傷を負った幼い獣人族が群れをなして襲いかかってくる。
遠慮のない、全力の襲撃だ。
「いい加減にしろよ、クソガキどもぉー!」
「「「「「ぅははーい!」」」」」
引き剥がしても引き剥がしても、次から次へと別のガキが抱きついてくる。
中には、鼻に指を突っ込んでくるガキや、カンチョーをしてくるガキ、とってもデリケートな部分を鷲づかみにするガキまでいやがった。
そういう躾のなっていないガキには、遠慮のないお仕置きが必要不可欠であり、刑の執行に一切の躊躇いなど持つ必要がないのだ。
「うがーっ!」
「やちろがおこったー!」
「やちろー! ふりまわしてー!」
「ほうりなげてー!」
「もうめちゃくちゃにしてー!」
……どっちが刑を執行されてんだよ…………タフ過ぎるぞ、ガキども!
くっそ……四十二区教会のガキども以上のスタミナだ……全員獣人族だからか。向こうは、何人か人間だったもんなぁ。
ガキ×獣人族=無尽蔵のスタミナ&パワー。
人間の太刀打ちできる相手じゃない。
それが、十六人もいやがるとは……
「すごいです……あの子たちがあんなに懐くなんて。それも、こんな短時間で」
「ヤシロは、どこに行っても子供に大人気なんですよ」
庭に出されたテーブルで、優雅に紅茶なんぞをすすりながらソフィーとエステラが話をしている。……手伝えや、エステラ。そしてここのシスター。お前、こいつらのお守り役だろうが。
「やちろー!」
「やちろー!」
「やーちろー!」
「やちーろ!」
「やしろさん」
「やししー!」
「ぬぁぁああっ! 群がるな! あと、中に一人、物凄く落ち着いた子がいるな。どいつだ? 随分礼儀正しいな」
群がってくるガキどもは、どいつもこいつも満点の笑顔を浮かべて、遊びに飢えた獣と化している。
腕のないヤツ、義足のヤツ、片目が真っ白に濁っているヤツ……
どいつもこいつも、痛々しい傷を負っている。顔に大きなやけどの痕が残る女の子もいる。
けれど、どいつもこいつも楽しそうに笑っている。
きっと、この教会の中は、こいつらにとって平和な空間なのだろう。
「ここの子たちは、各区からここへ集められた子たちなのです」
ガキどもの襲撃をいなしながら、ソフィーの話に耳を傾ける。
「深い傷を負った子供たちは、各区の教会へ預けられます。お金を稼ぐ術を失った子を、生涯面倒見きれる親は、そう多くありませんので」
「両親を責めることは出来ないけれど……あの子たちは寂しいでしょうね」
「えぇ……みんな、毎日寂しそうな顔をしています……」
いやいや、ソフィー。こいつら見て。
ものすっごい笑顔だから。つか、元気過ぎて困り果ててるんだけど?
全然説得力ないぞ。
「五十年前、ここのシスターをしていたのが、亜人――あなたたちの言葉では獣人族でしたね――の、女性だったのです。よその区で行き場を失った傷付いた獣人族を彼女が引き取ったことが始まりで、それから、どの区でもそのような獣人族の子が預けられたらここへ引き渡しに来るようになったのです」
「そういう役割を持った教会だから、ここの敷地はこんなに広いんですね」
「はい。各区の教会から幾ばくかの寄付が集まり、三十年前に敷地が拡大されたのだと聞いています」
厄介者を押しつける代わりに金を出した……いや、逆だな。
金を払ったんだから、厄介者を引き取れよ――って、ところだろう。
この街では、獣人族が重要な役職に就いていることが多い。
その多くが、獣人族特有の優れた技能を武器に頭角を現した者たちだ。
だが、深い傷を負った獣人族は、そのような力を発揮できない。
そうなった時に、やはりまた顔を覗かせてしまうのだろう。古びた『亜人蔑視』なる忌まわしい風習が。
「あの子たちは、この先どうなるのですか?」
「ここでは、教育の他に職業訓練なども行っておりますので、適正のある職業への斡旋も可能なんです」
「それは素晴らしいですね」
計算が出来れば、片腕がなくとも仕事はあるだろう。
手先が器用なら、義足でも仕事にありつけるはずだ。
料理の腕があれば、片目が見えなくとも、顔にやけどの痕があろうとも、立派に独り立ちできるだろう。
受け入れる先さえあれば、な。
「それでも、ここに残る人も多くて……やはり、外の世界は怖いという思いがあるのでしょうね」
一度自分を拒絶した世界。
そこへの復帰は、少々ハードルが高いかもしれない。
「この教会の敷地内には、畑と果樹園があるんです。そこで働く道を選んだ者たちもいるんです。そして、私のようにシスターを目指す子たちも」
リベカが言っていたな。ここの野菜は美味いと。
そして、あわよくば会うことは出来ないかと、理由をつけてはここに来ていると。
だが、リベカはその思い人に会えないでいる。
これだけ厳重に外の世界と隔絶された教会だから、それも仕方のないことなのかもしれないが。
「ソフィー」
この教会の意義は分かった。
だから、今度は俺たちの目的を果たさせてもらう。
「ここの畑で……っ!」
「やちろー! 待て待てー!」
「おはなしより、あそぼー!」
「もうしわけございませんが、おあいてねがいます」
「あそべー!」
ソフィーに話しかける前に、ガキどもに押し潰された。
……だから、飛びかかってくんなってのに!
