異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

320話 港へGO -3-

公開日時: 2021年12月16日(木) 20:01
文字数:4,018

 寄付を終え、陽だまり亭に戻るとロレッタがすぐにやって来た。

 もっとゆっくりでいいのに。

 

「おはようございまーすでーす!」

「……あら、ロレッタさん。随分と遅いご出勤ね」

「明らかに今起きたばかりのマグダっちょが優雅な貴婦人ぶって物凄い上から物を言ってくるです!?」

 

 寝癖が付きまくりでもっはもはな頭をしたマグダが、カウンターにヒジをかけてロレッタを迎える。

 マグダも今さっき起きたところだ。

 

 一応起こしに行ったのだが、寄付を終えて帰ってくるまで寝ていたいということだったので置いていった。

 寝てれば寂しがることもないしな。

 

「おはようございます、ロレッタさん。お腹は空いていませんか?」

「空いたです! 寄付には間に合うように起きるつもりが、うっかり寝坊しちゃったです」

「疲れていたんですよ。では、すぐに準備しますね」

「お手伝いするです!」

「……では、ロレッタはマグダのヘアセットを」

「お料理のお手伝いするつもりで言ったですのに!?」

「……お早くなさって」

「どんな夢見たですか、今日? なんのキャラです、それ」

 

 言いながら、ロレッタがマグダのブラシを取りに厨房へ向かう。

 それをエステラが羨ましそうに見つめる。

 つい先ほど「髪梳かしてあげようか?」と言ってきっぱり断られたところなのだ。

 

 エステラは、隙あらばマグダの耳を触ろうとするのと、「やってあげようか?」という聞き方をするので、マグダの髪を触らせてもらえないのだ。

 素直に「やらせて!」って頼めば一考してくれるだろうに。

 ……まぁ、耳を触ろうとする間はやらせてもらえないだろうな。ほら、マグダ、乙女だし。

 

「マグダっちょ、そこに座ってです~。キレイキレイしてあげるですよ~」

「……よろしくてよ」

 

 お嬢様抜けないなぁ、今日。

 で、正真正銘のエステラお嬢様。羨まし過ぎて顔がすごいことになってるぞ。

 

「エステラ姉様。私でよければ、髪をお願いできますか? マグダ姉様ほどふわふわではありませんが」

 

 カンパニュラの髪はさらさらで綺麗なストレートだ。

 この髪はこの髪で、撫でていると気持ちがいい。

 

「いいのかい? もう随分と整っているように見えるけれど」

「はい。整えるためではなく、今はマグダ姉様が羨ましくて少し甘えたいだけですから」

「カンパニュラ、可愛いっ!」

「ハビエル病の末期だな、お前は」

 

 カンパニュラを抱きしめるエステラ。

 連れて帰るなよ。

 怖ぁ~い母親が親族になっちまうぞ。

 

 最近テレサ用にと用意して厨房に常備してあるブラシを持ってきて、エステラに手渡すカンパニュラ。

 甘えたいと言いながら、エステラを甘えさせてやっている。

 

 ……やだ、ウチの領主、他区の貴族の手玉に取られまくってる。

 カンパニュラが現役貴族じゃなくてよかったな、エステラ。

 カンパニュラがその気になれば、四十二区の乗っ取りなんか簡単にやってのけるだろうよ。

 

 並んで座り、髪を梳かしてもらっているマグダとカンパニュラ。

 ロレッタもエステラも楽しそうに世話を焼いている。

 

 それを、少し離れた場所から眺めてでれでれしているウーマロ。

 

「よし、通報しよう」

「見てるだけッスよ!?」

 

 甘いな。

 日本では近くを通っただけで事案になるんだよ、そーゆー顔をしていると。

 

 手持ち無沙汰なので、俺はジネットを手伝うことにする。

 マグダとロレッタの飯の後は、ありったけの白身魚をフライにしてやる。

 タルタルソールはロレッタに手伝わせるけども。

 ……混ぜるの大変なんだよ、あれ。

 

 

「らんらんる~♪」

 

 厨房に入ると、ジネットが調子外れな鼻歌を歌っていた。

 

「随分と機嫌がいいな」

「へぅ!? ……あ、ヤシロさんでしたか」

 

 突然声をかけたせいで驚かせてしまったようだ。

 

「……あの、聞こえましたか?」

「ん、何がだ?」

「い、いえ。聞こえてないならいいんです」

「で、なんてタイトルの曲なんだ、今のユニークな歌は」

「聞こえてたんじゃないですか!? ……もう、忘れてください」

 

 照れるジネットから曲名を聞き出すと、以前ベルティーナがガキを寝かしつける時に歌ってやっていた子守歌だと分かった。

 ……おかしい。俺が聞いたメロディとまったく違ったんだが……

 

「少し、浮かれているんです、わたし」

「ピクニックが楽しみでか?」

「はい。それに、四十二区にまた新しく素敵な場所が出来るのも嬉しいです」

 

 港が出来ればこの街もまた少し変わるだろう。

 だが、名所にはならないだろうな。

 

「通行税が高いからなぁ、なかなか遊びには行けないだろうな」

「それは仕方がないですね。街門は維持費も大変ですから」

 

 この街の欠点の一つは、街に入る際にクソ高い金を取られるところだよな。

 人に税金がかかり、物に税金がかかる。

 平気な顔をして出入りできるのは、ギルドに入っている連中くらいだ。

 ギルドがまとめて金を出してくれるからな。

 

「でも、工事期間中は通行税がかからないようですし、今見に行くのはお得ですね」

 

 工事期間中は大工や、それに付随する様々な者たちが頻繁に出入りする。

 その度に通行税を取られたのでは大工たちが困ってしまう。

 

