異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

209話 モコカと一緒 -1-

公開日時: 2021年3月21日(日) 20:01
文字数:2,913

 ゆっくりゴトゴトと、馬車は揺れる。

『BU』内をぐるっと回る街道は、キレイに舗装されている。さすが、通行量で財を成す『BU』だ。道にはこだわっているらしい。

 揺れが少ない。

 

「いやぁ~、悪ぃなですね。乗せてくれて助かるぜですよ」

 

 相変わらずの奇妙な敬語で、モコカが礼を述べてくる。

 馬車の揺れに合わせて触覚が揺れている。

 

「少し遠回りになるが、お前に話したいことがあったからな。まぁ、気にするな。少し遠回りになるけども!」

「恩着せがましいこと言わないの」

 

 エステラのヒジが脇腹にぶつかる。いや、ぶつけられる。

 ……こいつは、なんでまたさりげなく俺の隣に座ってんだよ。ナタリアの隣に座れよ。俺、別に下座でもいいからよぉ。

 

「あんたらお二人は、相変わらず仲良しでひゅーひゅーだなですね」

「自区に帰ったら、盛大なイチャつき像の建設を検討する予定です」

「そんな予定はないよ!? っていうか、させないからねナタリア! ベッコを軟禁するよ!?」

 

 まったく関係のないところで被害を被るベッコ。まぁ、それも運命だ。諦めろ。

 

 

 俺たちは、モコカを連れて二十四区を後にした。

 時間も時間だったので、馬車の中で話をしようと思ったのだ。

「乗せてってやる」と申し出ると、モコカは大喜びで了承した。金のないモコカは徒歩で帰るつもりだったらしい。

 

 ちなみに。

 リベカに放置されてもおとなしく応接室に留まっていたのは、美味しいお茶とお茶請けが出てくるから、という理由だったそうだ。

 同じ理由で、遠く離れた二十九区から、麹工場への最新刊配達の任を買って出ているのだという。

 情報紙の編集部は各区にあるらしいのだが、リベカが気難しい職人という印象を持たれているため(まぁ、実際嫌われると会ってももらえないのだろうけれど)配達をすることに難色を示す者が多いのだとか。

 

「リベカさんいい人なのに、バカばっかだぜですよねぇ~」と、モコカは無邪気に笑っていた。そういう性格だから、リベカに気に入られているのだろう。

 お茶請けがおかわりし放題ってのも、リベカがモコカを気に入っているからに違いない。

 

 ……で、それ以上に気に入られた俺やエステラって、実はすごいのかもしれないな。

 

「領主さんとの話、あんなちょこっとでよかったのかですか? 私なら全然外で待っててやったのにですけど」

「いや、言うべきこととやるべきことは全部済ませたから問題ない」

 

 ナタリアを迎えに領主の館へ戻り、ドニスとフィルマン、それぞれに少しだけ時間を割いて、俺たちはすぐ館を後にした。

 早く帰りたかったしな。

 

「フィルマン君……本当に大丈夫かな……」

 

 何度大丈夫だと言っても、エステラは心配そうな顔をしている。

 そんなに心配か?

 

「ちゃんと手紙にしたためたから大丈夫だよ。もう落ち込んでねぇだろうよ」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 エステラが心配しているのは、傷心で落ち込むフィルマン――ではない。

 

 閉じこもったフィルマンは、俺たちにも会おうとはしなかった。

 まぁ、予想通りだったので、俺は手紙を書いてドアの隙間から中へと滑り込ませた。

 内容は至ってシンプル。

 

 リベカの耳は常人より遙かに精度がいいという事実と、「リベカの思い人は『この街で一番リベカのことを好きで、可愛いと思っている、一途な男』かもしれない」という一文を書いておいた。

 

 手紙を滑り込ませてから二分ほどドアの前で待機していたのだが……

 

「ぅぅぅううぃいいいいやっふぉぉぉぉぉぉおおおおお! ぅふぉぉぉおおおおおおう!」

 

