異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

144話 あの頃の陽だまり亭 -2-

公開日時: 2021年2月21日(日) 20:01
文字数:2,492

「婆さん。その……えっと、なんだっけ……『絶滅』?」

「ゼルマルのことかい? ヤシロちゃん」

「あぁ、そうそう、その死にかけのジジイ」

「ヤシロさん……」

 

 ジネットがちょっと怒った目で見てくる。

 ……いや、不謹慎なギャグって、こう、逆に? 場の空気を軽くする効果が……悪かったって。もう言わねぇよ。

 

「ゼルマルの容体はどうなんだ?」

「容体? ……そうねぇ、熱があるって言ってたねぇ」

「何度くらいだ?」

「さぁ……そこまでは聞いていないねぇ」

「ふむ……困ったな」

 

 と、俺は腕を組んでみせる。

 もちろん、この婆さんをいじめたくてこんなことをしているわけではない。

 

「食欲の有無や、腹の調子が悪くないか、頭痛や吐き気は無いか、脱水症状は起こしてないか……と、薬を処方する前にいろいろと調べないと大変なことになるんだ」

 

 とか、もっともらしいことを言ってみる。

 

「そうなのかい? あらあら……わたし、もっとちゃんと聞いてくればよかったねぇ」

「いやいや。婆さんが知らせてくれたおかげで次の手が打てるんだ。婆さん、グッジョブだ!」

「『ごっじょぬ』? なぁに、それ。ハイカラねぇ」

 

 ハイカラって……

 

「あの、ヤシロさん。それでは、ゼルマルさんは……どう、なるのでしょうか?」

「ん? 心配か?」

「はい。それはもちろん。……お祖父さんの、大切なご友人でしたから」

 

 店に顔を出さなくなった元常連。

 気にはしつつも、ジネットの方から「来い」とは言いにくかったのだろう。

 

 そして、時間が経ち過ぎて、今度は気軽に会いに行くことすら出来なくなっている。

 同じ四十二区内に住んでいながら、ジネットはそのゼルマルとかいうジジイにずっと会っていないのだ。

 

 体調を崩したと聞いただけで、こんなに心配するくせに。

 

 だったら――

 

「そうか。ならすぐに準備しろ」

「え?」

「診察に行くぞ、そのゼルマルのところへ」

「えぇっ!?」

 

 ――無理やり連れ出してやる。

 この先ずっと気にして、不安げな顔をし続けるくらいなら、相手に迷惑をかけてでもスッキリさせてやった方がいい。

 自己満足? あぁ、その通りだ!

 親切なんてもんは、される側のメリットばかりが大きいんだ。する方にだってちょっとくらいメリットがあってもいいだろう。

 

 ま、俺が会いたくないヤツに同じことをやられたら、問答無用でぶっ飛ばすけどな。

 小さな親切大きなお世話だっつうの。

 

「でも、あの……ご迷惑ではないでしょうか? もしかしたら、ゼルマルさんは、わたしには会いたくないかもしれませんし……」

「そんなことないわよぉ、ジネットちゃん」

 

 ジネットの不安を払いのけるように、婆さんがジネットの腕を叩く。

 

「アレはね、ことあるごとにジネットちゃんのことを聞いてくるのよ? やれ『店はうまくいってるのか』、やれ『働き過ぎてないか』ってね」

「そう……だったんですか?」

 

 婆さんの言葉に、ジネットは目を丸くする。

 話を聞く限り、なんとなく疎遠になり、お互いに会う口実を失ってしまったという感じか。

 

 まぁ、ジネットにとっては祖父で、ゼルマルにとっては友人であった祖父さんがいなくなったんだ。会いにくくなる気持ちも分かる。

 

「ジネット。これは置き薬を預かっている陽だまり亭の責務だ。ここに来ることが出来ない患者がいるなら往診に行ってやらなきゃいかん。そうは思わんか?」

 

 弱い者を放っておけないジネットの性格を利用し、意地の悪い質問を投げかける。

『ノー』とは言えない、結果ありきの質問だ。

 

「……そう、ですよね」

 

 ジネットは小さく頷き、それでも少し不安そうに顔を上げる。

 

「大丈夫だ。もしゼルマルがお前に『何しに来た、帰れ!』とか抜かしやがったら、俺がソッコーで息の根を止めてやるから」

「いえ、それはやめてくださいねっ」

 

 なんでだ? さすがの俺も、ジジイくらいには勝てるぞ?

 

「あ、でも……お店はどうしましょうか」

「マグダとロレッタに任せればいい」

 

 言いながら、俺は頼もしく成長した二人の従業員の間に立つ。

 二人の肩に手を置いて、そしてはっきりと言う。

 

「こいつらは、もう十分一人前だ。信じて任せてやればいい」

「ほゎぁあああっ!? お、おに、お兄ちゃんが、あ、あたしを認めてくれたですっ!? こ、これは一大事です!」

「……確かに……少し、嬉しい」

 

 ロレッタとマグダは大いに喜び、そして自信に満ち溢れた表情で胸を張る。

 

「任せてです、店長さん! あたしがばっさばっさとお客さんを捌いてみせるです!」

「……マグダがロレッタとウーマロをうまく操縦して乗り切ってみせる」

「はぁぁあん! さり気なく数に入れられてるッスけど、マグダたんはマジ天使ッス!」

 

 頼もしい表明と変態の雄叫びを聞き、ジネットに視線を向ける。

 

「だ、そうだぞ」

「……みなさん」

 

 ジネットはくすぐったそうな、でもとても嬉しそうな表情を浮かべ、深々と頭を下げた。

 

「では、みなさん。留守中、よろしくお願いいたします」

 

「はいです!」

「……任せて」

「オイラも頑張るッス!」

 

 いや、ウーマロ。お前は街門と街道を早く完成させてくれ。な?

 

「あの、ヤシロさん」

「ん?」

「ありがとうございます」

 

 ぺこりと頭を下げるジネット。

 おいおい、気が早いだろ。

 

「ゼルマルに薬を渡してからにしてくれ」

「あ、そうですね。では、また後で」

 

 嬉しそうに言って、ジネットは薬箱を取りに向かう。

 

「ヤシロちゃん」

 

 ジネットが行ったのを見計らって、婆さんが俺に声をかける。

 

「あんた、ずっとジネットちゃんとこにいてあげてくれるのかい?」

 

 ……ドストレートに答えにくい質問を…………

 

「……神のみぞ知る、だな」

「あら、そうなの。うふふ。それじゃあ安心ね」

 

 何に安堵したのか、婆さんはすっかりしぼんでしまった胸を撫でる。

 

「今日という日に、それを聞けてよかったわ」

 

 にこにこと、いつもの笑顔を浮かべる婆さん。

 その言葉と、微かに漂うどこか特別な雰囲気で分かる。

 あえて口にはしないが、こいつもちゃんと覚えてるんだな、ジネットの祖父さんの命日を。

 

 

「ヤシロさん、準備が出来ました」

「んじゃ行くか」

 

 婆さんにもついてきてほしかったのだが、仕事があるそうで無理だった。

 場所はジネットが知っているようなので、二人でゼルマルの家へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

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