異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

【π限定SS】マグダのおねだり

公開日時: 2020年12月14日(月) 20:01
文字数:3,819

 子供はいつもお留守番。足手まといになるから。

 大切な用事がある時は、いつもお留守番。

 

 だから、少しだけわがままを言った。

 

 四十区に行くなら、マグダを連れ行ってほしい。

 けど、そのまま伝えるのは、ちょっと怖かったから――

 

 

「……マグダ、早起きは得意」

 

 

 そんな風に言葉を濁した。

 ヤシロはそれをちゃんと理解してくれて、店長も後押ししてくれて、マグダは今日、ヤシロと一緒に四十区に来ている。

 

 マグダは、ヤシロのお役に立ちたいと思っている。

 いつも。今日だって。明日も明後日も。

 

 だから、ヤシロの表情をよく観察して、ヤシロが何を考えているのかを考える。

 何をしてほしいのかを素早く察知して、それに応えられるように神経を集中させる。

 

 

「……おうおう、ヤシロさんが話しかけてんだろうが。なんとか言えや、ぼけぇ」

「あ、マグダ……そういうの、いいや」

「……そう」

 

 

 まぁ、たまには失敗もする。

 マグダはまだ成長期。失敗は成長の糧となる。ドンマイドンマイ。

 

 マグダは失敗をしてもいい。

 本当にダメな時は、ヤシロがちゃんと叱ってくれる。

 そうでない時は、失敗してもいい時。それはいい失敗。その分マグダは学び、大きく成長できる。

 そういう場所を、ヤシロは作ってくれている。

 

 マグダは、ヤシロを信じていれば、どんな大人にだってなれる。

 

 

 それが、マグダが陽だまり亭で暮らすようになって学んだこと。

 

 

 いつまでも甘えているばかりではいけない。そんなつもりもない。

 マグダは早く大人になって、ヤシロや店長を助けてあげられるようになりたい。

 でも、大人になると甘えられなくなるので、今のうちに存分に甘えておきたいという気持ちもある。

 

 どちらも、マグダの正直な気持ち。

 

 出来ることなら、マグダは子供のまま大人になりたい――

 

 そんなわがままも、きっと許してくれる。

 ヤシロと店長なら。

 それが分かるから、マグダはこの二人が大好き。

 

 知らない世界をいくつも見せてくれるヤシロ。

 包み込んでくれるような温かい幸せを当たり前のことにしてくれる店長。

 

 ヤシロと店長はマグダの特別。

 

 マグダを守ってくれるヤシロを、マグダは守れるくらい強くなりたい。

 店長はマグダの目標。特別なことを当たり前のようにしてあげられる大人の女性に、マグダはなりたい。

 

 だから、大急ぎで成長したい。

 

 

 そう、例えばこんな時に、的確な言葉をかけてあげられるように。

 

 

「頼む! このことは誰にも言わないでくれねぇか!? 砂糖が作れなきゃ、オレは妹が守れねぇんだ! あいつに貧しい暮らしはさせたくない! もう、惨めな思いはさせたくねぇんだよ! この通りだ! 頼む!」

 

 パーシーが畑に両手をついて頭を下げる。

 手や髪が泥に汚れることなど気にしないで。

 必死の形相で。

 

 頭を下げている相手はヤシロで……そのヤシロは今、とても冷たい表情でパーシーを見下ろしている。

 ……マグダには向けたことがないような、怖い顔。

 

 

 ヤシロは、パーシーに怒っている……の?

 

 

 ヤシロの話では、パーシーは悪いことをしていた。

 そのせいで、ネックとチックは大変な暮らしを強いられていた。

 

 ……だから?

 ネックとチックを騙していたから?

 それでヤシロは怒っているの?

 

 マグダのために、ウッセ・ダマレに怒ったように?

 

 けれど、ヤシロはどんな相手であっても、最後にはその行いを許してきた。

 きちんと反省させ、改心させて、それを確認したらまるで何もなかったかのように許してきた。

 

 ウッセ・ダマレにしても、街をメチャクチャにしようとしていたアッスントにしても。

 

 店長を甘いと言うくせに、誰よりも罪に寛容なヤシロのことを、マグダは割と好き。

 寛大を通り越して甘過ぎると思うこともあるけれど、それでも、そんなヤシロだから多くの人がヤシロを慕っている。

 多くの人に慕われているヤシロが、少しだけ自慢だったりもする。

 

 だから。

 だから……こんな顔のヤシロは、少し……怖い。

 

 もしかしたら、マグダが気付いていないところでパーシーはとても酷いことをしているのかもしれない。

 だから、ヤシロはすごく怒っているのかもしれない。

 

 けれど、それでもマグダは……

 

「……ヤシロ」

 

 甘過ぎるくらいのヤシロが好きだから、そんな顔をされると不安になって……

 

「……どうする?」

 

 そう尋ねた。

 パーシーをどうするつもりなのか、知りたかった。

 分からないのは、不安だから。

 

 こちらを見たヤシロは、少し驚いたような顔をして、そして、微かに笑った。

 目元だけの、本当に微かな変化だったけれど、その一瞬現れたのは、いつもマグダに向けられている優しい目。

 

 それで、すごく安心した。

 

 よかった。

 ヤシロは、パーシーに酷いことをするつもりはない。

 そう思えた。

 