 ――と、室内から体の一部がホットになる人か、ムーンウォークを生み出した人かというような奇声が聞こえてきた。

 あ、そのあと「ポォォウッ!」って言ってたから、ムーンウォークの人寄りなのかな。

 

 で、エステラはそんなフィルマンを心配している、と。

 

「……テンション上がり過ぎて、かなり気持ち悪いことになってたからさ……二十四区、大丈夫かな?」

「そんな壮大な心配は、他区の領主がするもんじゃねぇよ。現領主が頭を悩ませればいいのさ」

 

 とは言っても、ドニスはドニスで「フィルマンがあんなに元気に! ありがとう! そなたら、本当にありがとう!」と喜んでいたし…………大丈夫かな、二十四区。

 

「そういえば、ミスター・ドナーティを宴にお誘いしたのですか?」

「いや、まだだ」

 

 ナタリアには、近々教会で宴をやるということだけを掻い摘まんで説明してある。

 詳細は、帰ってからエステラに聞けばいい。

 

 ただし、現状は『宴をやりたい』止まりなのだ。

 確実に開催できるようになってから、最も効果的な方法で招待状を送りつける予定だ。

 

 なにせ、様々な区から「押しつけられた」傷付いた獣人族がたくさんいるあの教会での宴だ。

 作戦なしで招待したら難色を示されるに決まっている。

 まだ時期ではない。待つんだ。機が熟すのをな。

 

 そのためには、いろいろ仕込まないと。

 

「でだ、モコカ」

 

 その仕込みのための第一歩。

 そいつが、モコカの説得だ。

 

「お前、お金欲しいか?」

「あたりきしゃりきのこんこんちきだぜですっ!」

 

 ……また、古い言い回しを。

 関西だと、あたりきしゃりきケツの穴ブリキだったか…………よかった、こっちじゃなくて。

 

「でも、これ以上仕事は増やせねぇよなですよねぇ」

「もっと給料のいい仕事をすればいいだろう」

「あっはっはっ! バカ言うなよです。私みたいなのに高給を払ってくれる人なんかいるわけねぇだろうがですよ。ちょっと考えたら分かんだろうがコノうすらバカヤロウです」

 

 それ、もはや敬語でもなんでもねぇからな!?

 あと、言い過ぎだ! すらすらと暴言を並べやがって。

 

「じゃあ、そんな人がいて、お前を雇いたいって言ったら、OKするんだな?」

「あたりきしゃりきケツの穴ブリキだぜ!」

 

 そっちバージョンきちゃった!? ……おいコラ『強制翻訳魔法』、女子に何言わせてんだ。

 

「でも、そうなると、他の仕事は辞めなければいけなくなるよ? それでも平気かい?」

「ん~……お金がもらえるなら…………あぁ、でも、情報紙の絵は描きたいんだよなぁですよ」

「そこら辺は、要相談だな」

「マーゥルさんなら、そういうのも含めて『面白い』って了承してくれそうではあるけどね」

 

 エステラが苦笑を浮かべる。

 まぁ、面白ければなんでもありだもんな、あいつは。

 

「とりあえず、一回面接を受けてみないか?」

「あんたら様たちは、なんで私にそこまでよくしてくれるんだですか?」

「まぁ、お前が頑張ってくれれば、俺たちにも恩恵があるってこったよ」

「ほうほう……何言ってんのかよく分かんねぇけどですが、そういうことならいっちょ受けてみてやってもいいぜです!」

 

 よし。

 これでマーゥルがモコカを採用してくれれば、ドニスが館に獣人族を招く土壌が出来上がる。

 おまけに、マーゥルの願いを叶えてやることにもなるわけで、一回くらいこちらの要望通りに動かせるだろう。

 

「うまくいくかな? 面接」

「大丈夫だろう。マーゥルの好きな園芸でも、モコカなら役に立つしな。何よりこいつは、適度に無礼だ」

「……それが『大丈夫』の裏付けにならないことを、君は学ぶべきだよ」

 

 バッカ、お前。マーゥルだぞ?

 しゃっちょこばったいい子ちゃんより、少々砕けたフレンドリーなヤツの方が好きに決まってるだろう。

 

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