「ヤシロ」
メドラを含んだ狩猟ギルドとリカルドがにらみ合う中、エステラが俺へと声を投げかけてくる。
「確かに、他のチームの選手にも、その選手が投げた玉にも触れてはいない。けれど、君たちの玉がこちらの玉に触れているのもまた事実だ。これはルール違反ということにならないかい?」
『玉に触れるな』という言葉をどう解釈するのか、それによってルール違反になるのではないかとエステラは訴える。
まったく、こいつは何も分かってないんだから……
「触れるというのは直接手や体で触れるということだろうが」
「そうとは明記されていないよ」
「痴漢行為は直接手で触れるからメリットがあるんだ! 長ネギでおっぱいをツンツンしても痴漢行為にはならないだろう!?」
「なるよ!? ボクならその場で即有罪を言い渡すよ!」
直接触れてないのに!?
長ネギでおっぱいをツンツンしただけで痴漢だと!?
なんてヤツだ!?
こっちは一切楽しくないのに…………いや、それはそれで楽しいか?
「ちょっと待て、一回持ち帰る」
「いいよ、そんなくだらないことで悩まなくて! とにかく、君たち白組だけが屁理屈をこねてルールを拡大解釈したところで、ボクたちはそれを認めない!」
青組と黄組の選手がエステラの意見に首肯する。
数の力で押し切ろうってのか? ……ふふ、甘いな。
「多数決で相手の意見を封殺するつもりか、エステラよ」
俺の後ろから、晴天に響き渡るような凛とした声が発せられる。
「まるで『BU』のようだな。そなたはあのやり方には否定的であったと思ったがな」
「ルシアさん……」
腰に手を当て、長過ぎる美脚を肩幅に開いて、ルシアは傲岸不遜な笑みを浮かべて宣言する。
「多数決を採るというのであれば、我ら赤組は白組に賛同しよう。勝った者こそが、正義だ!」
ルシアの腕が振り上げられ、それを合図に赤組から赤玉が発射される。
この論争の間にもポイントを稼ごうとしていた狩猟ギルドの投げた青玉が赤玉によって撃墜される。
赤玉を投げたのはギルベルタとデリアだ。
「宣戦布告だ、上位2チームよ」
「……くっ! ヤシロがすでにルシアさんを抱き込んでいたとは……!」
「なぅっ!? ななな、だ、誰がカタクチイワシなんぞに抱かれ包み込まれたか!? ふ、不埒なデマを流布するでない!」
「違う、その解釈は、ルシア様の。微笑みの領主様の言う『抱き込む』には含まれない、そのようなロマンチックなニュアンスは」
ギルベルタの冷静なツッコミもどこ吹く風、照れたルシアが意味もなく俺へ赤玉を投げつけてきやがった。
……こいつは、どうにも今一歩のところで味方だと思いにくいんだよな。
「ルシア・スアレス……また、ダーリンを狙う虫が現れたようだね」
「ふふん、メドラ・ロッセルよ。私に『虫』はむしろ褒め言葉だぞ」
にらみ合う領主とギルド長。
どちらも、そこらの男どもを圧倒するパワフルウーマンだ。
ルシアの参戦でエステラの勢いが弱まった。
やはりまだ、このバケモノ級の争いに飛び込んでいけるほどエステラは強くない。そこがエステラがエステラたる所以でもあり、エステラがエステラの殻を破れないでいる部分でもある。
エステラは知っているからな。
自分の大切さを。おのれの重要さを。
エステラという存在を大切に思っている多くの者たちの存在と、そんな連中にとっての自分の価値を。
こいつはこの一年で無茶を押し通す強さと、無理を回避する慎重さを身に付けた。いや、まだ身に付けつつあるってところか。
だからまだ、ルシアやメドラ相手には正面からぶつかることをしない。
それが出来るのは……
「ふん。ぐだぐだ眠てぇこと言い合ってんじゃねぇよ」
この、場の空気とおのれの身の程を理解できていない、無謀なバカ。
リカルドくらいのもんだろう。
「メドラ。テメェも同じはずだぜ? 狩人は……勝利のためにはどんなことだってする。そうだろ!?」
言いながら、リカルドが白玉を投げる。
勢いよく放たれた白玉は、ノーマとパウラが同時に投げた二つの黄玉に続けて激突し、それぞれを弾き飛ばして、金物ギルドの乙女が投げた二つの黄玉を巻き込んで四つもろとも墜落させた。
一投で四つの黄玉を撃ち落としやがった。
リカルド、こいつ……
「お前、たまに狩りに参加したらどうだ?」
「してんだよ! ガキの頃から! そんじょそこらの狩人には負けねぇ腕前なんだっつうの!」
メドラのそばで育ってきたってのは、それだけでかなりのアドバンテージなんだろうな。
本物は、近くで見るだけで自己流の練習を凌駕することがある。
リカルドのヤツ、なかなかやるじゃねぇか。
「……おもしろいね、リカルド」
だが、その行為がメドラに火を付けた。
「だけど、アタシに挑戦したのは早計だったね!」
メドラの放った黄玉が轟々と呻りを上げて空間をねじ切り、マグダが妨害のために放った白玉を撃ち落とした。
マグダが阻止しようとしていた黄玉がのんきな放物線を描いてカゴの中へと消える。
「あんたらの妨害を妨害しつつ、あんたらの玉を全部蹴散らしてくれるよ!」
魔神に睨まれたカエル。
ヘビなんて生易しいもんじゃない。
天敵とか生物的相性とかそんなもんを度外視した、圧倒的力量差を持つ上位生物を前にすれば、すべての生物がエサになっちまう。
それくらいの圧倒的圧力を放つメドラ。
さすがのマグダも、リカルドも、イネスやデボラまでもが言葉をなくし大粒の冷や汗を浮かべていた。
だが……
「それは不可能だぜ、メドラ」
そんな圧力、俺には通用しない。
なぜなら……
「お前に俺たちの邪魔は出来ない。俺は、それをよく知っている」
負けるはずがないと確定している状況で、わざわざ尻込みしてやる理由などないのだ。
勝つことが不可能な時点で、メドラは牙を抜かれた獣に過ぎない。
地獄の門番ケルベロスだって、鎖で繋がれていればよく吠える番犬程度の役割しか果たせないだろうよ。
「ダーリン。アタシはいつも言っているはずだよ」
そのことにまだ気付いていないメドラ。
顔に浮かんだその自信、いつまでもつかな?
