出来ることが限られている。マグダは『出来ない』ことが魅力なのだ。そこを気に入っている客層がいる以上、テキパキ働かせるわけにはいかない。ちょっとした接客とポップコーン担当くらいが関の山だ。というか、マグダの本業は狩りなので、ずっと店にいてもらうことは出来ない。
やっぱり、もう一人くらいは専属のウェイトレスが必要だな。
それから、ハニーポップコーンの販売促進と、新規顧客の開拓…………つっても、それをするにもまた人手が必要になるのか……だが、この店にはそんな何人も従業員を雇う余裕はないし…………あぁ、体が二つ欲しい。
「俺がもう一人いればいいのに……」
「ちょっ!? ヤシロさん、なに縁起でもないこと言ってんッスか!? 勘弁してくださいッスよ!」
誰が縁起でもないだ、このヤロウ。
「ウーマロ。今日は野菜の煮込み定食がおすすめだ」
「たまには自分で選ばせてほしいッス!」
そんなこんなで、さほど客が来ているわけでもないくせにやたらとバタバタしていたランチタイムは終了した。
少し時間が出来、本来なら網の修繕をしたいところなのだが、マグダの薬をもらいに行かなければいけない。出かける用事は、雨が降る前に済ませてしまいたいからな。
最悪、網の修繕は俺の部屋でも出来るし、夜中になっても問題ない。……俺が寝不足になるだけで。
そんなわけで、俺はマグダをジネットに託し、レジーナの店へと向かった。
「おぉ~、よぅ来たなぁ、自分! ちょうどえぇとこに来てくれたわぁ。ウチな、この有り余る暇な時間を活用して創作活動に勤しもう思ぅてるんやけど、自分どないや、主人公モデルになってっみぃひんか? 悪いようにはせぇへんって。隣国の王子とか、屈強な傭兵とか、怪しいイケメン魔術師なんかが自分のことを取り合ぅてやな……」
――と、聞きもしないことをベラベラとしゃべっていたレジーナだったが、ろくでもない話だったので省略する。
とりあえず、腐敗臭の出どころはきっちり潰しておいた。
……この街で最初のBL作家になったりしねぇだろうな、あいつ。
………………この街って、もしかしてすでにそういう作品あんのかな?
……………………考えるの、よそう。益無いことだ。
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