それから十五分ほどしたころ、会場に歓声が湧き起こった。
「綺麗ですね、ウェンディさん」
隣でジネットがため息を漏らす。
お色直しをしたウェンディとセロンが再び会場へと姿を現した。
品のある、青空のような青いドレスに身を包んだウェンディ。
セロンも少しラフな感じで、親しみやすいスーツを身に纏っている。
お色直しをした二人は、二人で長いトーチを持っている。
これから招待客のテーブルを回ってキャンドルサービスをするのだ。
だが――
そんな二人が、並んで俺たちのテーブルへと歩いてくる。
俺たちのテーブルは、関係者休憩所として隅っこの方に設置してあるもので、キャンドルサービスをされる予定はない。
「英雄様。店長さん。お料理、とても美味しかったです」
「ありがとうございました」
セロンが言い、ウェンディが頭を下げる。
そんなことを言いにわざわざ……律儀なヤツらだな。
「最初のキャンドルサービスは、是非みなさんの席でと、二人で話していたんです。ね、ウェンディ」
「はい。その、勝手に段取りを変えてしまって、申し訳ないのですが」
「いいよ。じゃあ、折角だからやってもらおうか」
「はい。ふふ、嬉しいですね」
おそらくベッコあたりを抱き込んだのだろうが、俺たちのテーブルにも、キャンドルが設置されていた。用意がいいな、まったく。
「では、失礼します」
揃って頭を下げて、セロンたちは予定通り他のテーブルのキャンドルサービスへと向かった。
「ビックリしましたね」
「まったく。俺らにサプライズしてどうすんだっての」
けれど、ジネットが楽しそうにしているから、よかったかもな。
こいつはずっと頑張っていたからな。多少は報われても罰は当たらんだろう。
各テーブルを回るセロンとウェンディを見つめつつ、デザートを平らげると、友人代表のスピーチなるものが始まった。
「それでは、新郎のセロンさんが大変お世話になったという、オオバ・ヤシロ様。スピーチをお願いします」
「マジで聞いてねぇぞ!」
くっそ……こんなサプライズは心底いらん!
しかし、拍手などをされては断るわけにもいかんだろう。
しょうがない。無難なことを言っておくか。三つの袋の話とか。
……えっと、なんだっけ? 乳袋と………………横乳とハミ乳だったかな?
あれ!? 三つの乳になってる!?
まぁ、いいや。
思いつきでしゃべろう。
「セロン。ウェンディ。結婚おめでとう。ようやくここまで来たな。いろいろ大変だっただろうけど、これからがもっと大変になるだろうから、夫婦二人、力を合わせて困難を乗り越えていってほしいと思う」
う~む。無難だ。
面白みが一切ないな。
まぁ、結婚式のスピーチなんてこんなもんか。
「ウェンディ。お前には半裸マンの血が流れている」
思いっきり首を横に振られている。
いや、流れてるからな? 確実に、50%は。
「家族と和解できて、よかったな。これからは、もう少し頻繁に帰ってやれよ」
「……はい。そうします」
照れくさそうな笑みを浮かべるウェンディ。
くっそ。これが今日から人妻になるのか…………悔しいやら憎々しいやら……
「そしてセロン」
「はい」
「爆ぜろ」
「ここでもですかっ!?」
お前に向ける言葉はそれ以外にない。
けどまぁ、特別に。
「しっかりな」
それだけ言っておいてやる。
「はい! ありがとうございます!」
立ち上がり、深々と頭を下げる。
そんなにかしこまるなよ、かたっ苦しいな。
俺なんか、しょせん俺だぞ?
大したヤツじゃねぇっての。
あ~、緊張した。
テーブルに戻ると、ジネットがこそっと「お疲れ様でした」と労いの言葉をくれた。
いいねぇ、その一言で報われるよ。
「続きまして、新婦のウェンディさんが大変お世話になったという、オオバ・ヤシロ様。スピーチをお願いします」
「いや、もういいわっ!」
何回やらせる気だ!?
別のヤツにしゃべらせろ!
