「ヤシぴっぴ! 少し話し合おうではないか!」
「マーゥルのドレス姿を見た感動に共感とか覚えられないから、語りたいなら帰ってフィルマンにでも語ってろ!」
マーゥルを連れて会場入りしたところ、物凄い速度で接近してきたドニスに捕まって、涙目ですり寄られた。
「そんなことをしている暇があったら、マーゥルのそばでそれとなく守ってやれよ。……悪い虫が寄ってきたらどうするんだ?」
「それはそうだな! ……レディに手を出すような不届き者は、区を挙げて潰してくれるぞ」
ぅおおおう!?
ちょっと発破をかける程度の軽い気持ちで言っただけなのに、モノホンの殺気を迸らせやがった。
大丈夫だよ……あのオバサンを狙ってるのはお前だけだろうし。
とはいえ、マーゥルが誰かの手でどうにかされるのは俺にとっても不利益になる可能性が高い。
マーゥルは今のまま、今の権力を維持して、今の立ち位置で、今の関係を継続してくれるのが最も理想的なのだ。
マーゥルを取られることは、『BU』を取られるのと同義だからな。
「ヤシロ~!」
ドニスを見送ると、ちょっと離れた場所から声をかけられた。
そこには、パウラやネフェリー、ミリィにノーマがいた。
みんなキレイに着飾っている。さすがウクリネスの力作だけあって、その他大勢とは明らかに違う華やかさだ。
あそこにも悪い虫が寄ってきそうではあるが、ノーマがいるので安心だろう。
「ジネット。俺はこのままマーシャたちとステージへ上がるから、お前たちはノーマたちのそばにいてくれ」
「はい。では行きましょう、マグダさん、ロレッタさん」
「はいです!」
「……店長たちは、マグダが守る」
「お前も気を付けろよ。さらわれないようにな」
「…………ん。気を付ける」
頼もしい表情から一転、恥じらう少女の顔になる。
可愛いから心配だよ、ウチの看板娘たちは。
ジネットたちがちゃんと合流したのを見届けてから、ステージへと上がる。
「じゃあ、ダーリン。海漁のはアタシが連れて行くよ」
「あぁ、頼むな」
「ダーリンの頼みじゃ、断れないよ」
「じゃ~ねぇ~、ヤシロ君☆」
メドラが水槽を押して、来賓席へと向かう。
ステージの上には結構な数の席が設けられている。
外周区の領主、そして『BU』の領主一同。狩猟、木こり、海漁の各ギルド長がずらっと並んで座る様は圧巻だ。
ステージの真ん前には領主ではない貴族たちのための貴賓席が設けられている。
一般客とは明らかに格が違う造りで、距離もそれなりに離してある。
貴族と一般人が接触すると面倒事しか起こらないからな。ある種の隔離だ。
四十二区にはエステラとイメルダ以外に貴族はいないのだが、四十一区より上の区には領主以外の貴族がいる。
功績や技術によって王族から爵位のようなモノを与えられて貴族になった者たちだ。
それこそ、魔獣除けの石を発明した者とかな。
貴族たちはそれぞれの『格』に合わせて王族から毎年決まった額を受け取っている。
金額はピンキリらしいが。
下っ端のしょうもない貴族は、なんとか上位貴族と縁を結んで分け前をもらおうとそんなことばかりを考えているらしい。
領主一族は王族から配られる金とは別に領地運営で相当な額の金を得る。
他の貴族からすれば羨ましい存在だ。
これまで、最底辺四十二区にはなんの魅力もなかったが、今は違う。
貴賓席に並ぶ見たこともないような貴族の面々がその証拠だ。
ガキからオッサンまで、各種様々な男が出席している。
狙いがエステラなのか、新たな港が生み出す利益になんとかあやかろうと画策しているのかは知らんが……
義理で方々の貴族へ出した招待状の返信を見て、以前の四十二区ならここまで貴族の出席が多くなることはなかったでしょうと、ナタリアが苦々しい顔で言っていた。
俺は舞台をゆっくりと歩き、貴賓席で値踏みするような視線をエステラに向けている男どもと、来賓席ですまし顔をしている見覚えのない領主の顔を一睨みする。
手出しはさせねぇぞ。
テメェらみたいなぽっと出にくれてやれるほど、安物じゃないんでな。
この街も。
この街の領主も。
「ヤシロ様。こちらへ」
少々威嚇が長過ぎたのか、ナタリアが俺を呼びに来た。
エステラを見れば、涼しい顔をして会場全体を眺めている。……風を装って俺を見ているな、あれは。
なになに?
