異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加70話 この街のオバケたち -2-

公開日時: 2021年4月3日(土) 20:01
文字数:2,867

「それでエステラ様。今は何ウィンのお話をされていたのですか?」

「いつからいたの!?」

 

 確実に話の内容を理解しているっぽいナタリア。

 こいつ、実は結構前から潜んでいて出るタイミングを見計らっていたんじゃないだろうな?

 

「領主の館に伝わる怪異のお話なら、私もいくつか存じていますよ」

「本当かい、ナタリア? ボクは聞いたことがないけれど」

「エステラ様のお耳に入れるような話ではありませんので」

 

 給仕たちの間では有名な話なのですと、ナタリアは言う。

 そして、静かに怪異の話を始める。

 

「怪異『夜な夜なすり減るちっぱい』」

「創作だ!」

 

 立ち上がってナタリアをビシッと指差すエステラ。

 そんな「ダウト!」みたいな勢いで指摘しなくても……たぶん実話だぞ?

 

「普通は眠っている時に成長するものなのだよ」

「えぇ。ですから普通の成長と怪異のせめぎ合いの結果、フラットをキープ」

「フラットじゃない!」

「えぐ……」

「黙れ!」

 

 ナタリアの唇を乱暴に塞ぐエステラ。

 手で口を覆われたナタリアが「やれやれ」みたいな表情で眉を寄せる。

 

「なんでボクが聞き分けのない子を見るような目で見られなきゃいけないのさ? しょーもないことを言っているのはナタリアの方だろう」

「そうとも限らんぞ、エステラ」

「限るよ。誰の目にも明らかだよ」

 

 胡乱な目を向けるエステラに、俺は日本でもお馴染みの怪談を聞かせてやる。

 

「俺の故郷に『番町乳屋敷』という怪談があってな」

「ダウト!」

「6cm……7cm……8cm……9cm…………1cm足りなぁ~い……」

「Aカップですね! 10cmからですので!」

「うるさいよ、二人とも!」

 

 俺たちのやりとりを、残されたモリーが困った顔で見つめている。

 ちらちらと厨房へ視線を向けているのは、あんドーナツを取りに厨房へ向かったジネットの帰りを待ちわびているからだろうか。

 

「で、その番町乳屋敷の仮装を……」

「させないよ!」

「『誰にも譲らない』と? さすがエステラ様です」

「言ってない! そして、死んでもしない、そんな仮装!」

「店長さん、早く戻ってきてください……」

 

 モリーがそわそわしている。

 そこへジネットが紅茶とあんドーナツが載ったトレーを持って戻ってくる。

 トレーをテーブルに置くなり、俺に向かってにっこりと微笑みかける。

 

「ヤシロさん、懺悔してください」

 

 どうやら聞こえていたらしい。

 ……また俺ばっかり。

 

「番町乳屋敷で思い出したのですが……」

「そんなもので思い出した話はしなくていいよ、ナタリア」

 

 あんドーナツを齧りながらナタリアが思い出したように口を開く。

 つか、もう最近は普通にエステラの隣に座るんだな、ナタリア。

 昔はエステラの背後に立っていたのに。椅子を勧めても座らなかったのに。

 

「領主の一族には、女性にのみかけられた強い呪いがあるのです」

「えっ!? そんな話、ボク知らないよ!?」

「先代の奥様が、エステラ様がお生まれになった直後からかけ続けている『育つな』という呪いが……」

「あぁ……それには痛いほど覚えがあるよ……」

 

 エステラの表情がこれまで見たこともないくらいに引き攣っている。

 身に覚えがありまくりらしい。

 

「そしてこの呪いは子々孫々まで語り継がれていくのです……」

「ボクは自分の娘にそんな呪いをかけるつもりはないよ」

「『ままぁ~。どうしてままのお胸は、わたしよりちいさいのぉ~?』」

「…………」

「ご令嬢、四歳のころの発言である――」

「……ナタリア、お母様に面会依頼の手紙を出してくれるかい? 伝統の継承を……」

「エステラさん、ダメですよ!? ナタリアさんのご冗談ですから!」

 

 ジネットが必死に親友の闇堕ちを防ごうとしている。

 頑張れジネット!

