異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加28話 運動会はじまる -1-

公開日時: 2021年3月30日(火) 20:01
文字数:3,119

「「「宣誓!」」」

「……宣誓」

 

 マグダ、揃えてっ!

 

 ナタリアの天気予報がズバリ的中の抜けるような青空の下、各チームリーダーが選手一同の前に立ち、腕を高く伸ばして選手宣誓を行う。

 

「我々選手一同は」

「スポーツマンシップに則り」

「正々堂々戦うことを」

「……誓います………………ヤシロ以外は」

「ヤシロも誓うんだよ!」

 

 マグダのお茶目に、エステラが目くじらを立てて俺を睨む。

 まるで俺が言わせたみたいに…………まぁ、言わせたんだけど。

 

「へいへい。誓う誓う」

 

 いいからさっさと進めろと手を振って示す。

 

 

 いよいよ、区民運動会が始まった。

 現在はプログラム三番目の選手宣誓だ。

 一番目が選手入場で、二番目が開会宣言。開会宣言はエステラが行ったわけだが、そっちは当たり障りないものだった。

 どうにも、エステラは大会委員長よりも、青組のチームリーダーとしての意気込みの方が強いらしい。

 始まる直前も、「ヤバい……公平な大会委員長であるべきなのに、青組に贔屓してしまいそうだ」とか言ってたし。兼任とか出来ないタイプなんだろうな。良くも悪くもまっすぐで。そういえば胸元もまっすぐだもんな、ぷぷぷー!

 

「ヤシロ、刺すよ?」

 

 壇上から降り、選手のもとへ帰る道すがら、俺の前を通りつつ不吉な言葉を残していくエステラ。

 正々堂々戦うんじゃなかったのかよ。暗殺は『卑怯』の最高峰だろうが。

 

 開会宣言と選手宣誓が終わると、選手は退場して応援席へと戻ることになっている。

 サッカーコートが作れそうなほどデカい広場だが、運動会はそこそここぢんまりしている方が賑やかさが出ていい感じだ。

 なので、800メートルトラックのみのシンプルな造りにしてある。

 最初は400メートルくらいのコンパクトさでもいいかと思ったのだが、獣人族のパワーを考えるとそれでは少々狭過ぎるのではないかと思え、かといって1200メートルトラックにすると、今度はジネットみたいな運動に不向きな選手が気後れしてしまう。

 で、間を取って800メートルとなったわけだ。

 小中学校の運動会よりかは少し広くて豪華な雰囲気だ。

 

「……ここが、今日一日我々白組の陣地となる場所。敵チームには一歩の侵入も許してはならない不可侵領域」

 

 言いながら、隣チームとの境界線につま先で線をがりがり引くマグダ。反対隣はロレッタが同じように線を引いている。……子供か。

 

「しかしながら、空中はセーフです!」

 

 と、隣の赤組の陣地に腕を「しゅばばばっ」と何度も突き入れるロレッタ。

 ……子供だな、うん。

 

 メインとなる800メートルトラックの周りには、各チームの応援席が設けられている。

 800メートルトラックの直線部分の外側が選手の応援席だ。トラックに向かって、右手より青組、黄組、白組、赤組の陣地となっている。

 応援席の向かい、直線コースの向こう側には委員会席と貴賓席、救護テントが並んでいる。

 トラック競技の場合、貴賓席の前がゴールとなる。まさに特等席なわけだ、貴賓席は。我が物顔でそこに座るデミリーやリカルドにはもったいないくらいの。

 

「お~い、リカルド! そこ、貴賓席だから」

「俺は貴賓だ! 来賓だよ! 手をちょこちょこ横に動かして『どけ』ってしてんじゃねぇよ!」

 

 俺は呼んでないのに、偉そうな顔で見学にやって来たリカルド。

 あいつ、本当は参加したかったんだろうな。自分の区でやれ。区民運動会なんだから。メドラとオシナを今すぐ引き取って、連れて帰ってくれると俺は助かるんだがな。

 

 トラックのカーブの部分は選手の転倒が多く、危険な場所と言える。

 まぁ、そんな事故は起こらないと思いたいが。

 なので、カーブの外側に席は設けていない。

 

 が、少し離れた位置に食い物の店が置かれている。

 そこで飯を買って立ち見するには、カーブの部分はいいポジションだ。

 