「問題は起こすなよ」とでも言いたげな顔だ。
へいへい。
分かってるよ。
……ったく。
ルシアが俺だけを呼び出して妙な話を吹き込むから、変に意識しちまったじゃねぇかよ。
胸を張って、悠々とした足取りで俺の席へと向かう。
……つか、なんで俺の席がステージの上なんだよ。
せめてもの救いは、工事の責任者であるウーマロや三十五区大工の代表らと席が近いことか。
エステラの隣に座らせられるんじゃなくてよかった。
俺がステージ上を歩いていると、会場の、貴賓席や来賓席からヒソヒソと話す声が聞こえてくる。
なんだ?
俺が貴族然とした格好をしているから「あれはどこの貴族だ?」的な話をされてるのか?
けっ、悩め悩め。
お前らには教えてやらねぇよ。
とか思っていると、不意に俺の服の裾が掴まれた。
遠慮がちに。
ジネットがたまに、俺を呼び止める時にこういう掴み方をするので、ジネットがステージに上がってきたのかと驚いて振り返ると――
「あ、あのさ、ヤシロ……あたい、このままついていっていいのか?」
デリアが顔を真っ赤に染めて弱々しい声で言った。
デリア!?
え、なんでいるの!?
「いや、デリアは一般席の方でいいんだよ」
「そ、そうなのか? ステージの上までマーシャの水槽押してたからさ……」
そうか。
水槽を押して一緒にステージに上がり、その後マーシャは水槽ごとメドラが運んでいったからデリアはそれからどうしていいか分かんなくなっていたんだ。
そこで、ステージを降りて一般席へ行ってよかったのに……こういう場所で『自分で考えて行動しろ』ってのはちょっと難しいか。
今日のデリアはいつもと違う格好をして、儚げお嬢様モードだしな。
「ナタリア。まだ時間はあるよな?」
「はい。ですが急いでください」
「すぐ戻る」
ナタリアに断りを入れ、今歩いてきた道を引き返す。
デリアの手を引いて。
「……ぇっ?」
弱々しい声を漏らして、デリアが俺に付き従う。
突然手を握られて戸惑っているようだが、今の俺は「謎の貴族X」として会場の貴族どもを威嚇中なのだ。
いつものノリでデリアを送るわけにはいかない。
緊張しているのか照れているのか、デリアはらしくもなく顔を赤く染めて俯き、背を丸めて小さくなって静かに俺に付き従いしずしずと歩いている。
そうしていれば、デリアを知らない者には本物のお嬢様に見えていることだろう。
ちょっとうっかりな妹が、兄の晴れ舞台につられて一緒にステージに上がってしまったかのように。
ステージを降りると、そこへミリィとイメルダが迎えに来ていた。
「悪い。頼めるか」
「ぅん。でりあさん、いっしょに行こぅ」
「ぅう……ミリィ……恥ずかしかったぁ……」
「ぅん、ょしょし。もう平気だょ。みりぃ、そばにいてあげるからね」
「うん……ありがと……」
大きなデリアが小さなミリィに縋りついている。
今日のデリアは、本当に女の子だな。
「お二人は、ワタクシが責任を持ってお守りいたしますわ」
「まさか、デリアを守る日が来るとは……てか?」
「ですわね」
イメルダが笑い、でも頼もしい笑みで「任せてくださいまし」と請け負ってくれた。
「というか、イメルダは貴賓席じゃなくていいのか?」
「貴族が多い場所は煩わしいですもの。困窮した求婚者に囲まれるより、気心の知れた友人に囲まれている方が楽しいですわ。たとえ、座面が多少硬くとも」
貴賓席にはいいクッション用意したからな。
一般席には当然そんな物はない。
木の座面だ。
「柔らかいお尻でよかったな」
「触ったこともないのに、知った風な口は慎んでくださいまし」
「俺レベルになると、座る時の音で分かる!」
「店長さんにご報告しておきますわ」
「やめてくれる? 俺、今日結構懺悔案件溜まってんのよ」
「では、是非この機会に『自重』という言葉を学習されるとよろしいですわ」
俺の鼻をぷしっと押して、イメルダがミリィと丸まるデリアを連れて一般席へと向かう。
……だから、鼻はやめろって。
大通りの掲示板に張り出そうか? 『鼻危険、鼻禁止』って。
イメルダたちがジネットたちの輪に合流するのを見届けると、イメルダがジネットに何かを言って、ジネットがこっちを向いて「ぷんぷん」と分かりやすく怒っているというジェスチャーを寄越してきた。
……チクるなって言ったのになぁ。
俺、式典の後どんだけ懺悔させられるんだろう。
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