異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

264話 労いのお味 -1-

公開日時: 2021年5月18日(火) 20:01
文字数:3,579

 雪だるまかまくらの後ろには、白鳥かまくらにキャッスルかまくらが聳えている。

 

 どれもチームイメルダの力作だ。

 へとへとになっていたのはウーマロとベッコだけれど。

 

 雪だるまくんの大冒険では、白鳥の背に乗って大空を飛んだり、王様の住むお城に招待されたりといったシーンがある。

 それをモチーフにしたかまくらだ。

 ……というか、イメルダがデザインしたかまくらを、強引に物語にねじ込んだって方が正確だけどな。

 

「店長さ~ん! お汁粉とぜんざい、二個ずつで~す!」

「……塩昆布の追加、お待ち」

「は~い、私も手伝いました~☆」

 

 遊ぶだけ遊んだら、仕事もちゃんとこなす。

 陽だまり亭のウェイトレスたちは元気だ。

 

 エステラとナタリア、そしてデリアとノーマは雪のプレイランドで監視員的な役割を担っている。

 ガキが群がって危ないからな。

『怪我人ゼロ、トラブルゼロ』が領主の掲げたスローガンだそうだ。

 

「お兄ちゃん、食べ比べセット大反響です」

 

 ロレッタが「お汁粉とぜんざいって何が違うです?」と言っていたので、冗談で「食べ比べてみろよ」と言ってみたところ、それが当たってしまった。

 違いはあるが、わざわざ食べ比べるようなものでもないと思うんだがなぁ。

 

 陽だまり亭の定義では、汁気の少ないどろっとした小豆の中に焼いた餅が入れてあるのをぜんざい、さらさらで汁気の多いものをお汁粉と呼んでいる。

 お汁粉は飲む、ぜんざいは食べるといった感じかな。

 

「昆布ふぃ~ば~☆」

 

 付け合わせの塩昆布は、最初マグダやデリアから「いる?」的な反応をされたのだが、やはりというか、好評を博している。

 ありがたいんだよなぁ、甘くなり過ぎた口には、あの塩っ気が。

 

「ジネット、注文が落ち着いたら、ちょっと休憩しとけよ」

「はい。では、これが終わったら」

 

 雪のプレイランドで散々遊び、疲れた親子が休憩しに来る。

 混雑するのは昼と夕方。それ以外はまばらに暖を取りに来る者がいるくらいで、普段の営業と同じか、若干忙しいかなくらいで、こんな人数でも店は回っている。

 現在は昼のピークも過ぎて客足が落ち着いてきた頃合いだ。

 マグダとロレッタを遊びに行かせても、問題ないだろう。

 

「ジネットの休憩が終わったら、夕方まで遊んできていいぞ」

「お兄ちゃんと店長さんは行かないですか? 楽しいですよ、雪合戦!」

「俺はいい」

 

 あんな、疲れるしか選択肢がないような場所、誰が進んでいくか。

 獣人族と同じペースで遊んでいたら、あっという間に筋肉痛だ。

 

「わたしも、賑やかな声を聞いているだけで十分楽しいですから」

「なんだか二人とも、年寄りくさ~い☆」

 

 誰がジジババだ。

 俺はな、中学生の頃に気が付いたんだよ。

「雪って、実はそんなに楽しいもんじゃなくね?」ってな。

 寒いし滑るし歩きにくいし電車は遅れるし……雪ではしゃげたのは小学生の頃までだったなぁ。

 降ってる時だけは、いい印象を持てるんだけどな。

 

 たぶん、イメルダも似たような感じなんだろうな……と思っていたのだが。

 

「……イメルダは現在、木こりギルドVS川漁ギルドの総力戦を行っている」

 

 デリアに雪合戦でボロ負けして、「木こりはだらしねぇなぁ」と言われたことをきっかけにギルドを挙げて川漁ギルドとの抗争を始めたのだ。

 目標は、雪が溶けるまでにデリアをぼこぼこに倒すことらしい。

 

 団体戦ならいい勝負するかもなぁ。

 木こり三十人がかりなら、デリアを抑え込めるかもしれない。

 デリア以外の川漁ギルドの面々は、ガタイはいいがそこまで強くはない。

 いい勝負をしそうだ……が、今のところデリア一人で圧勝しているようだ。

 

「元気でいいなぁ、お前らは」

「くすくす。ヤシロ君、お爺ちゃんみた~い☆」

「ジネットさんや、あったか~いお茶を淹れてくれんかのぅ」

「くすくす。はい、ただいま」

 

 ジネットの休憩に俺も付き合おう。

 あと二~三日もすれば豪雪期が終わる。

 去年と似た感じになるかと思いきや、去年より遙かにアグレッシブになりやがった。

 

 エステラが張り切っていたから、雪のプレイランドは来年も開催されるだろう。

 場所を提供したモーマットにも多少金は入るらしい。

 雪のプレイランドは無料なのにな。

 ……来年から金を取ればいいんじゃね? そしたら、監視員とか付けられるし。

 四十二区の東西にそれぞれ作れば結構な稼ぎになりそうな気がする。

 ついでにスキーやスノボの文化も広めてやれば、「アタシをスキーに連れてっとくれ!」って感じで流行が…………今、なんでメドラで想像しちゃったんだろう? いかん、寒気が……

