広場の隅へ移動し、人払いをする。
口を開けば騒動を起こすゴッフレードを、街の連中から隔離する。
どうにもこいつは「所詮俺ははぐれ者、他人とは仲良くやれねぇ」みたいな思想が透けて見えるんだよな。
わざと諍いを起こして自分の存在を印象付けているというか……そういうのが癖になってるんだろうな、もはや。
街で見かける不良が「何見てんだコラ!?」と、わざわざ因縁を吹っ掛けてくるメンタルに近しい気がする。
なので、隔離だ。
「特別待遇、痛み入るぜ」
「わざわざ悪ぶるなよ。弱く見えるぞ」
「あぁ?」
「お前はこの交渉を棒に振れないんだ。時間の無駄になるようなことはやめろ」
どっちが上だとか、威厳だとか、くだらないマウンティングはやめろ。
すでにお前は賭けに負けて俺に逆らえないんだ。
首根っこを押さえられた状態でキャンキャン吠えてもみっともないだけだ。気付けバーカ。
「よく舌の回る野郎だ。……ぶっ殺してやろうか?」
「ん? なんかゴッフレードが怒っているな。まさか、全部顔に書かれてたのパターンか!?」
「いや、君は全部声に出していたよ」
あら、うっかり。
青筋を立てるゴッフレードと、呆れ顔のエステラが俺を見ている。
俺たちの周りには、三大ギルド長がいる。
エステラの隣にはナタリアがぴたりと張り付いている。
ゴッフレードの隣にはベックマンがいて、俺たちとは向かい合って立っている。
わざわざ椅子やテーブルは用意しなかった。
4メートルほど離れて、ぐるりと俺たちを取り囲むのは木こりと狩人の面々。
人の壁で人払いをしている。
「じゃ、話してもらおうか。お前とノルベール、そしてウィシャートの関係を」
俺の言うことには逆らえないゴッフレードに『話せ』と命じる。
拒めばカエルだ。
「俺たちは、バオクリエアのスパイなんだ」
あっさりと、とんでもないことを暴露しやがった。
「バオクリエアは、オールブルームを欲しがっている。その足掛かりを作るのが俺らの仕事だった」
「ってことは、お前らの飼い主は第一王子か」
「ほぉ。よく調べがついてるじゃねぇか。まさかバオクリエアの情勢にまで精通してるとはな。……食えねぇ野郎だ」
情勢を知ったのはたまたまだ。
興味があってこちらから探りを入れたわけじゃない。
が、それをわざわざ教えてやる理由はない。
「だが、飼い主ってのは違うな。俺は、誰にも飼い慣らされたりはしねぇ」
「はいはい。そーゆーのもういいから」
はいはい、すごいすごい。
ゴッフレード君は立派だねぇ、強いねぇ、こりゃー誰にも飼い慣らせないやー。
「で? オールブルームで派手に暴れて、ここの地盤を脆くしようとでもしてたのか?」
「暴れてたのはウィシャートの命令だな」
ウィシャートの?
「つまり、オールブルーム侵攻の足掛かりとして、玄関口である三十区の領主に取り入り、味方のふりしてウィシャートの手足となって働いていたってことか?」
「まぁ、概ねそんな感じだ」
こういうタイプの人間から細かな説明を聞き出すのは困難だ。
なので、言葉を拾って繋げて行間を読んで仮説を立てていく必要がある。
実に面倒くさいが、そうやって聞き出した結果、こいつらはバオクリエアの第一王子の命令でウィシャートに取り入り、オールブルーム内で騒動を起こしまくっていたということが分かった。
「外周区が荒れれば侵攻はしやすくなる。……まぁ、俺に振られる仕事のほとんどは、ウィシャートにとって邪魔な連中を潰すことだったがな」
ウィシャートはゴッフレードたちゴロツキを利用して邪魔な者をどんどん排除していった。
身内からカエルが出ることを『恥』だと感じるこの街の連中だ。ゴッフレードの罠に嵌まってカエルになった身内の情報は必死に隠蔽したことだろう。
それが弱みとなり、そこにウィシャートがつけ込むと……
「俺が外周区のまとまりをなくし、ノルベールはバオクリエアからの密輸品で上の貴族と繋がりを持つ。まぁ、ウィシャート経由ということになるがな」
バオクリエアからの密輸品。
それを流す見返りとして、ウィシャートは自分より上の貴族との繋がりを作っていたのか。
『BU』の関税をすり抜ける秘密のルートだけじゃなかったってわけだ。
「その密輸品とやら、危険な物じゃないだろうね」
エステラがゴッフレードを睨む。
ウィシャートが関係している毒薬がいくつも見つかっている状況だ。警戒心も抱くだろう。
だが、ゴッフレードはイヤらしく口元を歪めながら「まぁ、危険っちゃあ、危険だな」などとうそぶく。
あの顔。あのにやにやしたいやらしい顔。
なるほど。
以前、薬の講習会の折りに聞いたような『相手の意思を尊重しない』エロい薬なんかを融通しているのだろう。
……ったく、金持ちのオッサンの考えることはどこの世界でも一緒だな、おい。
そして、そんなもんが売れてしまう世の中よ……
「つまり、お前とノルベールはオールブルームの守りを弱体化させようとしていたわけか。バオクリエアが攻め込んできた時に、すんなりと王族のいる中央区まで進軍できるように」
「まぁ、そういった一面もあるな」
ここ一番のいやらしい笑み。
なるほど。表向きはバオクリエアの意のままにオールブルームを引っ掻き回しているが、その実、裏では別の目論見を抱いていたと。
「バオクリエアに攻め込ませて、返り討ちにでもするつもりだったのか?」
