「さっ! というわけで、午前中は普通に仕事をすることが決まったさね」
パンッと手を叩き、妙に嬉しそうな声でノーマが言う。
そして、きらきらした瞳で俺に顔をずいっと寄せてくる。
「だからヤシロ、ピザトーストを作っておくれな!」
「いや、無理だから」
「鉄板は今熱してるさよ! 間もなく使えるようになるさね!」
「食パンがねぇんだっつの」
「買ってくればいいさね」
「昨日食い尽くしたろう、領民総出で」
「アレは『BU』と四十一区のパンなんじゃないんかぃね?」
「エステラが他区の領主だけに負担させるわけないだろう? 四十二区のも入ってたんだよ」
「なにやってんさね、エステラー!」
理不尽な怒りが、窓の外へと向かって叫ばれた。
よかったな、エステラ。今日は昨日の残務処理が残ってるとかで朝飯の後すぐ帰ってて。残ってたらノーマに八つ当たりされてたところだぞ。
「あっ! そうさよ」
ぽんっと手を打って、ノーマが口角を持ち上げる。
「……パン工房はヤシロに恩があるじゃないかさ……作らせればいいんさよ……」
ノーマが、悪どい顔をしている。
「パン職人は、俺が新しいパンのレシピを教えたこと知らないからな?」
「知らなくても、薄々は勘付いているさね。四十二区の領民ならね」
……なんか、それはそれで嫌な状況なんだけど。
何か新しいことがあるとみんな俺のせいにされるのか? トラブルを持ち込まれそうだからその思い込みを一掃してほしいもんだ。
「それに、教会の許可なく勝手にパンは作れないだろう」
「むぅ…………」
ノーマが膨れる。
駄々っ子のようにほっぺたをぱんぱんに膨らませて。
「そうさね! だったらヤシロが作っておくれな!」
「俺、犯罪者になっちゃう!」
もうそれで一回仰々しい聖法衣着せられてんだわ!
二度と御免だよ、あんな重苦しい空気!
「せっかく作ったのに、試作が出来ないなんて、つまーんないさねー!」
顔をくしゃくしゃにして体をぶるんぶるん震わせるノーマ。
完全に駄々っ子の癇癪だ。
「もう、いい加減にするッスよ! 大人げないッス」
「いや、待てウーマロ! もう少し様子を見よう!」
ぶるんぶるん、ぶるんぶるん!
いぃぃいいやっふぉぉおおおい!
「ガン見されてるッスよ」
「やめるさね」
「ぬゎぁああああ、止まったぁ!?」
荒れ狂っていた二つの『たわわ』がぴたりと静止してしまった。
神の慈悲はないのか、この世界に!?
「…………じゃあいいさね。あんドーナツにチーズ載っけて焼くさね……」
「やめろ。絶対合わないから」
「………………むぅぅ~~っ!」
ノーマが幼女化している。
「ノーマさん、可愛い……」
モリーはまだ比較的ノーマとの距離があるからそう思えるんだろうな。
俺も、顔見知り程度の関係なら拗ねるノーマを可愛いと手放しでデレデレ出来ただろうが……その『拗ね』がこっちに牙を剥くことを学習した今となっては、楽観的ではいられないんだよ。
こいつがこうなると、後の仕事に影響するからなぁ……
あと、あんまりメンドクサイ女になると婚期が…………いや、なんでもない。
「しょうがない。うまくいくかは分からんが……」
「何か作ってくれるのかい!?」
ノーマの顔、シャイニ~ング☆
……ホント、単純というか、極端というか。
「ジネット~」
「は~い」
ぱたぱたと厨房から駆けてくるジネット。
ロレッタが起こした油の一大事とやらは収拾したようだ。
「ドーナツの生地、まだあるよな?」
「はい。今日はたくさん用意しましたから」
「じゃあ、それを少し分けてもらえるか?」
「ヤシロさんもドーナツを作るんですか?」
「いや、ノーマの持ってきたオーブンでピザを焼いてみようと思う」
「それは素晴らしいことだと思います!」
にょきんっ! ――と、俺とジネットの間にベルティーナが生えてくる。
……ワープ?
