異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

121話 三者会談 -2-

公開日時: 2021年1月27日(水) 20:01
文字数:2,110

「一度各区の要望をまとめてみないか? 小出しにしても時間の無駄にしかならないだろう?」

 

 俺が動くと、全員の視線が集まってきた。

 あ、言い忘れていたが、現在俺たちはリカルドの館の応接室に通されている。

 広い部屋に机が『口』の字に並べられ、と言っても、机をくっつけているわけではないので四角というよりひし形の頂点みたいだとも言えるが……とにかく、各々が中心を向くように座っている。

部屋最奥にリカルド。入り口から見て左手にデミリー。右がエステラだ。付き添いはそれぞれ各領主の斜め後ろに椅子を置いて座っている。

 そして、入り口の前に三つの机が並べられ、そこに見届け人が三人並んで座っている。

 

 で、俺は、シェイクスピアの戯曲よろしく、悠々とした足取りでエステラの隣にまで歩み出て行った。

 三方向から視線が集まる。そうだ。よく聞いておけ。これから俺が重大な話をしてやるからな。

 

 その前に、まずは準備運動だ。

 

「四十二区としては、街門を設置しそこを木こりギルド、狩猟ギルド、及び冒険者らに開放し、区の新しい収入源としたいと思っている。当然、四十一区の通行税はやめてもらいたい」

「……ふん」

 

 リカルドが鼻を鳴らし、不愉快そうな表情を浮かべる。

 今度はそのリカルドを見ながら、確認するように俺は話す。

 

「四十一区は、四十二区の街門設置計画を白紙撤回させ、出来るならば通行税を導入、区の税収をアップさせたい。で、いいか?」

「……まぁ、そんなとこだ。もっとも、街門を諦めるってんなら、通行税は考えてやってもいいがな」

「う~ん……それだと話し合いは平行線になりそうだね……」

 

 リカルドの意見を聞き、エステラが腕を組む。

 四十二区と四十一区の望みは、見事にぶつかるのだ。妥協点は見つけられそうにない。

 

 最後に俺は、向かいに座るデミリーに視線を向け、確認を取る。

 

「四十区の望みは、育毛でいいんだよな?」

「そんな話、どこで出たかなぁ!? いや、それが望みなのは確かだけどね!」

「アンブローズ落ち着け。あまり興奮するとハゲるぞ」

「興奮してきたなぁ!? 仲間に背後からザックザク攻撃されちゃってるからねぇ!」

 

 まぁ、四十区の望みは、四十一区と四十二区の諍いがなくなり、この近辺が平穏になることだと言えるだろう。

 戦争なんか始められたら流れ弾を喰らう可能性が高いからな。それに、交易も止まる。

 

 まぁ、本当のところは、四十二区の街門を使えるようにしてほしいんだろうが……それをここで言うと、四十区が四十二区に肩入れしているような印象を与えてしまうので口外はしない。

 あくまで、四十区は中立の立場にいてもらった方がいいのだ。

 

 リカルドを釣り上げるためにはな。

 

「私の望みをあえて言うのであれば、この話し合いが、双方……いや、我々も含めた三区すべてにとって平和的に、且つ友好的に終結することを望む。多少の不満は残るかもしれんが……どうにか、妥協点を模索してほしい」

 

 デミリーが人のよさそうな顔で模範的な意見を述べる。

 

 だが、それじゃあダメだ。

 今はよくても、妥協した分だけ不満が残り、経済格差の分だけその不満は肥大化していき……十年と経たないうちに再燃する。五年持てばいい方か。

 なにせ、妥協案ってのは「何も解決してないけどお互い我慢しようね」ってことだからな。

 

 今回の妥協案ってのはなんだ?

 門じゃなくて扉にでもすればいいってのか? ふざけているだろう、そんなもん。

 

「あの、じゃあさ。『門』じゃなくて、『大きめの扉』ってことにしたらどうかな?」

「ふざけてんのか、テメェは!?」

「妥協案だよ!」

「んじゃあ、こっちは『通行税』をやめて『入場税』にしてやるよ!」

 

 ……な? こうなるだろう。

 つか、俺があり得ないよなって思ったものを真面目な顔で提案するなよ。

 

「このように。この問題は簡単には解決しない。なぜなら、双方引くに引けないわけがある。……そうだろ?」

 

 リカルドに視線を向ける。

 分かっているぜ。お前の街の台所事情はな……というニュアンスを込めて。

 

「……ふん」

 

 機嫌が悪そうに、リカルドは背もたれに身を預ける。

 あ~、リカルド。それはダメだ。相手から距離を取りたがるのは図星を突かれた人間の特徴なんだよ。そして、胸の前で腕を組むのは、精神的に追い詰められた者がこれ以上攻め込まれないように身を守る仕草だ。

 お前は今、俺に言われたことが図星で反論の余地がないと、体で語ったことになる。

 俺がお前を詐欺にかけようとしていたならば、この瞬間に勝負がついていたところだぜ。

 

 まぁ、今回は甘々の判定を下してやるけどな。

 

「つまるところ、お互いにもう譲れないところまで来ちまってるんだ」

 

 リカルドはそっぽを向いたまま何も言わず、エステラも不安な目つきで俺を見上げてくるのみだ。

 デミリーは難しそうな顔をしてハゲ上がった頭を撫でていた。

 

「……ここまで来たら、やることは一つしかないだろう」

 

 机についていた手を離し、前傾姿勢だった体を起こす。

 背筋を伸ばし、流れるように大きく一歩後退する。

 全員の視線が俺を追い、エステラも含めた全員が、俺に相対する格好になる。

 

 視界に全員の顔を収め、俺は唯一の解決方法を口にする。

 両腕を広げ、堂々と、自信たっぷりに。

 

 

「戦争をしようぜ」

 

 

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