「ありがとうございましたー!」
「ございましたー!」
元気いっぱいの声が、四十二区の大通りにこだまする。
妹たちが、去っていく客の背中に深々と頭を下げる。
そうこうしている間にも、次の客が注文を寄越してくる。
「おい、次は二人前、スーベニアカップ付きでご購入だ!」
「あ、はい! すみません。ただいまっ!」
本当は見守るだけに留めておこうと思ったのだが……俺の予想を上回る大盛況なのだ。
接客業に慣れていない妹たちだけでは到底捌ける数ではない。
今も、屋台の前には長蛇の列が出来ている。
この様子じゃ、弟たちの方はてんてこ舞いになっていそうだ。
明日はそちらについて、今日の分のフォローをする必要があるだろうな。
今日不快な思いをした客がいたとしたら、明日その分も取り返す。とりあえずはそう割り切って、今日はこちらに専念する。どちらも中途半端にするよりかはいいだろう。
「ポップコーンが残りわずかだよ、お兄ちゃんっ!」
「陽だまり亭に走って追加をもらってこい!」
「うんっ!」
妹が一人、全速力で駆けてい…………速ぇなっ!? チョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコって、さながら小動物のような足さばきで驚くようなスピードで走り去っていく。
また意外な一面を見つけてしまった。
「ふぃ~、暑い~……お兄ちゃん、コレ取ってい~い?」
「ダメだ。髪の毛が入ると不衛生だろ。我慢しろ」
「むぅ~……」
ポップコーンを販売する際、売り子には三角巾の着用を義務づけている。衛生管理は飲食店の基本だ。食い物の中に髪の毛が入っていることほど気持ちの悪いものもないからな。
それに、三角巾を頭に巻いたこいつらは意外に可愛い。チラホラと、妹たちに見惚れて頬を染めている男がいる。そういう効果もあるわけだ。
「お兄ちゃん、スーベニアカップがなくなりそう」
「なくなったらスーベニアカップの販売は終了だ。なくなり次第お客さんに説明してくれ」
「は~い!」
スーベニアカップというのは、こちらで用意したオリジナルグッズだ。
木製のカップで、大きさは映画館のドリンクのLサイズくらいだ。
これは俺が木をくり抜いて根気よく作った物で、はっきり言って自信作だ。『陽だまり亭』の焼印入りで、完成品を見たジネットが感涙しながら店内を駆け回ったほどの良品だ。
紙が無駄に使えないこの世界において、日本のように紙パックに入れて販売という手法は取れなかった。
なので、客に入れ物を持参してもらってそこにポップコーンを入れるという販売形態を採用している。昔の豆腐屋みたいなもんだな。
しかし、入れ物を持っていない、取りに帰るのが面倒くさいという客もいる。
そんな客に向けて作ったのがこのスーベニアカップだ。少々割高にはなるが、カップまでもらえるお得なセットだ。
ちなみに、『スーベニア』とは、フランス語で『記念品』や『みやげもの』というような意味合いである。それに英語の『カップ』をつけた和製外来語だ。が、まぁ、きっと『強制翻訳魔法』がうまいこと翻訳してくれていることだろう。
名前の由来は…………まぁ、聞くな。
とある夢と魔法の王国で使用されていた名称にヒントをもらったのだ。この街の人にも、夢と魔法を見せてあげたくてな。ははっ!
「すご~い! 目が回りそ~!」
くるくると、屋台の周りを動き回る妹たち。
その働きっぷりと、動きの可愛さがいいギャップを生み出して、列をなす客たちには好評を博している。
これなら、ハムスター人族が街に溶け込むのに、そう時間はかからないだろう。
「がんばってー」
「慌てなくていいからねー」
「はぁ~い! ありがとうございます~!」
順番待ちをしているどこぞの奥様たちから声援を送られ、妹たちは満面の笑みを漏らす。
こういう触れ合いが楽しくて仕方ないのだろう。
客の反応もいい、売り上げも上々。
移動販売はやはり正解だったようだ。
ただ一つ、問題が発覚してしまったのだが……妹たちは計算が遅い。
お釣りの勘定にやたらと時間がかかるのだ。
そういえば、ジネットも計算は苦手だったよな。
学校なんてものがないから、商人の家にでも生まれない限り計算なんて習わないのだろう。
今度教えてやるか……いや、それよりも一目で分かるお釣り計算機でも作った方が早いか。
「何人前の注文で、銀貨が来たらお釣りはいくら~」みたいな表でもいい。
実際やってみないと分からないことは多いな。
けど、ハムっ子たちは物覚えが凄まじくいい。すぐに計算にも慣れるだろう。
「おいしかったー!」
「また食べたーい!」
「はいはい。また今度ね」
そんな親子の会話が耳に飛び込んできた。
幼い兄弟が大切そうにスーベニアカップを抱きしめて持ち帰る。
それを見た別の子供が「私も欲しい」とおねだりをし、「しょうがないわねぇ」と親が折れて購入していく。
行列がさらに行列を呼び、子供たちの笑顔がさらに子供たちを引き寄せる。
いい流れに乗った。
これは、ハニーポップコーンが四十二区に定着するのも時間の問題だろう。
それからも、ポップコーンは売れ続け、陽が沈む頃になってようやく列が途絶えた。
マグダもフル回転でポップコーンを作っていたらしい。
「す……………………っごぉぉぉぉいっ! みんな売れた!」
「売り切れたー!」
「疲れたー!」
用意していたスーベニアカップは完売。
ポップコーンも、マグダが「……もう、打ち止め」と言って渡してきた分を売り切った。
正真正銘の完売だ。
ヤップロックに言って、トウモロコシとハチミツを大量に追加してもらわなければいけないだろう。
「よし、じゃあ帰るか!」
「「「うんっ!」」」
出発前は不安に押し潰されそうだった妹たちの顔には、輝くような笑顔が浮かんでいた。
自信と充実感、そして、すごいことをやり遂げたという高揚感。そんなものが表情から溢れ出している。
これなら、明日は任せても大丈夫だろう。
帰ってからお釣り早見表を作ってやらなけりゃな。
「今日の飯は、きっと美味いだろうな」
「ほんとー?」
「あぁ。食ってみりゃ分かる」
「たのしみー!」
完売したおかげで屋台も軽くなり、俺たちの足取りも軽くなっていた。
この調子じゃ、弟たちがより一層調子に乗っちまうだろうな。多少もたついたとしても、かなり売れたはずだ。
やれやれ。騒がしい夕飯になりそうだ。
なんて、そんなことを思って帰路についた。
しかし、俺の予想は大きく外れる。
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