異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

285話 四十二区の過去 -1-

公開日時: 2021年7月28日(水) 20:01
更新日時: 2021年7月31日(土) 22:06
文字数:3,672

 エステラに呼び出されたのは、翌日の午後だった。

 ランチの時間が終わり、ティータイムまでのぽっかりと暇になる時間。

 俺は工事の様子を覗きに行くと言って陽だまり亭を出た。

 

 綺麗に整備された広い街道には、筋肉むきむきの厳つい男が大勢行き来している。

 木こりと狩人。

 四十二区を警備する両ギルドから派遣された連中だ。

 

「おっ、四十二区の軍師!」

 

 街門の方から、白髪のひょろりとした男が歩いてくる。

 ぷらぷら歩いているように見えるのに隙がなく、ひょろっとしているように見える体は筋肉が極限まで引き締まっているからだと分かる。

 屈託のない笑顔でこちらに手を振っているあの少年は狩猟ギルドの若手ホープ。アルヴァロだ。

 

「誰が軍師だ」

「あんたの作戦にはまんまとやられっ放しなんだゼ」

「お前と敵対したことなんか、大食い大会以降ないだろうが……」

「いやいや。実はオレ、結構個人的にあんたに挑んでんだゼ」

 

 なに勝手なことしてんの?

 で、俺いつの間に連勝してたの? ……分からん。

 

「区民運動会ではまんまとひっくり返されたからなぁ。ママのいる黄組に一ヶ月分の小遣い全部かけたのに、あんたのせいですっからかんになっただゼ」

「それは俺のせいじゃないだろう……」

 

 賭けるのは勝手だが、負けたのを俺のせいにされたのでは堪ったもんじゃない。

 俺は自軍の勝利に貢献したまでだ。


「そんなもんで勝手に怨むなよ?」

「あははっ、ないない、それはないだゼ。あんたの発想はオモロイから、オレ結構好きなんだゼ」

 

 馴れ馴れしく肩を組んでくるアルヴァロ。

 ガキっぽさが残る顔をして、なかなか図々しいヤツだ。

 人懐っこいと感じるか、ふてぶてしいと思うかは人によるだろうが。

 

「軍師はこれから門へ行くんだゼ?」

「そうだが、軍師はやめてくれ」

「んじゃあ、ママのダーリンがいいんだゼ?」

「やめてくださいお願いします」

「ぅぉおお!? 軍師が深々と頭を下げただゼ!?」

 

 もう、これ以上妙なフラグを立てないでください。

 夢の中でメドラの足音が聞こえてくるんだよ……怖ぇ~ぞぉ~?

 

「そういや、マグダは軍師のことなんて呼んでるだゼ?」

「ん? 普通に『ヤシロ』だが」

「そっかぁ。んじゃあ、オレもマネすっかなぁ」

 

 ……ん?

 なんだ、この感じ。

 若干、気に入らないような……?

 

「え、なに? お前、マグダのこと気に入ってんの?」

「もちろんだゼ! オレより若いのにあの度胸! あの根性! そしてこのオレを倒して見せたその実力! どれをとっても最高の逸材だゼ! オレ、マグダならママだって超えられるって思ってるだゼ! ……まぁ、それを言うとみんな笑うんだけどさぁ。みんな分かってないんだゼ」

 

 なんだか、随分とマグダを買っているようだ。

 

「あいつ、本部に来た時、オレを見つけて『やぁ、負け犬』とか言ってくるんだゼ。ぶっ殺してやろうかと思っただゼ」

 

 と、屈託なく爆笑するアルヴァロ。

 え、好きなの? キライなの?

 っていうか、マグダ……なにやってんの、お前?

 

「今休憩時間だから、これからマグダに挑戦してくるだゼ!」

 

 交代制なのか、実に遅い昼休みだ。

 マグダも、この時間なら相手出来るだろうが……

 

「大食いでもする気か?」

「オレ、そこまで金持ってねぇだゼ。だから、早食いで勝負だゼ!」

 

 小学生男子か、お前は。

 きらきらした眼ぇしちゃってまぁ。

 

 だが、マグダはそんなに早食いじゃないんだよなぁ。

 早食いって体にもあまりよくなさそうだし……

 

「お前、甘い物は好きか?」

「甘いのはあんまりだゼ」

「そうか。陽だまり亭のケーキなら早食いにちょうどいいかと思ったんだが、甘いのが苦手ならハンデになっちまうな……おぉ、そうだ。マグダはケーキでアルヴァロはゆで卵にしよう」

「ゆで卵、だゼ?」

「あぁ。これくらいの大きさで、表面はツルツルしている。でもまぁ、一個じゃ張り合いがないから、マグダはケーキ三個で、お前はゆで卵六個でどうだ? たぶん大きさも同じくらいになるだろう」

「異種格闘技みたいでオモシロそうだゼ! その勝負、乗った!」

 

 ぐっと拳を握ってアルヴァロが笑顔を見せる。

 

「じゃ、負けた方が代金を払うってことで、マグダによろしくな」

「おう! 勝負の結果はまたあとで教えに行くだゼ!」

「いや、いいよ。あとでマグダに聞くから」

「よぉ~し、打倒マグダだゼ!」

 

 拳を振り上げて陽だまり亭へ向かうアルヴァロ。

 だが、お前が打倒マグダを掲げた時点でもう勝負は決まったも同然だ。

 お前の敵は、勝負の内容を決めたこの俺なのだから。

 