 

「はい、ヤシロさん。お茶で……震えてますよ!? 大丈夫ですか!?」

「すまん。俺の脳内に魔神が強制的に干渉してきやがってな……」

 

 怖いわぁ。

 念とか飛ばしてんじゃないだろうな、アイツ。

 

「じゃあ、またソリに行ってきてい~ぃ?☆」

「おう。行ってこい」

「マグダちゃん、ごめんだけど、またお願いしていいかな?」

「……任せて。マグダは今、マーシャと共にソリを究めたいお年頃」

 

 こいつらはビュンビュンとジャンプして、難易度の高い技を次々編み出している。

 ウーマロに言ってハーフパイプでも作ってもらえば、延々ジャンプし続けそうだ。

 ……ガキがマネしたら大怪我が続出しそうだけどな。

 

「あたしは、ちょっかいをかけてくるパウラさんを軽くひねって、デリアさんにリベンジです!」

 

 デリア、いろんなヤツの目標になってんだな。

 

「『デリア・ノーマコンビに勝てたら10000Rb』とか言えば、参加費1000Rbくらい取れんじゃないかな?」

「それは、挑戦しがいがある企画ですね!? 早速エステラさんに相談してくるです!」

 

 ロレッタが飛び出していって、マグダがマーシャを連れて外へ出て行った。

 ……おかしい。「ジネットの休憩が終わったら」って言ったのに。

 遊びたい盛りなんだな。

 店は回るし、いいけどな。

 

「デリアさんとノーマさんに挑戦ですか。難しそうですね」

 

 ジネットが出て行ったマグダたちの背を見送りながら呟く。

 

 まぁ、そんな個人に負担が掛かりまくる企画は通らないと思うけどな。

 でも実現したら、荒稼ぎが出来るだろうな。

 なにせ、あのコンビに勝てるのは、マグダ・ナタリアコンビくらいだもんな。

 

「わたしとヤシロさんで挑戦してみますか?」

「やめとけ。ドブに金を捨てるようなもんだ」

 

 瞬殺されるよ、きっと。いや、絶対。

 

 ジネットと二人、向かい合って茶を飲んで寛いでいると、ウーマロが汗をきらきら飛び散らせながら駆け込んできた。

 

「ヤシロさ~ん! 実は、大滑走場を改良して、ずっとジャンプし続けられる場所を作れないかと思ってるんッスけど!」

 

 ハーフパイプを作ろうとしてるな、こいつ!?

 

「マグダに何か言われたのか?」

「いや、大空を舞うマグダたんをもっと見るにはどうしたらいいかって考えて、そしたら思いついたッス!」

 

 と、原始的なハーフパイプっぽい設計図を見せられた。

 ……着眼点はいいんだよなぁ、こいつ。

 ただ、これだとジャンプしたあと反対側に飛び出していってしまう。

 ジャンプしたあと戻るには、若干戻るくらいに坂の上を張り出させた方がいい。

 お椀状だった設計図に加筆して、スノボのハーフパイプを描いてやる。

 

「ただ、これは危険だからガキにはやらせるなよ?」

「ウチの連中に監視させるッス!」

 

 にっこにこ顔で飛び出していったウーマロ。

 完全に感染している。

 

「ジネットの社畜は感染するからなぁ……、手洗いうがいをしっかりしないとな」

「もう、酷いですよ、ヤシロさん」

 

 感染源扱いに怒ったのか、ジネットが腕を伸ばしてきて俺の手をぎゅっと掴む。

 離すもんかと言わんばかりに握ってくる。

 あったかい……

 

「あと二日もすれば雪が溶け始めるってのに、よくやるよな」

「きっと、来年のためですよ」

 

 今年試作しておけば、来年は最初から作れる。

 問題点を洗い出しておけば、来年はもっとよくなる。

 そうやって、経験と失敗と知識を積み重ねて、人はどんどん成長していく。

 

 あいつらは、来年を見据えているのか。

 いや、来年じゃなく『未来を』かな。

 

「ヤシロさんは、どんなことがしたいですか。来年は」

 

 俺の手を握り、俺を見つめて、そんなことを言う。

 こいつは、まだ信用してないのか?

「来年のことなんぞ分かるか」と言いたいところだが……

 

「来年こそのんびりしたい」

 

 語ってやるよ、来年の予定を。

 来年も、きっと俺はここにいるだろうからな。

 

 それが嬉しかったのか、ジネットはくすくすと楽しげに肩を揺らす。

 

「うふふ。それは、とっても難しいですね」

 

 にゃろう……

 俺の周りがこんなに騒がしいのは、きっとジネットが原因だ。

 こいつの有り余る社畜精神が周りの人間すべてに影響を及ぼしているせいだ。

 俺も気を付けよう。

 社畜精神だの、お人好しスピリットだの、奉公マインドなんかを植えつけられては堪らない。

 

 だが、なんでかな。

 俺の手をぎゅっと握るこの柔らかい手を振り解こうという気は、ぜ~んぜん湧いてこなかった。

 

 

 

 

 

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