異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

157話 河原に集う -1-

公開日時: 2021年3月13日(土) 20:01
文字数:3,946

「みんなで来ちゃいました」

 

 デリアやミリィと共に、再び川の上流へと移動する道すがら、ジネットは「てへへ」と笑いながら言った。

 

「その『みんな』の範囲がすげぇことになってるけどな」

「……ごめんなさい、ヤシロ。どうしても行くって聞かなくて……ロレッタが」

「にょにょっ!? マグダっちょ。あたし置いていかれる候補に入ってたですか!?」

「……空気の読めない娘で……」

「そんな空気、読んでやらないですよ!?」

 

 いつものように賑やかに、適度に騒がしい陽だまり亭一行。

 その様を見て、ミリィはくすくすと笑い、ジネットも楽しそうに笑みを零していた。

 

 こっちの二人は元気が出たようでよかった。

 

「空気の読めない、姉やー!」

「うるさいですよ!? あたしちゃんと読めてるです!」

「水浴び嫌いの、姉やー!」

「誤解を招くこと言わないでです! あたしは家でちゃんと湯浴みしてるです! あんたたちみたいに外で水浴びしないだけです! 乙女ですし!」

「すっぽんぽん嫌いの、姉やー!」

「それはここにいるみんながそうですよ!?」

「バカ、ロレッタ! 俺はすっぽんぽん大好きだぞ!」

「ヤシロ。君の言っている『好き』は意味が違う」

 

 すっぽんぽんに意味も何もあるか!

 

 騒ぐハムっ子姉弟に、イメルダが理解できない生き物を見るような視線を向ける。

 今日も今日とて、日傘をくるくる回転させている。

 

「ロレッタさん。あなた、外で肌を露出させる趣味がありますの?」

「ないですよ!? 酷い誤解です!」

「「「ウチの家族は、みんなすっぽんぽんー!」」」

「あたしを入れないでです!」

「「「父も母もー!」」」

「余計なことは言わないでいいです!」

 

 弟妹たちを叱りつけた後、ロレッタはイメルダに対し必死の弁解を始める。

 譲れない、自分の中の何かを守るかのように。

 

「あ、あのですね、近くに川があるです。そこで水遊び兼水浴びをしているですよ、弟たちが!」

 

 妹もしているようだが、そこは触れないらしい。

 一応女の子だしな。

 

「お気を付けなさいまし。あの付近には……ロリコンのキツネ大工が住んでらっしゃいますので」

「ちょーっと待つッス! オイラ、ロリコンじゃないッスよ!?」

 

 と、あさっての方向を向いて反論するウーマロ。

 ……お前、まだイメルダを直視できないのかよ。

 

 その後、ウーマロが「いかに自分はマグダたん一筋であるか」ということを、あさっての方向に向かって切々と語っていたのだが、大した内容ではないので聞き流しておく。

 イメルダも、ウーマロがあさっての方向を向いてるのをいいことに完全無視してたしな。

 

 しかし。

「ウーマロが羨ましい」「ライバルだ」と言っていたイメルダだが、今はどう思っているんだろうか。

 イメルダがウーマロと、こうやって同じ場所にいるのは結構珍しいかもしれない。

 ましてこの後一緒に飯を食うなんてな。

 

 まぁ、嫌い合ってるわけではないし、特におかしなことでもないのだが。

 

「ワタクシ、今日はウーマロさんよりも楽しんでみせますわ!」

 

 ……あ、張り合ってる。しょーもないことで。

 

「で、なんでイメルダ他一名が付いてきてるんだ?」

「ウーマロッスよ!? わざわざ省略する意味が見つからないッス!」

 

 他一名がうるさい。

 俺に文句言う時だけバッチリこっちを見やがって。

 

「……ヤシロたちが出た後、イメルダがお茶を飲みに来た」

「そして、ワタクシがいると聞き、ウーマロさんが駆けつけたんですの。対抗心から!」

「関係ないッスよ!? オイラはいつでもどんな時もマグダたんのためだけに陽だまり亭に行ってるッス!」

「その後でモーマットさんが来たです。お兄ちゃんに用があったみたいですけど……」

 

 と、ロレッタがモーマットに視線を向ける。

 それにつられて、一同の視線がモーマットへと向かう。

 

「…………」

「…………」

 

 俺らの見つめる先で、モーマットとデリアが、微妙な距離を保ったまま無言で歩いている。

 互いを意識しつつも、お互い視界に相手を入れないようにしている。

 

 デリアの表情は硬い。

 こちらで、どんなバカ話をしようと一切入ってこない。

 

 そしてモーマットはというと、ちらちらとデリアを窺っては視線を落とし、時折ため息を漏らす。

 ……なんだよ、鬱陶しい。思いの丈を打ち明けられない、初恋男子でもあるまいに。

 

「モーマット」

「お、おう!? な、なんだよ?」

 

 急に声をかけられて驚いたのか、モーマットが必要以上に挙動不審に慌てふためく。

 小学校付近に出没したら一発で通報されるな、こいつ。

 慌てて、焦って、それを隠そうと無理やり薄ら笑みを浮かべ、口元を引き攣らせている。

 完全に変質者である。

 

「どんだけデリアをチラ見すんだよ、お前は」

「おぅ、お、お、お前、バカッ……そんなこと、俺は別に……っ!」

「見てたろ?」

「む…………ん……ま、まぁ……」

「デリアの横乳は有料だぞ?」

「ア、アホかっ!? 誰が見てるか、そんなもん!」

「……そんなもん、だと?」

「だぁあ! いや、違う! 違うぞデリア! デリアのは悪くない! むしろいい!」

「うわぁ……モーマット、変態」

「どぅうぇい!? そういう意味じゃねぇよ、ヤシロ! っていうかお前、わざとやってるだろ!?」

 

 当たり前だ。

 お前が辛気臭い顔をさらしている方が悪い。

 

「言いたいことがあるならはっきり言えよ。ワニだろう?」

「ワニは関係ねぇだろ!?」

「男だろ」

「…………むぅ。まぁ……」

「おい、口ごもったぞ」

「……女の可能性が微レ存」

「んなわけあるかっ!」

 

 マグダ、ナイスアシストだ。だが、……どこで覚えた、その言葉?

