異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

155話 トラブルを呼び込む体質 -3-

公開日時: 2021年3月13日(土) 20:01
文字数:3,083

「デリア。マグダとロレッタからだ」

「……え?」

 

 とりあえずは元気を出してもらわないと、話にもならないからな。

 マグダに託されたハニーポップコーンの袋を手渡す。

 

 その音、その大きさ、そしてその感触と香りで、デリアは中身を察したらしく、慌て気味に袋の口を開けた。

 

「…………ぁ…………甘い香りがするぅぅううぇぇええええん……」

 

 泣き出した……

 

「もしかして、買いだめしたポップコーン、もうなくなってたのか?」

「…………うん。だから、昨日、寝てない…………」

 

 あらら。

 昨日寝てないってことは、一昨日あたりに底を突いたのだろう。

 

 買いに行けないのがつらかったろうな。

 

「オメロとかに頼むことも出来ただろ?」

「ダメだ! ……あいつはヤシロを見るとすぐ泣きついてみんなしゃべっちゃうから……」

 

 さすがデリア。大正解だよ。まんまその通りだったぞ。

 

「じゃあ、相当つらかったな」

 

 俺が言うと、デリアはこくんと頷いて、……そのまま、また泣き出してしまった。

 

「うぅ…………食べるぅ……」

 

 泣きながら、ハニーポップコーンを口へ運び、その味にまた声を上げて泣く。

 

「おぃし~よぉぉぉおおお……っ! しゃくしゃくして…………しけってないよぉぉお!」

 

 やっぱり、買いだめしたポップコーンはしけってしまっていたらしい。

 美味しくなかったろうな、それ。

 

 本当なら毎日でも食べたいデリアが、それを我慢しなければいけないほどに追い詰められていた。

 四十二区の中で、自分だけが悪者になったかのような錯覚は、この泣き虫なデリアには相当つらかっただろう。

 

「悪かったな。もっと早く来てやるべきだった」

「ううん! あた……あたいが、勇気出して……ヤシロに、会いに…………会い…………会いたかったよぉぉ、ヤシロォ!」

 

 河原に座り、左手にポップコーンの袋を持ち、右手でポップコーンを摘まみ、口いっぱいに頬張って、涙を飛散させて……俺の腹に顔を埋めてくる。

 ぐりぐりと顔を押しつけ、鼻を鳴らす。

 

「…………頭ぁ…………」

 

 そして、本当に珍しく…………

 

「撫でて……」

 

 甘えてきた。

 

 マグダと違って、素直に甘えることをしないデリア。

 体は大きくても、泣いている時は子供のようで……俺は、耳に触れないようにそっと髪を撫でてやった。

 デリアが泣き止むまで、何度も、何度も……

 

「ボクは、まだまだだな……」

 

 気付いてやれなかったことを悔やんでだろう。エステラが悔しそうに口を歪めて呟く。

 

「バカ言うなよ」

 

 お前まで泣きそうな顔すんなっつうの。

 こういう状況で泣きそうになるのはジネットとかミリィとかだけで十分だ。

 ……ホント、今回あの二人がいなくてよかった。三人に泣かれたら手に負えないところだった。

 

 なのでエステラ、お前は泣くな。

 俺の精神衛生上よろしくない。

 

「完璧な人間なんか存在しねぇっての。なんでもかんでもうまくやれるなんて思い込んでるなら、そいつはエゴだ。独裁者の気がある危険人物だ」

 

 どんなヤツだって失敗はするし、ダメな時はダメで、負ける時は負けて、泣く時は泣く。

 

「至らない部分があって当然。むしろそうでなけりゃ、逆に不気味だろ?」

 

 何やっても完璧なんてヤツは、たぶん人間じゃねぇぞ。

 精霊神の化身とか、そういう得体の知れない別次元の生き物だ。

 

「出来ることだけやればいいんだよ、人間なんて生き物は」

「けど、ボクは領主として一人でも多くの領民を守ってあげたいと……っ!」

「だから!」

 

 反論するのはまだ早い。

 ちゃんと最後まで聞けって。

 

「お前は領主で、人助けがしたくて仕方ないお人好しなんだから、その『出来ること』を他のヤツよりも多くして、困って泣いてるヤツが心の底から笑えるように他人が真似できないくらいに努力して、助けて『やれば』いいんだよ」

「……『出来ることをやる』…………その範囲は、無限……って、ことだね?」

 

