異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚49 披露宴 -3-

公開日時: 2021年3月10日(水) 20:01
文字数:3,092

 それから十五分ほどしたころ、会場に歓声が湧き起こった。

 

「綺麗ですね、ウェンディさん」

 

 隣でジネットがため息を漏らす。

 お色直しをしたウェンディとセロンが再び会場へと姿を現した。

 

 品のある、青空のような青いドレスに身を包んだウェンディ。

 セロンも少しラフな感じで、親しみやすいスーツを身に纏っている。

 

 お色直しをした二人は、二人で長いトーチを持っている。

 これから招待客のテーブルを回ってキャンドルサービスをするのだ。

 

 だが――

 

 そんな二人が、並んで俺たちのテーブルへと歩いてくる。

 俺たちのテーブルは、関係者休憩所として隅っこの方に設置してあるもので、キャンドルサービスをされる予定はない。

 

「英雄様。店長さん。お料理、とても美味しかったです」

「ありがとうございました」

 

 セロンが言い、ウェンディが頭を下げる。

 そんなことを言いにわざわざ……律儀なヤツらだな。

 

「最初のキャンドルサービスは、是非みなさんの席でと、二人で話していたんです。ね、ウェンディ」

「はい。その、勝手に段取りを変えてしまって、申し訳ないのですが」

「いいよ。じゃあ、折角だからやってもらおうか」

「はい。ふふ、嬉しいですね」

 

 おそらくベッコあたりを抱き込んだのだろうが、俺たちのテーブルにも、キャンドルが設置されていた。用意がいいな、まったく。

 

「では、失礼します」

 

 揃って頭を下げて、セロンたちは予定通り他のテーブルのキャンドルサービスへと向かった。

 

「ビックリしましたね」

「まったく。俺らにサプライズしてどうすんだっての」

 

 けれど、ジネットが楽しそうにしているから、よかったかもな。

 こいつはずっと頑張っていたからな。多少は報われても罰は当たらんだろう。

 

 各テーブルを回るセロンとウェンディを見つめつつ、デザートを平らげると、友人代表のスピーチなるものが始まった。

 

「それでは、新郎のセロンさんが大変お世話になったという、オオバ・ヤシロ様。スピーチをお願いします」

「マジで聞いてねぇぞ!」

 

 くっそ……こんなサプライズは心底いらん!

 しかし、拍手などをされては断るわけにもいかんだろう。

 しょうがない。無難なことを言っておくか。三つの袋の話とか。

 ……えっと、なんだっけ? 乳袋と………………横乳とハミ乳だったかな?

 あれ!? 三つの乳になってる!?

 

 まぁ、いいや。

 思いつきでしゃべろう。

 

「セロン。ウェンディ。結婚おめでとう。ようやくここまで来たな。いろいろ大変だっただろうけど、これからがもっと大変になるだろうから、夫婦二人、力を合わせて困難を乗り越えていってほしいと思う」

 

 う~む。無難だ。

 面白みが一切ないな。

 まぁ、結婚式のスピーチなんてこんなもんか。

 

「ウェンディ。お前には半裸マンの血が流れている」

 

 思いっきり首を横に振られている。

 いや、流れてるからな? 確実に、50%は。

 

「家族と和解できて、よかったな。これからは、もう少し頻繁に帰ってやれよ」

「……はい。そうします」

 

 照れくさそうな笑みを浮かべるウェンディ。

 くっそ。これが今日から人妻になるのか…………悔しいやら憎々しいやら……

 

「そしてセロン」

「はい」

「爆ぜろ」

「ここでもですかっ!?」

 

 お前に向ける言葉はそれ以外にない。

 

 けどまぁ、特別に。

 

「しっかりな」

 

 それだけ言っておいてやる。

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 立ち上がり、深々と頭を下げる。

 そんなにかしこまるなよ、かたっ苦しいな。

 俺なんか、しょせん俺だぞ?

 大したヤツじゃねぇっての。

 あ~、緊張した。

 

 テーブルに戻ると、ジネットがこそっと「お疲れ様でした」と労いの言葉をくれた。

 いいねぇ、その一言で報われるよ。

 

「続きまして、新婦のウェンディさんが大変お世話になったという、オオバ・ヤシロ様。スピーチをお願いします」

「いや、もういいわっ!」

 

 何回やらせる気だ!?

 別のヤツにしゃべらせろ!