「では、友人代表のスピーチに代えまして、ウェンディさんの親しいご友人たちによる歌の贈り物です。アイドルマイスターのみなさんです!」
ナタリアの呼び込みで、アイドルマイスターのメンバーが厨房からフロアへと駆け込んでくる。
「待ってましたぁ!」
「おぉ!? かわいい!」
「ちょっ、前まで行こうぜ! 近くで見たい!」
「ノーマ氏! 揺らして! 揺らしてでござるっ!」
「うるさいよ、ベッコ!」
オープンになっている席から、男たちが立ち上がりフロアの中にまで詰めかけてくる。
ナタリアとギルベルタの素早い警護のおかげで、アイドルマイスターへの接触は阻止されていた。
だいたい1メートルほど空間が開いている。
ライブハウスか、地下アイドルか……そんな雰囲気と熱気だ。
「それじゃあ、セロンとウェンディへ、新曲をプレゼントするよ!」
ハムっ子たちが楽器を構えてイントロが流れ始める。
軽快な、聞くと楽しくなるような四分の四拍子の曲調。
『テントウムシのジルバ』だ。
あ~ぁ、もう。
ライブハウスのような盛り上がりを見せて、結婚披露宴という感じは一切しないな。
けれどまぁ……楽しければそれでいいか。
何より、セロンとウェンディがあんなに楽しそうなんだもんな。
余興が終われば、いよいよ披露宴はクライマックスだ。
新婦から、両親への手紙。
披露宴の目玉であり、多くの者がその感動的な内容に涙を誘われるのだ。
「お…………お父…………さ……」
出初めから、ウェンディの声が震えていた。
肩が小刻みに震え、そして……
「ぷふぅー!」
盛大に吹き出した。
いや、いい加減慣れろよ! 親子だろ!?
手紙の内容はよくあるような、「今まで育ててくれてありがとう」的なものだったのだが……終始ウェンディが半笑いだったので全然頭に入ってこなかった。
えぇい、くそ。
なんてことをしてくれたんだ、チボーめ!
あ~ぁ、どうすんだよ。
これだけ盛大なことやっておいて、こんな締まらない終わり方じゃあ格好がつかないよなぁ……と、思っていたところへ――
「カタクチイワシッ!」
ニッカが駆け込んでくる。
こいつも、手伝いをしていてくれたんだな。
「準備が出来たデスネ。こっちはいつでもいいデスヨ」
「そうか。それじゃあ、早速始めてもらおうか」
ニッカはこくりと頷き、静かに捌けていった。
空は真っ暗で、もうすっかり夜だ。
「セロン、ウェンディ」
俺は静かに立ち上がり、そして夜空に向かって指を差す。
「空を見てみろ。いいものが見られるぞ」
俺がそう言うのとほぼ同時に、大きな爆発音が轟き、夜空に炎の花が咲いた。
打ち上げ花火だ。
虫人族の鱗粉と、火の粉、光の粉を一つにした、オリジナルの花火。
それは一発ではなく、二発三発と立て続けに打ち上がっては夜空を照らして、一瞬の芸術を夜空いっぱいに花咲かせる。
次々に打ち上げられる花火を、誰もが無言で見上げていた。
驚きと、それ以上の感動に、誰も言葉を発することが出来ないでいた。
ただ一言……
「……綺麗」
夜空を見上げて、ジネットが漏らしたその言葉は、その場にいる者たちの想いを代弁しているのではないかと、そう思えた。
十分ほどの間、夜空に咲いては人々を魅了し続けた花火は、見事に披露宴を締めくくってくれた。
最後に一際大きな花火が打ち上げられ、それが終わると、誰からともなく拍手が湧き起こった。
虫人族と人間が協力して作り上げた新しい技術を歓迎するように。
その光景を見て、俺は確信した。
この街なら、きっとなんだってやれる。
どんなものにだって、きっとなれる。
こうやって、今みたいに同じ方向を向いて、同じものを見つめていられるならな。
だからこそ、最後にもう一度、はっきりと言葉にしておきたいと思った。
「セロン、ウェンディ。結婚おめでとう」
こうして、本当に多くの者を巻き込んだ結婚式と披露宴は幕を閉じた。
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