 精々ゆで卵をノドに詰めて「早食いなんか無理だゼ!」って吠えているといい。

 けっけっけっ……こういうことしてるから軍師とか呼ばれちゃうんだろうなぁ。

 

 アルヴァロの背中を見送って、俺は街門前広場へと向かった。

 

 

 

 

「――ということがあったので、ケーキ三つ分儲けが出た」

「君というヤツは……」

 

 事のあらましを説明してやると、エステラは額を押さえて嘆息した。

 

「今日、デリアは陽だまり亭だっけ?」

「あぁ。まだ水温が上がってないから、漁は控えめなんだと」

「じゃあ、デリアも参戦してるかもね」

「おぉっ、ケーキ六個分の儲けか。よしよし」

 

 デリアとマグダが負けるわけがない。

 まぁ、仮にそのどちらかが負けても、ジネットが陽だまり亭の経費で済ませちまうだろう。

 いや、負けないだろうけどな。

 ゆで卵ほど早食いに向いていない食べ物はない。

 ゆで卵二個と炭酸飲料500mlなら、俺は炭酸飲料を選ぶ。

 

「じゃ、場所を変えようか」

「アルヴァロがクレームを言いに来る前に、かい?」

 

 うん、そう。

 絶対モンク言いに来るもん、あいつ。

 

「君の人気は留まるところを知らないね。羨ましいよ、まったく」

「うるせぇ」

 

 まったく羨ましがっていないニヤケ顔をこっちに向けるな。

 どうにかしてそのニヤケ顔をやめさせられないか――そう考えた時、そいつは突然やって来た。

 

「あっ! 微笑みの領主様!」

「……ぅぐっ」

 

 嬉しそうな声でエステラを呼び、三十五区大工のオマールが駆け寄ってくる。

 

「視察ですか? お疲れ様です!」

「あぁ、うん。工事は順調なようだね」

「だって、四十二区ですから! 微笑みの領主様がお暮らしになっている街の空気に包まれていると思うと……夜もおちおち眠れません!」

「寝て! 事故が怖いから!」

「……優しい、微笑みの領主様」

「あと、微笑みの領主やめて!」

 

 すっかりと懐かれたな、エステラ。

 おかげで、港の工事が捗ってるようで何よりじゃないか。

 

「それじゃあ、休憩が終わりますので失礼します! 港、絶対いいものにしてみせますから、期待していてください!」

「あぁ、うん。お願いね」

「うひゃぁああ! 微笑みの領主様の微笑み来たぁあああ!」

 

 ガッツポーズで上半身を反らせ、天高く吠える。

 ここに、一人の変態が誕生したのであった。

 

「よぉーし! 午後も頑張るぞー!」

 

 雄叫びを上げて門の外へと出て行くオマール。

 

「お前の人気は留まるところを知らないな。ちょ~羨ましい~」

「うるさいよ……」

 

 俺に投げたブーメランが自分に突き刺さる。

 エステラはそろそろ自分の立ち位置というものを正確に理解した方がいい。

 

 お前は、イロモノに好かれるイロモノマスターなんだからな。

 

「まぁ、確かに場所は移した方がいいだろうね」

 

 大工や狩人をはじめ、昼休憩に工事の進捗を覗きに来た領民たちも含め、広場には結構な人数がいる。

 そいつらを見渡して、エステラが言う。

 ここは内緒話をするには向いていない場所だろう。

 

 まぁ、陽だまり亭を出る時の理由には持ってこいだったけどな、『街門を見てくる』ってのは。

 

「どこか、二人きりになれる場所にしよう」

「なら、この近くに大衆浴場が――」

「刺すよ?」

 

 とはいえ、これだけ人通りがあるなかでNTA(何かあった時にとりあえず集まる場所)にエステラと二人で入っていくってのは……他区の領主が注目している今は控えた方がいい。

 そこに付け込んでこないとも限らないし。

 

「だったら、私が同行してあげよう」

 

 密談する俺たちの背後から、聞き覚えのある声がかけられる。

 

「デミリーオジ様!?」

「こんな場所じゃ、内緒話も出来ないだろう?」

 

 確かに、こっそりと背後に忍び寄られれば盗み聞きされ放題だ。

 

「給仕長では反論には弱いけれど、他区の領主である私ならあらぬ噂は立たないさ」

 

 そう言って、NTAのある方向を指差す。

 イメルダに頼まれて行った木こりギルド完成パーティーの時に、サプライズゲストのデミリーはNTAで待機していた。

 あの部屋の機密性をよく知っているのだ。

 

 その密室へ男女二人で――しかも領主という立場の者が迂闊に入れないこともな。

 ナタリアが一緒でも、エステラが指示すれば別室へ待機させられる。

 逢瀬の否定には弱い。

 

「じゃあ、一緒に来てもらうか」

「そうだね。オジ様、お手数ですが……」

「なぁに。自分で言い出したことだ。それにね――」

 

 デミリーが俺の肩に腕を回し、顔を近付けてきて耳元で低く喉を鳴らす。

 

「最近、ちょ~っと噂が広がり過ぎているからね? 気を付けようね、オオバ君?」

「……俺だけのせいじゃないだろう」                                            

 

 エステラの迂闊な行動も責めろよ。

 ……ったく。

 

 心配性なオジ様を引き連れ、俺たちはNTAへ移動した。

 

 

 

 

 

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