異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

163話 早朝の出発 -1-

公開日時: 2021年3月14日(日) 20:01
文字数:2,365

「ヤシロさん。これ、馬車で食べてくださいね」

 

 早朝。ジネットが俺に大きなバスケットを渡してきた。

 

「……ビーフカツサンドか?」

「い、いえ! ……あの、昨日は、その……ちょっと、はしゃぎ過ぎてしまって……すみませんでした」

 

 一晩明けて、ジネットはようやく正常な判断が出来る程度に冷静さを取り戻していた。

 大量生産されたビーフカツレツは、ビーフカツサンドとして四十二区の住民の胃袋に流し込まれていった。まさに流れ作業。多少強引に売りつけて捌き切ったのだ。

 

 こういう時にロレッタの宣伝力は役に立つ。

 あいつが大通りで告知をしてくれば、かなりの客が店まで足を運んでくれる。

 これまでに陽だまり亭が獲得してきた信頼と実績、そして、胃袋を直接刺激するロレッタの口上が人々の足を陽だまり亭へと向かせる。

 ロレッタの『飯リポ』は、仕事上がりのすきっ腹にクリティカルヒットするのだ。

 

「パウラさんにまでご迷惑をおかけして……反省しています……」

 

 揚げ物祭りとなってしまったために、パウラに頼んで冷えたビールを提供してもらったのだ。

 大食い大会での大人様ランチやフードコートがきっかけで、四十二区の飲食ギルドは相互扶助を解禁している。

 つまり、他店舗へ出向いて商品の提供を出来る仕組みを作ったのだ。

 これで、食材不足の際のヘルプや、コラボ企画がやりやすくなった。

 他の区ではあまり見られないことらしいが、四十二区だからな。今のところはうまく回っている。

 

 しかし、今回のような『緊急措置』はそうそうあることではない。

 ジネットがしゅんとうな垂れているのも頷ける。パウラにはちょっと無理をさせてしまったかもしれない。今度埋め合わせをしなくてはな。

 

 というわけで、少なからず反省をした様子のジネットは、先ほどからもじもじ照れ照れし続けているわけだ。

 

 時刻は早朝。

 現在、教会への寄付の下ごしらえの真っ最中。

 ただし、俺はこの飯を食えない。今から出なくてはいけないのだ。

 

「二十九区は遠いですので、気を付けてくださいね」

「すぐそこにあるのにな」

 

 意図せず、視線が北側へと向いてしまう。

 

 二十九区は、四十二区のすぐ北側に位置している。

 ニュータウンに隣接し、大声を出せば声が届くかもしれないような距離だ。

 

 ただ、30メートル前後の高い崖に阻まれている。

 

 それ故に、二十九区へ行くには外周区をぐるっと迂回しなければいけない。

 三十八区まで行って、ようやく他の区と同じ高さになるのだ。

 なので、最悪でも三十八区までは北上しなければいけない。実に面倒だ。

 

「精霊神様……どうか、ヤシロさんやみなさんを災いからお守りください」

 

 胸の前で手を組み、精霊神に祈りを捧げるジネット。

 今回は留守番なので不安があるようだ。

 

 そういえば、マグダとロレッタも付いてきたがっていたが、状況を鑑みて聞き分けなく駄々をこねることはなかった。

 

「ヤシロさん」

「ん?」

「……無茶は、しないでくださいね」

 

 優しく、諫められる。

 俺がそんな無茶ばかりしているように見えているとでもいうのか…………まぁ、結構無茶してるか。いや、でもな、そういう時ってだいたい向こうからやって来るんだって。いや、マジで。

 

「……善処する」

「はい。では、安心ですね」

 

 そう言ってにっこりと笑う。

 ……あんまり俺の言うことを信用し過ぎるな。調子が狂う。

 

 もっとも、進んで騒ぎを起こすつもりなんか毛頭ないけどな。

 

「そういえば、結局ルシアさんはどちらに宿泊されたんでしょうか?」

「エステラとギルベルタに言って、領主の館に監禁してもらったよ。全獣人族の安寧のためにな」

「それは……さすがに大袈裟な気がしますけど」

 

 何を言う。

 施錠だけでは不十分ではないかと思うくらいだ。

 首輪と足枷を付けて初めて安心できるレベルだぞ、あいつは。

 

「……ヤシロ」

 

 そろそろ出かけようという頃合いになって、マグダが起き出してきた。 

 普段はもう少し眠っているはずだが、お見送りのつもりだろうか。

 

「……今日の夕飯は、マグダ特製のデラックスお好み焼きの予定」

「デラックスってなんだよ?」

「先日、マーシャと勝負をして大きなエビを勝ち取った」

「そんなことしてたのか……何で勝負したんだ?」

 

 マグダが勝ったってことは、腕相撲とかか?

 マーシャもかなりパワーがあるらしいが、マグダには敵わないだろうしな。

 

「……セクシーポーズ対決」

「勝ったの、それで!?」

「……圧勝」

「マジでか!?」

 

 審査員がウーマロだったとしか思えないような審査結果だな。

 

「……ちなみに、審査員はマーシャ」

「面白がってただけじゃねぇか、それ」

 

 単純に、マーシャはマグダと遊びたかっただけだろう。

 大エビはそのお礼か。

 

「……なので、期待しておくといい」

 

 ジッと俺の目を見つめて、マグダが言う。

 要するに、「美味しいご飯を作って待っているから、早く帰ってこい」ということらしい。

 

「分かったよ。それじゃあ、急いで帰ってこなきゃな」

 

 頭を撫でてやると「……むふー」と鼻を鳴らす。

 マグダもマグダなりに俺を心配してくれているようだ。

 

「……『BU』には、巨乳が多いと聞く。寄り道せずに帰ってくるように」

「マジでか!? どこ情報、それ!?」

「もう、ヤシロさん。ダメですよ、初めて行く区でそんなこと言っちゃ」

 

 なんとも耳寄りな情報を手に入れたというのに、詳細を聞くことが出来なかった。

 くそ、早く帰ると言ってしまった以上、現地での調査に時間を割くことが出来ない…………マグダめ、策士だな。

 

「それじゃ、行ってくる」

「はい。お気を付けて」

「……武運を祈る」

 

 デカいバスケットをぶら下げて店を出る。

 ドアの前まで来てずっと俺を見送ってくれるジネットとマグダ。

 なんだか俺も、随分と所帯じみたもんだ。ここらでピリッと気合いを入れないと。

 これから、敵の本陣へ踏み込んでいくわけだからな。

 

 短く息を吐き、俺は集合場所である領主の館を目指した。

 

 

 

 

 

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