異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

【π限定SS】守りたい大切なもの

公開日時: 2021年2月17日(水) 20:01
文字数:3,412

「……おかわり」

 

 いける。

 今なら、ヤシロやみんなの声援を受けた今のマグダなら、いける!

 とうに限界を超え、もう一口だって食べられないはずだった。

 

 けれど、ヤシロが――あのヤシロが約束をしてくれた。

 

 ここ数日、どこか遠くを見ていることが多かったヤシロ。

 今にもふらっといなくなってしまいそうだったヤシロ。

 そのヤシロが、約束をしてくれた。

 たとえその一時であろうと、マグダの未来に、ヤシロの存在が確約された。

 

 頭がカッカする。

『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』を使用している時のような、言葉では言い表せない興奮状態に陥っている。

 今なら、マグダはマグダの体を騙せる。

 

 今は空腹。

 どんなものだって食べることが可能。

 

 目の前に置かれた料理を、片っ端から平らげてしまえ。

 

 今なら出来る。

 それなのに、時間の進むのが遅い。

 周りの音も聞こえない。

 料理係がまるで動いていないように見える。

 

 遅い。

 もう時間はないというのに……早く持ってきてほしい。早く……早く……早くっ。

 

 

「……早くっ!」

 

 ようやく目の前に料理の皿が置かれる。

 それを掴んだところで、隣から「お、おかわりだゼッ!」という声が聞こえる。

 アルヴァロも、もうすでに限界のはず。

 それなのに食らいついてくる。

 

 強い狩人は、魔獣よりも往生際が悪い。

 

 ここで突き放さなければ負ける。

 たとえマグダがどうなろうとも、胃袋が裂けようとも、マグダは勝つ!

 

 鈍く痛むアゴを限界まで開く。

 うんざりする肉汁が口の中に流れ込んできて、胃が悲鳴を上げる。

 それを黙らせて、嫌がるノドに無理やり肉の塊を詰め込んでいく。

 

 思いとは裏腹に、ノドが開かない。

 口の中の肉がなくならない。

 苦しくて、瞳に涙が溜まっていく。

 

 悔しい……

 勝ちたいのに……

 こんな肉を飲み込むことすら出来ない自分が情けない……

 

 マグダは、もっと……頑張りたいのに……っ!

 

 

「マグダァ!」

 

 

 その声は、いつもマグダを救ってくれる声で。

 独りぼっちだったマグダを、温かい場所へ導いてくれた声で。

 

 

「ジネットと川の字もつけるぞぉ!」

 

 

 こんな時でも、やっぱりマグダを元気にしてくれる、最高の声だった。

 

「ふぇえ!? あ、あの………………えっと…………はい! おつけいたしますっ!」

 

 ヤシロの暴走かと思いきや、店長からの許可も出た。

 この約束は確約。

 確定。

 確信に変わる。

 

 その瞬間、マグダの中で、何かが「ガチャリ」と噛み合う音がした。

 心臓が跳ね、体の奥から熱いものが込み上げてきて、「カッ!」と、両の目が開かれる。

 

 そこから先は無心だった。

 

 口に含んでいたのが水だったかのように、マグダはそれを飲み込んで、目の前にあるものを口に含んでは次々に飲み込んでいった。

 

 もう一本いける。

 いや、もう三本はかたい。

 それだけ突き放せれば、きっと勝てる!

 

 

 

 あれだけ無茶をしたヤシロに、報いることが出来る。

 

 

 

「……おかわりっ!」

 

 ヤシロがマグダを守ってくれた分、マグダはヤシロに報いたい!

 

 手を上げ料理係を呼ぶと、どこか遠くで『カンカンカンカーン!』と鐘の音がなった。

 なんだろう?

 なんの音だろう?

 

「マグダぁ!」

「すごいです、マグダさん!」

「よくやったよ!」

「マグダっちょ! えらいです!」

 

 わっとみんながマグダの周りに集まってきて、口々にマグダを褒めてくれる。

 ……ほえ?

 なに?

 なにごと?

 

「…………? ……次のお肉は?」

 

 そう言うと、ヤシロが、店長が、エステラにロレッタが顔をくしゃってして笑って、ヤシロがマグダの頭に手を伸ばした。

 力強く頭を撫でながら、ヤシロはマグダのテーブルの上を指さす。

 

 積み上がった皿が二十六枚。

 アルヴァロの皿よりも一枚多い……

 

「……勝った、の?」

 

 いまいち現実味がなくて首を傾げると、ヤシロがこれまでに見せたこともないようなまぶしい笑顔をしてマグダを抱きしめた。

 

「勝ったんだよぉ! さすがマグダだ! お前は最高だっ!」

「はい! マグダさんは最高です!」

 

 ヤシロごとマグダを抱くように、店長が体を寄せてくる。

 おっぱいがヤシロに「むぎゅぅぅぅうううっ!」っと押しつけられることも厭わず、マグダのことを抱きしめてくれている。

 ヤシロも、店長の「むぎゅぅぅうううっ!」に無反応でマグダのことばかりを見ている。

 

 ヤシロがおっぱいよりもマグダに夢中?