「愛と勝負は別だってね!」
「俺はその忌まわしい言葉をいつもスルーしているはずだ!」
「愛も勝負も真剣だよ!」
「真剣にスルーする!」
「ラブ・だ~りん!」
「呪詛をまき散らすな!」
話がズレてきてんだろうが!
いいからさっさと白組の玉を撃ち落とそうとして、そして気が付け!
「あんたたちに出来ることが、アタシらに真似できないなんて思い上がりも甚だし…………はっ!?」
白組の玉を撃ち落とそうと、黄玉を構えたメドラの動きが止まる。
気付いたか。
お前には不可能だってことに!
「く……っ、謀ったね、ダーリン!」
「まぁ、そういうことだ」
「マイダーリン!」
「なんで言い直した!?」
「『そういうことだ』は!?」
「誰が言うか!」
認めてないんでねぇ、ユアダーリン!
「何やってんだよ、ママ!? あんなもん、楽勝で撃ち落とせるじゃねぇか!」
動きを止めたメドラを見て、ウッセが代わりに青玉を投げる。
今まさにカゴに向かって放り投げられた、ふわふわと揺れるように飛び上がった白玉目掛けて。
「バカッ! おやめ、ウッセ!」
メドラの制止は、しかし遅過ぎた。
ウッセの放った青玉は恐ろしい球威で白玉に迫り、見事に撃墜してみせた。
いや、たいした腕前だ。ドンピシャでクリーンヒットしたな。見事なまでに、完全に、完膚なきまでに叩き落とした。
白組の、幼い子供が一所懸命放り投げた白玉を。
「ひ……ぅっ……! せ、せっかく、いま、はいりそう、だった……のにっ!」
リベカ率いるかわいい隊の女の子が大きな目いっぱいに涙を浮かべる。
なかなか入らなくて、今ようやく入りそうないい軌道で放った玉を無残にも撃ち落とされたのだ。そりゃあ泣きたくなるよな。
だって、まだ七歳だもんな。
「う……うぅうっ!」
「あ、いや……俺は……!」
「むゎあああ! なんて酷いヤツなのじゃ!? 大人げない大人なのじゃ! 筋肉自慢か知らんがムキムキし過ぎなのじゃ! 優しさの欠片もない男は絶対モテないのじゃ!」
「ちょっ、待て、俺は……!」
「……(絶対モテないのじゃ)」
「絶対モテないのじゃ!」
「ぬぁああ! なんで念を押しやがった、このチビウサギぃ!」
幼い少女を泣かせ、正義感からそれを糾弾するかわいい隊長リベカに反論するウッセ。(まぁ、リベカのセリフは俺が小声で指示しているものなんだけども)
「……(あんな小さな女の子相手にムキになって――)」
「あんな小さな女の子相手にムキになって、ムキムキ自慢が過ぎるのじゃ!」
「ムキムキ自慢でムキになってるわけじゃねぇよ!」
「……(そしてやっぱり――)」
「そしてやっぱり、絶対モテないのじゃ!」
「のぉおおおおお! あんなお子様にぃぃいいい!」
会場の空気は、リベカ支持に向いている。
そりゃそうだろう。
強面ムキムキのオッサンと、ウサ耳かわいい少女が口論していたら、善悪や原因なんか一切合切無視してでもかわいい方の味方になる。それが世論ってもんだ。
そんな世論が味方してくれる以上、お前たちは俺たちの邪魔は出来ない。
なぜなら俺たちのチームは、子供が得点を稼ぐ係なのだから!
俺やマグダの玉なら、ウッセもメドラも他の狩猟ギルドの面々も、躊躇いなく撃ち落としてきたことだろう。
だが、俺たちは妨害に徹し、得点を稼ぐのは子供たちだけだ!
撃ち落とせるはずがないんだよ、お前らにはな!
そして、俺のこの一言が、さらに強烈な呪縛となってお前たちの行動を制限するのだ!
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