「結婚について、真剣に考えてほしいんです」
陽だまり亭の一番奥の席。
俺のお気に入りの席であるこのテーブルで、そんな言葉をかけられた。
俺の向かいに座るそいつの瞳は紛れもなく真剣そのもので、その言葉には冗談や嘘偽り紛らわしい要素など一切含まれていないことは明白で……
俺は…………
堪らずそいつの顔面にパンチをお見舞いした。
「痛っ!? い、痛いですよ、英雄様っ!?」
涙目になりながら、殴られた鼻っ柱をさする銀髪のイケメン。その名はセロン。
「……なんで俺が、お前にプロポーズされなきゃならんのだ?」
鳥肌が収まらない。
何考えてやがんだ、このクソイケメン野郎は……
ウェンディはどうした?
つか、なんで俺なんだ!?
「ち、違いますよ! 僕とウェンディの結婚についてです!」
大慌てで否定するセロン。
あ、お前とウェンディの結婚について、俺に真剣に考えてほしいってことか。
…………は? なんで?
「まさか、ウェンディにフラれたのか?」
「いいえ。とても順調で、僕は毎日幸せを噛みしめております」
「冷やかしなら帰っておくれっ!」
「英雄様、口調がおかしなことになっていますよっ!?」
なんなんだ!?
自慢か!?
リア充がリアルが充実してるぜ自慢でもしに来たのか!?
「ジネット! 塩を撒いてやれ!」
「ふぇえ!? 何があったんですか!?」
俺の剣幕に、ジネットが慌てて駆け寄ってくる。両手で水差しを持って。
ちょうどいい、そこの惚気イケメンの頭から冷水をぶっかけてやれ。
「あの……何か問題でもあったんですか?」
「そこの万年お惚気人間にでも聞いてくれ」
「万年お惚気?」
ジネットがセロンへと視線を向ける。と、セロンは困ったように眉を曲げて「……あはは」と苦笑いを浮かべた。
……くっ! なんてこった。
イケメンは困ってもイケメンなのか!?
二十四時間、年中無休でイケメンなのか!?
もし、恋愛に無垢な乙女が直視でもしようものなら「はふぅ……」と恋しちゃったため息を漏らしてしまいそうな破壊力を持った爽やかスマイルだ…………まぁ、ジネットには、そんなイケメンスマイルは効かないとは思うが…………なんて危険なヤツなんだ。もはや歩く凶器じゃねぇか。
俺だってなぁ、すごく体調がいい時に鏡を見ればたま~にそれくらいイケメンな時があるんだぞ。角度とかバッチリ決めればな!
そう……例えば、こんな角度だ。
「セロン」
「はい。なんでしょうか?」
苦笑を浮かべていたセロンに声をかけ、俺は『斜め四十五度』プラス『前髪で片目隠し』という最強コンボでセロンを見つめる。
「この角度、どうだ?」
「へ? ……あ、素敵です、英雄様」
「ふふん……そうか」
な?
俺も、そこそこイケてんだよ。まぁ、勝ってるとは、さすがに言わないけどな。俺って謙虚なところあるしな。でもまぁ~……五分……ってところかな?
「ジネットよ……」
「え……あ、はい」
「折角だ、汲んでやるといい……そう、水をな」
「へ? …………あ、そ、そうですね!」
ジネットが、俺の最強コンボを前に少し動揺している。
ふふふ……なんだよなんだよ。結構使えるんじゃねぇか、これ。
まぁ、俺が本気を出せば、このくらいは、な。
「あの、セロンさん。お水のおかわりをどうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「いえ」
セロンの爽やかな笑顔に、ジネットはにこりと笑みを返す。
……ふん。それくらい、俺だって。
「ジネットよ……」
「は、はい」
「俺にも……頼むよ………………そう、水を、な」
「えっと…………」
右手で顔を隠すように覆い、指の間から鋭い視線を向ける。
そんなカッコいい仕草に、ジネットは言葉を失っている。
分かる。分かるぞ、ジネット。あまりのカッコよさに見惚れてしまっているんだよな?
