異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

208話 三度麹工場へ -3-

公開日時: 2021年3月21日(日) 20:01
文字数:3,245

「一つ聞きたいんだが」

 

 ある確証が得たくて、リベカに質問を投げかける。

 一つと言いながら、二つ聞くつもりではいるのだが……まぁ、細かいことは気にするな。

 

「現在の麹工場は、事実上リベカが責任者なんだな?」

「うむ。そうなのじゃ。まぁ、後継者じゃしのぅ」

「その口ぶり……もしかしてだが、もっと相応しい者が現れたら、その座を譲ってもいいと思っているのか?」

 

 一瞬リベカが黙る。

 口にするかどうかを悩んだ挙げ句、リベカは無言で頷いた。

 

 あぁ、質問がもう一つ増えちまったな。

 

「そうなった時、そのお前の決定を、工場の連中は受け入れてくれると思うか?」

「それは大丈夫なのじゃ」

 

 その回答は自信たっぷりに。

 とても寂しそうに。

 

「……みんな、ワシには荷が重いとは、思っておるのじゃ。技術では、誰にも負けんのじゃがの」

 

 最後にちょっとした強がりを追加して、リベカは無理やりに笑みを作る。

 エステラの腕を掴む小さな手に、ぎゅっと力がこもる。

 

「誰か、力を貸してくれるヤツはいないのか?」

 

 と、分かりきっている問いを投げかける。

 そんなヤツがいるなら、とっくに力を貸しているに決まっている。

 

「みんな、ホワイトヘッド以外の者がトップに立つのを嫌がっておるのじゃ。重責とかそういうのもあるんじゃが……ブランドとしての」

 

 ホワイトヘッドがまとめ上げる麹工場。

 そのネームバリューが、ここの商品の価値を保つ大きな要因になっているのだ。

 

 内容はまったく同じでも、馴染みのある名前がなくなり、トップが変わってしまった途端に失速するなんてことはよくあることだ。

 

 店の名を変更したら客が離れた。なんてことはよくある。

 メーカーの名前や宣伝として使っていたキャラクターの変更でも、同様のことは起こる。

 バンドのボーカルが変わったら人気が落ちたなんてのはあり過ぎる事例だ。

 ボーカルが一緒でも、リーダーが変わった、メンバーが脱退した、メンバーの一部が別のバンドを結成した――そんなことでも、人気は落ちるのだ。

 とある人気アイドルの人気ナンバーワンメンバーが、脱退した瞬間人気を失う、なんてこともな。

 

 馴染みというのは、それほどまでに強固な武器なのだ。

 手放すのには、相当の勇気が必要になる。

 

『ホワイトヘッドの仕切る麹工場』

 それを覆すことは、まず出来ないだろう。

 

「先代や先々代はどうだ?」

 

 これも意地の悪い質問だ。

 どうにも出来ないから、ヤツらは今ここにいないのだ。

 そして、俺の思ったとおりに、リベカは首を振る。

 

「パパとじぃじ……こほん。先代と先々代も職人肌じゃったからの。経営ではとんと役に立たんのじゃ」

 

 つまり、随分と長い間バーサに経営を任せっきりだったというわけだ。

 

「まぁ、それもしょうがないよな。ホワイトヘッドの一族には、少しでも長く室にこもっていい麹を作ってほしいって期待が掛かっているしな」

「うむ。『経営なんぞ他の者に任せて麹を作るべし』……と、ワシも子供の頃から言われておるのじゃ」

 

 今も子供だけどな。

 

「じゃあ、アレだな。『ホワイトヘッドの一族で、室での作業に向かない、頼れる身内』でもいてくれれば、適任ってわけだ」

 

 リベカの耳がぴくりと動く。

 そして、小さな顔の中で大きな瞳がきらきらと輝き出す。

 

「……それは、もしや」

 

 こいつは、そんな打算や計算なんぞせずに、ただ会いたい一心で通っていたのだろうな、教会に。

 

「帰ってきてくれると、みんな幸せになれるな。お前の姉ちゃんが」

「――っ!?」

 

 ぱぁあっと、リベカの顔が輝きを発する。

 俺の言った未来予想図を想像し、その光景に身悶えする。

 興奮が波のように押し寄せてくるのか、何度も何度も足をばたつかせ地面を踏みしめる。

 

「いっ、いいのじゃ! それは最高なのじゃ! そうなったら、ワシは……ワシは…………っ!」

 

 ――と、何かを言いかけたリベカの顔が、一瞬で真っ赤に染まる。

 な~にを想像したんだ、このませガキ。

 

「……か、通いでも、室での仕事は……出来なくもない…………のじゃ」

 

 フィルマン、喜べ!