 ……えらいこっちゃ。

 

 たっぷり抱擁した後、ヤシロがマグダの体を抱え上げた。

 脇の下に手を入れて、腕を高く掲げて。

 

 パパ親がしてくれたように。

 マグダがいいことをした時はいつも決まってパパ親が高い高いをしてくれた。

 それを思い出し、じんとする。

 

「…………」

 

 思わず頬が緩む。

 ヤシロは、パパ親に……少しだけ似ている。

 

 まぁ、ヤシロの方がいい男ではあるけれど。

 

 

 ただ、満腹のマグダを胴上げするという愚を犯すあたりは、物凄くパパ親と同じ匂いがする……吐くかと思った。

 

 

「……敬うがいい」

 

 

 マグダが胸を張って宣言すれば、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 歓声が耳に心地よい。

 

 この歓声を、ヤシロも聞いてる?

 ちゃんと、聞いてほしい。

 

 ヤシロが導き、ヤシロが勝ち取った、この勝利の瞬間を、ちゃんと感じてほしい。

 

 

「……ヤシロ」

 

 ヤシロの目をしっかり見つめて、Vサインを向ける。

 

「……約束、守った」

「あぁ。お前は、最高だよ、マグダ」

 

 ヤシロの大きな手がマグダの頭に乗せられて、マグダの耳をもふもふする。

 

「……むふー!」

 

 よかった。

 マグダは守れた。

 

 苦しそうだったヤシロ。

 泣きそうだった店長。

 

 二人を笑顔にすることが出来た。

 

 なんだかおかしくなっていた二人の空気が、今、この瞬間、元通りになった。

 穏やかで温かくて、マグダが大好きな、陽だまり亭の雰囲気に。

 

 守れてよかった。

 

「マグダっちょ~!」

 

 ロレッタが物凄い勢いで飛びついてくる。

 ……出る。

 

 衝突の勢いで出かけた物を必死に飲み込む。

 

「……ロレッタ、ちょっと強い……」

「ありがとうです……ありがとうですぅぅう!」

 

 ずっと笑っていたロレッタが、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。

 

「勝ってくれて……ホントに……ありが……と、です……っ」

 

 ロレッタは自分の敗退を気にしていた。

 もしここで負ければ、きっと自分のせいだと思っただろう。

 

 よかった、勝てて。

 

「……ロレッタ。マグダが勝ったんじゃない」

「ほぇ? だって、マグダっちょの勝ちで……」

「……みんなで勝った」

 

 顔を上げれば、そこには四十二区のみんながいる。

 

「……四十二区の、みんなの勝利」

「ま……っ、マグダっちょ~!」

 

 再びロレッタが勢いよくマグダに抱きついてくる。

 ……出る。

 

 そろそろ軽い制裁が必要かもしれない。

 

「マグダっちょ、カッコいいです! それでこそマグダっちょです! さすがあたしの一番の親友ですっ!」

 

 ……ふむ。まぁ、一番の親友なら仕方ない。

 多少のことは大目に見る所存。

 

「マグダ! ナイスファイトだ!」

「……デリア」

 

 デリアも、やはり悔しい思いをしていた一人。ニッと白い歯を見せながらも目が赤く染まっている。

 

「……デリアの悔しさを、狩猟ギルドに叩き返しておいた」

「おう! サンキューな、マグダ!」

 

 デリアは笑うと可愛い。

 マグダよりも年下に見えることがある。

 これは、共にウェイトレスとして働いたマグダだからこそ知り得た情報。

 みんな知らない。

 マグダだけが特別。……むふふん。

 

 陽だまり亭で共に働いた者は、みんなマグダの仲間。……家族。

 

「……陽だまり亭に牙を剥いて、タダで済むとは思わない方がいい」

「なんだよ、それ」

 

 マグダの頭に手が置かれ、再び耳の付け根がもふもふされる。

 この手つきは、ヤシロ。

 

「そんな物騒な店なのかよ、陽だまり亭は」

「……もちろん。不可侵の神聖なる場所」

 

 マグダの居場所を貶める者には、相応の制裁が必要。不可欠。

 

「……マグダは、何があってもあの場所を守る」

 

 勝利の余韻に酔いしれて、マグダの気持ちも大きくなっている。

 今日のマグダは少々多弁。その自覚はある。

 でも、もう一言だけ。

 

「……そこにいる人も、マグダが絶対、守るから」

 

 ヤシロも、店長も、ロレッタも。

 お店によく来るみんなも。

 マグダの大切なもの。

 

 もう二度と、マグダは自分の大切なものを失いたくはない。

 

「ははっ、そりゃ頼もしいな」

「はい。頼りにしていますね、マグダさん」

 

 ヤシロと店長が、並んでマグダの顔を覗き込む。

 小さなマグダの頭に二人で手を乗せ、奪い合うように撫でまわす。

 この二人に取り合われるマグダは、おそらくこの街で一番可愛がられている女子。

 

 この瞬間が好き。

 

 

 マグダは――

 

 

 

 ヤシロと店長。二人が一緒に笑っている時間が一番好き。

 

 

 そう思った。

 

 

 

 

 

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