異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

339話 賭け -3-

公開日時: 2022年3月2日(水) 20:01
更新日時: 2022年12月19日(月) 12:59
文字数:3,328

 大量の汗をかき、椅子の上で脱力するゴッフレード。

 

「ベックマン、テメェ、とんでもねぇヤツに助っ人を頼みやがって」

「むふふん。私の見る目は確かなのであります」

「……褒めてねぇよ、バカが」

 

 ベックマンの発言に、ゴッフレードがため息を漏らす。

 バカとつるむのは気が滅入るもんな。

 

 まじで、ノルベールはなんでこんなバカを右腕にしてるんだか。

 まぁ、裏切ることは100%ないだろうけどな。

 

「ヤシロの危険性を認識しながら、十分な警戒を怠ったのが君の敗因だよ」

 

 顎から汗を滴らせるゴッフレードに、エステラがコップに入った水を差し出してやる。

 それを受け取り、エステラを睨むゴッフレード。

 

「まったくだ。……以前の記憶があるだけに、勝手に手で殴るもんだと思い込んじまった。らしくねぇミスだ。まんまとやられた」

 

 疲れ切った声で反省をしている。

 受け取った水を一気に飲み干し、なおも悔しそうに呟く。

 

「バカみたいでも、『拳で殴るのか』と確認するべきだったな、チキショウ」

 

 普段なら、それくらい慎重に事に当たっているのだろう。

 だが、今回はそれを怠った。

 当然だ。そうなるように、わざわざ過去と同じシチュエーションの賭けを持ち掛けたんだから。

 世の中というものは、得てして『自分だけは大丈夫』と思っているヤツほど罠にかかりやすいものだ。

 

 その証拠に、ゴッフレードは見当違いな後悔をしてやがるしな。

 

「仮にお前が『拳で殴るのか』と聞いていても同じだったよ」

「はぁ?」

 

 ゴッフレードの間違いを正してやろうと俺が話しかければ、邪悪な目が俺を睨む。

 ま~だ分かってないのか、お前は。

 

「お前に『拳で殴るのか』と聞かれれば、俺は迷いなく『そうだ』と答えていただろう」

「それでも俺に賭けで勝つ自信があるってのか? あのへなちょこパンチでよぉ! それとも何か? あのへなちょこパンチは実は演技で、本気のパンチは俺を気絶させられるほどだなんていうのかよ?」

 

 ほら、論点がズレている。

 この賭けにおいて、俺の腕力の強さなんぞ一切関係ない。

 

「『拳で殴る』と宣言しておきつつ、その場合はメドラを代役に立てていただろうな」

「なっ!?」

 

 大怪獣メドラ・ロッセル。

 いや、正確にはフェレット人族の女性ではあるが、まぁ大怪獣みたいなもんだろう。

 

「いくらお前がタフだろうと、狩猟ギルドのメドラギルド長の必殺パンチを喰らえば、気絶くらいするだろ?」

 

 まぁ、死なない程度に手加減はしてくれるだろうよ。

 メドラもプロだからな。

 

「本当だね。ヤシロが掲げた条件は『お前の顔面を一発ぶっ飛ばしてKO出来るかどうか』だから、『誰が』殴るかは明言していない」

「……けっ! どっちにしても結果は一緒だったってわけか!」

 

 エステラの解説に、ゴッフレードが悔しさを隠すことなく吐き捨てる。

 

「テメェは悪魔か……。よくもこんな短時間でそんな何重にも保険を掛けた罠を張れるもんだな」

「お前とは頭の出来が違うんでな」

「ちっ……ん?」

 

 忌々しげに俺から顔を逸らしたゴッフレードが、視線の先に誰かを見つけたようだ。

 

「よぉ、アッスント。噂では、随分と丸くなったようだな」

 

 ゴッフレードに名を呼ばれ、アッスントが肩をすくめて前に出て来る。

 

「そう見えますか? なら、それは幸せ太りかもしれませんねぇ。ありがたいことに、最近はとても楽しく日々を過ごしておりますので」

「テメェも、オオバヤシロに一杯食わされた口なんだろ?」

 

 こいつはどこまで調べているのか。

 見た目に反して、慎重な性格なのかもしれないな。

 

「どうだ? この件が片付いたら、俺と手を組んでこいつをぶちのめさねぇか?」

「おやおや。私が知っているゴッフレードという男は、狡猾で用心深い悪党だったのですが……いつの間にか彼我ひがの力量差を見誤るほど愚鈍に落ちぶれたのでしょうかねぇ」

「なんだと?」

「だってそうでしょう? ……まさか本気で、アリとバッタが協力すればボナコンに敵うとでも?」

 

 そりゃ過大評価過ぎねぇか、アッスント。

 まぁ、お前とゴッフレードがタッグを組んでも負けるつもりはないけどよ。

 

