「爬虫類君……」
「は、はひ……っ!」
「今、お薬をあげるからね」
「え……いや、も、もう、大丈夫……かなぁ、なんて。お腹、もう痛くないし……」
「遠慮することはないよ、爬虫類君。ウチで食事をした形跡はなく、食中毒だという割には健康そうで、あからさまに大嘘を並べ立てていたとしても……病人は労わらないといけない……そう、思うよね?」
「…………ぁ、あう…………あの、いえ…………す、すす、すみま……」
「おぉっと! いいんだ! 何も言わなくていいんだよ! …………『こういうの』はね、お互い様なんだよ」
「お、おた……が…………」
「さぁ、……口を開けて…………」
俺は、レジーナが『自分が「もうアカン! 今にも死にそうや! おっぱいに挟まれて死にたいっ!」って思い悩むような重症になった時に飲んでな』と、置いていった、究極の薬の封を開ける。
中から、「これぞ薬!」と言わんばかりの得も言われぬ香りがして……
ボコンッ!
――酸素に触れた途端、『薬』が動き始めた。
ボコン……ボコン……ボコン…………
「ちょっ、そ、そそそそそ、それ……い、一体、な、ななな、なんだよ!? 何に効くってんだよ!?」
「さぁ……分からん」
「分からんって!?」
「けど、きっと体にいいものだ。あいつはふざけ過ぎてはいるが、体に悪いものは決して作らない……精神を蝕むようなものは喜んで作るんだがな……だから、きっと飲んでも死にはしない」
「そ、そんな危ねぇもん飲めるか!?」
「飲めるさ。……俺が押し込んでやるから……」
「そうじゃねぇ! そういうことじゃねぇよ!」
全身に力を入れ、なんとか拘束から逃れようとするバカ爬虫類。
だが、マグダとロレッタの拘束から逃れることは出来ない。……つかロレッタ、お前意外とやるよな。この爬虫類だって獣人族なのに、よく押さえ込んでるよ。
さてと……
俺はぐぐぐっと、体をバカ爬虫類に近付けて、薬の諸注意が書かれている部分をバカ爬虫類に見せた。
『 効能: 体にいい。たぶんいいはず。
副作用: お腹の虫が「スイッチョン」と鳴くようになる(三日間)。
諸注意: 空気に触れると奇妙な声を上げますが、仕様です。
飲もうと顔を近付けると、金切り声を上げますが、仕様です。
用法・用量: 適量を『ガッツ』で飲むべし 』
「と、いうわけだ。ガッツを見せてくれよ」
「やっ! やめろ! そんなもんを顔に近付けるな!」
「はい、あ~ん!」
俺は、懇願するバカ爬虫類の言葉のすべてを一切無視して、レジーナ特製の薬をバカ爬虫類の前で取り出し、顔面に近付けた。
その途端――
「きあああああああああああああああああああああああっ!」
蠢く薬が断末魔の声を上げた。
「いやだぁぁぁあ! 飲みたくない! ウソ! ウソウソウソ! 全部ウソ! 食中毒になんかなってねぇ! 俺はいたって健康体だぁ!」
「へぇ……そうなんだぁ」
うんうんと、二度大きく頷き、俺はまた会心の笑みを浮かべる。
「でも、それも嘘なんだろ?」
『全部ウソ』なら『健康体』ってのも嘘になっちまうよな。
んじゃあ、やっぱり……お薬飲まなきゃねぇ…………ひっひっひっ。
「待ってくれ! 頼む! なんでも言うこと聞くからっ!」
ほらまた。
そうやって『精霊の審判』によって悪用されそうなことを口にする。
こいつは、あの虫の二人組に比べて、あまりにバカ過ぎる。そのせいでこの二つの事件を結びつけるのが難しくなるのだ。
だから、直接聞くことにする。
「なんでもするんだな?」
「する! マジでするから!」
「じゃあ、これだけは絶対に嘘を吐かずに、本当のことを答えろ。そうすりゃ、これまでのクッソくだらねぇ嘘は全部見過ごしてやる」
俺は立ち上がり、腕をまっすぐ伸ばして寝そべるバカ爬虫類を指さした。
「だが、ここで嘘を吐けば…………テメェの人生を終了させてやる」
バカ爬虫類が、ようやく事の重大さに気が付いたようだ。
瞳孔が広がり、眼球が細かく震え出す。
口がわずかに開き、ガチガチと歯と歯がぶつかり音を鳴らす。
俺は、一切の感情を消した冷たい視線を向けて、バカな爬虫類に問う。
「お前をけしかけたのは誰だ?」
こいつは部外者だ。
どう考えてもしっくりこない。
虫の時の二人組は、自分が所属する組織を知られることを強く拒んだ。
だが、このバカならペラペラとしゃべりそうだ。
明らかに温度差がある。
虫の二人組に対して、このバカ爬虫類はあまりにも軽い。底が浅く、思慮に欠け、ペラペラだ。
そう、まるで……
誰かに言われるがままに犯行に及んだ、使いっ走りのような薄っぺらさなのだ。
「誰に言われてこんなことをした?」
バカ爬虫類の顔色がみるみる青ざめていく。
俺は、そんなに恐ろしい顔をしているか?
