異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

185話 駆けつけた、仲間(?) -1-

公開日時: 2021年3月17日(水) 20:01
文字数:2,538

「あの……昨日はわたし、やり過ぎた……の、でしょうか?」

 

 翌朝、教会への寄付を終えて帰る道すがら、ジネットがしゅんとうな垂れてそんなことを聞いてきた。

 

「えっ、自覚なかったのか?」

「はぅ……っ」

 

 何か、思い当たる節でもあるのか、ガックリと肩を落とす。

 

「実は……今朝からマグダさんとロレッタさんが、わたしのそばに寄ってきてくれなくなっていまして……微妙に距離が……」

 

 昨日の、足つぼペナルティにおけるトレーシー&ネネの絶叫を聞き続けていたのだ、それもやむなしだろう。

 なにせ、捕まったら最後――足つぼ地獄からは抜け出せない。

 ジネットは、普段は控えめなのだが、夢中になると「もう一回、もう一回」を繰り返すもう一回お化けに変貌するのだ。

 

 なので、マグダとロレッタは火の粉がかからない程度の距離をずっと保っているというわけだ。

 

 ちなみにロレッタは、「トレーシーさんとネネさんがエステラさんのところに泊まるのなら、あたしは陽だまり亭に泊まるです!」と、謎の理論を展開して泊まり込んでいた。

 あいつは、最近よく泊まりに来る。そのうち住みつきそうだな。一部屋余ってるし。

 まぁ、そこはあくまで「客室」として空けてあるんだけどな。

 

「あの……今日は、自重しますので、その…………暴走しそうだった場合は止めてくださいませんか!?」

「いや、ジネット……自重、しろ? な?」

「気持ちでは、昨日もしていたんですが……」

「……自重して、アレかぁ……」

 

 ジネットって、本当はちょっとSっ気の強い娘なのかもしれないな……自覚がないだけで。

 

 反省と自省を繰り返すジネットは、とぼとぼと一人で歩いていた。

 いつもは誰かしらに抱きつかれたりちょっかいをかけられていることがほとんどなので、余計に寂しそうに見える。

 

 ……まったくもう。

 

「帰ったら、俺も足つぼしてもらおうかな。最近、歩き続けで足がぱんぱんなんだ」

「……え? わ、わたしに、ですか?」

「あぁ。ジネットのは効くからな。俺にはちょうどいい」

 

 足つぼを痛いと感じるのは、不健康さもさることながら体質にも左右されるところが大きい。

 俺は、そこまで健康体というわけではないのだが、さほど足つぼを痛いと感じたことはないのだ。マグダに全力でやられでもすれば骨の二、三本やられて絶叫するだろうが、足つぼの範疇を超えなければ問題はない。

 

 ジネットの足つぼは、むしろ気持ちがいいくらいだ。

 ただ……ジネットは足つぼをやり始めるといつまでもやり続けたがるので、そうそうやらせるわけにはいかないのだ。俺もジネットも仕事があるし、俺がいない時に俺以外のヤツに被害が及ぶことがあるらしく、何度かクレームを受けたことがある。「無責任にジネットちゃんの足つぼ魂に火をつけるな!」ってな。

 

 足つぼを痛いと感じないのは、ここいらじゃ俺とマグダくらいだ。

 ただ、マグダは足の裏がくすぐったいらしく、足つぼを別の意味で嫌っている。……分かるぞ。くすぐったいのって、イライラするもんな。

 特に、嬉しそうな顔でくすぐってくるヤツの顔とか声がな……

 

「ヤ~シロ~!」

 

 陽だまり亭に着いた時、タイミングを見計らったかのように、エステラが現れた。

 大通りの方から、手を振りながら小走りで駆けてくる。満面の「明らかに何かを企んでいるフェイス」で。

 

「お~は~…………よぅっ!」

 

 言いながら、エステラは俺の脇腹に飛びつき、十本の指を器用にうにうにわにょわにょと動かし、俺の脇腹や腹回りをくすぐり回した。

 

「うりゃうりゃ! どうだい、ヤシロ!?」

 

 ほら見ろよ、この嬉しそうな顔……

 

「エステラ」

「降参かい? これまでのボクに対する数々の非礼を詫びる気になったかい!?」

「なぁ、エステラ」

「…………あ、あれ?」

 

 俺が一切笑っていないことにようやく気付いたエステラが間の抜けた顔を上げる。

 俺の腰にしがみつき、腹回りをまさぐりつつ、真下から俺を見上げてくる。

 …………嫁入り前の若い娘がしていい格好じゃねぇぞ、それ。

 

「朝から破廉恥だな、お前は」

「ふなっ!? いや、違っ、こ、これは……っ」

「……エステラは、痴女」

「エステラさん……積極的です」

「にょ!? だ、だからっ、これはそういうんじゃなくてっ!」

 

 俺に続き、マグダとロレッタにまで指摘され、いかに自分が破廉恥な格好で破廉恥な行為をしていたのかを自覚したらしい。

 エステラは俺から飛び退き、先ほどまで調子に乗りまくって動かしていた指を隠すように背中の後ろで手を組んだ。

 

「っていうか、な、なんで!?」

「何が『なんで』だよ? アホなことやってないでさっさと店に入ろうぜ」

「えっ、でも、昨日は!?」

「……エステラは、昨日もヤシロの下腹部をまさぐっていた疑惑が」

「下腹部マニアだったですね、エステラさん」

「そーじゃなぁーいっ!」

 

 騒がしいエステラたちを残して、俺はさっさと一人で陽だまり亭へと入る。

 

 ふっふっふっ……お前の考えることなどまるっとお見通しなのだ。

 お前は、俺が油断した頃合いを見計らって「日頃の怨み」とか言いながら絶対仕掛けてくると予想していた。作戦実行のタイミングは、陽だまり亭の業務に支障が出ない教会の寄付が終わった直後が最有力だったわけだが……読み通りだったな。

 

 お前の襲撃を予想した俺は、くすぐり対策として、服の下に革の腹巻を装着しているのだ!

 薄手のなめし皮を、体にぴったりと巻きつけてあるだけだが、弾力のある革のおかげで、くすぐるような微かな感触は肌まで伝わってこない!

 ならば、くすぐったくなどない!

 

 ……くすぐりが苦手だなどとここの連中に知れれば厄介だからな。

 特に、もう一回お化けのジネットがくすぐりにでもハマってみろ…………考えるだけでも恐ろしい。

 だから、何がなんでもジネットたちの前で不発させて、逆に痴女扱いで辱めてやる必要があったのだ。もう二度と、こんなくだらない企てをしないようにな!

 

「納得できないなぁ、もう!」

「……店長、変質者が入店した」

「本当です。店内に二人もいるです!」

「誰が変質者なのかな、マグダ!?」

「こらロレッタ。お前今、俺も変質者としてカウントしたろ?」

 

 店に入ってきたロレッタのこめかみを絶妙の力加減でぐりぐりしてやる。

「ほぅっ、はへぃっ!」と奇妙な声を漏らすロレッタも、十分変質者っぽいではないか。

 まったく。

 

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