 年齢や怪我などを理由に、選手として参加しない領民はたくさんいる。

 そもそも参加するより応援する方が好き、という人間も多い。

 仕事を休めないヤツもいるし、空いた時間だけ見に来るヤツもいる。

 そんな連中のために、一般席も設けてある。

 

 ぱっと見はちょっとしたイベント会場だ。

 

 美味そうな匂いがあちらこちらから漂ってくる。

 今ベルティーナがニコニコとお好み焼きを食べているのは陽だまり亭の出店で、その隣にはカンタルチカの魔獣フランクフルトが売られている。お~お~、ベルティーナが特大フランクフルトにかぶりついている。

 で、アルコールを売る店があり、その先には檸檬の出店がある。ちょうど今ベルティーナが頬張っているのが、立ち食い用に改良されたレモンパイだ。

 

 ……おかしい。屋台をぐるっと見渡しているはずなのに、ずっと視界の端にベルティーナがついてくる。

 疲れた時に目の前に現れる半透明のアメーバーみたいなヤツ、あんな感じで。

 

「もう、シスターは……こんな朝のうちからいっぱい食べて」

「アルコールの屋台はきっちり飛ばしてるけどな」

 

 屋台完全制覇でも目指しているのか、ベルティーナは朝から飛ばしまくっている。

 ……競技が始まる前に達成しそうだな、全店制覇(アルコールを除く)……

 

「うぅ……この匂いは堪んないです。お腹空いてきたです……魔獣のフランク、ちょっと食べたいです!」

「……だから太る」

「ほにょ!? ここ最近、誰もが気を遣って避けてくれていたワードを!? 太ってないですよ!? あれ以来デリアさんの体操毎日してるですから! 魔獣のフランクくらい食べたって平気なんです!」

「……という甘い考えと油断した一口がすべて腹の肉に……」

「のぉぉおお! やめてです、マグダっちょ!?」

「…………そして、マグダとご飯食べたくないとか言い出す」

「まだ怒ってるです!? 実はずっと怒ってたです!? 何度でも謝るですから許してです!」

 

 根深い怒りがいまだくすぶっているらしいマグダに、弄り倒されるロレッタ。

 うんうん。もうネタに出来るくらいに昇華されたんだな、あいつらの中で。

 

「けどまぁ、走る前に食うのはやめとけ。コースの真ん中で『うぅ……お腹痛いですぅ』って蹲るお前の姿が目に浮かぶ」

「はぅ!? 勝手な想像して半笑いになるのやめてです、お兄ちゃん! しないですよ、そんなアホの子みたいなミス!」

「……ロレッタ。マグダがご馳走してあげる」

「期待膨らまさないでです、そんな面白シーンに! やらないですから!」

「おい、お前ら!」

 

 面白おかしく騒ぐマグダとロレッタの前に、バルバラが怖い顔でやって来る。

 

「他のチームは作戦会議とかしてんだぞ! アーシらも真面目にやらなきゃ負けちゃうだろう!? 作戦寄越せよ!」

 

 自分で考える気はないらしいバルバラ。

 まぁ、こいつが考えた作戦なんか作戦としての体裁すら保てていないんだろうが。

「ガッと行って、バッと勝つ!」くらいのことすら言いかねない。

 

「ちなみに、バルバラさんはどんな作戦がいいと思うです?」

「アーシか? そうだな……『ガッと行って、バッと勝つ!』!」

「具体性ゼロです!? 聞いたあたしがバカだったです!」

 

 そうだぞロレッタ。

 そんなもんは聞かなくても察するくらいにならないと、俺やマグダに追いつくなんて夢のまた夢だぞ。

 時間の浪費は避けるべきなのだ。

 

「……アホのバルバラに代わり、マグダが白組必勝の作戦を授ける」

「誰がアホだ、チームリーダー!?」

「バルバラさん、無自覚なんですか!?」

 

 ロレッタがさりげに酷い猛毒を吐き出す。

 つか、バルバラは意外と素直なんだな。怒っても「チームリーダー」って呼ぶんだ。言われたことは実直に守るんだな……マグダがみんなに「……今日はマグダをチームリーダーと呼ぶように」って言ってたし。

 ま、ほとんどの連中が普段通り「マグダ」って呼んでるけどな。

 

 そんなチームリーダーから、ありがたい作戦がもたらされる。

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート