異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加84話 お肉の下拵え -1-

公開日時: 2021年4月5日(月) 20:01
文字数:3,232

「も~ぅ、酷いなぁエステラは☆ ドア閉めちゃうんだもんなぁ~☆ このこのぉ」

「人のほっぺたを無遠慮に突っつかないように」

 

 陽だまり亭の中へ入り、マーシャが水槽の水をちゃぷちゃぷ波立たせてエステラのほっぺたをぷしぷし突っついている。

 

 マーシャの水槽を押していたのはギルベルタだった。

 なんでも、目が覚めたルシアがイメルダの家へ遊びに行ったところ、そこにマーシャがいて大はしゃぎ――と、朝っぱらから面倒くささ目白押しな状況だったようだ。

 よかったな、イメルダ。避難してきておいて。

 帰ったら、家の給仕たちを労ってやれよ?

 エステラんとこみたいに酒で箍が外れて大暴れ、みたいな状況になりたくなかったらな。

 

「おはよう、友達のヤシロ、友達のジネット。そして、微笑みの領主と陽だまり亭のみんな」

「出迎えが遅いぞ、カタクチイワシ。貴様など、デミリーの後を追え」

「それは断る」

 

 俺の毛根は無敵だ。……と、信じている。

 

 当然のような顔で椅子に腰掛けているルシア。

 なんかすっかり馴染んでいるみたいな顔だけどさ……お前、三十五区の領主で、本来ならよほどのことでもない限り四十二区になんか来ないはずの人間なんだからな?

 なに常連客みたいな顔してんの?

 

「ルシアもマーシャも、帰らなくていいのか? 曲がりなりにも責任者だろ?」

「ウチはしばらく、休漁日だから~☆」

「ウチも休領日だ」

「いや、ルシアさん……それはないです」

 

 領が休みってなんだよ。

 行政が滞ってるだけじゃねぇか、その状態。

 領主に休みなんかないんだよ。領民のためにきりきり働け。

 

「みんな理解している、三十五区の領民も、館の給仕たちも」

 

 ルシアに代わり、ギルベルタが弁明を始める。

 

「一層行政が滞る、遊びに行きたくてうずうずしているルシア様がいると」

「このお荷物領主!」

「失敬だぞ、カタクチイワシ!」

 

 事実を口にすることの何が失敬だ。

 ギルベルタが一人で四十二区に来ちゃって大慌てしていた頃が霞むくらいに頻繁に自区を空けやがって。この不良領主が。

 

「私は、私がいなくとも円滑に進む施政方法を編み出し実践しているのだ! 半年くらい留守にしても三十五区は揺るがん!」

「じゃあもう、お前いらねぇじゃん!」

 

 そりゃ、領主がいないだけで破綻するような街作りは問題だが……いなきゃいないでなんとかなっちまう領主もどうかと思うぞ。

 

「なに、今日中には帰る。明日は二十四区と会談の予定があるからな」

「ドニスと? 大豆でも買うのか?」

「いや、ホワイトヘッドが海藻や魚介から麹が作れないか研究をしたいそうでな」

「そりゃまた、美味そうな計画だな」

 

 海藻や魚介にはうま味成分がこれでもかと含まれているからなぁ。

 麹に囚われず、うま味成分の抽出でも研究してくれればありがたいんだが。

 

「貴様が海藻を食材に使用していると聞いてな」

 

 ルシアの言葉に、マーシャがひらひらと手を振る。

 マーシャからの情報らしい。そういえば、かつては網に絡まった海藻を『ゴミ』として処分してたんだっけな。

 

「現在、三十六区で味付け海苔の生産が始まっている。おにぎりに巻くと、大層な美味になるらしいな? ん?」

 

「なぜ教えなかった?」と言わんばかりの恨みがましい目で俺を睨んでくるルシア。

 むしろ逆に、なんで俺が無償で情報提供しなきゃいけねぇんだよ。情報が欲しけりゃ見返りを寄越せ。

 

「そうだ、カタクチイワシ。今度三十五区へ招待してやろう。出来たばかりの海苔を振る舞ってやるぞ? 僥倖だろう?」

「なんで新製品の味見を俺がしなきゃいけないんだよ。自分のとこでやれ」

「私はやがて四十二区の者に嫁ぐ身だ! 協力をしろ!」

「どっちもお断りだよ!」

「そういえばハム摩呂たんは!? 陽だまり亭のお手伝いのはずであろう?」

「今日は昨日のイベント会場のバラシだよ。簡易厨房を存分に使わせてもらったからな、人手を貸したんだ」

「ちぃ! 空気の読めぬ男め!」

 

 お前の役に立ってやるつもりなど毛頭ない。

 

「で、ヤシロ君は今から何するの~?」

「ん? あぁ、ちょっと肉の下準備をな」

 

 マーシャが肉の塊を指差して、わくわくとした表情を見せる。

 マーシャと肉って、あんまり見ない組み合わせだけど、食うのかな?

 

「そういえば、面倒な下処理があると言っていた、友達のヤシロは。手伝えるか、私に?」

「ギルベルタが手伝ってくれるなら大助かりだが……それを頼むとルシアがついてくるからなぁ……」

「何を言う、カタクチイワシ! ギルベルタの貸し出し有無にかかわらず、私の参加は確定している。どうせジネぷーの美味しい料理を振る舞うのだろう? 食せず帰れるものか」

「夕方からなんだよ、食うのは。下処理に時間がかかるからな」

「なんということだ……」

 

 明日予定が入っており、さすがに今日は遅くまで残れないルシア。

 渋々文句を言いなが帰っていくのだろう。

 

「今晩も泊まりか……」

「帰れよ!」

「呼べば来るぞ、ドニス・ドナーティは?」

「そう思う、私も。きっと来る、四十二区にならば」

「いや、二十九区を経由させれば本気で来そうだけども……お前らは帰れよ」

 

 これ以上こいつらを四十二区に滞在させると、本気で住み着きかねない。

 なんとしても追い返さねば。

 

「海苔のアドバイスに行ってやるから大人しく帰れ。……どうせ、ハロウィン当日も来る気だろ?」

「無論だ。私に内緒でハム摩呂たんやミリィたんの仮装を堪能しようなど、万死に値する無礼だぞ」

 

 んなわきゃない。

 つか、やっぱ来る気満々か。

 

「まぁ、カタクチイワシが海苔のアドバイスを自主的に申し出て、その上ハロウィン当日に私を盛大に持て成したいと言うのであれば、こちらとしてもそれを受けてやる準備はあるぞ」

「なんで接待が追加されてんだよ……」

「ギルベルタの仮装が見たくないのか?」

「……はぁ。ジネット、たぶんこいつら前日から来るから、客室空けといてやってくれ」

「お泊まりか、友達のヤシロ!?」

「ギルベルタだけな。ルシア様ほどの高貴な御方をお泊め出来るような歓待はここでは無理だからなぁ~」

「ふん。殊勝なことを言ったつもりか」

 

 ルシアが俺の喉を突く。

 やめろ、お前! 喉は危険なんだぞ! 今一瞬、マジで「うっ!」ってなったわ!

 

「こう見えても私はなかなか融通の利く領主でな。宿泊先に特定のこだわりなど持ち合わせてはおらぬのだ」

 

 やれ、天蓋付きのベッドじゃなきゃやだーとか、内装が可愛くないとやだーとか、そういう不満は言わないらしい。

 言えばいいのに。で、「こんなとこ泊まれるか!」って帰ればいいのに。

 

「贅沢は言わぬ。ただ。ハム摩呂たんが添い寝してくれさえすれば」

「すみません、ルシアさん。この度四十二区では入場制限の条例を発布しようと思っていまして、ちょっとお招きできないかもしれません」

 

 エステラが全力でルシアを拒否している。

 自区の領民の危機だもんな。頑張れよ、領主様。

 

「ふん! 冗談だ」

 

 絶対嘘だ。

 目がマジだったぞ。

 

「ジネぷーの大切な店だ。文句の付けようもない。ジネぷーが許してくれるのであれば、喜んで世話になろう」

「はい。少々古い佇まいで恐縮ですが、来てくださるなら大歓迎致します」

「あはぁ! 可愛い! その爆乳、実は獣特徴なんじゃないかなぁ!?」

「出入り禁止にしますよ、ルシアさん」

「その発想はなかったな! これは是非検証してみなければ!」

「追い出すよ、ヤシロ?」

「もう。お二人とも、懺悔してください」

 

 俺とルシアに、ジネットが頬を膨らませて怒る。

 

「ぷっ……三十五区の領主が、変態薬剤師と同列の扱いですわ」

 

 イメルダが悪ぅ~い笑みを浮かべている。

 確かに、ジネットに懺悔しろと言われる女子はレジーナくらいだもんな。

 レジーナと同列か……ぷぷー!

 

「ヤシロさん並みですわね、ルシアさん」

「言葉が過ぎるぞ、イメルダ先生!」

「ヤシロになりたくなければ自制するべきですよ、ルシアさん」

「名誉に関わるもんね~☆」

「お前ら、寄ってたかってうるせぇよ」

 

 こいつらに構っていると仕込みをする前に日が暮れてしまう。

 さっさとルシアを追い返して、肉の下拵えに取りかかろう。

 

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