「どっちでもいいのさ。オールブルームが攻め落とされりゃ、俺らはバオクリエアで貴族になれる。そういう『約束』なんでな」
果たして、どこまで効力のある約束なのやら。
「だが、そんな『約束』を素直に信じてやるほど、俺はバオクリエアを信用しちゃいない」
「だから、バオクリエアを誘い込んで潰せる余地も残していたと」
「あぁ。いざとなりゃ、証拠をかき集めてこっち側の王族に直訴してやろうと思ってな」
『バオクリエアが侵攻を企てている』と、証拠付きで王族に告げれば、相応の褒美がもらえるだろう。
まぁ、それもどれくらい期待できるか分かったもんじゃないけどな。
「俺たちはどっちでもよかった。だが、いつでもいいとは思っちゃいねぇ。というか、遅過ぎだ」
根回しをして、獲物が罠にかかるのをずっと待っている状態のゴッフレードは、行動を起こさないバオクリエアにしびれを切らせているようだ。
「いつまでドブ臭ぇ生活をさせる気だ! 貴族にするならさっさとしやがれ!」
随分と待たされているのだろう。
それこそ、取り立て屋としてその名が売れてしまうくらいの年月は。
ぽっと出の新人なんてもんじゃない。ゴッフレードは、その名を知らぬ者はないほどの悪党だ。キャリアも相応に長いのだろう。
その間、こいつはずっと待たされ続けていたのだ。
「チャンスはあったんだ。バオクリエアで生み出された殺人兵器をオールブルームに持ち込む計画があった」
GYウィルス――『湿地帯の大病』を引き起こしたあの細菌兵器のことか。
「だが、ウィシャートのバカが台無しにしやがった。あの野郎、バオクリエアの第一王子より優位に立とうとしてその兵器を横取りしようとしやがった」
たった一輪で数キロにわたってウィルスをまき散らす細菌兵器。
それを手中に収めれば、大国と対等に渡り合えると妄想しちまったようだな、あのバカは。
「使者に刺客を差し向けて兵器を強奪しようとしやがった。結局、兵器はウィシャートの手には渡らなかったがな」
「使者は逃げおおせたということかい?」
なら、なぜあの細菌兵器が四十二区にあったのか。
そこに引っかかっての質問だろう。
「いいや、死んださ。致命傷を喰らい、到底生き延びることは出来ない状態だった」
「見てきたようだな」
「見てたんだよ。俺も、差し向けられた刺客の一人だったからよ」
「それで、使者が亡くなったなら、その兵器はどこに消えたのさ」
「崖の下だ」
ゴッフレードたち刺客に襲われたバオクリエアからの使者は、致命傷を負いながら崖の下へ転落したという。
細菌兵器の種を胸に抱いたまま――
「それで……あんな悲劇が……」
「あの直後に『湿地帯の大病』なんて騒動が起きたからな、俺たちにはピンと来たぜ」
他人事のように言うゴッフレードに、エステラが鬼の形相を向ける。
「ウィシャートは、だんまりを決め込んだんだな」
「あぁ。強奪は失敗したからな。ノルベールには『使者の身なりがよかったせいで、どこかのゴロツキに狙われ殺害された』と伝えるよう指示していたぜ」
そうして、知らぬ存ぜぬを貫き通し、エステラに『呪い』だなどとほざいてやがったのか。
……頭が沸騰しそうだ。
「ゴッフレード……、お前、死ね」
「そいつは断るぜ。テメェにとっても、まだ俺は必要なはずだぜ。それとも、カエルにするか?」
テメェの薄ら笑いを見ずに済むなら、それも悪くないと思えてきたよ。
「分かった。そう睨むな。仕方なかったんだ。上からの命令だったし、俺たちはその兵器があんな小さな種だったなんて聞かされてもいなかった。とにかく、殺してでもいいから連れてこいって言われてただけだ。あぁ、ちなみに殺したのも俺じゃねぇ。俺が手にかけちまうと、バオクリエア側に寝返りにくくなるだろう?」
どこまでも自分の立場でしか物事を見ない野郎だ。
怒りの感情が溢れ出しそうなのか、エステラはぐっと唇を噛んで俯いてしまった。
拳に力が入り、細い肩がぷるぷる震えている。
「けどまぁ、四十二区の犠牲は無駄じゃなかったんだぜ?」
そんなエステラの神経を逆撫でするような声で、ゴッフレードは言う。
「本当なら、四十二区くらいは壊滅する威力を持った兵器だったんだ。それが、被害が出たのは西側のごく一部だけ。死者数も想像をはるかに下回る結果だった。テメェらは知らねぇかもしれねぇが、バオクリエアの人間が一度現場を見に来たんだよ。そしてこう言ったらしいぜ――『こいつは失敗作だ』ってな」
想定を大きく下回る被害の規模に、細菌兵器での侵略は白紙撤回されたようだ。
水が合わなかったのか土壌が悪かったのか検証が必要と判断されたが、オールブルームに腰を据えて細菌兵器の研究など出来るはずもない。
よって、細菌兵器の使用は無期限で見送られることになった。――と、ゴッフレードは語った。
「テメェらの尊い犠牲が、このオールブルーム全体を救ったってこったな。がははは!」
ゴスッ――と、鈍い音がした。
エステラの拳が、ゴッフレードのアゴに突き刺さっていた。
「……何しやがる?」
ゴッフレードが殺気を放つが、それ以上の気迫でエステラが黙らせる。
「……次、同じことを口にすれば、ボクがこの手で貴様を殺す」
エステラの透き通るような赤い瞳が、今だけは業火のように熱く滾っていた。
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