俺・IN・食虫植物・IN・森ん中。
「たーすけてー!」
「ぁう……、す、すぐに!」
「もう! これで何度目やねんな、自分!? しっかりしぃや!?」
深い深い森の中。
俺は「ちょこん」と指先が触れてしまった巨大食虫植物に、まんまと捕食されてしまったのだ。
指先が触れただけで捕食って……日本の怖いお兄さんたちだって肩でもぶつからない限り因縁つけてこないってのに、なんて草だ! 理不尽にもほどがある!
「ぅ…………はい、今のうちに……」
「すまないねぇ、ミリィさんや……」
「ぁう……は、早く……この花びらを開いていると、匂いに釣られて獣が来ちゃうから……」
なんだか想像以上にサバイバルだ。
つうか、その『匂い』を全身に纏った俺は獣に襲われたりしないのだろうか?
「レジーナ。抱きしめてやろうか?」
「あ~、ごめんなぁ。ウチ、外ではイチャつかへんタイプやねん。淑女やし」
ちっ……道連れを作ろうと思っていたのに。
四十二区内にある森だと聞いていたので、完全に舐めきっていた。
この森は生花ギルドが管理する森で、一般人は立ち入り禁止なのだそうだ。生花ギルドの許可が下りれば立ち入ることは可能らしいが、その際は生花ギルドの組合員の同行が必要になる。
レジーナは過去に何度か薬草を採りに訪れたことがあるらしい。
ジネットも入ったことがあるんだよな。
「ジネットも、結構捕食されてただろ? あいつ、ぽや~っとしてるから」
「ぅうん。じねっとさんは一度も……」
「残念やなぁ、仲間が出来へんで」
……なぜ俺ばかりが食虫植物に捕食されるのか…………
「イケメンって、つらいっ!」
「そんだけポジティブなんやったら大丈夫やな。野草採り続行や」
「ぅん」
誰も俺の話を聞いてくれない。
この辺りは、不法侵入を防ぐためにわざと大量の食虫植物を植えてあるらしいのだ。それも、人を捕食するような巨大なヤツをだ。
……こいつら、何を食ってここまで育ってきたんだ? ……何人か食ってんじゃないだろうな?
「この花は、ソーセージとビールが好物なの」
「オッサンか」
ソーセージとビールが大好きで、たまに人を捕食する。オッサンか! ……いや、オッサンは捕食しないか。
「てんとうむしさん、ソーセージみたいな匂い、するのかも……」
「あぁ、そうかもしれへんなぁ。自分、こん中で唯一ソーセージぶら下げ……」
「さぁ、ミリィ! 先を急ごうか!」
レジーナの話はまともに聞いてはいけない。……あいつは何を言おうとしてんだ。
「この先に……野草いっぱい。てんとうむしさんにも採ってあげるね」
「いやいや。舐めるなよ、ミリィ。こう見えて俺は、山菜採りの名人なんだ」
「名人がアホみたいに食虫植物に捕食されるかいな」
うっせぇな! 日本にはいなかったんだよ、このサイズの食虫植物が!
俺はな、幼少期より女将さんについて山菜採りに行っていたのだ。おじいさんは山へ、おばあさんは川へなどというイメージが蔓延ってはいるが、ウチは逆だったのだ。
女将さんは山へ山菜を採りに、親方は川へ川魚を捕りに行っていた。
その両方のスキルを伝授されたのがこの俺だ! 山菜採りだろうが川漁だろうが、なんだってかかってこいってんだ。俺に不可能などないのだ!