 そんな忌まわしい呪いは当代で断ち切るべきなのだ!

 クレアモナ家にもボインが誕生する、そんな明るい未来のために!

 

「エステラの母親の仮装をハロウィンで解禁するか」

「しないよ! 不敬にも程がある! 何より、ボクが見たくない!」

 

 今のところ、一番恐ろしいモンスターだと思うけどな。

 

「はぁ~、ドーナツ界の、革命児やー」

「え? なんでハム摩呂まであんドーナツ食って寛いでるの?」

「お客さんもいませんし、オヤツの時間にお昼寝されていましたので」

 

 え~、知らなかった。

 この店、オヤツまで賄いで準備されてるんだ。

 

 親戚のガキが手伝いに来てんじゃねぇんだっつの。

 

「なぁ、ハム摩呂」

「ん~?」

「お前が一番怖いと……」

「はむまろ?」

「……話してる最中に『はむまろ?』すんじゃねぇよ」

「ん~?」

「まぁ、いいや。お前が一番怖いと思うものはなんだ?」

「お姉ちゃんー!」

「いや、そういう身近なものじゃなくて」

「ん~?」

「オバケとかそういうので、ガキが恐がりそうなものがないかって話だ」

「お姉ちゃんー!」

「オバケ扱いしたらあとでめっちゃ怒られるぞ」

「ん~?」

「さっきから、なにその『ん~?』!? 俺の庇護欲抑制の限界でも試してんの!?」

 

 不思議そうな顔で小首を傾げるな!

 連れ去るぞ!

 ……そう言えば、ルシアが夜にやって来るんだった。隠さなきゃ!

 

「ハム摩呂。夜になると妖怪・連れ去り領主が来るから戸締まりはきちんとして早く寝るんだぞ」

「お客様は、おもてなしー!」

「すんな! 食われるぞ!」

「いや、さすがに食べたりはしないと思うよ……いくらルシアさんでも」

 

 甘いな、エステラ!

 ルシアなら、食う!

 

「妖怪・ベッド潜り込み領主を派遣するぞ」

「ごめん、怖さがようやく理解できたよ。ハム摩呂、戸締まりはしっかりするんだよ!」

「はむまろ?」

「あの、みなさん。他区の領主様をオバケ呼ばわりは、さすがに失礼ではないかと……」

「何言ってんだよジネット。ルシアとトレーシーだぞ? へーきへーき」

「平気ではないはずですよ、ヤシロさん」

 

「もう……」っと息を吐くジネット。

 怒られない範囲を超えなければ、こうやって砕けて接する方が喜ぶんだよ、あいつらは。

 まぁ、それが分かっているからジネットも本気で止めたりはしないんだろうけど。

 

「おにーちゃん!」

「なんだ、ハム摩呂」

「ようかい・だーりーん!」

「ハム摩呂、アレは妖怪じゃない。怪獣だ」

 

 脳裏に浮かんだ恐ろしい映像を必死に振り払う。

 こういう話をすると集まってくるっていうし、ヤツが来ないようにしっかりと否定して、嫌な想像は振り払っておく。

 

 俺が必死に頭を振って記憶内の画像を消去していると、おもむろに陽だまり亭のドアが開いた。

 まさか、本当に呼び寄せてしまったのか!?

 と、ドアを振り返ると、マグダが立っていた。

 

「……アイムホーム」

「お帰りなさい、マグダさん」

「ただいまです、店長さん。お兄ちゃん」

「おぅ。ハム摩呂が『一番怖い』って言ってたロレッタ」

「はわゎ! まさかの内部告発やー!」

「ハム摩呂、あんたなんの話してたです!?」

「はむまろ? …………あっ! ……え? ……はむまろ?」

「今一瞬、何をひらめいたですか!? 姉の理解が及ばない行動しないでです!」

 

 ハム摩呂は、長女でも理解が難しいらしい。

 

「……それよりヤシロ、お客がいる」

「え……まさか、某大ギルドのギルド長か?」

「……ご明察」

 

 のおぉ……まさか本当に来てしまったとは……

 

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