そして、礼儀正しいなぁ、この中の一人だけ!
「よぉし! 分かった! じゃあ、これから『かくれないんぼ』を行う!」
「「「「それなーにー!?」」」」
「俺が十数えるから、その間にお前たちはそこら辺に散って、隠れるな」
「「「「かくれないのー?」」」」
「あぁ、俺がいいと言うまで、隠れずにぼへーっとしている遊びだ! やるか!?」
「「「「やるー!」」」」
「よぉ~し、じゃあ数えるぞー! いーち、にーぃ……」
「「「「わぁー!」」」」
そうして、俺が十まで数え終わると、ガキどもはぽかぽかと日の当たる庭に寝転んだり座ったりしてぼへーっとし始めた。
よし、そのまま待機。
「ヤシロ。あれは単純に『ひなたぼっこ』と言わないかい?」
「いいんだよ、なんだって」
実際、ガキどもは楽しんでんだから。
「それよりソフィー。頼みがある」
「はい、なんでしょうか?」
「ここの畑で働いているヤツに会わせてくれないか?」
「畑で、ですか?」
「あぁ。ダメか?」
「構いませんが……」
と、言い切る前にソフィーの耳がぴくっと動く。
「あ、ちょうど来ましたね。彼が、畑で働く者の一人です」
ソフィーが指さす先には、ちょうど畑から帰ってきたばかりとおぼしき青年がいた。
こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
「彼は、重い病を患って、スタミナが他の人の三分の一程度しかないのです」
「三分の一? そんな体で、畑仕事を?」
「えぇ。自分の出来るペースで。でも、決して怠けず、甘えず、弱音を吐かず。故郷に残してきた妹さんに仕送りをしたいからと、毎日毎日、限界がくるまで働いて……尊敬できる方です」
エステラの視線がそっとこちらを向く。
おそらく俺と同じことを思っているのだろう。
もしかしたら、あの男がリベカの思い人なのではないか……と。
「ミケルさ~ん! 少しお時間よろしいですか~?」
ソフィーが手を振ると、ミケルと呼ばれた男が手を振り返してくる。
スタミナが限界なのか、腕が全然上がっていなかった。
「……それで、ヤシロ。彼は、何人族だと思う? ボク、ちょっとピンとこないんだけど」
「まぁ、虫……なんだろうけどな」
こちらに近付いてくるミケルの顔は昆虫のソレだった。
触覚があり、大きな目と、つるっとした頭。
ただ、昆虫は顔だけで見分けるのは難しい。
一体何人族なのか……
「おぅ、シスター。オレに何か用なんだぜ? ちょっと疲れちまってるけど、話くらいなら聞いてやるだぜ!」
ん?
この口調……どこかで…………
「ご紹介しますね。彼は、アブラムシ人族のミケルさんです」
「おぅ、客人か! よろしくだぜ!」
……あっ!?
「お前、モコカの兄貴か!?」
「な、なんで知ってるんだぜ!?」
二十九区のソラマメ畑で出会った、少々ワイルドな敬語を使うアブラムシ駆除係のアブラムシ人族、モコカ。
その兄と、まさかこんな場所で出会うとは…………世の中って、狭いなぁ。
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