 あと、通じるんだな。頑張り過ぎだぞ『強制翻訳魔法』。

 

「いや、まぁ……だからよ」

 

 もともと低い声をしている上に、口ごもってぼそぼそしゃべるから、不機嫌なように聞こえる。

 モーマットの性格を知っていれば、どうってことのないこういう素振りも、「自分が悪いのかも」「嫌われてるのかも」と疑心暗鬼になっている者にとっては恐怖を与えてしまう一因だ。

 

「デリアに文句があるなら拳で語れ!」

「無茶言うな!」

「男だろ? ファイトファイト!」

「瞬殺されるわ! される自信あるわ!」

「いや、でも。さっきデリアが『モーマットはしゃべり方ムカつくからぶっ飛ばす』って言ってたぞ」

「ふぉぉおお!? 嘘だろ!? なぁ、デリア!? 嘘だよな!?」

「…………」

「返事がねぇ!?」

 

 モーマット、死の宣告を受けた瞬間である。

 

「ち、ちちち、違うんだ! 俺はその……ここ最近忙しくて、おまけに仲間連中からも不満が出ててな? それでこう……イライラってしててよ……」

「つい、デリアにケンカを吹っかけてしまった……と」

「吹っかけてねぇよ!?」

「……つらい現実から逃亡したくなった?」

「マーグーダー!? 縁起でもねぇこと言うなよなぁ!? お前、ホント最近ヤシロそっくりになってきてるからな!? 気を付けろよ!?」

「あ、あ、じゃあ、イライラして八つ当たりしちゃえーってなったですねっ!」

「お、おぅ……まぁ…………そんなとこだ」

「むはぁあ!? 当たっちゃったです!? 違うこと言って『オィイ!』って言われたかったですのに!?」

「……ロレッタだからしょうがない」

「はうっ!? それ、お兄ちゃんにしか適用されない慣用句なんじゃないんですか!? あたしにも使われるですか!?」

「お前ら……俺で遊ぶなよ」

 

 モーマットが重たいため息を漏らす。

 自販機に入っていたら『おもた~い』って書かれそうなくらい重たいため息だ。

 

「けどまぁ、さっきジネットちゃんによぉ、その……聞いちまったからよ……」

「あ、はい。わたしが戻るちょっと前にモーマットさんが来店されていて、なんだか悩んでいらっしゃるようでしたので、差し出がましいとは思いつつも……それで」

 

 それで、俺たちとの会話を教えてやったということだろう。

 デリアがつらい立場にいると、そういう話を。

 俺の予想は概ね当たっていたわけだし、モーマットはジネットを通じて真実を知ったことになる。

 

「俺も、自分らのことばっかりで、デリアたち川漁の連中のこと全然考えてなかったなぁって、思ってよ……反省したんだ、これでも! だからほら! デリア、見てくれ! 野菜だ!」

 

 マグダが曳く陽だまり亭七号店には、採れたての野菜がどっさりと積み込まれていた。

 

「侘びって言うと、ちょっとアレだが…………な、仲直りの印に………………って、ダメか?」

 

 不器用ながらも、モーマットが笑みを浮かべる。

 …………う~っわ。ワニの笑顔、怖っ!?

 

「……変質者がにやにやと薄着のデリアを見つめている」

「マグダー!? お前はもっと優しいいい娘のはずだろ!? 思いやってくれよ、俺をよぉ!?」

 

 諦めろモーマット。お前はウーマロ、ベッコ、パーシーに次いで弄りやすいキャラなんだから。

 マグダに睨みを利かせた後、モーマットはご機嫌を窺うようにデリアの顔を覗き込む。

 

「な、なぁ、デリア……どう、かな?」

「モーマット」

 

 静かに顔を上げ、デリアがモーマットを見つめる。

 そして――

 

「話が長い。つまりなんだって?」

「えぇええっ!? 今のもう一回言わせんのか!? すごく言いにくいことだから口数増えたってのに、それを端的に!?」

「なんか聞き取りにくいんだよモーマットの声……『ワニは関係ねぇだろ』あたりからよく覚えてねぇよ」

「すげぇ最初の方じゃねぇか!? っていうか、本題に入る前だな、それ!?」

「だからよぉ、つまりなんなんだよ?」

「ぐ……っ!」

 

 拳を握り奥歯を噛みしめる。

 そして、……自分の非をきちんと認めているからこそ出来ることなのだが……改めて、デリアに向かってこう言った。

 

「俺も大人げなかった! すまん! この野菜をたらふく食って、遺恨を水に流してくれねぇか!? 頼む!」

「野菜くれんのか? なんで?」

「いや、だから…………ヤシロ」

 

 諦めんなよ、堪え性のねぇ……

 ったく、お前もエステラも、困ったらすぐ俺に丸投げしやがって。

 

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