「けっ! どいつもこいつも気に入らねぇ!」

「それは、君自身が他者に気に入られる性質じゃないからさ」

 

 涼しげな顔でエステラが言う。

 

「相手が誰であれ分け隔てなく愛情を注げるジネットちゃんは、誰からも愛されているからね」

「だからこそ、テメェらの弱点になる」

「いいや、そうはならないさ。ね、ヤシロ?」

 

 なぜそこで俺に話を振る。

 ……自分で言い出したことは、自分でケリをつけろよ。ったく。

 

 はぁ……やれやれ。

 

「ゴッフレード。それもお前の勘違いだ」

 

 しょうがないので教えておいてやるか。

 どっちにせよ、ゴッフレードは今回の件が片付くまで俺に逆らえないのだし。

 それに、まだ「ジネットさえなんとかすればオオバヤシロやエステラ・クレアモナを操れる」なんておめでたい発想のバカが潜んでそうだからな。

 

「ジネットを人質にとれば、俺やエステラに言うことを聞かせられる――なんて本気で信じているヤツがいるなら、俺は心底同情しちまうぜ」

 

 全員の視線が、ジネットへ向かう。

 そこには、無防備でお人好しな、なんの力も持たない少女がおろおろとした困り顔で立っている。

 どこからどう見ても非力。

 まさに弱点。

 だが――

 

「少し視線を引いてみろ」

 

 ジネットの周りには、ジネットを大切に思うやつらが大勢いて、ジネットを取り囲むように立っている。

 

「ジネットに危害を加えようとした――その瞬間、そいつは『四十二区の敵』になるんだよ」

 

 俺やエステラ、マグダやロレッタ、それにいつも一緒にいるあの連中たちだけじゃない。

 エステラが言ったように、ジネットは誰彼構わずそのお人好しを発揮し、その結果、誰からも愛されている。

 

「もし俺が、他所の街から四十二区を攻撃しに来た悪党だとすれば、間違ってもジネットには手を出さない。休眠している蜂の巣を踏みつけて殺人バチをわざわざ目覚めさせるような真似、バカじゃなきゃ到底できねぇよ」

 

 俺の言葉を肯定するように、デリアやノーマ、そして四十二区の連中が静かに殺気を放つ。

 威圧的な空気が辺りを包み、あのゴッフレードに生唾を飲み込ませた。

 ゴッフレードの喉がごくりと鳴り、その音で自分がビビらされたことを悟ったようだ。

 

 

「親切心から言っておいてやる――ジネットには手を出すな」

 

 

 ピンと張り詰めた空気の中、俺の言葉はその場にいるすべての人間の耳に届いただろう。

 ここに潜り込んでいる、ウィシャートの子飼いどもにもな。

 

「……と、エステラは言いたいわけだ。な?」

「まったく。君は一言多いよ」

 

 なんでだよ。

 ちゃんと言っておかないと、なんかまるで俺がめっちゃジネットを大切に思ってるみたいじゃねぇかよ。

 厳重な檻で囲って、誰にも触れさせないように必死になって守ってるみたいな。

 そーゆーのは、俺のキャラじゃないんでな。

 

「ヤシロさん。ありがとうございます」

「エステラに言え」

 

 俺はエステラが言わなかった『共通認識』を言わされただけだ。

 

「……ちっ。やりにくい街だ」

 

 当たり前だろうが。

 俺のテリトリーで好き勝手出来ると思うな。

 ここの連中をカモにしていいのは俺だけなんだよ、バーカ。

 

「あ、お兄ちゃんがまた悪人ぶろうとしてる顔してるです」

「……ヤシロがアノ顔をする時、口がむにむに動くが、言葉は出てこない」

「もし発言すれば、この場にいる全員から総ツッコミを喰らいますものね」

 

 うるさいよ、ロレッタ、マグダ、イメルダ。

 ツッコミどころなんかないっつーの。事実だ、これは。

 

 まぁ、だから、ジネットに「どんなことでも手伝います」とか言われたベックマンにも釘を刺しておかないとな。

 言葉を字面通りに受け取って、よからぬことを考えないように……

 

「ジネットさんというそのお嬢さんは、ノルベール様の慈悲深さ、尊さを理解し、ギゾコウのような庶民の身には余りある恩義に対し素直に感謝の意を述べられるとてもいい女性なのであります。攻撃するなどもってのほかであります。そのような輩は私が許さないのであります!」

 

 ……あ、あいつはバカだから大丈夫そうだ。

 自分が好きなヤツを褒められると親近感覚えて仲間認定してくるタイプか。

 ウザいがチョロいので扱いやすい。

 

 ホント、なんであんなのを右腕にしてんだかなぁ、ノルベールは。

 

 

 

 

 

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