ふふふ……乙女心が爆発寸前、ってとこか?
「あの、ヤシロさん」
「……ふっ、なんだ?」
「頭が、痛いんですか?」
「…………いや?」
「では、どうして頭を押さえるような格好を?」
「………………うん。なんでもない」
「どうして、そんなおかしな言葉遣いなんですか? いつもの口調の方がヤシロさんらしくて素敵ですよ?」
「…………うん。ホント、なんでもないから」
「あ、前髪、伸びましたね。切りましょうか?」
「……ごめん。マジで、一回この話終わらせてもいいかな?」
どうやら、俺の意図は伝わっていなかったようだ。
ことごとくあさっての感想を持たれてしまったようで……なんというか、心が寒い。
…………ま、まぁ、ジネットにはちょっと難しかったかなぁ。なんっつうの? こう、『影のある男』的なカッコよさっての? そういうのはさ。
「それで、何かあったんですか?」
俺のカッコいいポーズを、何かのおふざけだとでも思ったのか、ジネットがそんなことを言う。
……誰がおふざけなんぞしとるか。失敬な。
「いえ……あの…………」
セロンが言い淀む。が、ジネットの顔を見た後で、腹を決めたような表情を見せて、口を開く。
「結婚についてのご相談をしていたんです」
「ふぇっ!?」
『結婚』という単語に驚いたのか、ジネットが両目と口を大きく開き、両手で口元を覆い隠した。
そして……その時手に持っていた俺のコップと水がなみなみと入った水差しは俺の上へと放り出されていた。
「冷たっ!?」
「にゃあっ!? す、すすす、すみませんすみませんっ! す、すす、すぐに拭くものを!」
水差しとコップをテーブルに置き、慌てて厨房へと引き返していくジネット。
……あ~ぁ。腹から下半身にかけてがビッチャビチャだ。
俺じゃなくて、目の前のイケメンにかけてほしかったのに…………いや、待てよ……もしかしたらこれは『ヤシロさんの方がイケメンですよ』という、ジネットからの隠れたメッセージなんじゃ………………うん、ないな。
「あ、あの、大丈夫ですか、英雄様!?」
「あぁ……熱湯じゃなくてよかったよ」
火傷をしたら一大事な部分だからな。水なら冷たいだけだ。
「申し訳ありません。僕が急な話をしてしまったばっかりに」
「気にすんなって。なんでもかんでも自分が悪いって考える癖直した方がいいぞ」
「……はい。気を付けます」
分かってんのかねぇ、こいつは。
「ヤシロさんっ、これを!」
バタバタと駆け戻ってきたジネットは、手に持ったタオルを1つ俺に手渡すと、もう1つのタオルで濡れた服を拭き始めた。
……で、お前がそこを拭くと、俺が拭く場所ないんだけど? しょうがないからテーブルとか拭いてみる。
「冷たくないですか? 風邪とか、引かないでくださいね」
おろおろと、俺の下腹部を懸命に拭くジネット…………あの、この位置関係ちょっと恥ずかしいからどいてくれないかな?
「もう大丈夫だ。あとは自分でやるから」
「でも……」
「いや、あの…………そこら辺拭かれるの……恥ずかしいし」
「へ? ………………にゃっ!?」
そうして、タオル越しとはいえ、今自分が手を置いている部分がどこかを認識して、ジネットは顔を真っ赤に染める。
まぁ、へその下あたりだな。……うん、嫁入り前の娘が気安く触ってはいけない部分だ。
「す、すすす、すすす、すいすいすい……」
「いいから。落ち着け。な?」
「すいますっ!」
「『すいません』だな!? そこは否定文にしといてくれるかな!?」
何を吸うつもりなんだよ!?
ちょっと落ち着こうな!
照れ隠しからか、俺に背を向けるジネット。
そのせいで、セロンと向かい合う格好になる。
空気を変えようとしてか、ジネットはそのままセロンに言葉を向けた。
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