「だが、一つ気になるのは、門を設置する場所だな」
渋い表情を浮かべ、デミリーが眉間にしわを寄せる。
「腑に落ちない」と、その表情が物語っていた。
こちらを窺う目は思いのほか鋭く、この男が一つの地区を治める領主なのだとはっきりと分からせられる、そんな迫力に満ちていた。
己の疑問が解消されない限りは協力は出来ない。迂闊な一言で身を危険にさらすことが出来ない、領主という人間特有の警戒心が滲み出していた。
「どうして大通りを避けて、そんな西側に設置するんだ?」
先ほどエステラが行った説明の中には、門の設置場所に関することも含まれていた。
俺たちは街門を大通りのある東側ではなく、教会や農地が広がる寂れた西側に作ろうとしている。
本来、外部から荷物を運び入れるための街門の前は、大きく開けた道路が通っているのが当たり前だ。そして、外部からやって来る冒険者が真っ先に駆け込む食堂や酒場、宿屋などが軒を連ねる大通りが目の前にあるのが好ましい。その方が利益が上がるからな。
だが、俺たちはあえて人気のない西側に門を作る。
それはなぜか……
「領内の西側に浄水施設があるんです。ですので、街門のすぐそばに加工場を建設し、街門から搬入した木材をそこで加工し、近距離にある浄水施設で使用します。これにより輸送費が大幅に削減できるんです」
「街門を、木材のためだけに使うというのかい?」
「いえ。四十二区には狩猟ギルドもありますし、彼らも使うでしょう」
「……ふむ」
エステラの説明にもう一つ付け加えるなら、四十二区から流れ出る川は海へと繋がっている。これは鮭が証明してくれている。
下水処理場を建設する際に調べたのだが、四十二区の外壁を出た川の水は、どうやら三十区との間にそびえたつ崖の下を通って海に繋がっているようなのだ。
崖の下に大きな空洞があるようで、川は地下を通って海に流れ出ている……らしい。
ならば、その地下への入口をちょこ~っとだけ掘って、崖崩れしないように補強すれば、海漁ギルドの新たな搬入経路が完成するのだ。
海漁ギルドのマーシャたちがウチに網を持ってくる際に利用してもらえばいいし、その際おこぼれの海魚をお裾分けしてくれるならなおよろしい。
「つまり、冒険者や一般人の利用は最初から見込まず、あくまで四十二区の生活を向上させるために街門を建設するというのだね?」
「もともと、四十二区の外は深い森です。冒険者が迷い込むこともないでしょう。……崖から転落した者がいれば、その限りではないですけど」
三十区の街道沿いからこの崖下まで転落したら、死ぬぞ、たぶん。
とはいえ、本当にそのような極端な例でもない限り、四十二区の門を利用する一般人はいないだろう。
「うん。それなら、他の区と揉めることもないだろう」
デミリーは納得したように大きく頷く。
かける税の額や、利用者の取り合い等で揉めることは少なくないそうで、ウチのように利用者を限定的にしておくのがトラブルを回避する最も手っ取り早い策なのだ。
入門税に関しても、木こりギルドが四十区以外に重い税をかけるよう働きかけているのは、自分たちの監視下以外で樹木の乱伐をさせないため……という名目なのだ。本当は利益のためなんだろうけど。
で、あるならば。木こりギルドを誘致してしまえば四十二区は木こりギルドの監視下に置かれることになり、それはすなわち、入門税を軽くしても問題ないということになる。
さらに、街門を浄水施設のすぐ近くに設置することで輸送費を大幅に削減する。すぐそばに加工場があれば言うことなしだ。
これで、四十二区の下水は今後も問題なく使用することが出来るだろう。
さらに。
…………むふ。
今まで何もなく、ただの空き地と森が広がっていた四十二区の西側。そこが開発されていけば、おのずとそちらに人が集まっていくことになる。
エステラと話をしていたのだが、東側に延びる大通りと、教会までの道を舗装して幹線道路を作る予定だ。馬車が通っても大丈夫なほど頑丈なものになれば、加工した木材の運搬や、モーマットたちの作物の輸送も楽になる。
そして、俺はここを最も力強く熱弁したのだが……
道路が整備されれば、精霊神を信仰するアルヴィスタンたちが教会へ行きやすくなるではないか!
信者たる者、休日には教会に行って祈りの一つでも捧げるべきだ!
都合のいい時にだけ頼っているようでは、精霊神の方も不信感を抱くのではないか?
信仰だって信頼関係が重要なのだと、俺は訴えた。
ジネットは「その通りです」と感涙し、エステラも「確かに、今は決まった時間にお祈りを捧げているだけだからね」と己を顧みて反省の色を見せていた。
そんなわけで、四十二区の東と西を繋ぐ幹線道路の建設は、非常に前向きに計画が進んでいる最中だ。
あ、そういえば、『今気付いたけど』も、そうなったら幹線道路のちょうど中間にある陽だまり亭にもお客さんが来るようになるかもしれないなぁ。
いやぁ、偶然だなぁ。
仕事の合間にちょっと休憩するのにピッタリの場所にあるんだもんなぁ。
いやぁ、偶然偶然。
……ふふふ。
これで、陽だまり亭がずっと抱えて覆せなかった「立地条件の悪さ」をひっくり返せる!
まさに一発逆転の大勝利だ!
さぁ、あとは木こりギルドのボスと話をつけて、木こりを誘致し、街門建設と共に領内西側を再開発するのみだ!
陽だまり亭の…………いや、俺の未来は明るいっ!
「木こりギルドのギルド長は私と旧知の仲でね。待っていなさい。私が紹介状を書いてあげよう。きっとヤツも、すんなり了承してくれるだろう。なにせ、四十二区側の森はたどり着くだけでも一苦労な場所だ。そこへ簡単に行き来できるようになるのであれば、一も二もなく手を貸してくれるさ」
なんかすげぇ太鼓判をもらった!
確かに、四十二区の外には遭遇したら即あの世行きなレベルの魔獣がわんさかいる。マグダでもいれば別だが、ただの木こりたちには荷が重いだろう。
まして、そこで木を伐るなど……
なるほどな、これは木こりギルドにとってもメリットになるのか。
ウィン・ウィンの関係なら交渉も楽勝だろう。
おまけにこっちは領主の紹介状まで持っている。
…………ふははは、勝った!
今回も俺は勝ってしまった。……敗北を知りたいぜ。
楽勝確定の交渉を前に、俺は非常に気分がよかった。
ふふ……どうしよっかなぁ、陽だまり亭の店舗、思い切って拡大しちゃおうかなぁ。お客が殺到して入り切らなかったら困るしさぁ。むふふ~ん。
デミリーが紹介状をしたためている間中、俺は浮かれ気分を抑え切れなかった。
そう、あの女に会うまでは――
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