えぇ、どうなんだよ、三下……
「…………答えろ」
「し、知らねぇ……」
知らない、だと?
「ほ、本当だ! 道を歩いていたら、突然知らねぇヤツに声をかけられて、『四十二区のケーキを滅茶苦茶にしたら金をやる』って! マジなんだ! お、俺の道具袋を見てくれ! 前金でもらった金貨が入ってる! 俺みたいなチンピラがこんな大金持ってるわけねぇだろ!? なぁ、信じてくれよ! これだけはマジなんだって!」
バカ爬虫類の目を見つめる。
見開かれた目に色濃く浮かんでいるのは、恐怖の色……こんな目をして嘘を吐ける人間はいない。
こいつは嘘を言っていない――俺は、そう確信した。
「分かった。信じよう」
「本当か!? 助かった…………じゃあ、早いとここの小娘どもに手を離すように……」
「お前の言うことを信じてやろう」
「……? だからよぉ、こいつらの手を……」
「食中毒、つらいだろう?」
「――っ!? い、いや! バカ、お前! そ、そこは嘘だって、分かるだろう!?」
俺が「にやり」と笑うと、マグダとロレッタが同時に「にやり」と笑い、ついでにエステラまでもが「にやり」と笑みを浮かべた。
「お、おま……おまえら…………や、やめ…………っ!」
「大丈夫。す~~~~ぐ、楽になるから…………たぶん」
「やっ! やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「やめろ」と、バカ爬虫類が口を開けたので、俺はそこに、レジーナ作の蠢く絶叫とるぅん薬を放り込んだ。
「きあああああああああああああああああああああああっ!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああっ!」
謎の薬の奇声と、バカ爬虫類の悲鳴が重なり、やがて薬は飲み込まれていく。
「ふぉんっ!? ふふぉぉおおおおおおおんっ!」
変な声を上げ、数十回体をビックンビックンと痙攣させた後、バカ爬虫類はがくりと弛緩した。
…………ご臨終です。
……いや、嘘だよ? 気を失ってるだけだ。
「どうするの、これ?」
エステラが面白がるような、困ったような、複雑な表情で尋ねてくる。
そうだな……店に置いておいても邪魔だし……
「『檸檬』の前にでも捨ててくるか」
「……マグダが持っていく」
「『私は嘘吐きです』って張り紙でも貼っておいてやるです」
心なしか、みんなの顔がわくてかしているような気がする。
心配そうな表情を浮かべているのはジネットだけだ。大丈夫だ、気にすんな。
この手のヤツはちょっとやそっとじゃくたばりゃしねぇよ。
「さぁ、じゃあ捨てに行くか」
と、俺がバカ爬虫類に近付いた時――
「すいっちょん! すいっちょん! すいっちょん!」
突然そんな虫の鳴き声が聞こえてきた。
……あぁ、こいつ、腹減ってんだな。
いやぁ、レジーナ。お前の薬は本当によく効果を発揮するよなぁ…………副作用の。
「すいっちょん! すいっちょん! すいっちょん!」
そんな奇妙な腹の虫の声を聞きながら、俺は今回得た重要な情報を頭の中に思い浮かべていた。
ケーキを快く思っていない何者かが、やはり陰でこそこそ動いてやがるようだ。
これは、ちょっと考えるべき事態だよな…………うん。
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