 やりたきゃいくらでもやれってことだ。

 俺は別に止めない。お前が、自分自身を納得させるためにどんな苦労を背負い込もうが、それはお前の自由だからな。

 

「結局、人間なんてのは『出来ることしか出来ない』んだよ。それに不満を感じるなら、せめて『出来ることだけでも精一杯』やってやりゃあいいんじゃねぇの?」

 

 そうして、俺の腹に顔を埋めて泣いているデリアへと視線を落とす。

 エステラの視線が俺の視線を追ってデリアに注がれる。

 

 こうやって、助けを求めてるヤツを助けてやれよ。領主様の広い心でな。

 

「分かった。……ありがと、ヤシロ」

 

 エステラの顔を見れば、沈んだ表情は消え失せ、使命感と照れと喜びが見え隠れする笑みが浮かんでいた。

 う~ん、Mっ気があるんだろうな、きっと。

 面倒くさいことを背負い込まされて嬉しそうに笑ってんだもんな。

 

 俺には真似できないわ。

 

「それじゃあ、出来ることを精一杯やるよ」

「おう。頑張れよ」

「うん。頑張る。ヤシロと一緒に」

「おい!」

 

 なんで俺を巻き込む?

 頑張るのは領主の仕事だと何度も何度も言っているだろうが。

 

「だってさ、ほら」

 

 ちょいちょいと、俺の腹部を指さす。

 そこには、俺に寄り添うデリアがいて……

 

「そんなに頼りにされてるのに、見捨てるなんて出来ないでしょ?」

 

 …………ちっ。

 デリアが本調子でいつもみたいに元気いっぱいなら「出来ますが何か?」くらい言えたんだがな……

 

「『今回は』手を貸してやる」

 

 もともとそのつもりだったしな。

 それに、ここでデリアを見捨てたら、俺は川漁ギルドのオッサンズに毎晩うなされることになる。あいつらの夢なんぞ、見たくもないんでな。

 

「くふふ……それじゃあ『今回は』盛大に働いてもらおうかな」

「費用は領主に請求するからな」

「申請が通る保証はないけどね」

 

 テメェ……

 

「よかったね、デリア。ヤシロがデリアの悩みを解決してくれるって」

「おい、そこまでは言ってねぇよ! 出来るかどうかも分からんことを安請け合いするんじゃ……」

「ヤシロッ! ありがとう! あたいやっぱり、ヤシロが大好きだっ!」

「………………」

 

 両腕を大きく広げ、俺の腰にがっちりとしがみつくデリア。

 腹に顔をぐりぐり押しつけてくる。

 クマ耳がぴこぴこと揺れている。

 

 あ~…………あの、アレだ。

 きっと、こういう大袈裟な感情表現が川漁ギルドで流行ってんだ。

 オメロとか、他のオッサンにも同じこと言われたしな。

 

 ………………くそ。まだ状況も何も分かってないってのに。

 断れなくなってしまった。

 

「トラブルの因果ってのは根が深いよなぁ」

 

 あぁ、もう!

 えぇい、チキショウ!

 

「デリアが悩んで、ミリィが落ち込んで、そのせいでジネットの元気がなくなって……おかげで陽だまり亭の売上に悪影響が出てんだよなぁ、ここ最近」

 

 利益が落ちるってのは、たとえそれが微減であっても看過してはいけない。

「これくらい」と甘く見ていると、あっという間に利益が落ち込み、そうなってからでは挽回は難しい。

 むしろ、微減のうちに手を打たなければいけないのだ。

 

「利益を守るために、ついでに一肌脱いでやるよ……しょうがねぇからな」

 

 そうそう。これは別に人助けじゃない。

 ボランティア? まさか。きちんと報酬はいただくぜ。

 相手がいなくとも、最後には俺のもとに利益が発生している状態に持っていってやる。

 

 これまでずっとそうしてきたようにな。

 

「ヤシロ……もういいじゃん」

「うっさい! 俺にも譲れない一線ってのがあるんだよ!」

 

 俺は、お人好しではないのでな!

 お前やジネットとは違うんだよ!

 

 お金大好き! 人を騙すのって超快感!

 

 ………………はぁ。一年くらい陽だまり亭を離れないと、体にこびりついたジネットのお人好しオーラを完全除去できないんじゃねぇかなぁ……

 

 

 金の匂いはまだしないが……とりあえず、デリアの話を聞くことにしよう。

 

 

 

 

 

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