「ぁ……あそこが野草の生息地帯だよ」
ミリィが指さす先には、何本ものひょろ長い木が生えていた。
直径は1メートルあるかないか程度で、背丈は4メートルほどもある。
そのひょろ長い木の上の方。地上から3メートルほどの位置に緑色の草のようなものが生えている。木の葉っぱという感じではなく、その木に寄生しているような生え方だ。ちょっとだけ、イソギンチャクを思い出した。
って。おいおい、まさか……
「ぁの、上に咲いているのが目当ての野草だよ」
「無理だな」
あれは無理だわ。
羽でも生えていないと採りに行けない。
木の幹は、まるで百日紅のようにつるつるで足を引っかけられるような枝や洞すらない。
野草の生息地帯は、人間の到達できる場所ではないのだ。
「なんや、自分。得意なんとちゃうんかいな?」
だから、日本にはこんなふざけた植物なんかなかったんだよ!
そう反論してやろうとして、俺は硬直した。
レジーナの向こうに、トラのような大きさの獣が現れたのだ。
牙を剥き、確実にこちらを睨んでいる。
威嚇するように「グルル」と喉を鳴らし、頭を低くして飛びかかる直前の格好をしている。
あんなヤツに襲われたら、怪我どころじゃすまないぞ。
「お前ら……っ!」
『逃げろ』と、そう言う前に、獣は俺たちに向かって飛びかかってきやがった。
いや、確実に、俺に向かって。
……俺!?
そういえば、食虫植物の匂いをさせていると獣が寄ってくるって言ってたっけな…………こんなに効果あるのかよ、その匂い!?
俺は走る。
懸命に逃げる。
レジーナとミリィのそばを離れ、ひたすらに走り続ける。
……そして、捕獲される。
背中に強い衝撃を感じ、気が付いた時には地面に押し倒されていた。
マグダの腰ほどもある太い腕に押さえつけられ、俺は完全に動きを封じられてしまった。
これって、万事休すってやつか?
俺…………ここで、こんな獣に襲われて…………終わりか?
そんな絶望的な思考にのみ込まれかけた時、レジーナの声が鮮明に聞こえてきた。
「チャンスや。今のうちに野草採っておいで」
「ぅん」
いやいやいや! 助けて! 今すぐ助けてくれないかな!?
なんつうの? ピンチの時に覚醒したり、秘めた力が溢れ出したりとか、そういうの一切ないから!
放っといたら、俺、確実に食われるよ!?
「てんとうむしさん」
ミリィが不安げな瞳を俺に向けてくる。
そして……
「……がんばって」
何をっ!?
答えの見えない言葉を発し、ミリィはするすると木を登っていってしまった。
わぁ、ミリィ木登り上手……
とか言ってる場合じゃない!
俺絶賛大ピンチっ!
なの、だが……
「はふっ! はふっ! はふっ! はふっ! はふっ!」
獣が俺の顔をべろべろ舐め出したのだ。
……食われ…………る?
その後、獣は俺の匂いを嗅いだり、乗っかってきたり、甘噛みしたり…………まるで、またたびにじゃれつくネコのような行動を繰り返す。
……これって…………
「その獣な、図体はデカいけど、人懐っこ過ぎてちょ~っとばっかり煩わしいねん」
獣に玩ばれる俺を見て、レジーナがぽそりと呟く。
「いやぁ、自分が引き受けてくれて、ホンマに助かるわぁ」
「引き受けたつもりは…………わぶっ! …………ね、ねぇぞ! ……って、こら! 顔を舐めっ、顔を舐めるなっ、獣っ!」
全身をべろんべろん舐められながら反論の声を上げる。
つか、臭い! この獣の唾液、超臭い!
「ほなら、ウチも……」
「ちょっ! どこに行くんだ!?」
「ウチ、薬草採らなアカンねん」
「そ、そうだ! お前の代わりに俺が薬草採りまくらなきゃいけないんだろ!? だから、お前、俺と代われ!」
俺の必死の訴えに、レジーナはにこりと笑みを浮かべた。
「せやかて、ウチ、嫁入り前やさかい」
そんなもん、俺だってそうだよっ!
そして無情にも、ミリィの巨大な荷車が野草薬草でいっぱいになるまでの間、俺はこの訳の分からない獣に「はふっはふっ」され続けたのだった。
……もう、お嫁に行けない。
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