エステラたちが風呂に入っている間、俺たちはデザイン会議を行っていた。
ヘリオトロープを模したデザインにするのか、はたまたラグジュアリーでエモーショナルな映えるデザインにするのか……
「やっぱり、これが一番素敵さね」
「私も、これがいいと思います」
そんな中、ノーマとウクリネス、双方が選んだのはしたちぃのシルエットを取り入れたデザインだった。
ハンドクリームの入れ物を両手で大切そうに包み込み、胸の前でぎゅっと握る俯き加減のしたちぃ。それを横から見たシルエットになっていて、少々センチメンタルな印象を受けるデザインとなっている。
「淡い恋心を感じるさね」
「そうですね。このハンドクリームをつけて少しでも女の子らしく素敵になって、意中のあの人に少しでも良く思ってもらいたい――そんな思いがひしひしと伝わってきます」
へー、そんなもんかねぇ。
「さすが、ヤシロちゃんですね。女心を刺激するデザインをよく分かってます」
まーね。
美容と恋、そこに人気のマスコットが合わさったのだから、女子の財布の紐がゆっるゆるになるのは世の理だ。
「缶も袋も同じデザインにするんですか?」
「それじゃ味気ないさね。袋から出したらまた新たな驚きがあってこそ感動が生まれるんさよ!」
ノーマの意見はもっともだ。
最初に見て「かわいい!」と思ったデザインでも、中身を取り出して同じデザインだったら「あ、同じなんだ」と、マイナスでこそないが感動がプラスされない。
停滞は後退と等しい。
感動は常に現状を上回っていかなければいけないのだ。
「こいつは袋のデザインにしよう。したちぃが握っているのがどんなものなのか、袋から取り出すと分かるってコンセプトで」
「なるほどです! それだと、なんだか宝箱を空けるような特別感が生まれますね! さすがヤシロちゃんです!」
「それなら、缶のデザインは一目見てきゅんとするような意匠にしないといけないさねぇ……腕が鳴るさね」
「えっ、胸が!?」
「……なんで褒めたそばからしょーもない発言が飛び出すんさね、あんたは……」
「ヤシロちゃんですからねぇ」
なんだ、胸は鳴らないのか。
聞いてみたかったのに。
「したちぃのシルエットは、コスメ関係の商品全部に付けてもいいかもしれないな。『恋するしたちぃシリーズ』とか言って」
シリーズにすれば、全種類集めたいという者が必ず現れる!
普段使わないようなものでも、シリーズものだからと手に取ってしまうのだ!
化粧水や乳液、ファンデーションにマスカラ……おぉっと、忘れるところだった、化粧落としも必要だな。……ふっふっふっ、これは売れる!
「『恋するしたちぃシリーズ』……いい響きさねっ」
なんか、ノーマの胸に突き刺さったらしい。
シリーズ全買いする人が、思いのほか身近にいた。
「このマークを全面に入れるか、すみっこに小さく入れるか……悩むな」
「両方作って比較すればいいじゃないですか。私、刺繍は得意なんですよ」
知ってるよ。
驚くような腕前のジネットをも凌駕する熟練の腕だ。
美しさもさることながら、ミシンが裸足で逃げ出すような速度で刺繍できるチート級の腕前の持ち主だ。
……まぁ、ミシンが靴穿いて逃げ出す方がびっくりするけどな。「えっ!? ミシンが靴を!?」って。
んなことはどうでもいい。
「あとは形状なんだが、ただの巾着じゃつまらないよな」
「そうですねぇ。シリーズにするならたくさん持つ人も出てくるでしょうし……」
日本でも、商品を入れる専用の袋というものは存在する。
男で言えば、電気シェーバーなんてものにも専用の袋が付いている。ま、ほとんどのヤツが一度も使わずにゴミ箱行きなんだろうけど。俺も使ったことはない。
それでは困るのだ。
袋がただの付属品ではなく、その袋にも価値が見出せなければ!