「そろそろ、私の……いえ、子供たちのあんドーナツが出来上がる頃合いかと思いまして味見……もとい、様子見に」
「本音と建前講習も必要かもしれないな、この街には」
隠しきれてねぇよ、本音が。
「それで、ピザが作れるのですか? 罪にならずに?」
「いや、うまくいく保証はないんだが……」
「六割の成功率でも、ピザはきっと美味しいです!」
もう食べられないと思っていただけに、ベルティーナのピザ熱が凄まじい。
ちょっと作ってみて、失敗したらやめようと思っていたのだが……成功させなきゃいけなくなったな、これは。
「ピザを焼くんッスか!? オイラも楽しみッス!」
ウーマロも諸手を挙げて喜んでいる。
目の前に並んだマグダのあんドーナツをそのままに。
「……ウーマロ。残っている」
「え? あぁ、でも教会の子供たちの分も必要ッスよね?」
「……これはウーマロのために作ったもの」
「そうだったんッスか!? 感激ッス! じゃあ、持って帰らせてもらうッス!」
「……出来たてこそが美味しい」
「え……いや、でも、あと十個もあるッスよ?」
「…………いらない?」
「いるッス! 全部残らず平らげるッス!」
「……でも、ピザは?」
「そ、それも食べるッス!」
「ウーマロ、無理すんな。ジネット、包んでやれ」
「はい」
どうせ仕事を始めりゃ動き回って腹も減るだろう。
十個くらいなら今日中になくなるさ。
ジネットが厨房に向かった後、マグダのそばまで行って髪を撫でてやる。
もふもふ。
「マグダ。別にウーマロはお前のあんドーナツを蔑ろにしたわけじゃないだろ?」
「……別に。マグダは拗ねてなんかいない」
「えっ!? マグダたん、オイラに拗ねてくれたッスか!?」
「……拗ねてない」
「はぁあああん! 感激ッス! オイラ、いつでもマグダたんが最優先ッスよ!」
「………………ピザ、嬉しそうだった」
「ピザは嬉しいッスけど、ヤシロさんとマグダたんを比べたら、マグダたんが圧勝ッスよ!」
「よしウーマロ、今すぐ帰れ」
「おぉうっと!? 今度はヤシロさんがご立腹ッス!?」
「貴様にくれてやるピザなどない!」
「水洗トイレの水くみの滑車! アレをもっと軽い物に改良するッス!」
あぁ、水汲み上げの滑車かぁ……
「しょうがない。食わせてやるか」
「やったッスー!」
「……今の滑車で十分軽いけれど?」
「マグダにはな。俺にはつらいんだよ」
ジネットが持ってきた小さな弁当箱にあんドーナツを十個詰めて、マグダもなんとなく機嫌を直し、中庭改良計画が順調に進んだので、しょうがなくピザを焼く準備を始める。
……なんか俺、いいように使われてないか?
大丈夫かな?
利用されるのはウーマロや領主の役目だと思うんだけど。
「ヤシロさん。この生地で大丈夫ですか?」
「まぁ、多少違うが……なんとかなるだろう」
卵や牛乳が入っていたり、砂糖が多かったりと、若干甘めの生地になるだろうが……ベルティーナは六割の成功率でいいって言ってたし、ノーマは『焼く』さえすりゃ納得するだろうし、ウーマロの好みなんぞ知ったこっちゃないし、うん、大丈夫だろう。
「甘いデザートピザでも作るか?」
「いえ! 普通のピザで!」
ベルティーナが新しい物を拒否した!?
「でも、生地が若干甘めなんだが……」
「トマトソースに合えば、おそらく大丈夫です」
ベルティーナ、どんだけ食いたかったんだよ、ピザ。
じゃ、作るか。と厨房に入ったら、全員がついてきた。
厨房に残ってたロレッタが「ふへ!? 何事です!?」と目を剥いていたが、さもありなん。
狭いっつの。
生地の甘さを誤魔化したいのと、オーブンの温度がイマイチ信用できないことから、生地はなるべく薄くしてクリスピーな感じでサクッと仕上げることにする。
……バターが入ってるからサクッとしてくれるだろう。
「ドーナツ生地でピザを作るのは、さすがに初めてだな」
「手探りな感じで、楽しいです」
ジネットはポジティブに受け止めているようだが、俺は失敗するんじゃないかって不安の方がデカイよ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!