 ヤシロの表情を読むのは難しい。

 店長は、ヤシロの顔をよく見ていて、言われる前に行動を起こす時がある。

 ヤシロがつらそうな時はそっとそばに寄り添い、必要な時には手を貸し、ヤシロが寂しそうな時には声をかけている。

 マグダなら見落としてしまうような小さな変化を感じ取って、迷いなく行動している。

 その行動が正しかったことは、その後でヤシロが見せる穏やかな表情からも分かる。

 

 今さっき感じた、あの一瞬の変化が、店長がいつも感じ取っているヤシロの感情の動きなのだろうか。

 

 そういえば、大雨の被害に遭い、大量の野菜がダメになった時、モーマットが売り物にならない野菜を押しつけようとしたことがあった。

 結果的にあの野菜は有効活用されてとても重宝した。

 けれど、あの時、大量に積み上げられた傷んだ野菜を目にしてヤシロは困っているように見えた。

 マグダの目にはとても迷惑しているように見えたし、少し怒っているようにも見えた。

 けど、店長が「ヤシロさんは最初からモーマットさんを助けるつもりでいたのだと思いますよ」と言っていた。

 ヤシロが困ったり怒ったような顔を見せるのは「照れ隠し」なのだと。

 

 だから、マグダはヤシロの顔をじっと観察した。

 さっき見た、微かな表情の変化を見逃さないように。

 その表情の変化を見極められれば、マグダは店長のようになれる気がして。

 

「帰りにアッスントにアポを取って、仕事が終わる夜に陽だまり亭で話をするとしよう。庭が明るくなったからな、外で美味い物でも食いながら話せば、あいつも快く承諾するだろう。そうだな、前祝いも兼ねて、パーッと酒盛りしながら話をするか」

「…………」

 

 それからヤシロは一人でたくさんしゃべって、パーシーを追い詰める。

 ネックとチックを食い物にして利益を奪う悪人だと糾弾する。

 

 最初こそ懸命に反論していたパーシーも、次第に口数が減り、最終的には何も言えなくなってうな垂れていた。

 妹を守るために必死だったと言うパーシー。

 その気持ちは、分からなくは、……ない。

 

 でも、だからといってネックとチックから搾取していい理由にはならない。

 そう思えば、パーシーはやはり悪者?

 

 でも、妹を守るためにはそれしか方法がなくて……

 でも、そうするとネックとチックが……

 でも……

 でも、でも、でも……

 

 

 どうするのが正解なのか、分からなくなった。

 

 ヤシロはどうしたいのか、それも分からない。

 

 こんな時、店長ならどうするだろうか……

 ヤシロの考えていることをその表情から読み取って、ヤシロのやりたいことをそっとサポートするだろうか。

 それとも、ヤシロが無理していると判断してヤシロを諫めるだろうか。

 はたまた、何も言わずに静観しているだろうか。そして、どんな結果になろうともすべてが終わった後で、いつもと変わらない笑顔で迎え入れるのだろうか。

 

 ヤシロの顔を見つめても、ヤシロが何を思い、何をしようとしているのか分からない。

 

 ただ少し……

 相手を威嚇したり嘲笑したりする合間に、ほんの一瞬、寂しそうな目をしているように見えた。

 

 ヤシロはパーシーを救いたいの?

 それとも、パーシーを懲らしめてネックとチックを救いたいの?

 

 マグダには分からない……

 

 マグダは……

 

 マグダは…………

 

 

 マグダは、出来ることなら、パーシーもその妹も、ネックとチックも、みんなが救われるような結末になればいいなと、思う。

 

 ううん。そうじゃない。

 もっと正確に言うなら――

 

 

 関わったすべての人を笑顔にして、その結末を見て満足そうに笑うヤシロが見たい。

 ヤシロには、そんな風に行動してほしい。

 ヤシロが望む未来になるように。

 

 

「アリクイ兄弟も、これで暮らしが楽になるだろう。俺がアッスントに情報を提供すれば、この砂糖大根はかなりの高値で売れるようになる。これまで散々貧乏暮らしを強いられていたんだ。報われたっていい頃合いだろう」

 

 だから、無理をしてあくどく笑ってるように見えたヤシロの袖を、マグダは掴んだ。

 

「……ヤシロ」

 

 

 どうか、みんなを助けてあげて。

 

 

 店長のようになりたいと思っても、やっぱりいきなりは無理なので、マグダはおねだりをした。

 店長のようにスマートには出来ないけれど、マグダも店長と同じ結末を望んでいるから。

 

 すべてが終わった後、笑ってるみんなの顔を見て「あぁ、よかったなぁ」って安堵の息を漏らす、すごく優しい笑顔を見せてほしい。

 あの時の顔が、一番ヤシロらしい表情だと、マグダは思うから。

 

 そんな思いが伝わったのかは定かではないけれど、ヤシロがマグダの手をぎゅっと、ちょっと強めに握ってくれた。

 それだけで、なんだか安心してしまえるあたり、マグダはまだまだ甘えん坊なのだと自覚する。

 

 今日は一日、ヤシロの顔ばかりを見ていたというのに。

 店長への道のりは、まだまだ遠そうだなと、帰りの馬車の中でマグダはそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

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