 専業主婦にさえこだわらなければ、リベカがお前の家に行ってくれるかもしれないぞー!

 と、叫びたいのをぐっと我慢する。

 

「あぁ、そうそう。リベカさん」

 

 照れるリベカが可愛くて堪らなかったのか、エステラが長い耳にそっと耳打ちする。

 

「……もしかしたら、リベカさんの思い人も来るかもしれないよ。例のパーティーに」

「ふにょっ!?」

 

 リベカの耳がぶわっと毛羽立つ。

 エステラから飛び退き、向き直り、離れてしまった距離を一瞬のうちにゼロにして詰め寄る。

 

「みっ、みみみみ、見つけたのじゃ? ワ、ワシだって、まだ一度も顔を見たこともない相手じゃというのに、エステラちゃんは、そ、そのお人を見つけてしまったのじゃ!?」

「うん。たぶん、間違いないと思うよ――君の、囁き王子に」

「さっ…………囁き王子…………いい、ネーミングなのじゃ」

 

 ぽふぅ~……と、頬を桃色に染め、リベカがあらぬ方向へ視線を向かわせる。

 どんな爽やか青年が映し出されているんだろうな、リベカの妄想脳内スクリーンには。

 

 だが、「顔も見たことがない」っていうのなら、その囁き王子はフィルマンで間違いないだろう。

 ……空が暗くなってきた。

 時間的に、フィルマンを説得するのは手紙になりそうだな。

 ドニスへの招待状も後日へ回すか。

 

 とにかく、ナタリアを迎えに行きがてら、沈み込んでいるフィルマンを頃合いのところまで浮上させておく必要がある。浮上し過ぎて、俺たちのいないウチに勝手なことをされると堪ったもんじゃないからな、加減が難しいぜ。

 

 さて、いろいろやるべきことがあるが、二十四区にはそうそう何度も通えない。

 やるべきことはやり遂げておかないと。

 

「リベカ、そのパーティーなんだがな、『宴』にするつもりなんだ」

「うたげ? ……何が違うのじゃ?」

 

 エステラに飛びかかりそうだったリベカの注意をこちらへ向けさせる。

 頼みたいことがあるのだ。というか、入手すべき物があるのだ。

 

「まぁ、名称はこっちの都合だ」

 

『フィルマンの悩みが解決したら一緒に宴を開こう』と、ドニスに言われていたからな。

 フィルマンの悩み解決と、ドニスの悩み解決。そいつを祝した宴を催すのだ。

 

「その宴を成功させるために、譲ってほしいものがあるんだ。それも結構な量を」

「なんじゃ? ささや……お姉ちゃんに会えるかもしれん宴じゃ! なんであろうと協力は惜しまんのじゃ! 言うてみるがよいのじゃ!」

 

 ……こいつ、家族より男を優先しやがったな…………不良娘め。

 まぁ、リベカにとっては会いたい人二人に会える宴となるんだ。お言葉に甘えて協力してもらおうじゃないか。

 

「麹だ。麹を譲ってくれ」

「こうじ……で、よいのじゃ? それならたくさんあるから問題ないのじゃが……?」

 

 何を言われると思ったのかは知らんが、リベカは拍子抜けしたような表情をしている。

 んじゃあ、宿題も与えておくか。

 

「エステラ、レシピを書くから紙とペンを貸してくれ」

「レシピ? なんのさ?」

「宴に必要な物を、こっちでも作っておいてもらう。四十二区から持ってくるのは大変だからな」

「なるほど…………けど、何を?」

「まぁ、いいからいいから」

 

 空が暗くなっていく。

 時間がないので要点だけを分かりやすく書き込んでいく。

 味見をしている時間があるだろうか…………

 

「お待たせいたしました」

 

 そこへ、バーサが戻ってくる。

 そうそう。情報紙の記者……絵師だっけか。

 こいつとは名刺交換程度しか出来そうもないな。

 詳しい事情は後日聞いてもらうとしよう。

 

 こっちはこっちで、獣人族って名称をどう広げるかってのと、その上でいい人材をどううまく集めるかを考えなきゃいけない……か、ら? …………ん?

 

「…………あっ!」

 

 驚きの声を上げたのは、情報紙の絵師の方だった。

 絵師は俺とエステラの顔を交互に指さして、聞き覚えのあるけったいな敬語でこう言った。

 

「あんたたちは、ソラマメ畑で会ったお客さんだよなですか!?」

「モコカ!?」

 

 そう。

 エステラが思わず漏らしたその名の通り、そこにいたのはアブラムシ人族の娘、モコカだった。

 

 

 

 

 

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