 ――というお人好しな理由で、現在四十二区街門の通行税は一時的に廃止されている。

 もちろん、木こりや狩猟ギルドの連中もだ。

 

 まぁ、そこら辺は『寄付』って名目で同じくらいの額をもらっているようだが。

 

 甘いよなぁ、エステラは。

 ちなみに、三十五区の港を作っていた時は、普通に通行税を取っていたそうだ。

 土木ギルドがまとめて支払っていたらしい。

 金を取りゃあいいのに、「大工たちは今大変な時だからね」とか言って免除しちまうんだから……

 もったいないオバケが出そうだ。

 まぁ、エステラの場合は『もったいないオバケ』じゃなくて『ぺったんないオバケ』に悩まされてるんだろうけども。

 

「楽しみですね。港も、港までの道も」

「あんまり浮かれてると、レンガにつまずいて転ぶぞ」

「むぅ。わたし、そんなにおっちょこちょいじゃありませんよ」

「どっから来るんだよ、その自信は……。ちょっとタラ取ってくる」

「あ、それならわたしが――きゃっ!?」

 

 水槽へ向かおうとした途端、ジネットがすっ転んだ。

 足下を見てみるも、そこには何もない。真っ平らな床だ。

 ……こいつは、何につまずいたんだ、今?

 それはさておき――

 

「見事なフリとオチだな」

「うぅ……今のは、ちょっとした油断といいますか…………うぅ、痛いです」

 

 港に着くまでは、ジネットから目を離さないようにしようと強く思いながらジネットを助け起こした。

 

 

 

 

 

「ぅおぉおお! これはすごいな!?」

「むふふふんッス」

 

 俺の目は、遙か高くそびえる巨大な丸い柱を見上げていた。

 高い!

 デカい!

 

 柱の上にアーチ状の天井があって、とにかく天井が高い!

 東京駅の八重洲口よりも天井が高い!

 思わず口をぽかーんと開けて見上げてしまうくらいに高い! デカい!

 

「どんだけ全力出してんだよ……」

「それがッスね、あとから追加された四十区や四十一区の大工たちがッスね、まずは観光だってニュータウンに行ったらしいんッスよ」

 

『リボーン』を見て、行ってみたい場所があったようで、顔合わせもそこそこに観光を楽しんだらしい。

 組合を抜けた直後だってのにお気楽だな、大工どもは。

 

「そこでニューロードを見て、その大きさに度肝を抜かれたんだそうッス」

 

 ニューロードも天井が高いからな。

 もっとも、向こうは建造物ではなく洞窟を改良したんだけども。

 

「で、その後、大衆浴場に行ってまたまた度肝を抜かれたんッスよ」

 

 くつくつと嬉しそうに笑って話すウーマロ。

 大衆浴場はトルベック工務店の技術の結晶だもんな。他所の大工の度肝を抜けたんだとしたら、相当嬉しいだろう。

 

「それで、自分たちも負けてられないって、こんな感じになったんッスよ」

「何と張り合ってんだよ……」

「こっちに来てからも結構バチバチ張り合ってたッスよ。他所の大工に負けるかって……くふふ、ウチの大工たちも張り合ってたッスけどね」

 

 あちらこちらの大工が集まって、自分たちの持てる技術を惜しげもなく出し合いぶつけ合って、こんな結果になったらしい。

 

「最終的に誰が勝つとかじゃなくて、全員で協力して『とにかくすごい物を!』って感じにまとまってたッスけどね」

 

 あぁ、それで街門付近に暇そうな大工がたむろしてるのか。

 休憩時間を利用して、この通路を見て驚く人の顔や反応を見に来てるんだな。

 

 どんだけ自慢なんだよ。

 いや、自慢していいレベルだけどな、これは。

 

「すごいです……こんな立派な道、わたしは他に知りません」

「道に屋根がついてるってだけですごいですのに、この強度! この美しさ! 安全で素敵だなんて、まさに最強の道です!」

 

 ジネットとロレッタの絶賛に、遠巻きにこちらを窺っていた大工がうんうんと嬉しそうに頷いている。

 

「……まぁ、マグダなら破壊できるけども」

「どこと張り合ってるですか、マグダっちょ!? 絶対やめてですよ!? 絶対ですよ!?」

「やめてッス、ロレッタさん! それ『フリ』になってるッスから!」

 

 マグダなら、本当に破壊できそうだもんな。

 大工たちが青ざめて慌てふためいている。

 マグダの尻尾が嬉しそうにぴーんと伸びているので冗談だと分かる。

 まぁ、マグダに慣れてないヤツには分からないだろうけど。

 

「しかしながら! ビックリさせられてばかりでは陽だまり亭の名が廃るです!」

「……うむ。港に着いたら、今度は大工たちが驚く番」

「おいしーぉしゃかな、だいくしゃ、ぉろろくね、かにぱんしゃ!」

「そうですね。きっと、みなさん美味しいと言ってくださいますよ、テレサさん」

 

 陽だまり亭移動販売売り子隊は意気込み十分だ。

 総大将のジネットはいまだに天井を見上げて「わぁ~。わぁ~!」と声を上げているが。

 

 ……あ、コケた。

 

 

 しまった。

 目を離さないつもりだったのに、見てる真ん前でコケさせてしまった。

 まぁ、お約束って、やっとかないと落ち着かないしな。

 

 ジネットを助け起こし「うぅ……痛いです」と今朝見たのとまったく同じ泣き顔を見て、思わず笑ってしまった。

 何やってんだかなぁ、まったく。

 

 

 

 

 

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