 

「では、友人代表のスピーチに代えまして、ウェンディさんの親しいご友人たちによる歌の贈り物です。アイドルマイスターのみなさんです!」

 

 ナタリアの呼び込みで、アイドルマイスターのメンバーが厨房からフロアへと駆け込んでくる。

 

「待ってましたぁ!」

「おぉ!? かわいい!」

「ちょっ、前まで行こうぜ! 近くで見たい!」

「ノーマ氏! 揺らして! 揺らしてでござるっ!」

「うるさいよ、ベッコ!」

 

 オープンになっている席から、男たちが立ち上がりフロアの中にまで詰めかけてくる。

 ナタリアとギルベルタの素早い警護のおかげで、アイドルマイスターへの接触は阻止されていた。

 だいたい1メートルほど空間が開いている。

 

 ライブハウスか、地下アイドルか……そんな雰囲気と熱気だ。

 

「それじゃあ、セロンとウェンディへ、新曲をプレゼントするよ!」

 

 ハムっ子たちが楽器を構えてイントロが流れ始める。

 軽快な、聞くと楽しくなるような四分の四拍子の曲調。

『テントウムシのジルバ』だ。

 

 あ~ぁ、もう。

 ライブハウスのような盛り上がりを見せて、結婚披露宴という感じは一切しないな。

 けれどまぁ……楽しければそれでいいか。

 

 何より、セロンとウェンディがあんなに楽しそうなんだもんな。

 

 余興が終われば、いよいよ披露宴はクライマックスだ。

 新婦から、両親への手紙。

 披露宴の目玉であり、多くの者がその感動的な内容に涙を誘われるのだ。

 

「お…………お父…………さ……」

 

 出初めから、ウェンディの声が震えていた。

 肩が小刻みに震え、そして……

 

「ぷふぅー!」

 

 盛大に吹き出した。

 いや、いい加減慣れろよ! 親子だろ!?

 

 手紙の内容はよくあるような、「今まで育ててくれてありがとう」的なものだったのだが……終始ウェンディが半笑いだったので全然頭に入ってこなかった。

 えぇい、くそ。

 なんてことをしてくれたんだ、チボーめ!

 

 あ~ぁ、どうすんだよ。

 これだけ盛大なことやっておいて、こんな締まらない終わり方じゃあ格好がつかないよなぁ……と、思っていたところへ――

 

「カタクチイワシッ!」

 

 ニッカが駆け込んでくる。

 こいつも、手伝いをしていてくれたんだな。

 

「準備が出来たデスネ。こっちはいつでもいいデスヨ」

「そうか。それじゃあ、早速始めてもらおうか」

 

 ニッカはこくりと頷き、静かに捌けていった。

 空は真っ暗で、もうすっかり夜だ。

 

「セロン、ウェンディ」

 

 俺は静かに立ち上がり、そして夜空に向かって指を差す。

 

「空を見てみろ。いいものが見られるぞ」

 

 俺がそう言うのとほぼ同時に、大きな爆発音が轟き、夜空に炎の花が咲いた。

 

 打ち上げ花火だ。

 虫人族の鱗粉と、火の粉、光の粉を一つにした、オリジナルの花火。

 

 それは一発ではなく、二発三発と立て続けに打ち上がっては夜空を照らして、一瞬の芸術を夜空いっぱいに花咲かせる。

 次々に打ち上げられる花火を、誰もが無言で見上げていた。

 驚きと、それ以上の感動に、誰も言葉を発することが出来ないでいた。

 

 ただ一言……

 

「……綺麗」

 

 夜空を見上げて、ジネットが漏らしたその言葉は、その場にいる者たちの想いを代弁しているのではないかと、そう思えた。

 

 十分ほどの間、夜空に咲いては人々を魅了し続けた花火は、見事に披露宴を締めくくってくれた。

 最後に一際大きな花火が打ち上げられ、それが終わると、誰からともなく拍手が湧き起こった。

 

 虫人族と人間が協力して作り上げた新しい技術を歓迎するように。

 

 

 その光景を見て、俺は確信した。

 

 

 この街なら、きっとなんだってやれる。

 どんなものにだって、きっとなれる。

 

 こうやって、今みたいに同じ方向を向いて、同じものを見つめていられるならな。

 

 

 だからこそ、最後にもう一度、はっきりと言葉にしておきたいと思った。

 

 

「セロン、ウェンディ。結婚おめでとう」

 

 

 こうして、本当に多くの者を巻き込んだ結婚式と披露宴は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

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