「持ち運ぶことに重点を置いたデザインにしてみるか」
「ヤシロちゃん、それ、詳しく!」
ウクリネスの瞳が光る。
シェーバーの専用袋が使用されないのは、シェーバーを持ち運ばないからだ。
旅行に持っていく時に入れるヤツもいるんだろうが、基本家に置いておくものだからな。
ハンドクリームも、寝る前に塗る程度なら家に置きっぱなしになるだろう。
そうなれば、使いやすいように袋からは出して置いておく。そうすると、袋は邪魔になるので引き出しの奥にでもしまいっぱなしになる。
「だから、服のどこかに取り付けられるようにして、その袋を身に着けていること自体がオシャレに見えるような造りに出来ないかな?」
持ち運ぶなら、リップとかの方がいいんだろうが、それはまた後日開発するとしよう。
「いいですね! 紐を長くして首から下げられるようにしておくとか、あとは……」
「ベルトに通せるようにしておくのはどうかぃね? ウチのギルドでは、ベルトに道具ホルダーをぶら下げるんさよ。あんな感じでさ」
ベルトに通せる紐を付けて、腰に可愛らしいポーチをちょこんと付ける。
それはありだな。
「ベルトをしない女子もいるだろうから、首から下げるタイプとベルトに付けるタイプ、あとはピンかぱっちん留めでカバンに取り付けられるようにしておくのがいいだろう」
「ピンなら、どこにでも付けられますね!」
「ぱっちん留めはもうマスターしたからねぇ、いくらでも量産できるさよ!」
この街のカバンは、ランドセルのようにカバン本体に前掛けを垂らして蓋をする形状が多い。
なら、その前掛けに取り付けられる工夫をすれば、誰でも簡単に持ち運べるようになるし、他人からも見えやすく、「あ、あの人、あのハンドクリーム持ってるんだ」と一目で分かる。
そうなれば、「私も欲しい」と連鎖的に顧客が増えていく。
……まぁ、ファスナーの登場でカバンの形状が大きく変わってしまいそうな予感はあるんだが……ピンだったらどんなカバンにも付けられる! きっと大丈夫!
「ちょっと、デザインしてみますね! そちらは、缶のデザインを進めててください!」
イメージやアイデアが脳の奥から噴き出してきたようで、ウクリネスがちょっと離れた席へ移動して猛烈なスピードでデザイン画を描き始めた。
何枚も何枚も。描いては次、描いては次と。
あぁなったら、もう誰にも止められない。
「缶のデザインはヘリオトロープにしておくか?」
「そうさねぇ……今後、ハンドクリームの種類が増えるんなら、中が分かりやすい方がいいとは思うけど…………したちぃ」
お前も使いたいんだな、したちぃ。
「じゃあ、よこちぃがヘリオトロープの花束をしたちぃにプレゼントしているようなデザインにするか?」
「それは素敵さね!? よこちぃに贈られた花なら、したちぃが大切そうに握り締めている理由も納得さね!」
袋のデザインとの関連も生まれて、商品に物語が出来る。
「したちぃが何かを大切そうに握りしめているなぁ」からの「あぁ、これを抱きしめていたんだね、納得☆」という流れだ。
ま、ヘリオトロープは花束には出来ない花なんで、鉢植えになるだろうが……絵になるかな?
そこはデフォルメして一輪の花を大きく描くか?
量産するとなると、あんまり細かいイラストは無理だしなぁ。
「ヘリオトロープってのは、どんな花なんさね?」
「アレだ」
カウンターに飾ってあるヘリオトロープの鉢植えを指さす。
アロマティカスの隣で、真っ白な花を咲かせている。
「小さい、可愛らしい花さねぇ。是非、あの可憐さを活かしたいさね」
「細かいと大変だぞ?」
「そのためにアタシを頼ったんじゃないんかぃね? アタシなら、どんな細かいデザインでも対応できるさよ」
缶の蓋には塗料で色を付ける。
お風呂のオモチャにも使用した塗料とコーティング剤を使う予定だ。
薄い鉄板をくり抜いて型を作り、その上から塗料を塗布することで、缶の蓋にイラストを印刷する。
金型を四種類くらい用意して、順番に色を載せていけば、カラフルな印刷が可能になる。
まずは輪郭、次は鼻、最後に目――みたいな感じでな。
ただ、加工しやすく、且つ壊れにくい鉄板を用意することと、その鉄板を加工すること、この二点が非常に難しい。
加工しやすくても簡単に曲がったり欠けたりするようでは量産には使えない。
そこそこ硬い鉄板に、細かい模様を描き、それが綺麗に出るようにくり抜いていかなければいけない。
そんな印刷方法をノーマに説明すると――
「それは面白そうさね! 早速作業に取り掛かりたいところだけど、さすがに陽だまり亭じゃ無理さね。ヤシロ、ちょいとウチの工房へ来ておくれでないかい?」
「では、私もお供いたしますよ! ヤシロちゃんと話し合って、いろいろ微調整したいですから!」
「なら、店から材料を持っておいでな」
「分かりました! ……くぅぅっ! 今夜は眠れそうにありませんね!」
ちょっと燃料を投下したらめっちゃ燃え上がってしまった。
この二人のバイタリティの出所を突き止められれば、きっと人類は永久機関を手に入れることが出来るだろう。
「ほら、ヤシロ。あんたも早く準備するさね。――今夜は寝かさないから、覚悟しとくんさよ☆」
とっても妖艶な微笑で言われたわけだが……なぜだかまったくときめかない。
目がな……ワーカーホリック……いや、ジャンキーの目をしてた。
そして、宣言通り、寝かせてもらえなかったよね。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!