「……レジーナ」
低く声を出し、レジーナへと体を寄せる。
「な、なんやの……、急に真面目な声出してから……に…………え? あの……ちょっと、自分?」
一歩を大きく、ぶつかることも厭わず、俺がずんずんと自分のペースで接近することにより、レジーナは自己防衛のために自然と後退せざるを得なくなる。
グイグイと体を寄せ、レジーナを壁際まで追い込んだところで、壁に片腕をつく。
壁ドンだ。
「ちょ、ちょぅ待ちって……なにも、真に受けんでも……」
「レジーナ。俺にはお前が必要だ。いいから黙って俺に付いてこい。俺がいいって言うまで、ずっと俺のそばにいろ」
「……ちょ…………と、それは…………」
レジーナの目が細かく震える。
レジーナが好きそうなジャンルをイメージしてこんな攻め方をしてみたのだが……どうやら効果は覿面だったようだな。
いつもすましたレジーナの顔が赤く色づいていく。
「ま……っ」
ま?
「真面目かっ!?」
「なんだ、そのツッコミは!?」
両腕を振り上げ、俺の体を押し退けて、レジーナは広いスペースへと逃げていく。
顔が熱いのか、両手でパタパタと風を送り込みながら。
「ボ、ボケやないかいな! 何を真面目にウチの言うこと聞いとんねん!? よい子か!? よい子ちゃんか!? ツッコミ待ちやっちゅうねん! 分かるやろ、そこら辺! 素人やないんやから!」
いや、俺、素人なんだけど……え、なに? 俺のこと芸人だと思ってたの?
「『たらし』やな! 噂通りのたらしやったんやな、自分は!」
「どこでどんな噂が流れてんだよ?」
「丁寧語にしたら『御たらし』や!」
「いや、『みたらし』は違うだろう」
誰が団子だ、誰が。
串に刺さってねぇし、一人っ子だっつぅの。
「怖いわぁ~怖いわぁ~。さすが、四十二区のめぼしい美女には片っ端から唾つけて回っとる女ったらしは違うわなぁ」
「誰が誰に唾つけてんだよ!?」
「数々のおっぱいを侍らして、手を替え品を替え、いろんなコスチュームを着せては乳比べして……ついにウチみたいなんにまでその触手を伸ばしてきよったんやな!?」
こらこら。
人を無節操な女好きみたいに言うんじゃねぇよ。
「残念やったな! ウチのおっぱいは誰にも自由には出来へんのんやっ!」
「うわぁ……この娘一生独身宣言してるわぁ……」
「う……っ! え、えぇねん! ……どうせウチなんか…………」
まぁ、外に出なきゃ出会いもないわなぁ……
こいつのテンションに合わせられるヤツもそうそういないだろうし……俺? あっはっはっ、ご冗談を。
「まぁ……将来的には、陽だまり亭で介護される予定やからえぇけども」
「おいこら」
ジネットに迷惑かけてんじゃねぇよ。
「ウチが店におると、薬膳料理出せるで? 食べて健康、医食同源や」
「お前んとこの薬、変な副作用あるのばっかじゃねぇか。客に食わせられるか、そんなもん」
「バラエティ豊かでえぇやろ?」
そんな色濃いバラエティ要素は欲しくない。
リアクション芸人養成所じゃねぇんだぞ、陽だまり亭は。
「けどな、薬やのうても、食材として体にえぇもんも仰山あるんやで?」
言いながら、レジーナは壁際の木製の薬品棚を漁る。
「あったあった」と、レジーナがテーブルに置いたのは、ヒネショウガに似た、黄土色の植物の根――ウコンだった。
「これはウコンちゅうてな。ごっつぅ体にえぇもんなんやで」
「ウコンなんかもあるんだな、この街には」
「なんや、自分、ウコン知っとるんかいな?」
「あぁ。酒を飲む前に摂っとくといいって、俺の故郷では重宝されてたよ」
あとはターメリックっつって、料理にもよく使われる。
ターメリックがウコンの英名だって知ったのは、随分大人になってからだったな。ターメリックライスとか、ウコンドリンクとか、各々の名前が付いた商品が出回ってたからな。
「名前をアナグラムすると、とても食卓には置けへんもんになるけどな」
「けっけっけっ」と、魔女のように笑うレジーナ。下品なギャグはやめろっつの。
……つか、レジーナの国でもウコンって『そういう』名前なの?
なんて不運な植物なんだ、こいつは……
「あと、こんなんもあるで」
「お、コリアンダーシードだな」
「すごいな、自分。ウチ自信なくすわ」
「たまたま知ってるだけだよ」
コリアンダーの種は日本でもスパイスとしてよく出回っている。
スパイスにする時はコリアンダーと呼ばれることが多いが、生の葉っぱはパクチーの方が有名だろうか? 中華圏内だと香菜と書いてシャンツァイなんて言われてるが……まぁ、パクチーが有名かな。
俺はコリアンダーの方が馴染みがあるんだが。
「種と葉っぱで香りが全然違うんやけど、ウチはどっちも好っきゃねんなぁ」
「俺はパクチーはちょっと……」
「まぁ、独特やさかいな」
コリアンダーでもパクチーでも通じるあたり、『強制翻訳魔法』の有意性を感じずにはいられないな。
「コリアンダーは眩暈や腹痛、解毒作用に防虫効果といろんな効果のある優れもんやねんで」
「俺が聞いたのは、媚薬として使われてたって話だな」
中世ヨーロッパでは、コリアンダーを媚薬としていたらしい。
まぁ、欧州の人は体臭とか汗の香りに興奮するとか言うしな……日本じゃ通用しそうもない媚薬だ。
「エロくなれ~なってまえ~!」
「やめろっ! パクチーで顔をペシペシ叩くな! 臭いっ!」
どうも、乾燥してるとコリアンダー、生だとパクチーと呼んでしまう。
まぁ、レジーナには同じ言葉で伝わってるだろうし、気にしなくてもいいか。
「うわっ!? 媚薬の効果で、メッチャエロそうな顔にっ!」
「顔は生まれつきだわっ!」
パクチーで顔を撫でると、なんだかエロくなりました。って……そんな謳い文句じゃ深夜の通販でも売れねぇぞ。
「せや! 他のも見てみるか? いろいろあるんやけど、どれもこれもは使われへんやん? なかなか日の目を見ぃひんやつもあってな。折角やから見てったってんか」
嬉しそうに、レジーナが薬品棚へと駆けていく。
こいつのことだ、最高の薬を作るためにあれこれ材料を揃えているのだろう。しかし、それを見せる相手がいない。話をする相手がいない。しかも、生薬を扱っているのはこいつだけだから、薬師ギルドの連中とも話が合わない。
薬剤師ギルドとは違う、この街でメジャーな薬屋と言えば薬師ギルドなわけだが、ヤツらは魔力を帯びた『魔草』というものを使って薬を作っているらしい。RPGの『薬草』とか『ポーション』みたいなヤツだ。効果は高いがその分高価で、四十二区の連中には手が出せなかった。
レジーナのおかげで、薬はもっとお手頃で、もっと身近なものになったのだ。
話し相手くらいにはなってやっても罰は当たらんだろう。
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