「お帰りなさい、ヤシロさん」
真っ先にジネットが出迎えてくれる。
「最初の料理はウチになった。しっかり頼むぞ」
「はい。美味しい大人様ランチを作ってきますね」
まぁ、美味しさはどうでもいいんだがな。
「何皿くらい出るかな? たくさん出てくれるとありがたいんだけどね。ほら、お店の旗とかあるしさ」
チア服のパウラも気合い十分なようだ。
「大丈夫だ。かなりの数が出ることはもう約束されている」
「そうなの?」
「あぁ、なにせ……」
俺は得意満面な顔で言ってやる。
「ウチからはベルティーナを出すからな」
「えっ!? いきなり!?」
事情を知らなかったパウラは驚きを隠すこともせず声を上げる。
ベルティーナは大将として最後に持ってくるとでも思っていたのだろう。
「まずは最初に一勝を手堅くもらっておく。これで、あとの選手が随分楽になる」
「あぁ……なるほどねぇ。さすがヤシロ、考えてるね」
この作戦は、ベルティーナ本人やエステラ、ジネットたちには伝えてある。
だからこそ、ベルティーナは今朝早くに教会のガキどもを連れて会場入りしたのだ。
ベルティーナの勇姿を見たいというガキどもの願いを叶えるために。
それに、大人様ランチをたくさん出したいという思惑にも合致するからな。ベルティーナがいれば、それだけで五十枚は行くだろう。
そんなわけで、何がなんでも一試合目の料理は四十二区がいただきたかったわけだ。
「つーわけで、スゲェ数が出るから、今すぐ下準備をよろしく!」
「これは……調理場が戦場になるわね……ジネット! 行くわよ!」
「はい、パウラさん! では、ヤシロさん。行ってきます」
「おう! しっかり頼むぞ!」
特設キッチンへと駆けていくパウラとジネットを見送り、俺は一息つく。
あぁ、うまくいった。
ホント、リカルドがバカでよかった。
「あれ? どうしたッスか、ヤシロさん? なんかニヤニヤしてるッスよ」
「いや。リカルドがすげぇ箱を調べてたなぁって思ってな」
「あぁ……ちょっとしつこかったッスね。何もあそこまで調べなくてもいいと思うッス、オイラも」
「まったくだ。そもそも、『箱には』なんの仕掛けもしてないのにな」
「…………………………………………え?」
俺は、軽く右手を振る。
と、俺の服の袖から「ストン」と――白玉が落ちてきた。
「きょぼっ!? えっ!? ぅぇえええええっ!?」
「バカ、しっ! ……声がデケェよ」
「あ、す、すいませんッス……でも、……えぇ!?」
ウーマロが目を剥いている。
まぁ、そうだろうな。
一番近くで見ていたこいつもまったく気付いていないようだったし。
「いやぁ、ウーマロ。ホント悪かったなぁ……なんか、悪事の片棒を担がせちまったみたいで」
「ののっ!? ぅののののののののっ!? のぉ!?」
頭がこんがらがり過ぎて、不思議な音しか発せなくなっているウーマロの右手に、そっと白玉を握らせる。
「ウーマロ。この玉……誰にも悟られないようにうまく処分しといてくれな」
「ヤ、ヤヤやヤ、ヤシロさん!? あ、あんた、やっぱ……っ!?」
「シッ! 『誰にも悟られないように』速やかに処分しないと……いろいろ困ったことになっちまうぞ…………『相棒』」
「お……鬼ッス……ヤシロさんは鬼ッス……」
青い顔をして、ウーマロは握らされた白玉を大慌てでポケットへとしまい込む。
「チ、チラッと見たッスけど、やっぱり白かったッス……どういうことッス? この白玉はどこから出てきたッスか?」
トリックを教えないと納得しないようなので、教えておいてやる。
とてもとても簡単なトリックを。
「袖の中に白い玉を隠しておいた。で、箱に玉を入れる時に赤玉と入れ替えた」
以前、仕込みナイフを袖に隠せるように作ったギミックを改良し、袖の中に玉を隠せるようにしておいたのだ。
右で持った三つの玉を、左手に持ち替えて箱に入れるというのを二回繰り返し、観衆の目が白玉を入れる左手に注がれている間に、赤玉と袖の中の白玉をすり替えて、そして白玉を箱の中へと入れたのだ。玉の色を見せられない代わりに、ワザと箱の中で音をさせて『入れましたよ』というアピールをしてな。
「だから、デミリーとリカルドは何を引いても白になるってわけだ」
「で、でも、最後、箱は空になってたッスよ?」
「だから、俺が最後の一個を取る時に、箱の中の白玉を袖に隠して、袖の中の赤玉をさも箱から出したかのように見せかけたんじゃねぇか」
「……全然気付かなかったッス……」
ウーマロは知らないかもしれないが、実は俺はマジックが大の得意なのだ。特に、カードやコイン、こういう玉を使ったテーブルマジックがな。
木箱を、わざわざ開会式の途中でウーマロに持ってこさせたのも、仕掛けがあるなら箱の方だと思わせるための演出だ。
それ以前に会い、会話し、一緒に出てきた俺の体に仕掛けが施されているなんて、普通は考えないからな。
マジックとは、舞台に上がる前から始まっているものなんだよ。
「……よくもまぁ、こんな、そこそこ大きな玉を袖に隠して、普通に振る舞っていられたッスね」
「俺、ちょっとばっかり器用なんだよな」
「…………オイラはもう、二度とヤシロさんを信用しないッス…………いい意味で」
最後の一言は一切フォローになっていないが、まぁ、お前の気持ちは分かるよ。
「あぁ……オイラ、なんか心臓が痛いッス…………大食いとか、出来る気がしないッス……」
そんな弱音を吐くウーマロ。
とか言って、マグダが応援すればすぐ元気になるくせに。
こうして、大食い大会は始まった。
いや、実はもうすでに始まっていたんだ。
とりあえず、最初の一勝はいただくぜ。
俺は、俺のやり方で戦わせてもらうとしようか。
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